乙女ゲーに転生したら本編前の主人公と仲良くなった。   作:4kibou

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3/不思議なヨカン

 

 

 

 

 塾の授業が終わると、時計の針はすでに左上へと差しかかっていた。

 

 これから日が伸びてくるとはいえまだ春の陽気が残る時期。

 あたりはすでに薄暗い闇。

 ぽつぽつと在る街灯と民家の明かりがほんのりと道を照らしている。

 

 そんな中を並んで歩く男女が一組。

 言うまでもなく、肇と渚だった。

 

「今日は本当にありがとう。色々と助かったよ」

「……そう? なら、良いんだけど」

「本当。……優希之さん、教え方上手だったし、よく分かった」

「そのわりに結構間違えてたけどね、水桶くん」

「うっ……」

 

 胸を押さえるようにしてどこか遠くを見る肇。

 

 悲しいかな、今までが駄目すぎたのか生来のものか、彼の頭はそこまで勉強に強くない。

 むしろ弱い。

 

 以前苦労しなかったのは偏にそこまで学力を重視するような生活じゃなかったコトと、病気のせいで勉強の機会が極端に減っていったせいだ。

 それも今となっては環境が一変、身体だって無事なのだから自然とこうもなる。

 

「これでも学年の中では上から数えたほうが早いんだよ……?」

「それは分かるよ。言ってたとおり、国語と社会は私が教えてもらったぐらいだし」

「そっちは得意科目だからね。これからも力になれると嬉しい」

「私は私が要らなくなってくれるほうが嬉しいけどね。水桶くんの学力的に」

「精進します……」

 

 がくりと肩を落とす肇を見て、渚が小さく笑い声をこぼす。

 

 授業までの自習中、隣の渚から散々指摘をもらった受験生である。

 自分では上手く解いているつもりでもそうではない。

 公式を間違っていたり計算が狂っていたりと、目下問題点は増加中。

 

 このままではいけるかどうか、なんて()()()悩みも出てきてしまう。

 

「……地道にやっていけばいいと思うよ、本番は来年なんだし」

「それで間に合えばいいんだけど」

「間に合わせなきゃね。……せっかく同じ塾で同じ進学先なんだし、一緒に受かったほうがいいでしょ」

「あぁ、そうだね」

 

 偶然とはいえ、そこが彼と彼女の共通点。

 特別でもなんでもない、探せばどこにでもいそうな勉強仲間の間柄。

 

 だからこそなのかどうなのか。

 殆ど今日が初対面だというのに、打ち解けるのは早かった。

 

 それが単に相性が良かったからか、それとも主人公(ヒロイン)の手腕によるものか。

 そこはイマイチ分からなかったけれど。

 

「……水桶くんってさ、よく勉強会とか誘われない?」

「え、いや、まったく」

「ほんと?」

「うん。仲の良い子、運動系のほうが多いし。俺はもっぱら勉強だから」

「……そうなんだ。私は今日、結構集中できたから……」

「自習室だからじゃない?」

「……たしかに、それはあるね」

 

 けれどまあ、集中できたという点に関しては彼も同じ感想だった。

 分からないところは教えてもらったというのもあるが、手の進みの速さでいえばいつもよりずっと速かったように思う。

 

「……水桶くんは結構使うの? うちの塾の、自習室」

「使うよ。たぶん、これから一年間はもっと」

「そっか。……私もまたあそこで勉強しようかな。捗ったワケだし」

「良いと思う。……そのときはまた教えてもらってもいい?」

「……水桶くんもね。一方的な貸し借りはなしで」

「それはもちろん」

「…………うん」

 

 自然と会話が途切れる。

 

 時間も相まって人通りの少ない道はすれ違う人影だって滅多にない。

 都会の喧噪とは少し離れた住宅街。

 聞こえる音の大半は薄く微かに、ふたり分の靴音だけが大きく響いていく。

 

 居心地に悪さはなかった。

 ただどこか、言いようのない感じを肇は覚えて。

 

 ……なぜだろう。

 昔、誰かとこうして歩いていたような――――

 

 

 

「……あ、その……めちゃくちゃ関係ないコト訊くんだけど……」

「――――あ、うん。なに?」

「水桶くんって……えっと、格好いい男子と知り合いだったりする……?」

「……急だね」

「ご、ごめん。ちょっと気になって。ほら、女子として……その、ね」

「……格好いい男子かー……」

 

 うーん、と顎に手を当てながら思い返す。

 

 格好良い、と一言にいっても難しい。

 男子のそれと女子のそれは違うという話はよく聞くし、なにより人の好みは千差万別だ。

 クラスメートというだけでフィルターがかからないこともない。

 

 案外自分の印象というのはアテになるかならないか半々だったりする。

 

 ので、

 

「うちの学校でモテてる奴とか、女子から人気ある奴とかは知ってるけど……」

「……西中の? えっと……名前とか、聞いてもいい?」

比良本(ひらもと)とか、瀬利乃(せりの)とか。後輩だと唯咲(ゆいざき)とか?」

「へぇ……当たり前だけど、全然知らないなあ……」

「知ってたら逆に怖いと思うよ」

「……そうだね、怖いね」

 

 はあ、と彼女はひとつ小さくため息をついて。

 

「――――あ、じゃあ、私ここで」

「……大丈夫? 暗いし、何なら家まで送るけど」

「大丈夫大丈夫。家、すぐそこだし。時間取らせちゃっても悪いから」

「そう?」

 

 こくこくと頷きながら渚が指をさしたほうへ足を向ける。

 

 もとより一緒に歩いていたのは途中まで帰り道が同じ方向だったからだ。

 彼女は右に曲がる道を示していて、彼の家はまだ真っ直ぐ進んだ先。

 

 これ以上は流石に考え無しで行っていい領分でもない。

 

「……それならじゃあ、また」

「うん。また」

 

 ひらひらと手を振って勉強仲間の少女と別れる。

 

 名残惜しさみたいなものはあったかどうか。

 くるりと踵を返して肇が歩みを再開するのと、背中から聞こえてくる足音が遠ざかっていくのは同時だった。

 そこに落胆するような心の動きは、たぶんどちらもない。

 

 唯一あるとすれば、ほんの些細な――気付かないぐらいの微かな震え。

 

(…………?)

 

 針か棘で刺されたみたいな違和感に首をかしげる。

 

 なにが変だったのか、どう違っていたのかは彼もさっぱり。

 でも、不思議なことに感情の機微は僅かながらも存在した。

 

 であるのなら、やっぱり。

 

(あれかな。――――乙女ゲー主人公(ヒロイン)、恐るべし)

 

 たぶん、そういうコトなんじゃないかなと。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

「ただいま」

 

 肇と別れてから五分も経たない頃。

 

 言った通りすごそこだった実家の玄関をくぐって、渚は帰宅と相成った。

 少し遅めの時間帯だが、廊下も部屋も電気はまだ煌々とついている。

 

「お帰り。ご飯とお風呂は準備してあるから、早く着替えてらっしゃい」

「……ん、分かった。いつもありがと」

「良いから良いから」

 

 リビングから顔を出して声をかけてきたのは母親だった。

 ちらっと見れば父親のほうはテレビの前でソファーを占拠している。

 その間にあるガラステーブルの上には銀色の(ヤツ)と惣菜の焼き鳥。

 また飲んでる、なんて言うとべったべたのでっれでれなダル絡みをされるのが目に見えているので今はスルー。

 

 大人しく母親の言うコトに従って部屋へ向かうコトにした。

 

「……? ねえねえ渚」

「……お母さん? どうしたの急に?」

「いや、嬉しそうだけど。なにか良いことあったのかなーって」

「…………私?」

「うん。ほら、ちょっとニヤけてる」

「…………別に、なんもないと思う……けど……」

 

 ぱっと口元を隠しながら、途中で止まった階段を上りきる。

 

 自室は二階の手前から二番目、両親たちの寝室の横だ。

 着替えだけならそんなに時間もかからない。

 

 至って普通に彼女はドアを開けて中に入り、手早く制服を脱いでいく。

 

 姿見に映ったのはなんてことはない自分の身体と――

 

(……ニヤけてる……? というか、ならなにが嬉しくて……?)

 

 いつもとあまり変わり映えのしない己の顔をじっと見詰めて、眉根を寄せた。

 

 母親は分かっていたようにああ言ったけれど、彼女に自覚は一切ない。

 むしろ言われてはじめて「そうだろうか?」なんて疑問を抱いたほどだ。

 

 その理由もなにも一切不明。

 

(……見間違いじゃないかな。そんなこと、ないと思うんだけど……)

 

 首をかしげながら脱いだ制服をハンガーにかけて、箪笥から私服を引っ張り出す。

 

 今日これといって嬉しいコトがあったかと言われても微妙なところだ。

 道端で偶然お金を拾ったのでもなし、クジやなにか当たったのでもなし。

 びっくりするぐらい運が良かったワケでもなく、そう変わらない一日だった。

 

「……普通、だよね」

 

 呟いて、いま一度姿見を確認する。

 毎日見ている顔は当然の如く、変なところもない。

 

「――ママ? ()()()()()帰ってきたの? いまどこ? 二階?」

「着替えに行かせてるから。お父さんもはやくソレ片付けて寝てくださいね」

「なーちゃんがご飯まだだろー。そのあとまで居る」

「……その呼び方、間違いなく思春期のあの子に嫌われるわよ」

「あっはっは――――ごめん、ちょっと泣く」

「弱いわね」

 

 階下からは両親のとりとめもない会話。

 いつも通りのちょっと遅めな塾帰り。

 なにも変わらない、普通の彼女の日常だ。

 

(…………うん。やっぱり、気のせいだ――)

 

 私服に着替えて、彼女はそのまま階段を降りてリビングへと向かう。

 その足取りがいつもより軽やかなのに気付けないのは、言うまでもなかった。

 

 

 

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