乙女ゲーに転生したら本編前の主人公と仲良くなった。 作:4kibou
前話後書きのとおり、以降はメインから外れるおまけ話となります。
単発、時系列バラバラとなりますのでご注意ください。
文量も気持ち(※ここ重要)控えめとなります。
Ex01/セーフティ渚ちゃん
月日の流れは早くも穏やかに。
大きな事件はなくとも、小さな笑い話は指折り数えるほどでは足りない。
それは彼と彼女が付き合いだしてから数週間が経つかといった頃。
数々の恋人っぽいコトやデートなんかを繰り返しているうちに、ふと肇の心へ
そう、渚が傍に居ることで発揮される純度マックスの創作意欲である。
「渚、俺ちょっと絵に集中するかも」
「うん、いいよー」
そんなこんなで数日前から放課後デートは打ち止め。
彼は一時期やめていた部活へ毎日のように通うコトになり、彼女もそれをまた笑顔で許容した。
無論、渚としても思うところがなかったワケではない。
好きな人と一緒に居られる時間はもれなく大切だ。
それが減るとなると単純に寂しくある。
ぶっちゃけ部活よりも自分を優先してほしい、というのが恋人としての本音。
……だが、かといって肇の行動を縛りすぎるのもいけない。
あくまで彼女は普通の幸せに満ちた時間を過ごしたいのであって、なにも無理強いを働くような――例えるなら管理やら監視やら監禁やらという――アブノーマルな関係になりたいワケではないのである。
もとより彼のやりたいコトはとことんやってほしい心持ちでもあった。
ならばそう、ちょっとの寂しさも悲しさもなんてコトはない。
肇の幸せを思えばぜんぜん我慢できるようなもの。
気にせず好きに描いていればいいんだよ――――と、聖母もかくやという見守り態勢に入っていた渚だったのだが。
「………………、」
「……肇?」
「あ、うん。なに?」
「目の隈凄いけど……どうしたの……?」
「え? ……あー、たぶん寝不足。頭の中で景色がぐわーって渦巻いてて」
「そ、そうなんだ……程々にね?」
「うんっ」
徐々に徐々に。
その雲行きは怪しくなっていった。
「――――――」
「……肇っ」
「――ぅえ、あ、うん……どうしたの?」
「……大丈夫? 目が虚ろだけど……」
「ん、へーきへーき。大丈夫。まだ全然元気だよー」
「……それなら、良いんだけど……」
「うんうん」
二日もすればなんとなく雰囲気が変わり。
三日が経てば露骨に不健康な顔色となって。
四日と過ぎればついぞ歩き方にまで支障が出る始末。
「――……――……――……」
「肇っ、肇っ!」
「――――…………ふぁ?」
「前! 電柱っ!」
「いたァッ!?」
「肇――――――っ!!」
何故なのかといえば偏に睡眠時間を削っているからだろう。
もっと言うなら削らざるを得なくなっている、というのが正しい。
普段はぽやぽやしていて
常人の物差しで測れるどころか、用意された物差しを折って蛇口に突き刺すタイプ。
そんな彼をして一度再燃した〝描きたい欲〟がどれほどのモノかというと、比喩ではなく命を削るような代物であった。
ふつふつと胸の奥底から噴出されるエネルギー。
吐いても吐いてもとめどない映像と色彩。
寝ても覚めても脳内を占拠してやまない膨大なイメージ。
狂ったように筆を握る彼にとって睡眠はもはや二の次だった。
授業だってまともに受けられるワケがない。
そのあたりを察して板書や注意書きやらと色々完璧なノートを作ったりは渚もしていたが、まさかこれまでとは予想だにしなかったのである。
さらにはとどめに、
「おーい、水桶ー」
「――――……ふぁい……」
(え、待ってなにいまの気が抜けた声ちょっと反則じゃない??)
「寝るなよおまえ。大丈夫か、ここ最近」
「すみま
(あーッ!! あーあーあーッ!! あぁぁああぁあ――ッ!!)
「
「……ぇー……っと…………――――」
ばたん、と。
見事、渚の目の前で崩れ落ちたのである。
「肇っ!?」
「痛っ!? えっ!? ……なに!? あれ……? 俺なんかした!?」
「先生私保健室に連れて行きますっ!」
「ん、いや誰か保健委員――――」
「行きますッ!!」
「…………お、おう。任せたぞ優希之……」
これにはいつも
ただ単に寝落ちしただけならそれでいい。
転けたりなんかで倒れたとしても問題はないだろう。
だが絵を描くのにリソースを割きすぎてぶっ倒れる、というのは些か彼女のトラウマゲージをぎゅんッッと引き上げたのだ。
主に前世で想像したアレコレが蘇って。
「肇っ! 大丈夫!? 怪我はない!?」
「あ、うん。ないけど……」
「傷は!? 血は出てない!? 熱はない!? あっ! ここちょっと赤くなってるぅー!!」
「渚、それこのまえ電柱にぶつかったときのだよ」
「うわーっ! 死なないでー! 肇死なないでー! 置いてかないでー! うぇーん!!やだやだー! 肇死んじゃやだぁーっ!!」
「死なない死なない。俺すっごいピンピンしてるけど」
「うわぁあぁあああん!!!!」
なお、後日渚が知ったコトだが、彼の
そりゃあ当然ちょっとやそっとの体調不良など屁でもない。
箸を持つのも一苦労、まともに歩くコトだって出来やしないほどの病弱死に際ボディを一度経験すれば大抵の怪我や病気が掠り傷になる。
この男、最低最悪の状態を熟知しているが故に基準がぶっ壊れていた。
「休んでっ!」
「そりゃあ休むけど」
「家に帰ってっ! 部活もだめ! 禁止っ! 大人しくしててっ!!」
「そんな殺生な。絵が描けないと俺死んじゃう」
「死なないでぇーーーー!!!!」
「ちょっとー? 保健室だからいちおう静かにねー?」
子供みたいに泣きじゃくる渚の心境はそれはもう酷いものだった。
紆余曲折の末、折角手に入れた幸福な時間。
それが今まさに壊れようとしているのを実感して急に恐ろしくなってくる。
眼前で決定的なコトが起きたとなれば尚更だ。
弟の死。
恋人の死。
魂の規格でいえば同様な喪失。
それとどうにか向き合っていくと決めた渚ではあるけれど、こうも早くその足音が聞こえてくるなんて聞いていない。
「どうして寝ないの……っ」
「いや、寝ようとはするんだけど。もう描くことで頭がいっぱいで」
「そんな無理してまで描かなくていいのに……っ」
「そこまで無理してるつもりはないよ。なんか自然とこうなっちゃうものだし」
「やだぁ……! 健康は肇でいてぇ……! いなくなっちゃやだぁ……っ」
「大丈夫大丈夫。よしよし、俺はいなくならないからね。あとこういう感じはわりと
「やっぱり
「えっ?」
繰り返すが肇は頭のおかしいタイプの化け物である。
彼にとって描きたいときに描くなというのは空腹を前にご飯を食べるなと言っているようなもので、その在り方を変えろというのは口や鼻ではなく目や耳で呼吸しろと言っているのと同義だ。
しかし真っ当で常識的なセンスしか持たない渚にそんなのは知ったところではない。
好きな人が無理をしている。
それだけでもう世界が終わるぐらいの大事件なので。
「そうだね、今日はゆっくり帰って休むけど、明日からはまた部活行くの許して?」
「やだぁー……!」
「あはは。いやかーそっかー……どうしよっかなぁ……」
「はじめぇ……!! いるー……! いっしょいるー……!!」
「ねえねぇ、君たち元気なら授業に戻ってくれる? 保健室はバカップルのいちゃつく場所じゃないんだけど?」
ご尤もな養護教諭からの指摘だった。
◇◆◇
「――というわけで肇は一週間部活禁止です」
そうして明くる日の放課後。
席を立っていつも通り美術室に行こうとした彼を確保して渚はそう宣言した。
こう、後ろからぎゅっと。
身長差を活かして腰あたりに抱きつくように。
ひょこっと脇腹から出ているお顔がなんとも可愛らしい。
「渚ー……許してー」
「だめっ。今日は私と一緒に帰るのっ」
「それ渚が帰りたいだけなんじゃ?」
「………………帰るのっ!」
否定はなかった。
少し頬を赤く染めてそっぽを向くあたり図星だった模様。
けれどもしょうがないだろう。
なにせ早退した昨日を含めておよそ一週間近く彼と一緒に下校できていないのだ。
寂しくて死んじゃうほどではないけれど肇のコトが大大大好きな渚ちゃんはそれがちょっと……けっこう、わりと、しっかり……不満なのである。
「ごめんね。俺も一緒に居たいけど、いまは描きたくもあるんだよ」
「っ、で、でも……っ」
「大丈夫。昨日はぐっすり寝たから。むしろ頭がスッキリして余計にやる気だしねっ」
「………………、」
ぽんぽん、さらさらと。
慣れた手つきで渚の頭を撫でる肇は実際顔色がよくなっていた。
怖いぐらい深かった目の隈も、ボサボサッとしたままだった髪も整っている。
因果関係から
運動やらなにやらと色々手を出していた結果だ。
「……渚」
「っ…………、……じゃあ」
「うん?」
「――じゃあ、私も一緒に行くからっ」
「……ん、わかった。ならそれでやろっか」
「………………、」
ぱっと拘束を解いて離脱する渚。
そのまま彼女はせっせと鞄に教材を詰め、帰り支度を整えた後に肇の隣へついた。
「……ん」
「はい」
ずい、と渚の差し出す手を肇が握り返す。
お約束のように指を絡め合って。
ふたり仲良く幸せオーラを振りまいて、彼らは教室を後にした。
「……なぁ、誰かコーヒー回してくれ」
「微糖でいいか?」
「ブラックに決まってんだろ」
「込溜呼んでこい、込溜。缶よりマシだぜ」
「もうそろそろ冷めないのかなアレ……冷めないんだろうなあアレ……」
「美術部固まってないでなんとかしなよ。同じ部員だろ君たち」
「私らは摩弓の延命措置で必死なんだけど!?」
「こひゅー……っ! かひゅー……!!」
「姫晞さん落ち着いて! 深呼吸! ひっひっふー! ひっひっふー……!」
「いやそれラマーズ法」
過ぎていくのは嵐のように。
恋愛粒子を撒き散らすラブハリケーンは未だ顕在だ。
バカップル台風一号ミナオケーは強い勢力を保ったまま停滞中。
四月以降、一年一組地方付近には常に大雨暴風波浪
◇◆◇
――なお、余談ではあるが。
肇の付き添いで部活見学に行った渚は幸か不幸か諸々の事実を知るコトとなった。
つまりは彼があまりに描くのに集中しすぎると息を忘れていたり。
そのせいで美術室には酸素スプレーが常備されていたり。
部長との会話で本当は強烈なアタックを仕掛けられていたり。
あまつさえ極度の集中力を良いことに、癒しを求める副部長からお菓子を食べさせられたり頭を撫でられたりほっぺを触られたり。
いままで彼女が寄りつかなかったせいで闇に隠れていた美術部の実態を把握したのだ。
後に少女は語る。
さながら、彼氏をコンパや同窓会に送り出す彼女の気持ちが良く分かった――と。