乙女ゲーに転生したら本編前の主人公と仲良くなった。   作:4kibou

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17/スキがあるものだから

 

 

 

 

 借り物競走。

 

 体育祭の種目でもポピュラーなそれは西中(ここ)でもそう変わりはない。

 

 スタートから五メートルの地点で封筒を拾い、中に入れてある紙に書かれたお題のモノを持ってくる。

 それをグラウンド中央の判定員に見せてOKであれば、再走地点から借り物を持ったままトラックをぐるっと半周してゴールだ。

 

 純粋に走る距離だけで言うのなら百メートル走よりもずっと長い。

 さらに言えばお題の品物を探すために動いていればもっと体力は減っていく。

 

 勝負運と、身体能力と、あと協力してもらえそうな人柄が重要な競技だ。

 

「おっす、水桶。おまえも一緒だったか」

「比良元くん」

「さっきはナイスダッシュ。続けて頼むぜー学年一位」

「……この前まで君がずっとトップだったのによく言うよ……」

「抜かれたからな、ついぞ。まあ俺は志望校も適当だし良いんだけどな?」

 

 気持ちよく笑う男子は彼らの学年でも一目置かれるイケメン枠である。

 

 元サッカー部のキャプテンで成績優秀、人当たりも良くさっぱりした性格。

 当然の如く先輩後輩同級生問わず多くの女子のハートを撃ち抜いているのだが、本人はなぜかしら一度も告白に頷いたコトはないらしい。

 

 噂によると他校に彼女がいるとか、年上美人の従姉妹にゾッコンだとか、あとホモだとか。

 

 真偽のほどはどれも明らかではないというコトだけ言っておく。

 

「そういえば比良元くんは北高(キタコー)だっけ? 意外だよね、頭良いのに」

「無理してまで上に行きたくねえんだよなー。高校ぐらいこう、穏やかに過ごしたい」

「おじいちゃんみたいなこと言ってる」

「水桶さん、わしゃあの、もう女子からのアタックがしんどうてしんどうて……」

「それ言うとクラスの男子大半を敵に回すよ」

「水桶は違うだろ?」

「え、俺も戦うけど」

「なんじゃと」

 

 ふたりでくすくす笑いながら、恒例のごとく順番に並んでいく。

 

 ちなみに彼らのいう北高(キタコー)というのは近隣でわりと手頃な――悪く言えば偏差値がちょっとアレな――県立高校である。

 不良の巣窟とまではいかないが、主に体育会系(のうきん)が集うコトで有名だ。

 

 代わりと言ってはなんだが部活動は活発。

 大半の運動部では県内ベストエイトに食い込むぐらい。

 

「いや、気持ちはありがたいんだけどなー……断るのもこう、クルんだよ結構」

「ふーん。俺は告白されたコトなんて一度もないから分かんないけど、そうなんだ」

「いつか分かるよ水桶も。たぶん。……つかなんだ、拗ねてんのか珍しい」

「イケメンは敵だってみんな言ってるからね」

「おのれ貴様も周りの男子(ヤツ)らに洗脳されたか……!」

 

 まあ半分冗談、からかい交じりの言葉である。

 もう半分はとりあえず彼自体納得しているので本心だ。

 

 肇だってこれでも歴とした男子中学生。

 なるほど女子に大層モテるというのは――自分から進んでそうなりたいかは別として――普通に羨ましくも思える。

 

 そうなりたいかは別として。

 

「ったく……、……てかよ、聞いてるか水桶」

「なにを? 比良元くんがこの前後輩の女の子フって号泣された話?」

「違えよつうかなんで知ってんの!? ……じゃなくて、借り物のフダ。とんでもねえお題が入ってるらしいぜ。なんでも――」

 

「次、出走者の皆さん整列してください。手前から赤二名、青二名、黄二名でお願いします。ピストルの合図を待っていてください」

 

 そこでちょうど彼らの番が来た。

 

 一先ず話を打ち切って言われたとおりに並んでいく。

 

 つつがなく全員の準備は完了。

 

 息を整えると、少しだけ心臓の拍動が気になった。

 走るだけではないコトに、彼もほんのちょっぴり緊張しているよう。

 

「……で、とんでもないお題って?」

「好きな人持って来いみたいなの。物じゃねえよな、それ。人だぞ人」

「あはは……それ当たったら凄い困るね……」

「まったくだよ」

 

『位置について。ヨーイ……』

 

 なんだかアレなフラグを立てつつ、前を見据えて足に力を込める。

 

『――スタートです! 先ずは全員好調な出だし! ここでそれぞれお題を拾って――ああっとどうした赤団一名、その場で固まっております!』

 

 びしぃっ、と石のように止まる動き。

 膠着したのは先の発言を行った肇――

 

 

 

 

 ではなく、きっちり同じくフラグを立てていた若干もう一名様だった。

 

 学内きってのイケメン、ここにきて策に溺れる。

 

『一体どういうお題だったのでしょうか!? 非常に気になる反応です! 比良元選手! 大丈夫ですか!? まだ諦めてはいけませんよー!』

 

 気のせいか放送部の実況の語尾に緑が見えた。

 端的にいって草が生い茂っている。

 

 本当、女子に大層モテるというのは素直に羨ましい。

 

 そうなりたいかは別として。

 そうなりたいかは、まったくの別として。

 

「くっっっそ嵌めやがったな実行委員……っ! なにが時の運だ責任者出て来いッ!」

 

「おいこら比良元ォー! なにやってんだテメエー!」

「比良元くん頑張ってー! なに、なんなの、借り物は!?」

「せんぱーい! どうしたんですかー!?」

「さっさとしろ応援隊長ッ! もう水桶は探しに向かってんだぞ!」

 

 石化を解いてぷるぷると震える比良元某を背に肇は迷いなく駆けていく。

 

 お題は至って簡単かつシンプルなもの。

 あれこれ戸惑う必要も探す手間も一様に省けた。

 

 なにより先ほど声をかけておいたのが彼の中でも大きくハードルを下げている。

 

 目的地はもちろん、外部見学者用のテントの近く。

 

「――優希之さんっ」

「へぅっ!? えっ、ちょ、ま、み、みみ水桶くん!? どしたの!? あ、借り物!? な、なに!?」

「それっ」

「!?」

 

 ずびしっ、と渚の頭を指さしながら、もう片方の手でお題の書かれた紙を掲げる肇。

 内容はこうだ。

 

 〝黄色のリボン〟

 

 ……そう、出会った当初からずっと。

 

 ともすればゲーム本編のスチルからして、彼女の銀髪を飾る赤い縞模様のカチューシャと、黄色いリボンは生粋のトレードマークである。

 

「あ、こ、これ、うん! ちょっと待って! ――――……っ、は、はい!」

「ん、ありがとう! また返しに戻ってくるから!」

「ぁ、うん! その、が、頑張って!」

 

 後ろからかけられた渚の声に、手を上げて応えながら中央へ向かう。

 

 判定員は実行委員五名。

 

 そのどれにも今のところ選手は来ていない。

 物を持ってそれらしくトラックを回っている姿もない。

 

 ちなみに同級生のイケメンはいまだ必死になにかを考え込んでいる。

 飛んでいる野次が物凄かった。

 

(ご愁傷さま、比良元(イケメン)くん……)

 

『真っ先に辿り着いたのは赤団水桶くん! 先の百メートル走では好走を見せました。さて判定は――合格! 合格ですおめでとう! ここからはトラック半周です! 残りの皆さんも頑張ってください!』

 

「ああもう! 水桶そのまま突っ切れー!」

「つか待ってやっぱ速いわあいつ! 怖っ! 帰宅部ってなに!?」

「肇くん私持っていかなくていい!? パネル持っていかなくていい!?」

「パネルに関しては持っていける重さじゃねーよ!」

「――あっ、比良元のヤツやっと動き出した! 早く早く! ほらもっと走れぇ!」

 

 渚のリボンを握ったまま肇は駆けていく。

 

 西中のグラウンドはそこそこ大きい。

 体育祭用で敷かれたトラック半周はおよそ二百メートルほどだ。

 

 それを余裕の気持ちで走れるのは迅速に対応してくれた彼女のお陰である。

 

 こういうシーンを想定していたワケではなかったけれど、誘っておいて良かったと。

 

『赤団一着でいまゴール! 借り物もちゃんと手にあります! 一着赤確定!』

 

「よぉっし! 流石は美術部の誇る運動できる系男子肇くんっ!」

「美術部じゃないでしょ、帰宅部でしょ。記憶改竄しないの」

「調子いいなー、水桶。それに比べて比良元ォ!」

「待って待って。あいつどこ行ってんの?」

「てかマジで借り物なんなん? あんな焦るもの?」

 

 ほう、と息をつきながら肇は周囲を見渡す。

 

 後続がごたついているのを見ると彼は相当に運が良かったらしい。

 分かりやすいものだったし、なにより持っている人が誰でどこに居るかも知っていた。

 

 これで一着にならないほうが嘘だ。

 

(さて、早めに優希之さんに返しに行かないと――)

 

『さあなかなか皆さん苦戦して……おぉっとここで赤団比良元くん、女の子を抱えて中央まで走っていきます! ()()()()()()です! 一体どういうご関係で!?』

 

「なぁにやってんだクソイケメンー!!」

「死ねぇー! マジで死ねぇ! こけろー!」

「最下位! あっそれ最下位! 判定ーっ、頼むー!」

「ちょっ、せんぱいソレ誰ですかぁ!?」

「マジでどういう間柄!? つかふたりのギャップなに!? やばいって!」

 

 ふと騒がしくなって振り返れば、エラいことになっている同級生を見た。

 

 突然の事態に生徒は騒然。

 とくに彼と関わりがあったであろう女子は阿鼻叫喚の嵐となっている。

 

 ちなみに男子は九割方がブーイング勢へと移行した模様。

 

『判定――合格! なんと合格です! どういうことでしょう!? そのまま比良元くん女子を抱きかかえて走っ――速い速い! ひと一人抱えているとは思えません!』

 

 爆速ダッシュを繰り出すイケメンの腕には見慣れない女子が縮こまっている。

 

 私服であるところを見るとおそらく他校の生徒だろう。

 遠目からで分かるのはお下げ髪が特徴的な、大人しめの感じの子であるコト。

 

 歳はたぶん彼らと変わらない。

 様子を見る限り同年代。

 

「――ちょっ、やだぁ……っ、お、下ろしてよっ、ばかぁ……!」

「ああもうッ! 俺だってこんなんでオマエ抱えるとか想定してねえよ!?」

 

(……なるほど、外部の相手が正解だったと……)

 

 微笑ましいやり取りを遠くに聞きながらテントの後ろを回っていく。

 

 いかにもパーフェクトイケメンといった感じの少年と、私服からでも分かる静かそうな文学少女然とした女子はズレているようでお似合いだ。

 

 きっと大丈夫だろう、なんて。

 

「――ん、お待たせ優希之さん」

「ぇっ、ぁう、お、お帰り、水桶……くんっ」

「リボンありがとうね。これ……っと、ちょっと待って」

「? あ、うん……、……?」

 

 どこか不思議そうな様子で肇を見上げる渚。

 それに彼はくすりと微笑んで、そっと少女のほうへ手を伸ばした。

 

 割れ物でも扱うみたいに、指先が銀糸の髪を繊細に撫でる。

 

「――――――!?」

「動かないで」

 

 言われるまでもなく渚は動かない。

 

 動けない。

 

 呼吸も忘れそうな刹那に心臓が爆発するよう跳ね起きる。

 

 至近距離には胸を高鳴らせる原因の彼。

 ほんとのほんとに目と鼻の先で笑う肇に、思考回路は完全にショートした。

 

 もう、なにが、なんだか、ワケが、わからない、と。

 

「ぇ、あっ、の、……っ!?」

「良いから良いから」

 

 なんにも良くない。

 万に一つも良くない。

 

 これは一体なんだというのだろう。

 

 渚にはてんでさっぱり意味不明。

 

 ……ああ、でも。

 

 近くで感じる彼の肌は、まだ走り終えたあとの熱さが残っていて。

 いつもなら気にしないぐらいの匂いが鼻をかすめて、だから余計に意識してしまって。

 

 それが嫌なものならまだしも、ちょっと、こう、なんか良くて。

 

 すぐに終わってくれと願う気持ちとは裏腹に、ずっと続いてほしいなんて心は密かに訴えるものだから――

 

 

 

 

 

「はい、できた」

「っ……、……ぇ?」

「リボン」

「…………あっ」

 

 とんとん、と自分の側頭部を叩きながら、肇がにこりと顔をほころばせる。

 渚もそれでようやく合点がいった。

 

 つまるところ彼は、預けたリボンをその手でもう一度結んでくれたらしい。

 

 理解が追い付くと気持ちだって落ち着いてくる。

 彼女はふっと、安心したように顔を上げて――

 

 

「うん、優希之さんはやっぱりそれが一番似合ってる。可愛いし」

 

 

 ぽんぽんと、優しく頭を撫でられた。

 

 驚いて目を見開く。

 

 油断か、(スキ)か、はたまた警戒心の無さか。

 

 少し考えればきっと分かっていたコトだろう。

 なんであれ気分の上がっている彼の脅威は、渚も一度経験していたのだから。

 

「それじゃあまたね、ばいばい」

「――――ぁ」

 

 なんだかんだで生徒としてやる事もあるのか。

 彼女の反応を待たず、肇は依然変わらぬ様子で去っていく。

 

 残された渚はただ顔を赤くするだけ。

 

 いまはもう居なくなった人に、届かない愚痴を胸中でこぼすだけだ。

 

(――――な、な、なななな…………ッ)

 

 わなわなと手を震わせて、残り香と重ねるように頭の上へ置く。

 

 温度はすぐに引いてもうない。

 けれど、感覚はいまも微かに残っている。

 

 

 ――撫でられた、撫でられた、撫でられた。

 

 

 微笑まれて、似合ってると。

 可愛いと言われて。

 それで、彼に頭を撫でられた。

 

 ……顔が、とんでもなく熱い。

 もう火が出そうだ。

 

(――――――――っ、なん、なの……っ)

 

 恥ずかしさで涙目になりつつ、渚はぎゅうっとスカートの端を握りしめた。

 

 

 ――撫でられた、撫でられた、撫でられた、撫でられた、撫でられた、撫でられた――

 

 

 九月も半ばを過ぎる頃。

 だというのに気温はそうそう下がってくれない。

 

 否応なしに彼女の頬は赤みを増していく。

 

 熱い、とにかく熱くてしょうがない。

 

 なんのせいか。

 きっとなにもかものせいだ。

 

 暑さのせい、気温のせい、体調のせい、心拍のせい、血流のせい、自分のせい。

 

 ――――(あなた)の、せい。

 

「………………っ」

 

 胸に覚えた息苦しいモノをぐっと嚥下する。

 

 甘ったるくて、されど苦くて、ちょっと酸っぱくて。

 どろどろしていて、とても飲み込めるようなものではなかったけれど、強引に嚥下した。

 

 分からない。

 分かりそうもない。

 分かってしまいたくない。

 

 だって怖い。

 

 知らないコトはいつだってそう。

 未知は恐怖の対象だ。

 

 これがなんなのか判明したらどうなるか――分からなくて、ほんとさっぱりで。

 

 だから怖い。

 

 怖くて、痛くて、苦しくて、切なくて。

 

 ……ほんのり暖かい、とても眩しい。

 

 そんな、心持ち。

 

 

(――――…………私、は……)

 

 

 ああ、優希之渚(わたし)は。

 

 水桶肇(あなた)を、どう思っているのだろう――?

 

 

 


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