乙女ゲーに転生したら本編前の主人公と仲良くなった。   作:4kibou

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45/最高で最悪なすれ違い

 

 

 

 

 水の隙間を巡る旅路は続いていく。

 ふたりは手を繋いだまま歩いていく。

 

 徒歩で渡る海も川も窓ガラスを隔ててなお鮮明だ。

 

 それはある種のつまらなさであって、

 同時にある種の心地よさでもあった。

 

 落ち着いた空気。

 雑踏も紛れる暗い様相。

 手入れの行き届いた人工の水底。

 

 ここに大声ではしゃぐような楽しさはない。

 ただ気分を上げるだけの陽気な雰囲気は薄い。

 

 けれどもたしかに、抑え気味な静けさは彼と彼女に合っていた。

 

 おそらくは()()自習室の空気に似ているからだろう。

 

 大事なものはなくなってから気付くというのが一般的。

 

 だとするならそれはなるほど。

 間違いなく大切なひとときであったのだと。

 

「ね、渚さん。見てほら。シュモクザメ」

「…………サメ好きなの?」

「竜巻に乗ってくるあたり面白いよね」

「……え?」

「ん?」

 

 どうにも彼らの間ではサメに対する認識が異なる様子。

 

 水上竜巻と共にやってくる恐怖の象徴なんて知る人ぞ知る名作(B級)だ。

 

 およそ九割の人間にとってそれは単なる水棲生物なのであって、決して砂地や雪原を泳いだり宇宙へ行ったり頭が増えたりしないのだ。

 

 たぶん。

 

「ちなみに渚さん、サメの弱点はなにか知ってる?」

「……あ、それは知ってる……鼻の先っぽだっけ」

「残念、違うよ」

「え、そうなの……?」

「チェーンソーだよ」

「ごめんさっきからなんの話をしてるの私たち?」

 

 サメである。

 

 繰り返すが大半の人間にとってそれは単なる軟骨魚類。

 

 海に行かなければ出会うこともない水場の脅威であって、決して幽霊やゾンビになったり知能が人間並だったり下半身が蛸だったりしないのだ。

 

 たぶん。

 

「……そういえば俺、海で泳いだコトないなあ」

「え……意外……」

「びっくりするぐらい縁がなくて。カナヅチじゃないんだけど」

「…………こ、今年の夏、泳ぎに行く……?」

「いいね。一緒に行っか。渚さんなら水着も素敵だろうし」

「――――せッ、セクハラ! やっぱなし! いまの撤回……っ!」

「えー」

「えーじゃない……!」

 

 そんなー、とからかうようにしょんぼりする肇を渚は睨みつけた。

 

 夏場の定番スポットというコトでふと口に出してしまったが、冷静に考えると彼の前で水着姿(ソレ)を披露するコトになる。

 

 なんなら彼の水着姿(ソレ)も拝むコトになってしまう。

 

 ただでさえ羞恥で死にかけるというのにお互い布面積の少ない状態ならどうなるか。

 

 もう渚は怖くて考えたくもない。

 いや自分の露出は衣服の種類の関係上ともかく、向こうの露出に耐えられるかが怪しい。

 

 文化系の大人しい男子だからと侮ることなかれ。

 

 たしかに本領は運動より技術――手先のほうだが、肇は中学の体育祭で独走するぐらいには身体能力もある。

 油断したところにほっそり、けれど適度な筋肉質……なんてモノを見せられたらその瞬間に渚は跡形もなく消えるだろう。

 

 それでなのかどうしてか。

 

 彼女は屋内だというのに北の空で輝く死兆星を幻視した。

 

 たぶんきっと気のせいであってほしい。

 

「残念だなー」

「っ……だ、だって、その……っ」

「…………ふーん?」

「……な、なに……?」

 

「恥ずかしいんだ。渚さんってば」

 

「はッ――は、恥ずかしくは、ないしっ!」

「じゃあ行こうか、海」

「もちろん! ――――……うん?」

「決まりね」

 

 にこっ、と微笑む小悪魔系(クソボケ)男子。

 

 

 〝あぁあぁあぁあああぁあぁああああぁあ――――!?〟

 

 

 ぐにゃあ、と渚の顔が胸中でどろどろになったように歪む。

 FXとかギャンブルでお金を溶かした人間のそれが近い。

 

 売り言葉に買い言葉。

 

 咄嗟に口を突いて出た言葉は否定のしようもない肯定の意思を彼へ叩きつけた。

 

 これにて運命は決着した。

 

 さあ――天を仰げ。

 

 空を見よ。

 

 あれなるは北に並ぶ七剣星。

 

 その近くに寄り添う輝きは昼間の屋内ですら目映いもの。

 彼女の死兆星(アルコル)は文字通り死ぬほど光っている。

 

 この世に生をうけて十五年とすこし。

 儚い生涯だった。

 

 

 

「――思ったんだけどさ」

 

 と、そんな風に渚が大きなショック――良い意味でも(ちょっと楽しみで)悪い意味でも(ちょっと憂鬱な)――を受けたときだった。

 

「去年は俺たち、勉強でいっぱいだったじゃない?」

「……まあ……受験生、だったし……」

「うん。それ自体はしょうがないよ。星辰奏なんて目指してたから余計」

「…………だね」

 

 しかしながらそんな甲斐があってか、こうしてふたり無事に志望校へ通えている。

 

 色々と大変ではあったし。

 苦労も沢山ではあったが、それだけで報われたというもの。

 

 彼も彼女もそこに後悔しているワケではない。

 

 いまの肇の話の切り口は確認みたいなもので、大した意味はない。

 

「でも……ううん。だからかな」

「……?」

「これまで遊べなかった分、これからは色んなコトしたいなって思うよ。俺は」

「…………そっか」

 

 ほんのりと、花咲くように少女が笑う。

 

 微かな表情はそれでも明確な意思の表れだった。

 先ほどまでの荒れ狂ったようなものとは違う。

 

 いきすぎず、やりすぎず。

 

 満ち足りた想いは温かく、膨らむように胸を占めていく。

 

 それはとても心地良いものだ。

 思わず和んでしまうぐらい幸せな感覚の発露。

 

 いつもこうなら良いのに、と彼女は心の底から思った。

 同時に、いつもこうならないから彼が良いのだろうとも。

 

 

「――()()()()()との思い出が、欲しいんだ」

 

 

 ……はたして少女はその真意に気付いたかどうか。

 

 からかわれるほどだった渚とは違って、肇の名前呼びはスッと切り替わったものだった。

 

 淀みも躊躇いもないすらりとした呼びかけ。

 おそらくは彼から提案したというのがあるからだろう。

 

 急な用件に対応するのと、事前に分かっていたコトを実践するのでは難易度も異なる。

 

 だからこそ、その音は単なる間違いで済まされるものではない。

 

 渚と呼ぶ(ちがうオトの)意味(ワケ)

 優希之と呼ぶ(いつもどおりの)意味(コト)

 

 突如としてはじまった水族館での偽装カップルは、あくまで彼らにとっておふざけの範疇を出ないやり取り。

 それぞれ胸に抱えるモノこそあれど、なにも本気でそうなったと思い込んでいるワケではない。

 

 すなわち、ソレは。

 

 

「だからこれからも()()と付き合ってよ」

 

「――――――」

 

 

 冗談交じりに吐き出される軽い発言(おと)と、

 現状(いま)に叩きつけられる真剣そのものな本音(こえ)

 

 

 〝――――――……〟

 

 

 渚は呆然と彼を見詰めている。

 ぶり返すように制御できない熱を持て余しながら頬を染めている。

 

 ……なんなのだろう、この男子は。

 

 いつもいつも(わたし)の心をかき乱して。

 乱暴に我関せずとでも言いたげに振り回して。

 

 挙げ句それに自覚がないというのだからもう最悪だ。

 本当に質が悪い。

 

 のに、

 

「…………イヤ、かな?」

「――っ、え、あっ……ちがっ……」

 

 目を泳がせながら渚は言い淀む。

 

 答えに悩んでいるのではない。

 

 むしろ解答自体は直ぐさま胸に浮かんでいた。

 あとはそれは変に誤魔化さず吐き出せば良いだけ。

 

 ……問題は。

 

 それがそう簡単にできる性格(タチ)なら、彼女はこんな場面で言い淀まないというコト。

 

「わ、わたしは……そ、の――――」

 

 盗み見るように肇のほうへ視線を向ける。

 

 まったくペースを乱してくる相手。

 一緒にいてぜんぜん落ち着かない相手。

 些細な行動が酷く冷静さを失わせる相手。

 

 そんなのだから、彼に不満点なんぞ山ほどあった。

 

 

(――――……っ)

 

 

 優しい仕種が嫌いだ。

 

 ――特別だと勘違いして、他に迷惑をかけてしまいそうになるから(あなたの全部が欲しくなるから)

 

 気軽に触れてくる距離感が嫌いだ。

 

 ――肌の温もりがやってきて、腹が立つほど驚いてしまうから(もっとずっと触れたくなるから)

 

 些細な気遣いが嫌いだ。

 

 ――私のコトを見透かされている気がして、酷く不安になってしまうから(とても嬉しくなってしまうから)

 

 笑った顔が嫌いだ。

 

 ――太陽みたいに眩しい、あなたのほうをよく見られないから(あなたをもっと見ていたいから)

 

 その()()()()()()嫌いだ。

 

 ――他の誰かにもそうしているんじゃないかと(あなたは私のことが好きじゃないのかと)嫉妬に狂いそうになるから(とても悲しくなってしまうから)

 

 

 ――――でも。

 

 

「い、イヤ……じゃ、ない……から……、ぜんぜん……っ」

「それなら良いんだ」

 

 なんでだろう。

 

 その()()()()()()、彼女は大好きだ。

 

 優しい仕種も、

 気軽に触れてくる距離感も、

 些細な気遣いも、

 

 笑った顔も、

 

 なにもかも、彼を構成する大好きな要素のひとつ。

 

「入学直後だし、部活とかで色々あったけどね。せっかく同じ学園(トコ)に通ってるんだし、やっぱり一段と仲は深めたい」

「――そう、だね……うん。同じ、ところ……だもんね……っ」

 

 ふと、渚は肇からもらった大事な言葉を思い出す。

 

 大事だから、痛い。

 

 ……まったくもってその通りだ。

 

 彼の一言に揺れる感情も。

 彼の一挙手一投足にささくれ立つ心も。

 そのコトで思い悩んで苦しんで、針を打たれる傷もなにも。

 

 胸に秘めた想いが大事で大切だからこそのモノ。

 何物にも代えがたい、ただひとつの彼女が抱いた桃色の響き。

 

 ならばしょうがない。

 

 好きで嫌いで、嫌いで好きで。

 そんなコトだってあるだろう、と。

 

 彼女はひとつ切り替えて、意気込みよろしく足を踏み出そうとして。

 

 

「でもね」

 

 

 つい、と。

 

 繋いだ手を優しく引かれる。

 前進しようとした渚の身体はふわりと後ろへ。

 

 体勢を崩した彼女は倒れこむ――コトはなく、待ち構えていた少年にキャッチされた。

 

 ――ほのかに漂う彼の香り。

 

 耳元で微かな吐息がこぼれている。

 彼の鼻先が彼女(わたし)の銀髪に埋もれているのを気配で(なんとなく)察知する。

 

 心臓は杭を打つように。

 鼓動はひときわ高く大きく。

 

 

「そう思うのは、相手が優希之さん(きみ)だから」

 

 

 背中から。

 肩の後ろから。

 

 耳をなぞって響いてくる甘い声。

 

 

優希之さん(きみ)だけだから」

 

 

 ――――ありえない。

 

 ……おまけに言えば、信じられない。

 

 想像だにしていない事態は、真実渚の思考をショートさせた。

 

 夢か、幻か、あるいは偽物か。

 でなければ度が過ぎていてとんでもない。

 

 だって。

 

 だって、こんなのは、もう。

 

 

「……だから、勘違いしないでね」

 

 〝――――(なぎさ)

 

 囁くように彼は呟く。

 握った手を引かれて彼女は歩く。

 

 ……その後のコトを渚はあまり覚えていない。

 

 気付けば水族館はぐるりと一周回っていて、いつしか見たロビーの景色に戻っていて。

 

 肇に連れて行かれるままにメインスポットの散策は終了した。

 

 彼女の意識が戻ったのはその後、駅前のショッピングモールにあるフードコートで昼食を摂ろうとしたとき。

 

 当然のごとく爆発した渚は眼前にいる彼の表情に追撃を受けノックアウト。

 よもや言い逃れもできないほどの大惨敗を喫して、見事机に突っ伏すのだった。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 調色駅から歩いて十分弱。

 町外れの水族館からとなると駅から反対側なので二十分ほど。

 

 お昼過ぎになって辿り着いた巨大複合商業施設(ショッピングモール)はそれなりの混みようだった。

 

 人が多くとも静寂が支配していた水族館と違ってモール内は騒がしい。

 

 忙しなく往く老若男女数々の足音。

 各店舗から流れてくるテンポも曲調も違う様々な音楽。

 全体に響き渡るような良く通るアナウンス。

 楽しげに会話をリレーしていく賑やかな話し声。

 

 町に於いては離れるコトのほうが困難な、雑踏と喧噪の渦。

 

 言うなれば都市の日常。

 

 それは決して忌避する類いのものではなく、慣れ親しんだ毎日の空気だ。

 

「………………、」

「――――……、」

 

 土曜の昼時というのもあってか、あたりの雰囲気は落ち着かない。

 

 平日なら学業に励まざるを得ない生徒諸君も、今日は休日につき自由の身である。

 彼らを縛るものは――まあ常識の範囲内で――さっぱりなくなっている。

 

 肇と渚だってその例には漏れなかった。

 

 運良く席を取れたモール内のフードコート。

 

 黙々とフレンチトーストを食べ進める彼を「じぃぃぃぃっ……」と睨みながら、渚は自分のたまごサンドを口に含む。

 

 もむもむ、もぐもぐ。

 

「………………、」

「――――――…………、」

 

 じぃぃぃぃぃ――……っと、肇へ視線を送り続ける渚。

 

 胡乱げな目でハムスターのごとくサンドイッチを頬張る彼女は外面こそ平静そのもの。

 だがその内心は嵐のごとく荒れ狂っていた。

 

 絶えず咀嚼を続けて上手く誤魔化してはいるが顔は燃え上がるような緋色。

 よく見れば目尻には雫のあと、食事を掴む指先には微かな震え。

 心臓なんて気を取り直してからドクドクバクバクと破裂寸前の拍動を繰り返すばかり。

 

 なんなら内側からこう、ぱーん、と爆発するのではないかという不安に駆られるほど渚の胸中は乱されている。

 

 原因なんて考えるまでもなくひとつしかない。

 主に目の前の男子によって。

 

(――――アレは一体なに)

 

 もむもむもむ、もぐもぐもぐ。

 

 たまごサンドをかじりながら渚は考え込む。

 もちろん件の元凶からは目を逸らさずに。

 

 途中の色々は抜け落ちてしまったが、肝心要の台詞は記憶(あたま)ではなく(こころ)で覚えていたようだ。

 

 ちょっとのコトで発火する可燃性美少女にとっては辛い行為だが、かといって見て見ぬフリをしているワケにもいかない。

 

 〝――――勘違いしないでね〟

 

 その言葉の意味はなんだというのか。

 勘違いとは一体どういうコトなのか。

 

 渚にとっての疑問、疑念、議題は尽きない。

 

(私だから仲良くなりたい。私だから思い出をつくりたい)

 

 もむもむもむもむ。

 もぐもぐもぐもぐ。

 

 サンドイッチはひまわりのタネみたいに囓られる。

 

 げっ歯類にでもなったかのような渚の態度に食事中の肇は気付かない。

 いや、むしろ気付かないほうが良いのかもしれない。

 

 彼の精神の安寧のためにも、彼女の対外的な名誉のためにも。

 

(――――私だから、そうなりたい……)

 

 もむっ。

 

 咀嚼が止まる。

 

 頬が赤みを濃くする。

 

 カチッと回ったスイッチが一気に熱を灯した。

 渚コンロは今日も元気に良い燃え上がり。

 

 そろそろ顔から出た火で炒め物ができそうなぐらいだ。

 

(え? あ、うん? あれれ? えぇ? なに? なにを勘違いしないでほしいの? まさかそういう意味じゃないってコト? そういうコト? あはは――――分かんないよ()()()()ー!!)

 

 ふしゃーっ! と胸中で吼えながらサンドイッチをもむもむする渚ハムスター。

 

 ドストレートに過ぎる物言い。

 言い訳のしようもない殺し文句。

 

 されどそんな攻撃は彼女にとって解決の糸口にはならなかったらしい。

 

 悲しいかな、これまで飛ぶ鳥を落とす勢いだった天然純朴(ポンコツクソボケ)は良い意味でも悪い意味でも過大な信頼を得ている。

 

 本来ならもうその時点でルート確定婚約締結ハッピーエンドへレディゴーするようなアプローチは彼ら彼女らの築き上げた()()()()()()関係性が()()()()()()形で足を引っ張っていた。

 

(きゅ、急にあんなコトしたら勘違いもするけど!? がんがんにしちゃうけど!? だからって普通釘刺すあそこで!? ありえなくない!? そんなに私だめかな!? 水桶くんの恋人として色々だめかな!? これでも容姿には自信あるけど!?)

 

 暴走した思考は止まらない。

 

 がるるる、と脳内の渚が威嚇するよう喉を鳴らす。

 

 現実でやると正面の彼にドン引きされかねないので、あくまで想像上でだ。

 

(キープ!? 私キープなの!? うわサイテー! 水桶くんサイテーサイテー! サイテーサイテーサイテー!! ほんとにサイテーまじでサイテーいますぐサイテー!)

 

 もっしゃもっしゃ、むっしゃむっしゃ。

 

 食事は止まらない。

 ついでに彼への不満も止まらない。

 

 冷静に考えるコトから逃げているだけだと内心で気付いても止められない。

 

 だってあんなのを真面目に考えるだなんて無理だ。

 

 いくら命があっても足りない。

 どれだけ鍛えたところで心臓は保ってくれまい。

 

 

 …………そう。

 

 ……だって、あんなのは、もう。

 

 

 

(――――あんな、告白、まがい…………っ)

 

 

 

 ――――ああ、不味い。

 

 全身の穴という穴から液体が噴き出そうだ。

 気を抜けば涙も涎も鼻水もびちゃびちゃと垂れてしまう。

 

 歓喜ではなく。

 悲観してでもなく。

 

 ただ偏に、純粋に、衝撃があまりにも大きすぎて。

 勘違いだとしても、胸を叩く痛みがとてもじゃないが重すぎて。

 

 

「…………あ、()()()()()

 

「ぴッ!?」

 

 

 何気ない響きで声をかけられる。

 

 水族館を出ているからだろう。

 その呼び方はすでにいつも通りのモノへ戻っていた。

 

 特別性はない。

 驚く必要は皆無だ。

 

 ……それでも異様な悲鳴をあげたのは、彼女はそんなコトすら無視できないほどボロボロなだけであって。

 

「ん、ちょっと動かないで」

「ぇ――――」

 

 そっと、

 

 テーブルを挟んで向かいの席から、

 

 彼の――肇の手が伸びた。

 

 ……指先が触れる。

 

 肌の温度を頬で感じ取る。

 

 彼は笑っていた。

 彼女は固まったままその笑顔を見続ける。

 

 数秒の後。

 

 優しく拭われた頬の()()からは、微かに香るたまごの匂い。

 

 

「ついてたよ、()()()

「――――――――――ッ!?!?!?」

 

 

 なぎさ は めのまえ が まっしろ に なった!

 

 

 






……………………。
(私はうっかり毎日投稿を途切れさせた駄目な作者です、と粘土板を手に立たされている)




悔しいので今度また1日2話投げます。
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