乙女ゲーに転生したら本編前の主人公と仲良くなった。   作:4kibou

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42/ハマりすぎるのもどうか

 

 

 

 

 その日、肇が早めに美術室へ顔を出すと珍しい客人の姿があった。

 

 一目見た印象は酷く厳かな……どこか時代錯誤感さえ覚える生真面目さ。

 髪は染めもなにもしてない黒髪で、ピンと張った背筋がなんとも綺麗。

 全体的に整った風貌で立っている姿にも総じて隙がない。

 

 学校指定の制服をピシッと着こなした男子生徒。

 

 彼の左腕には特徴的な色の腕章がつけられている。

 書かれている文字はふたつだけ。

 

「……生徒会長?」

 

 そう呼ぶと、件の人物はくるりと反転して肇のほうを見た。

 

「ん、あぁ。君が水桶肇だな」

「え、あ、はい。そうです」

「俺のコトは……知られていたようでなによりだ」

「そりゃあ、入学式とかありましたし」

「そういう行事ごとを覚えているのが良いんだろう」

 

 フッと微かに笑う生徒会長。

 

 清く正しくなんて言葉が似合う彼は態度も表情も固い。

 ともすれば初期の渚以上の硬度がありそうなものだが、だからこそなのか綻んだ顔は見ていて印象に残る。

 

 だから同時に、肇が胸中で「あっ」と声を上げたのも止むなしだ。

 そういえばたしかにそうだった、みたいな感じで。

 

「……部長に用事ですか?」

「それもあるが、もうひとつだな」

「?」

「君の絵を見に来た。一体どんなものかと思ってな」

 

 ――なるほど、と頷く一年生。

 

 たったそれだけでコトのからくりを読んでしまったらしい。

 

 尤も、これに限っては事前知識による後押しもあってのもの。

 説明されるまでもなく名前は知っているし、素性だってばっちりである。

 

 と、

 

「お、早いわね肇。あんた今日も――――げっ」

「……なんだその反応は、おい」

「いやいや、だって……なんでここに居るワケよ……」

「俺がここに居たら悪いか。同じ学園の生徒だろうが、まったく」

「生徒会でしょ、部員じゃないじゃない」

 

 はあ、とわざとらしくため息をつきながら、彩がいつもの定位置へ鞄を投げる。

 

 その表情は嫌っているというよりも取り繕わない様相だ。

 雑な悪感情はとくに距離が近い者特有の気安さだろう。

 

 肇としてはこういう関係性(カタチ)もあるのか、という大まかなノリ。

 

 彼自身、他人(ひと)様の事情にちょっと学ぶところもあるらしい。

 

「いちおう訊いておくが、今日は何の日か覚えているな」

「……え、なにかあったっけ」

「月に一度の部長会議だ! ……昨日も寝る前、あれだけ散々言っただろう」

「あー、そんなこと言ってた……っけ? あはは、ごめん覚えてないわー。てかあんた、〝姉弟(きょうだい)〟に向かっておまえはないでしょ。おまえは」

「そうやって忘れて何度も欠席しなければお姉様でも姉さんでもなんでも呼んでやる」

 

「可愛くない弟だこと。堅物で勉強馬鹿のくせに」

「おまえも大概絵描き馬鹿だろうが」

 

 腕を組みながらギリギリとガラスを引き裂くような視線で彩を睨む会長。

 それはやっぱり肇の記憶が正しかったコトを証明している。

 

 聿咲陽向(ひなた)

 

 星辰奏学園二年二組所属の十六歳。

 現生徒会長にして画家「聿咲彩」の実の弟。

 

 姉とは違って本人に類い希な画力はないものの、極めて優秀な成績と真面目な態度で生徒の信頼を掴んだ優等生――というのが表の顔だ。

 

 そして付け加えるなら、どこかの別世界における乙女ゲーム――「銀に輝く渚の恋歌」のメイン攻略対象三人のうち最後のひとりでもある。

 

「そもそも聿咲の人間なら()()()()を一目見ておけと行ってきたのは姉貴だ」

「え、それで律儀に見に来たワケ? うわー……クソ真面目ぇ……ひくわー」

 

「――――水桶。うちの姉がすまない。おそらく、きっと、絶対、酷く迷惑をかけているだろう。代わりに謝るからどうか許してやってほしい」

「あ、いえ。大丈夫ですので……」

 

「迷惑なんてかけてないわよ。あんたじゃあるまいし」

 

「水桶。殴ってもらって良いからな。あんなのは」

「ほんとうに大丈夫ですから……」

 

 ビキビキと引き攣った笑みに浮かび上がる青筋の数々に肇は震えた。

 

 あれ、おかしいな、世の姉弟ってこんなものだっけ――――と。

 

 無論言うまでもない。

 

 おかしいのは洩れなくいつぞやの翅崎姉弟(はるかとあやと)だ。

 彼ら彼女らの接し方はどこからどう見ても世間一般でいう姉弟(ソレ)と違う。

 

 血の繋がった家族だからダダ甘に甘やかしておーけー! とはいかないだろう、普通。

 

 けれども不幸なコトに姉も父親も彼の境遇を考えてそれはもうデロンデロンに甘く接してしまったのだから後の祭りだった。

 

「とにかく会議には出てくれ。いいな」

「学園じゃ先輩なのに敬語も使ってくれないのね、天下の生徒会長サマが」

「真面目にやってくれればいくらでも使うが? 試しに今日は遅刻もせず出席してくれればいい。それともそんなコトすら姉貴には難しいか」

「まぁ気が向いたら行ってやるわよー」

 

「水桶、すまないが頼む。こんな姉だがどうか頼む。本気で頼むぞ」

「たぶん俺でも無理だと思いますけど」

 

 これは肇の素直な感想だ。

 

 肉親からの言葉で動かないのなら他人からなんて尚更。

 彼の中できょうだい……とくに姉の発言は強いのである。

 

 東にご飯ができたという姉あれば黙って行き、

 西におやつができたという姉いれば大人しく向かい、

 ――――中略。

 そういうものに、わたしはなりたい。

 

 水桶肇、心の手帳記載――ア()ニモマケズ。

 

「……ああ、そうだ。近々新入生に生徒会の手伝いを頼もうかと思っていたんだが……君は一組の学級委員だったな。良かったらどうだろうか」

「すいません。いまはコッチ……描いてるのが楽しいので」

「……、……そうか。なら仕方ない。もうひとりの……優希之渚にもそれとなく伝えておいてくれ。またこちらから声はかける」

「はい、わかりました」

「ではな。――絵に関しては専門外だが、とても良かったよ。良い作品(モノ)を見せてもらった、ありがとう」

「いえいえ」

 

 ぴしゃり、と強めに扉を閉めて生徒会長は去っていった。

 

 肇に思うところがあって、というワケではなく。

 単純に姉への苛々が発散しなければならないほどに溜まっていたのだろう。

 

「……それで、部長(行きましたけど)どうするんですか(会議出ますよね)?」

行けたら行くかなー(出ない出ない)とか(たぶん)

いいんですか?(会長怒りますよ)

まあ、(別に。)可愛いもんだしね。(あんなん小型犬よ)あいつぐらい(チワワチワワ)

なるほど(チワワかぁ)……」

 

 弟とはいえ乙女ゲームの攻略キャラにそれはどうなのか、と思う肇である。

 

 他のふたりと負けず劣らず顔の良い生徒会長は校内人気も相当なものらしい。

 聞いたところによれば密かにファンクラブまで作られているという。

 

 容姿端麗、成績優秀、文武両道のカチッと決まった真面目な男子。

 

 これだけでもまあ十分なのだから、その魅力は推して知るべしなのだろう。

 

「……というか出なくて大丈夫なんですか」

「だっていつも副部長が適当にやってくれてるし」

「副部長…………、」

 

 ちなみに副部長は先日ぶっ倒れた肇を酸素スプレーで介抱してくれた女子生徒だ。

 

 彩と同じ三年生の先輩にあたるのだが、悲しいことに三年連続同じクラス&同じ部活という経歴ながらも未だに名前を覚えてもらっていない。

 

 本人はそのコトを気にしているのいないのか微妙なネタにしているが、そうやって昇華できているだけ良いほうか。

 

 なお、肇が一発で名前を覚えたときにちょっと感動されてハグっぽいなにかをされたのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 ここ最近、渚には悩み事があった。

 

 ひとつはお昼時、肇と馨が仲直りしたせいで昼食の時間を独占されはじめたコト。

 

 これに関しては天然(ポンコツ)だけでなく相手(ヒーロー)にも思うところのある渚である。

 

 いくらなんでも露骨すぎれば気付くというもの。

 初対面から忌避感に満ちた視線を投げつけていたのを彼女は察していた。

 

 それがどういう理由かまでは分からないが……ともかく、あの潮槻とかいう少年は肇を渚から引き剥がそうとしているらしい。

 

 いや、そうに違いない、と彼女自身半ば確信している。

 なんでかは本当知らないけれど。

 

 

 〝それだけでもちょっとアレなのに、水桶くんを取っていくのは違うよね、うん〟

 

 

 別に彼女のモノというワケでもないけれど、それはそれ。

 同時に馨だけのモノでもないワケだ。

 

 機会は平等に、公平に分け与えられるべきである。

 

 いつの間にやら「潮槻くん」「水桶くん」ではなく、

 ちゃっかり「馨」「肇」と呼び合っていたふたりを妬んでのものではない。

 

 決してそうではない。

 

 ――いやたしかにズルいとか卑怯とか男子ってそういうコトあるよねとかどうしてひと月足らずの彼は名前呼びで一年以上の付き合いになる私はいまだに名字なのかとか――

 

 思わないでもなかったが。

 そうでないったらないのだ、たぶん。

 

 ……ちなみにこの件で「やっぱ男に水桶くん寝取られてんのか。優希之、ドンマイ」などとふざけたコトを言ってきた海座貴三葉(どこぞのアホ)は渾身の右ストレートで沈めておいた。

 

 慈悲はない、ヒトをからかってくるなら覚悟してこいというヤツだ。

 

 

 〝まあ、それは良いとして。……いや良くないけども。良くないけどもッ〟

 

 

 思い出すとまた腹が立ちそうなので渚は意識してスルーする。

 

 ……さて、ふたつめは直近になって頼まれた生徒会の仕事だった。

 

 とはいっても新入生につき役職のない生徒会役員見習いみたいなもの。

 本格的な活動は見ているだけで、基本は書類の整理だったりの雑務が多い。

 

 内容(ソレ)自体は別に良い。

 渚としてもそのぐらいの活動なら屁でもないコトだ。

 

 ――だが。

 

 だがしかし。

 

 そこに本来相方として来るはずだった水桶肇(だれかさん)が「あぁ、水桶なら断ったよ。絵を描きたいそうだ」と会長直々に認められて不参加となれば違うだろう。

 

 マジでなにもかも違うだろう。

 

 なんだその理由はぼけてんのかこのくそぼけぇーッ――――と叫ばなかった自分を渚は褒めてやりたい、切に。

 

 

 〝この前の告白まがいのコトもあるしッ!〟

 

 

 ――ここで誰かさんの名誉のために言っておくと、件の「月が綺麗ですね」台詞を受けた美少女はその後別れるまでずっと無言だったという。

 

 話しかけても無反応。

 名前を呼んでも一切無視。

 

 手を握っても肩を叩いても声すら発さず。

 

 あまつさえ翌日に思いきって挨拶すればなぜか不機嫌、という状態なワケだ。

 

 肇が本気ならそれこそ泣いて良いぐらいの脈なしリターンなのだが、これを奇跡的に持ち前の天然(ポンコツ)で上手く繋いでいるのだからどっちもどっちか。

 

 

 〝結局なんなのっ、ぜんぜん態度とか変わんないしっ、名字呼び(プラス)さん付けのままだしっ! もうっ! もうっ!!〟

 

 

 態度が変わらないのはそもそも変わりようがないぐらいなのであって。

 名字呼びだって彼女も同じなのだが、そのあたりは恋する乙女として致し方なし。

 

 恋は盲目というか、猛毒というか、猛烈というか。

 

 なにはともあれ意中の相手を前に冷静さを失うのはしょうがない。

 

 

 〝それも良……くはないけど。良くはないけどもっ、うん! 良くない!〟

 

 

 ――そして最後の三つ目は、彼との放課後デートがなくなったコト

 間違えた。

 

 彼と一緒に帰る時間がパッタリなくなったコトだ。

 

 理由は当然、肇に起きた行動の変化――もとい心境の変化だろう。

 

 先の「水桶肇、放課後美術室爆走事件」以来、創作意欲の再燃した売れない天才画家はもっぱらその熱意を吐き出し中。

 

 連日授業が終われば香ると共に美術室へ向かって、部活でずっと絵を描いている。

 

 所属するだけで幽霊部員、なんて言っていた姿はどこへやら。

 毎日のように渚と帰路を共にしていた肇はいまや本の虫ならぬ筆の虫へと成り果てた。

 

 それ自体は傍から見て大変宜しいコトなのだろうが……、

 

 ――コトなのだろうが、渚としてはちょっと、

 あんまり、少し、微妙に、わずかに、わりと、けっこう、ぶっちゃけ――

 

 面白くない。

 

 なんか嫌だ。

 不満である。

 

 なんなら告白騒動よりも不満()()()()である。

 

 なので、

 

 

「おはよー、優希之さん」

「…………、」

 

 

 このように。

 朝の通学路で肇と出会ったとしても、彼女の機嫌は悪いままだった。

 

「……まだ怒ってるの? 生徒会の誘い断ったこと」

「……別に」

「じゃあ……最近お昼一緒できてないからとか?」

「……それも別に」

「えー……、最近優希之さん冷たくない?」

「水桶くんには言われたくない」

 

 ふんっ、と思いっきりそっぽを向きながら。

 冷たいのは一体どっちだとでも言わんばかりに渚が顔を逸らす。

 

 なんだかんだでアレ以降、ずっとまとまった時間が取れていない。

 

 一緒にいるのがどうこうではなく、ふたりっきりの時間がというコトだ。

 

 別にそれ自体を取らなくてはいけないなんてルールも義務もましてや責任もないのだが、それまであったものが無くなるのはどちらにせよ耐え難いモノ。

 

「……もしかして一緒に帰ってあげられないから?」

「別に。どうせ水桶くんにとっては部活のほうが楽しいんでしょ。会長からの話断るぐらいだもんね」

「もしかしなくてもそうなんだね……」

「べ・つ・に。好きにすれば良いじゃん、水桶くんのコトなんだから」

 

 私との時間より絵を描いてるほうが好きですかそーですか、なんて拗ねながら校門に向かって歩いていく渚。

 

 このまま行くと将来「仕事と私どっちが大事なの!?」という非常に困る(ありきたりな)ヤツをかますだろうが、その場合被害者はまあ変わらないので問題ないだろう。

 ここらで慣れておくという意味も込めて現在の状況は必要かもしれない。

 

 分からないが、おそらく。

 

「ごめんごめん。でもいまはこう、描きたい欲が抑えられなくって」

「……ふーん。この前までやる気ないとか言ってたくせに」

「この前まではこの前まで。いまはいまだから……」

「へぇー、ふーん……言い訳すると格好悪いよ水桶くん」

「うぐっ……な、なんてグサッとくるところを……!」

「つーん」

 

 格好悪いよ、という台詞がエコーをかけながら肇の脳裏に響き渡る。

 色々あって()()()()()()()()彼からしてもその言葉はプチショックだった。

 

 そうそう言われたコトのない――ともすれば前世では一度も聞かなかった――マイナス表現。

 

 新鮮ではあるが、同時に鮮度が良いために切れ味も鋭い。

 

 魚のヒレかなにかだろうか。

 

 

 

「……優希之さん」

「ふーんだ」

「土日、空いてる?」

 

 ぴく、と渚の肩が分かりやすく反応する。

 ついでに淀みなかった足取りがピタリと止まった。

 

「……別に。用事とかは、ないけど」

「この前オープンした隣町の水族館、行かない? チケット二枚取れて」

「……水桶くんが、私で良いなら、いいけど」

「うん、決まりね」

 

 やった、なんて破顔する肇を余所にぐいーっ……と殊更顔を背ける銀髪美少女。

 

 大したコトのない申し出なら一刀両断してやろうとも思っていた彼女だが、残念なコトに断ろうとした瞬間に胸をしめたのはもったいない精神だった。

 この機会をみすみす逃すのか、折角向こうからの話だというのに? と。

 

 ああ、惨めなコトに。

 

 この恋愛脳に支配された頭は結局そういうのに弱すぎるのだろう。

 

「――あ、でもしばらく部活で一緒に帰れないから。そこはごめんね?」

「…………そこ蒸し返さなかったら良かったのにね」

「えっ」

「水桶くんのあーほ」

 

 ツカツカとひときわ高く靴音を鳴らして歩みを再開する。

 

 足取りが速いのは気持ち苛ついているからだ。

 別に彼とのお出かけが楽しみで舞い上がっているとかそういうのではない。

 

 ないったらない。

 

 たぶん。

 

 

 


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