乙女ゲーに転生したら本編前の主人公と仲良くなった。   作:4kibou

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前作ギャルゲーを読んでくださっていた方へのお礼話。

向こうの本編語一年がこっちの本編一年目みたいな感じ。





Ex05/明け透けでも零じゃ無い“君“

 

 

 

 

 

 遠い記憶は儚くも淡く消えていく。

 古いものは新しいものに塗り替えられていく。

 

 幸福も悲哀も過ぎれば泡のように。

 

 それはいつかに眠っていた些細な一欠片。

 ふとした瞬間に湧き出た過去(むかし)の思い出。

 

 ――彼がその少年と出会ったのは高校一年生のとき。

 

 ちょうど体調がおかしくなって、急遽入院と相成った時期のコトだ。

 

『どうしたの?』

『え……?』

『暗い顔してる。なにかあった?』

『……えと……その……なにも……?』

 

 声をかけたのはまだ中学生にも届かないぐらいの男の子。

 

 髪の毛はぐしゃぐしゃで、身体はちっちゃくて全体的にやせ細っている。

 肌は日の光を知らないみたいな白さで、目は赤ん坊のような水晶じみていた。

 

 無論、知り合いではない。

 親戚やご近所さんというワケでもない。

 

 ただ、その子の姿に彼としてもどこか重なる部分があったというだけ。

 

『……俺は翅崎彩斗っていうんだ。君は?』

『え、あ……あ、ぼ、僕は――』

 

 身体に傷はない。

 

 五体満足な様子はきっと守られていたが故だ。

 

 痩せすぎているぐらいの肉付きはおそらく生来のものだろう。

 生まれつき身体が弱く生きるのが難しくある。

 

『なんだか女の子みたいな名前だ』

『あ、その……ごめんなさい……?』

『――どうして謝るの。違うって思うなら怒らないと』

『え、や……あ、で、でも……』

 

 壊れるような環境にあったのではない。

 その証拠に少年の瞳は濁り淀んではいなかった。

 

 けれど。

 

『君はいつも泣きそうな顔をしてるね』

『……? そう……かな……?』

『うん。だってそうでしょ? 涙に色はないからね』

『……ごめん。彩兄(あやにい)の言ってるコト、ときどくよく分からない……』

『別に謝らなくても。悪いコトはしてないんだし』

『…………、ごめん……』

『もー……』

 

 思えばよく謝罪の言葉を口にする少年だった。

 

 それこそ彼より幾分か素直で純粋。

 悪く言ってしまえば自我が希薄で自己が曖昧。

 

 なにかに流されるのではなく。

 なにかに染まるのでもなく。

 

 なにかを映し取るみたいな()()()()

 

 透き通るような黒瞳は無知そのものだ。

 

 なにも知らない。

 なにも分からない。

 

 であれば、なにをどう思うコトもない――――

 

 そう願ったのは、聞いたところによればおそらく少年の父親で。

 

『……彩兄、具合悪いの……?』

『君もだろう? お互い苦労するね、ほんと』

『…………、』

『そんな顔しないで。大丈夫大丈夫。心配要らないよ』

『…………ごめん』

『だから、謝らないでいいんだって』

 

 結局、その後は彼も容態が酷くなって。

 少年のほうも回復の見込みがないようで悪化の一途を辿ったらしい。

 

 付き合いがあったとすればそんな、ほんのわずかな間だけ。

 

 けれど妙に気にしてしまった相手だった。

 

 同じようでまったく別物。

 似ているようで似つかない。

 

 彼は折れた心に熱を入れて打ち直し、その在り方を強固にした。

 誰かは心すら曖昧なまま、その色彩を持ち得ずに育っていった。

 

 はじめから(イロ)のあった彼と、はじめから()かった少年は――――

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 時間は遡って以前の話。

 

 それは肇がようやく自覚して、渚を水族館に誘ったときのコト。

 週末の土曜日、彼は彼女より一足先に目的地の隣町まで来ていた。

 

 理由は単純。

 

 異性の交遊、デートの定番といえば待ち合わせである。

 

 いつもの別れ道で落ち合うというのも悪くはないのだが、それだとどうしても特別感が欠けてしまう。

 

 せっかくの初お誘いデートだというのにそれはどうも、と考えて彼が思いついたのが目的地の駅前で待ち合わせ、という今回の方法だった。

 

 ――が、そこで満足しては天然純朴(クソボケ)の名折れ。

 

 気付きを得た肇の行動力はその程度じゃおさまらない。

 

 結果、早々に町を散策していた彼は「よし、サプライズでなんかプレゼントでも買ってよう」と朝早くから大きめのショッピングモールへ足を運んだ。

 

(優希之さんだとなにが良いかなー……)

 

 店内の様子はきょろきょろと眺めながら思案する。

 

 困ったコトにいざ決めようとすると彼の知識は心許ない。

 今まで付き合ってきた異性の知り合いとしても。

 

 ほぼ確信を得ている誰かさんだとしても、どんなものを渡せば良いのか悩みどころだ。

 

 なにせ彼自身は過去(ふるく)から貰う側の立場だったのである。

 贅沢な今生(いま)で返せるようになったとはいえ直ぐに完璧とはいかない。

 

 美術的センス以外はわりと努力で補っているのが水桶肇という少年なのだ。

 

(服……靴……? いや、そもそも優希之さんのサイズ知らないし……フライパンとかエプロン……は、どうだろ……学生でそれは嬉しい、のかな……? ……微妙な気がする。アクセサリーにしたって昔からあんまりつけてるところ見たコトないし……)

 

 むむむ、と考え込む一端の恋愛初心者。

 

 彼の欠点は奥手だとか慎重加減だとかそういうのではなく、偏に火力の調整ができないというところにあるだろう。

 

 常に強火。

 焼き時間を考えない最大火力。

 

 往々にして料理下手といわれる人たちに備わる才能(スキル)が、なんとこの男には恋愛方面でついていた。

 お陰様で淡雪のお嬢様は毎回至近距離でガスバーナーを当てられているようなもの。

 

 〝ぴっ!?〟

 

 〝ぴぇっ!?〟

 

 〝ぴゃっ!?!?〟

 

 〝あぁぁあぁうあうあぅあうあおううあおおぉあぁあぁ――――!!〟

 

 ――なんて声をあげながらでろんでろんのどろんどろんに溶けている。

 

 繊細で触れると脆い乙女心(ハート)だった。

 

(いっそのコト指輪――……もサイズ分かんないし。うん。流石に高校生の貯金じゃ買えないし。……むしろ将来の俺の稼ぎですら買えるのか……!?)

 

 わなわなと震える肇だったが――言わずもがなその心配は杞憂だろう。

 

 後に現在を代表する画家のひとりとして有名になった彼は、給料三ヶ月分どころか家三軒は買えるんじゃなかろうかという結婚指輪を誰かさんにプレゼントするコトになる。

 

 立てば名作、座れば神作、歩く姿は希代の名画、とまことしやかに囁かれた評判は伊達じゃない。

 

(……駄目だ、考えすぎてなんか分かんなくなってきた……花束とか持って行ったらー……普通に邪魔だろうなぁ……)

 

 ああでもないこうでもない、と思考を巡らせながら肇はうんうんと唸り続ける。

 

 件の少女ならきっとその話を聞いただけでも「お腹いっぱい」と真っ赤になること請け合いだが、彼はまだそんな彼女のひよこっぷりに詳しくなかった。

 

 どうせなら良さげなものを、と悩んでいれば幾らでも選択肢は広がっていく。

 このままでは決まるものも決まらない。

 

 一度落ち着いて整理しよう、と肇がモール内のベンチに座り込んだときだ。

 

 

「「――――はぁ」」

 

 

 声が重なる。

 

 ため息じみた音はふたり分。

 自分のものと、あともうひとり隣から。

 

 驚いて顔をあげれば相手も同様に彼のほうを見ていた。

 

 黒い髪に黒い瞳の、これまた容姿の整った好青年である。

 雰囲気だけでいうなら、落ち着いて静かそうなところがどこか肇によく似ている。

 

「あ、すいません」

「いえいえ、謝らなくても」

「そ……うかも、しれませんね。はい。……隣、いいですか?」

「大丈夫ですよ。俺もいま座ったところなので」

「……ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 どさどさどさ、と青年が大量の買い物袋を置いていく。

 

 両手にいっぱい、肩にかけていっぱい、背負っていっぱい――という規格外の量。

 それにまた驚いてぎょっと肇が視線を投げてしまったのは仕方あるまい。

 

「……? えっと、なにか……?」

「いえ、すごい荷物だなー、と」

「……ちょっと、仲の良い知り合いとかと一緒に来てて。今日は僕、荷物持ちなんです」

「へぇー……、……あ、失礼ですけどお幾つで……?」

「十七です。今年で高校三年生なので」

「年上の先輩だったんですね。俺、まだ今年高校に入ったばかりの一年生です」

「…………意外だ……」

「そうですかねー?」

 

 あはは、と笑う肇を青年がまじまじと見詰める。

 

 意外というにはどちらも学生らしさの薄い空気があるのだが、偶然にも彼ら自身はそんな感覚をまったくと言っていいほど自覚してはいなかった。

 

 悲しいかな、ここにそれを「いや君もでしょ?」と突っ込める女房役でもいれば良かったが、そんな誰かはいま影も形もない。

 急にぬっと出てくるのでもなければ姿も見えない。

 

 野郎ふたりのボケ倒しはそのまま流されていく。

 

「それで、どうしたんですか?」

「…………え?」

「疲れた顔してますし。なにかあったんじゃ?」

「………………もし」

 

 と、急に青年のポケットから軽快な電子音が鳴り響いた。

 

「――あ、ごめんなさい」

「ぜんぜん。どうぞどうぞ」

「……なら、失礼して」

 

 くるりと肇とは反対側を向きながら、彼は取り出した携帯の通話ボタンをタップして耳に押し当てる。

 

 

「もしも――」

『いきなり逃げるなんてあなた良い度胸ね』

「…………先輩」

『良いから戻ってきなさい。ほら、あなたの大切な恋人もいるでしょう?』

 

『ちょっ――この女の口車には乗らないでいいからね!? ちょっと休んでて良いからね!? あと貴女は携帯返してくださいっ!』

 

『うわー、相変わらず陰湿なヤツ。だからトップバッターのくせにチャンス取りこぼしてんのよ』

 

『し、ししし下着売り場まで連れこむのはどうかとわ、私も思いますっ』

 

『うーん、あたしは賛成だけどねー? どうせなら良い機会でもあるしー……?』

 

『お兄お兄、この人らやばくない? やっぱ妹一択しかなくない? え? お兄もそう思うって? ……だよねー! このこのー!』

 

 

 ぴっ、と青年は静かに電話を切った。

 

「…………はぁ……」

「――おぉ……」

「あ、なんかすいません……」

「いえいえ。なんというか、賑やかでいいですねっ」

「えっ……」

「??」

 

 純度百パーセントの笑顔に「うわっ眩し……」なんて呟きが漏れたのは偶然か必然か。

 

 きらきら笑う天然純朴を前に青年はひっそりと目を細めた。

 

 なにかと苦労するコトがあったのだろう。

 真っ直ぐな人間の心持ちがいまやオアシスの光と重なって見えているらしい。

 

「……それで、あの……さっきのコト、なんですけど」

「? はい」

「もしかして、その……、……えっと……」

 

 言葉に悩んでいるのか、言い淀むように青年の言葉が途切れる。

 

 

 〝――――――おや?〟

 

 

 ふと、そんなところに響く部分があったのかどうか。

 

 言いづらそうに視線を泳がせる様子と、ぼうっとした姿の残り香。

 

 微かな特徴の合致に記憶のなかの小さい欠片が当てはまる。

 

 ぶっちゃけ、肇にはそれで事の絡繰が読めてしまった。

 

 なんというか因果なものだけれど。

 冷静に考えると不思議なコトもあるものだけれど。

 

 きっと、そういう偶然も往々にしてあるのだろう。

 

 ……なにせ、肝心要の彼女だって()()であるのだし。

 

「ふふっ、そういう……なるほどなー」

「……? え、あの」

「君が先輩というのはちょっと面白い。いや、謎は深まるばかりだけど」

「――――――」

「ようやく色付いたようで俺としても喜ばしいばかりだ」

 

 くすりと口元に手を当てて笑う肇に、青年は目を見開いて応えた。

 

 間違いないというように。

 これ以上ないほどの確信を胸に持って。

 

「……どうして、そんな……いきなりなのに」

「いきなりでもなんでも、そう在るならその通りじゃない?」

「それって……?」

「――自分の感性と心中できなきゃ、画家なんてやってられないからね」

「…………やっぱり言ってるコト、よく分かんないよ……」

 

 その返答にまた彼が笑みを深める。

 

 いつかの日に出会った少年の瞳はすでに鮮やかだった。

 なればこそ、それがこれ以上ないほどの証明なのだろう。

 

 彩りの魔術師にそのあたりの差異が分からないなんてコトはないのだ、きっと。

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 そこからはきっとつまらない話。

 

 

「じゃあなに、さっきのはハーレムってこと? 女泣かせだなー、君」

「いや違うよ。大体僕はちゃんと恋人一筋で……」

「でもみんな君を狙ってるみたいだったじゃない?」

「………………、」

「否定できないのかー、あははっ」

 

 

 今と昔を股にかけた、意味の薄い言葉の交わり。

 

 

「なるほど主人公が女の子……そっかー、ギャルゲーかー」

「? 知ってたの、アキホメ」

「一時期やってたよ。もう殆ど覚えてないけど。……あ、後輩の妹キャラが可愛かったことだけは記憶にあるかな。こう、甘えてきたりするのが良かったよね」

「…………………………、」

「どうしたの。目がすっごい泳いでるけど」

「――――僕だって知らなかったんだ……っ」

「??」

 

 

 ショッピングモールの雑踏に消えるぐらいの雑談だ。

 

 

「……え、乙女ゲー?」

「そうそう。もしかして世界観同じ作品だったっけ?」

「いやそんなまさか……父さんに訊けば分かるかな……?」

「? なんだいそれ、一体どういう――」

「もしもし父さん? アキホメと同一世界観の乙女ゲーつくったりした?」

「ちょっと待って?」

『ん、あー……はははっ。――乙女ゲーチームは結成する前に誰かの手によってBLゲー制作チームに変わってたなぁ……』

「お母さん……っ」

「色々と分からないけど君の家系はもしかしなくても凄いね?」

 

 

 価値でいえばきっとほんの少しもありはしない。

 

 

「……プレゼント? 誰かに贈るの……?」

「このあとデートなんだー。どう? なにかアドバイスとか」

「いや僕はそんな……、……しおり……とか……?」

「そっかー……本命は図書委員の先輩だったと」

「え、あ。いや違う! ごめん! それはその、たぶん誤解!」

「携帯鳴ってるよー」

「ああなんでこんなときにタイミング良く……ッ!?」

 

 

 まあ、てんやわんやな展開も多少交えつつ。

 

 

「……街のはずれにある展望台とかなら、その……良い景色……見られると思う」

「ほんと? じゃあ一緒に行ってみる。やっぱり地元の人に聞くのが一番だね」

「……僕も少し前までは知らなかったんだ。教えてくれた人がいて」

「…………そっか」

 

 

 出会いと別れと、懐かしい時間はすれ違うようささやかに。

 

 

「ん、良いコトいっぱい聞けた。それじゃあね、ありがとう」

「……もう行くの?」

「行くよ。好きな人を待たせてるからね。俺のお嫁さん候補唯一人だから!」

「待ってそれだと僕がたくさんいるみたいな感じにならない……!?」

「頑張って、先輩さん!」

「撤回の余地がない……!」

 

 

 とりあえず誰も知らない間に、そんなコトもあったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――しかし、そうか)

 

 

(乙女ゲーの舞台はあるけど、世界じゃないワケだ)

 

 

(……不思議だね、いや本当に……だとするなら、そっか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――俺が優希之さんに惚れても、まったく問題ないってコトかな!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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