乙女ゲーに転生したら本編前の主人公と仲良くなった。   作:4kibou

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27/あけまして、

 

 

 

 

 年をまたぐ近辺は往々にして忙しい。

 それは家のコトでも他のコトでも等しくだ。

 

 十二月からしても二十四日は聖誕祭前夜(クリスマスイブ)

 二十五日は聖誕祭本番(クリスマス)、それが終わればすぐに大晦日であっという間にお正月である。

 

 日々の移ろいは激しいとはいえ、冷静になってみると激しすぎる移り変わりだ。

 

 もはや馴染みのあるモノとなった一連の流れ。

 その切り替えの良さを薄情だと思えるだろうか。

 

 そんな誰かはきっと少ない。

 

 移ろう日々に不変などあるはずもなく。

 すべて変わり行くからこそ世の常だ。

 

 ――午前零時を越えた一日(ついたち)の深夜。

 

 いつもは寝静まっているはずの町も今日に限っては朝まで大賑わい。

 住宅街には明かりが灯って、道行く人たちも昼間同様多いまま。

 

 とくに各所のお寺や神社は初詣の参拝客で溢れかえっている。

 

 まさしく年明け初日、一月一日、正月騒ぎ。

 

 そんな中、道路脇にぽつりと佇む少女がひとり。

 地上の光に潰された夜空を見ながら、渚はほうと息を吐いた。

 

「…………、」

 

 肇が待ち合わせ場所に選んだのは塾から帰るいつもの分かれ道だ。

 彼の家からは若干遠いものの、渚の家からは五分足らずでつく位置になる。

 

 気を遣ってくれた……かどうかは知らないが、彼女の負担が少ないのは事実。

 そしてそれを知ってわずかに嬉しくなるぐらいには、彼女がやられているのも事実だ。

 

「――――……」

 

 細く、煙をふかすように息を吐いていく。

 

 待ちはじめてはや十分。

 

 もともと集合時間がもう五分は先なのもあって彼の気配はまだない。

 そんなコトを分かりきっていながら早めに準備してここに居る。

 

 どうしてなんて聞くのはナンセンス。

 渚自身この時間が嫌いじゃない、といえばほぼ答えに近いか。

 

 ――真冬の空気は肌を刺すようだ。

 

 手袋をしていない指先は刻一刻と熱を奪われていく。

 頬も耳も夜の冷気に感覚が鈍くなっている。

 首元にはショールを巻いているものの、見える部分は当然寒い。

 

 けれどそれでも待ち続ける。

 

 なんだかちょっと楽しくなって。

 

 外はめっきり寒いのに、胸の内はなんだか熱くて暖かい。

 燃えるような感じはそれこそいつまでだって待っていられるほど。

 

 ……そんな、あまりにも気恥ずかしい考えに囚われたとき。

 

「――優希之さん?」

「っ……」

 

 電波に乗った通話越しではなく、きちんと近くで肉声で。

 

 待ち人の声が深く少女の耳朶を震わせた。

 約束の時間より早いのは偏に彼の性格故のコト。

 

 半ば分かりきっていた行動に――それでもちゃっかり嬉しくなりながら――ゆっくりと顔を上げていく。

 

「……水桶、くん」

「ん、久しぶりー……でもない?」

 

 くすくすと笑う彼は自分の言葉選びにツボるところでもあったらしい。

 

 肇と会えなかった期間は数字にして三日。

 ほんの三日、たった三日。

 

 でも、渚にとってはされど三日だった。

 

 会えない時間が(おもい)を育てるなんて良く言ったものだ。

 三日間会えなかったというだけで、目の前の彼に酷く心がかき乱される。

 

 ……ああ、本当に。

 

 厄介な惚れ方(もの)抱え()たものだと。

 

「――それ、振袖?」

「っ、ぇ、あ、う、うん……っ、その、せ、折角だからって、お母さんが……っ」

「へぇー……」

 

 正確には「水桶くんと初詣? あらあら! 折角だからとっておきの格好で行ってらっしゃい! 振袖! 振袖着ましょう!」と強引に押し切られたのだが、それを言うと彼女も火傷を負うので黙っておく。

 

 ちなみに後から聞いた話だが、父親はこのとき気配を殺しつつこっそりカメラ片手に着いてきていたらしい。

 数々の写真を見て「いやぁ、()()()()()()()()のツーショットはどれも最高だなぁ!」なんて言ってくれやがったのはほんとに最悪だった。

 

 閑話休題(それは置いといて)

 

「…………っ」

 

 じっと、照れたように髪を弄る渚を肇が見詰める。

 

 浴衣のときも、それこそメイド服のときだって思ったが、流石は乙女ゲー主人公(ヒロイン)

 素材という点では他者に断然引けを取らない。

 

 なにを着ても似合うだろうコトは分かっているだけに、実際珍しい格好をしているとそれだけで魅力的に見えてくる。

 

 彼女が着ているのは紺地に綺麗な水色の暈しが入った振袖だった。

 

 青の濃淡(グラデーション)が特徴的で見事なデザイン。

 着物の柄は色に合わせて青い薔薇と鮮やかな宝石の紋様が入っている。

 

 夏場の向日葵とはまた違う、彼女本来の良さに溶け込むような似合いよう。

 

 

「――――――、」

 

 

 眩暈を呑み込んだのは一瞬。

 

 理由なんてこっちもまた分かっていたことの再確認。

 いい加減慣れきったと思っていたけれど、まだまだ彼女(なぎさ)の底は深いみたいだ。

 

 ……端的にいって。

 

 その瞬間、程度の差はあれ。

 

 肇は間違いなく、彼女に見惚れたのだ。

 

 

「――……うん」

 

 

 そんな感覚を味わうように彼がこくりと頷く。

 

 次いでスッと目を開けて、恥ずかしそうに――けどどこか不安そうに――言葉を待っている少女に向かって。

 

 

「やっぱり〝君〟(優希之さん)は綺麗だね」

 

 

 優しい顔で微笑みながら、そう告げた。

 

 向い合った少女はただその言葉を受けるだけ。

 ぽかんと固まって、わずかに口を開けて。

 

「――――――」

 

 そして、凍えていた耳たぶまで真っ赤になる。

 

(な、ぁ、あっ、なんっ、なん――っ――――っ!?)

 

 ……ありえ、ない。

 

 体内で熱が一気に燃え広がっていく。

 寒さで辛うじて固まっていた理性が一気に溶け崩れる。

 

 ……ありえない。

 

 だってこんなのは反則だ。

 まったくもって予想外の一撃だ。

 

 ありえない。

 

 本当、今まで何度も散々褒め尽くしておいて。

 なにを着ても似合ってるだの可愛いだのと言っておいて。

 

 あまつさえ綺麗だなんて台詞も聞き覚えがあるというのに。

 道端の人通りも少ない場所で、ぜんぜん心躍るシチュエーションでもないのに。

 

 ――ありえない。

 

 その一言が、こんなにも……胸を、揺さぶるよう響く……なんて。

 

 …………本当、ありえない。

 

 彼は、ズルい人だ。

 

「素敵だ、優希之さん。世界でいちばん似合ってる」

「――――――っ」

 

 こんなに欲しい言葉をくれて。

 こんなに暖かく微笑んでくれて。

 こんなに大事な言葉をくれて。

 

 それで惚れない人がいるというのなら、教えてほしい。

 

 なんなら渚は師に仰ぎたい。

 

 そのぐらい――ちょっと――これは――なんとも――ダメ、だ――……

 

「…………ぁ、り、がと……っ」

「ふふっ、顔真っ赤」

「っ、み、水桶くん、が……変なコト、言うから……っ」

「変じゃないよ、大事なこと。――それでいて本当のこと」

「っ…………も、もうっ……」

 

 耐えきれなくてふいっとそっぽを向く渚に、肇が口に手を当てて笑い声を洩らす。

 

 流れる銀髪は夜に映える。

 濃紺の着物は彼女の白さをより一層引き立てていた。

 現在(イマ)と同じ、冬の月を思わせる目映い輝き。

 

 こんなものを独占するだなんて勿体なさ過ぎる。

 自分がその立場なのだと思うと余計、尚更だ。

 

「……ていうか、いつから待ってたの?」

「えっ、と……だいたい、十分ぐらい前、から……?」

「うそ、そんなに」

「あ、あはは……っ」

 

 冷静になってみると途轍もなくはしゃいでいるようで、渚は思わず下を向いた。

 

 場所は家のすぐ近く、時間はぜんぜん先のコト。

 事前の連絡でそれだけ分かっていながら堪えきれず待っていたのだ。

 これをはしゃいでいると言わなくてどういうのか。

 

 ……違うとも、そうじゃないとも言えない。

 

 彼女はもう笑うしかない。

 

 だって、こんなのは――――

 

「寒かったでしょ……」

「え、あ、うん……そう、かな?」

「そうだよ。だって、ほら」

 

 と、彼は赤くなった少女の指先を両手で包んで。

 

「こんなに冷たくなってるのに」

「っ!?」

 

 渚の頭の裏でばちん、ばちん! となにやら弾ける音。

 

 理性とか冷静さとか落ち着きとか、そういった確かなものが爆ぜていく。

 

 心臓はさっきからもう闘牛並みの暴れっぷり。

 うるさすぎるのが一周回って最早心音すら聞き取れないぐらいだ。

 

 視界も鼓膜もなにもかも、まとめて滲んで不鮮明な世界。

 

 こんなのは拷問だ。

 

 これほど距離が近いのに、ただの勉強仲間でしかないあたりがとくに。

 

「……手、繋いでおこうか?」

「ぇ……?」

「初詣だから人が多いし、これならちょっとは寒くないし」

「――ぁ、あ、うんっ……そ、そう……だね……っ」

「おっけー」

 

 きゅっと、渚の手が取られる。

 

 その誘いに頷けたのは我ながら凄まじい勇気。

 彼女自身頑張ったと褒めてあげたいような一手だった。

 

 左手に彼の温度を感じながら、ふたり並んで歩いていく。

 

(っ――――……)

 

 年明け早々の町は少し歩けば仄明るい。

 人の流れを追っていけば段々と賑やかさも増してくる。

 

 寒さの中に漂う熱気は乾燥しきった空気もあって湯気のよう。

 形もなく儚く流れて昇っていく、泡沫の名残みたいなもの。

 

 依然として気温は肌を刺す。

 

 一瞬の風に身を縮めた渚は、肇は大丈夫だろうかと彼のほうを見た。

 

「……ん、どうしたの?」

「っ……い、いや……」

「?」

 

 肇の格好は晴れ着でこそないものの、防寒対策は十分だった。

 

 上は膝丈まであるコートを着ていて、首元には落ち着いた色のマフラーを巻いている。

 良い意味で中学生らしくないコーディネートは不思議と彼の雰囲気に似合っている。

 

 少年らしさの薄れた、どちらかというと青年っぽいトゲの無さ。

 

 走る姿は活発的で溌剌としたものだった。

 笑った表情は眩しく輝いていて、気分が上がれば年相応に子供っぽくて可愛らしい。

 

 でもいまの彼はそのどれとも違う。

 

 ただ静かに微笑んであるくその様が、胸の扉を何度も何度も叩い(ノックし)てきて。

 

 嫌が応にも、私はこの人が好きなんだと自覚させられる。

 

 ――――とても、魅力的。

 

「き、今日の水桶くんは、格好いいなー……なん、て……っ」

「――そう?」

「あ、あはは……っ、ご、ごめん急に、変な、コト……言って……っ」

「ううん、嬉しいよ。お世辞でも、そう言ってもらえると」

 

 俺だって男の子だし、と付け足す肇。

 

 ……お世辞だなんてとんでもない。

 口にしてしまって渚は殊更確信してしまったほどだ。

 

 とっても前に、彼が知り合いで格好良い男子の名前をあげてくれたコトがある。

 その顔は体育祭と文化祭のときにちらっと覗いてみたけれど。

 

 なんてことはない。

 

 彼女にとっていちばん格好良いと思える人は、もう世界でたったひとりだけになってしまった。

 

「ありがとう、優希之さん」

「――――――、うん……っ」

 

 無邪気な笑顔にちいさく返す。

 それだけで心は幸せだ。

 

 目も耳も鼻も人の器じゃ足りないと思うような充足感。

 

 幸先の良いスタート。

 ともすればそれは良すぎるぐらいに。

 

 ふたりは同じ道をなんにも邪魔されず進んでいく。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 予見していたとおり神社は大勢の人で賑わっていた。

 

 深夜二時を回って気持ち数も減ったが、目に見えて分かるほどかというと微妙なところ。

 

 なんだかんだで元旦には特別なものがあり続けるが故か。

 流行り廃りも関係ない日常に溶けこんだ一大行事の大きさだろう。

 

 肇と渚は手を繋いだまま参拝客の列に並んだ。

 

 ふたりで他愛もない会話を交わしながら、ゆっくりと順番が来るのを待つ。

 

「――それでね、今朝起きたら妹が俺の布団に入ってて」

「え」

「寝ぼけてて間違えちゃったんだって。猫みたいでカワイイよね、うちの妹」

「そうなんだ……、……ふーん……」

「……優希之さん怒ってる?」

「別にー?」

 

 まあ偶に、そんな感じのやり取りも交えつつ。

 

 列が進むことおよそ一時間弱。

 ようやくといったところで彼らの番がやって来た。

 

 鳥居をくぐって、手水舎で手を洗って口をすすいで、いざ本殿へ。

 

「……神社のお参りってどっちだっけ?」

「二礼二拍手一礼じゃなかった……?」

「ああ、そっか。お寺は手、叩かないんだよね」

「たしか、そう。……私も詳しくは覚えてないけど」

 

 賽銭箱の前に着くと、ふたりしてポケットから財布を取り出す。

 小銭を入れて鈴を鳴らして、言ったとおり二回お辞儀をして二度手を打ち合わせる。

 

 じっと固まること数秒。

 

 最後にもう一回お辞儀を済ませて、一通りの流れは完了した。

 

「……水桶くんは、なにかお願いした?」

「もちろん合格できますようにって。優希之さんは?」

「私も同じ。……まぁ、そうなるよね……」

「俺より頭が良い優希之さんは願わなくても受かるでしょ、どうせ」

「そんないきなり拗ねないでも……そこまで変わらないじゃん、点数……」

「四百九十二と四百九十七が大して変わらないは言い過ぎだと思う」

「えぇ……、」

 

 実際五点差なのだが、肇における五点と渚の思う五点はまったく異なる。

 

 彼からしてみれば五重の壁、あるいは五つの峠みたいな差。

 彼女からするとほんの五歩分の違いみたいなものだ。

 

 両者の隔絶は大きい。

 

 たぶん()()()()にマリアナ海溝ぐらい。

 

「……えっと、どうしよっか……? おみくじとか、引いていく……?」

「良いね。引こう引こう」

「……あと、お守りもあるみたい」

「そっちも当然。今年が勝負なんだし」

「……そっか」

 

 今年が勝負。

 

 その言葉は渚だって例外じゃない。

 高校に上がれば大事なときがやってくる。

 

 そんな未来は最初から分かりきっていたことだ。

 

 何度も繰り返すように懸念点があるとすればそこだけ。

 もしも受かって入学して、優希之渚が優希之渚(ヒロイン)になるというのなら。

 

 彼女の取るべき行動は一体どれが正解なのだろう。

 

(――――……)

 

 引いたおみくじに目を通していく。

 

 彼のほうはそこそこ良かったらしい。

 横目でちらりと見れば、ふんふむと明るい表情で頷いていた。

 

 対して彼女のほうはというと――

 

「優希之さんは結んでく? おみくじ」

「……ううん、持っておく」

「そっか。結構良かったんだね」

「…………うん」

 

 結果をそっと仕舞い込んで、渚は曖昧に微笑んだ。

 

 それは陰鬱さというよりも複雑さの滲んだ顔。

 

 胸の奥に隠した疑問は殆ど答えの決まっている自身への問いかけだ。

 

 いまにあるものを壊してまで新しいものが欲しいのか。

 この関係を崩してまで掴みたいほど、知らない誰かが魅力的なのか。

 

 そんなのは少し考えただけでも分かる問題(コト)でしかない。

 

 何故なら彼女は、もうすでに。

 

「――――あっ!」

「っ?」

 

 と、不意に肇が珍しく大きめな声をあげた。

 渚が驚いてそちらを見ると、彼も自分で言ってびっくりしたのかパッと口を押さえている。

 

 一体何事だろう。

 

 そんな風に見詰めたところで、肇は変わらぬ笑顔で頬を緩ませて。

 

「――言い忘れてた。あけましておめでとう、優希之さん」

「…………あぁ、そういう……」

 

 はあ、と息を吐きながら心臓を落ち着かせる。

 

 いきなりのコトで胸は跳ねたが致命傷ではない。

 ぜんぜん軽傷、このぐらいならどうってコトもない擦り傷。

 

 なので彼女も、返すように優しく微笑んで。

 

「……あけましておめでとう、水桶くん」

 

 穏やかに鮮やかに、祝いの言葉を返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 ――――神社

 

 おみくじ

 

 

 第――番

 【大吉】

 

 

 満ち足りた先の幸運に恵まれる。

 難しく考えずに割り切るのが良い。

 怖がらずに行動すればなおの事良い結果をえられる。

 迷わないことが肝心。

 

 

 ○願い事:かなう。焦ってはいけない。

 ○失し物:見つかる。けれど望んだ形ではないかもしれない。

 ○争い事:苦労せずに勝てる。

 ○転居 :良い。

 ○仕事 :成功の機会。心身ともに無理は禁物。

 ○縁談 :周囲の人に縁あり。

 ○恋愛 :その人にとってもあなたが一番大切な相手。

 ○家庭 :息災。心配は要らない。

 ○出産 :安泰。

 ○学問 :とてもいい。余所見には注意。

 ○待ち人:来る。すでに会っている人の可能性あり。

 ○旅行 :誰かと行くとなおよし。

 ○病気 :快方に向かう。

 

 

 

 

 


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