乙女ゲーに転生したら本編前の主人公と仲良くなった。   作:4kibou

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Ex03/パネルの君へ走る衝撃

 

 

 

 

 とある少女の話をしよう。

 

 彼女は地方都市の片隅で産まれた。

 なんの変哲もない、取り立てて語るコトもないひとつの命の誕生(はじまり)だ。

 

 だからなんだというコトでもない。

 

 穏やかに産まれた少女はすくすくと穏やかに成長していった。

 

 特別重い病気にも、特別大きいな不幸に見舞われるコトもなく。

 ちょっと前向きで、明るくはしゃぐ、絵を描くのが好きな元気な女の子に。

 

 契機があったとすれば中学一年生のとき。

 

 彼女は美術の授業中、たまたま同じクラスだったひとりの男子が描いた絵を見た。

 

『――きみ、すごい上手だねっ!?』

『えっ』

 

 思わずそう声をあげたのも仕方ないだろう。

 咄嗟にそんな感想が出るぐらいには彼の絵は見事だった。

 

『あー……ありがとう』

『美術部入らないの!? まだぜんぜん間に合うけど!』

『うーん、たぶん入らないかな』

『なんで!? なんか、あの、重い理由とかおありで!?』

『あ、違う違う。あんまりそういう意欲がいまなくって』

『――そうなんだっ!』

 

 彼は困ったように笑いながらそう答えた。

 

 それに彼女がどこか納得できたのは、偏にその作品を見て感じ入るものがあったからに違いない。

 

 たしかに上手いとは思う。

 

 自分よりいくらかずいぶん。

 他の部員や先輩たちよりずっともっと。

 

 中学生という範囲に絞れば飛び抜けている。

 そうでないとしても注目を浴びるぐらいのものだろう。

 

 けれど言われてみればたしかにその通り。

 

 上手いだけ。

 ただそれだけ。

 

 彼の根底にあるべき何かはきっと込められていないのだろうな、と。

 

 

 ――それが懐かしい、大好きな人との出会い。

 

 

 中学生活は夢のような日々だった。

 

 幸いなコトに彼と彼女はなんだかんだでずっとクラスも一緒で、話す機会も接する機会もたくさんあった。

 

 もちろん、他の作品を見る機会だって当然のように。

 

『お、やってるね肇くん!』

『授業だしそりゃあ描くよ?』

『――ふんふむ。イマイチめちゃくちゃ上手だねっ!』

『ありがとう。美術部にそう言われると照れる』

『あっはっは! なにを照れてんのやおぬしー!』

 

 嫉妬するワケでもない。

 羨んでいたワケでもない。

 

 事実としてそれは、彼女が直感した最大の欠点だった。

 

 技量は抜群、作品として申し分なし。

 

 されど心此処に在らず。

 

 熱のない(イロ)は綺麗であっても寂しいもの。

 鮮やかであっても冷たいもの。

 

 見事ではあったけれど、同時に残念でもあったのだ。

 

 ……だからと言って評価を下げたコトもないのだけれど。

 

『肇くん体育祭パネルやろパネル! ひとり枠余ってるから!』

『俺でよければ』

『やったー! 主力確保っ! これはまずひとつもらったねっ!』

『なにをもらったの?』

『個別部門パネルの部っ!』

『あぁ、そういう』

 

 そしてまあ、ぶっちゃけてしまうと。

 そういう小難しい話は抜きにして、シンプルに彼のコトは好ましかった。

 

 少なくとも共同作業でテンションがぶち上がるぐらいには。

 

『肇くーん! 私いま世界の真理見えてるぅー!』

『落ち着いて。なに言ってるか分かんないよ』

『FOOOOOOOO!! 私のこの手が真っ赤に燃えるぅッ!』

『めちゃくちゃ動きが速い……!』

 

 高校はそんな彼と別のところになる。

 

 狙ったのではなく、狙えなかったが故。

 悲しいコトに彼女の成績(のうりょく)ではちょっと現実的ではなかった。

 

 三年間赤点ギリギリを低空飛行していた実力は伊達ではない。

 

 

 ――それがひとときの、別れの時節。

 

 

 高校生活は滝行のような鍛錬だった。

 学生らしくひたすら勉学に……ではなく、部活に打ち込んだのである。

 

 〝とりあえず中学の肇くんレベルになるまで粘るか!〟

 

 冗談半分で打ち立てた目標は意外と良かったのだろう。

 

 部活は毎日最終下校時間手前まで。

 土曜日もフルで入ってずっと筆を握り続け。

 

 展覧会にもコンクールにも顔を出さず、「そんなコトする暇があったら自分の描いてるし!」と研鑽を続けること三年。

 

 努力の成果かどうか。

 

 学校側の後押しもあって、わりと良いところの芸術大学にも進学できた。

 

 

 ――それが、昨日までのコト。

 

 

「久しぶり、羽根乃(はねの)さん」

 

 

 肝心要の入学初日。

 

 彼女――羽根乃柚莉(ゆり)はかつて別れた男子と再会した。

 

 行動に続いていく道路脇のベンチで。

 なんか、めちゃくちゃ大人っぽくなった感じを受けながら。

 

「――――は、肇くんだーーー!?」

「うん。中学以来だねー」

「なんでいるの!? ここ芸大だよ!?」

「そりゃあ俺が進学先に選んだからだし。あと家から近いし」

「あっ、そっかぁ! ――ってなるかーい!!」

 

(相変わらず元気だなぁ)

 

 ニコニコと笑う少年はなにひとつ分かっていない。

 

 たぶん柚莉に話しかけたのだって見知らぬ場所で偶然知り合いを見つけたからだ。

 おそらくそれ以上の理由も、それ以下の思惑もないだろう。

 

 良い意味で純粋。

 悪い意味で考え無しな天然鈍感(クソボケ)である。

 

 どこか遠い場所で「むむっ!」と銀髪美少女のクソボケアンテナが反応していたとしてもあずかり知らぬところだ。

 

「えっ、なに!? 美術系!? しかないよね! まさか高校でも!?」

「いちおう三年間ずっと部活は所属してたけど」

「展覧会とかコンクールは!?」

「自分の作品出したら行ってたかな」

「ヘイSi○i! オッケーGo○gle! ア○クサ! 時を戻して!!」

「??」

 

 うがーっ! と発狂するいつぞやのパネルゴリ押し系女子。

 

 もちろん彼女だって美術部に所属していた。

 なんなら上級生になれば部長だって任されていた。

 

 だが繰り返すように柚莉の高校生活は筆を動かす修練の日々。

 

 どこそこで行われる展覧会に行くとか、いつぞや開催のコンクールに足を運ぶとか。

 あまつさえその時の感想を聞くなんてよりもひたすら自己研鑽に努めたのである。

 

 結果、このように高校での再会チャンスをすべてパーにするというとんでもない奇跡が巻き起こった。

 

 大学で再会できたのはもうなんというか奇跡を通り越して神の領域だ。

 

「なぜっ……どうして私は頑張っちゃったの……!?」

「そこ後悔するポイント……?」

「せめて部員の話を聞いていればそこで気付けたのに……っ、おのれ極限の集中力……!」

「羽根乃さん、名前はちょくちょく聞いてたけどね。顔見せないからどうしちゃったんだろうって思ってた」

「いやほんとに私どうかしてたと思う!!」

「そんな元気よく言えるんだ……」

 

 無論、成果が無いワケではなかった。

 三年にわたる研鑽は目に見える形として表れている。

 

 なにより彼女自身の実力を比べればいまや肇と遜色ないほど。

 眠れる獅子はたしかに雄叫びをあげて覚醒した。

 

 ――が。

 

 それはそれ、これはこれ。

 

 彼が美術部に入っていると分かっていて、色々な行事にも来ると情報を掴んでいたのなら彼女もひとつ残らず参加したというのに。

 

「でも、そっか! これからは一緒なんだね!」

「そうなるのかな。……改めてまたよろしくお願いします」

「ううんっ、こちらこそ!」

 

 パッと切り替えてガシッと握手を交わす羽根乃女史。

 

 ハイテンションで前向きな彼女だからこそできる芸当。

 少女なりの明るいばかりの切り替え方だろう。

 

 残念ではある。

 悔やんでもいる。

 

 けれどいつまでも落ち込んでいたってなにも変わらない。

 

 なによりせっかくの()との再会だ。

 嬉しくないかといえば当然嬉しいものだし。

 

 ここで笑わなくていつ笑うのか、と少女は淡く微笑んで。

 

 

「……ね、折角だしこのあと一緒にま――――」

 

「あ、ごめん、電話かかってきた。ちょっと出ていい?」

「あ、うん! いいよ! ぜんぜん大丈夫! ちなみに誰? 親御さん?」

「ううん、彼女(こいびと)っ」

 

 

「――――――――――」

 

 

 

 

 ――拝啓、お父様お母様。

 

 前略両親のみなさま。

 

 羽根乃柚莉の初恋は、大学進学一日目にして砕け散りました――――

 

 

 

「見たコトなかったっけ? ほら、文化祭とかにも来てた銀髪の女の子」

「………………あッ!!」

「思い出した?」

 

 〝――――おのれあの銀髪美少女――――――!!〟

 

 

 がるるるる、と彼女が胸中で吠え立てたのは言うまでもない。

 

 薔薇色夢色だった中学三年生の文化祭。

 

 他校から来て肇となにやら酷く仲の良い雰囲気を醸し出していた女子を柚莉も忘れてはいなかった。

 むしろいまさら思い返してメラメラと対抗心が湧いてくる始末である。

 

「もしもし渚? 急にどうしたの」

『肇。私いますっごい不安に襲われてる。なんかやばい気配がする』

「なにが起きてるの」

『これは――――不倫の匂い……!』

「いやしてないけど」

 

(――いや、待て待て。落ち着け私。同じ大学なのは好機(チャンス)……! だってそうじゃん! 私のほうが絵は上手いし! そもそも先に好きになったのは私じゃない!? というかやっぱり自分より描ける男子じゃないと結婚したくないし――!)

 

 

 げに恐ろしきは女の勘か。

 渚の直感はあながち間違いでもなかった。

 

 要領を得ない恋人通話の裏側では大型肉食獣がゆっくり牙を剥きつつある。

 

 笑顔とは本来うんたらかんたら、みたいな含蓄が流れそうな勢いだ。

 

 

(ふっふっふ……彼女だからどうしたって言うの……! そうッ! 欲しいものは奪う! 私と関わりあったヤツには悪いけど、腹くくってもらう。わがままかな。わがままだね。そうだよねえ! さあ進むZEっ!)

 

「肇くんやっぱこのあとデート行こー!」

「っ!?」

 

『――――だれカナ? いまの声ハ? ン?』

 

「待って渚、五階(誤解)。これ百パーセント沙蚕(誤解)。――羽根乃さんもどういうつもりで!?」

「それとも大学生らしくホテルがいいって!? きゃー!!」

 

『肇?』

 

「待って。落ち着いて。落ち着こう。みんな一旦冷静になろう。これは――――罠だ……!」

 

 なお、これ以降激化した柚莉の攻撃(アタック)によって何度か「ガチ拗ね渚」と「ヤンデレ監禁渚」と「冷徹見下し渚」が発生するコトを彼らはまだ知らない。

 

 知らなくていいコト。

 知らないほうがいいコトなのかもしれない。

 

 たぶん。

 

「羽根乃さん一先ずなんかちょっと不味くなりそうだからごめん静かにしてて」

「あっ、だ、ダメだよ肇くん! 彼女さんが居るのにこんなところでっ」

 

『肇??』

 

「そうか羽根乃さんもしかしなくてもわざとだね! うん! からかうのはやめよう!」

 

『うーんこの天然純朴(クソボケ)……』

 

 

 

 

 


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