乙女ゲーに転生したら本編前の主人公と仲良くなった。   作:4kibou

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Ex07/水桶五兄妹の認識

 

 

 

 

 それはとある週末の一幕。

 いつもの流れから切り取られた珍しい一ページ。

 

 切っ掛けは半月ほど前。

 

 一番上の兄が雑誌の懸賞で温泉宿のペアチケットを当てたコトに始まる。

 

 

 〝ちょうどいいし母さんと父さんで行ってきたら? 俺らで留守番しとくし〟

 

 

 そう言って今年二十一歳になる長男――学芸員を目指して大学生活を邁進中――は見ようによっては垂涎モノの権利を放棄。

 家事諸々は任せろー(バリバリー)、なんて感じで早めの親孝行を敢行した。

 

 これにはバカップル……もといバカ夫婦も大喜び。

 

 久しぶりのふたりっきりで旅行だやったー! と今朝方ニコニコ笑いながらスーツケース片手に家を出て行ったという。

 

 残された家族は男が二人、女が三人。

 年齢は上が成人済みから下が中学生まで。

 

 わりと()()コトである子供だけで家を回す大事は宣言を裏切って崩壊――――するようなベタもなく、なんだかんだで平和は維持されていた。

 

 なにを隠そう、それが現在の水桶邸である。

 

 

「あーっ、こいつチャーハンにウィンナー入れてるー!」

「良いだろウィンナー! 美味いじゃん!」

「私はベーコン派なんだけど!?」

「うるせえベーコンなかったんだよ!」

「じゃあ買ってよー! 買いに行ってよー! むしろ買いに行こうよー!」

「ちょっ、ばか暴れんなおまっ、やめ――――ここ火の元ォ!!」

 

 

 ぎゃあぎゃあと台所からあがる賑やかなやり取り。

 

 お玉片手にフライパンを振るう男子と、その背中にコアラのごとく引っ付いている女子は喧しくも楽しげに会話している。

 

 一見すると同年代のソレな彼らの微笑ましい光景は、だがしかしその内情を知っているのといないのでは違うものだ。

 

 ふたりの間に恋心とか慕情とかそういったものはない。

 仲睦まじい様子であっても断じてそういう関係では一切無い。

 

 驚くなかれ、彼ら彼女らこそがいまこの家における最高責任者。

 記念すべき初子にして双子の長男長女。

 

 水桶陽斗(はると)、および水桶彩嫁(あやか)の年長者コンビだ。

 

 

「じゃあカニカマ! カニカマ入れよう!」

「おまえ俺がカニカマ嫌いなの知っててそれ言うか?」

「私はめっちゃ好きなんだけど!?」

「うるせえ俺が食えなくなんの! 海鮮風味にしてあるんだからそれで良いだろ!」

「好き嫌いしてたらお母さんに頭撫でてもらえないよ!?」

「もうそんな歳じゃねえんだわ! いつの話をしてんだよ!」

 

 

 わーこらとまだまだ言い合う仲良し兄妹。

 

 同い年の女の子をおぶって料理をしながら言葉を交すのは些か大変だろうに、それを手慣れたようにこなすあたり長男のスペックが垣間見えた。

 

 要領が良いだけでは解決できない凄さがそこにはある。

 実用的な凄さかと言えば限定的すぎてまあなんとも言えないところだが。

 

 

「あっ!」

「今度はなんだ!?」

「チャーハンなら私麦茶が良い!」

「つくってるから冷蔵庫開けて勝手に持ってけ!」

「ありがとー! でも手が届かないからもうちょっと寄って。ほら、右に五歩ぐらいっ」

「いや取るなら降りろよ! めっちゃ動きづれえって俺も!」

「うわー! 女子に重いとか言っちゃ駄目なんだー!」

「言ってねえ!」

 

 

 言外に「取らないなら別に乗ってても気にしない」と言っているようなものだが然もありなん。

 

 彼にとっては彩嫁(ちょうじょ)との密着状態などほぼノーマルスタンス。

 半ば当たり前となったセット状態。

 

 このぐらいのスキンシップはなんてコトもない日常のひとつだった。

 

 内外問わず「距離感バグってない?」と言われる所以である。

 

 

 

(――――ハル兄とアヤ姉、一生結婚できなそうだなー……)

 

 そんなふたりを若干冷めた目で見る視線がひとつ。

 

 カウンターを挟んで広がるリビングの片隅。

 

 テレビを前にして置かれたソファーベッドの上で寝転ぶ人影――四番目にして次男となる水桶聿貴(いつき)は呆れ交じりの息をこぼした。

 

(普通にやばいよな、アレ。家じゃ誰も気にしないけど。完璧になんか拗らせてるもん。こう、ブラでシスなコンみたいなのを)

 

 最早手遅れであろう兄姉を半眼で眺めつつ、聿貴はぽちぽちと携帯の画面を触る。

 

 なにかに集中しているワケではなく暇を持て余してのコトだ。

 

 時刻をちょうど十二時を過ぎたあたりのお昼時。

 

 自室に戻って時間を潰すにしても件の食事は完成が近い。

 なにより彼自身も良い具合にお腹が減っている。

 

 ので、大人しく居間でゴロゴロしながら昼食を待っていたのだが。

 

 

「あ、ハル。お皿私が取ろっか?」

「良いよ、別に。彩嫁にやらせると危なっかしいし」

「ちょっとそれどういう意味ー!」

「だからそうやって後ろから手ぇ伸ばしてくんのが危ねえの! くっつくならしっかり掴まってくんねえ!?」

 

(――うん。俺は絶対ああならないようにしよう)

 

 

 ゼロ距離でイチャつく双子を前に彼は密かに決意した。

 

 偉大なるは先人の教え。

 賢者は歴史に学ぶという。

 

 その点ふたりは年上の家族として申し分ないところがあった。

 

 もちろん反面教師として。

 

 

(思うに父さんも母さんも世間一般とはズレてる。その影響を受けたハル兄もアヤ姉もたぶんズレてる。……そう考えると俺ってめちゃくちゃマシな部類では……?)

 

「ん、ちょっと」

「?」

 

 と、不意に声をかけられて聿貴が顔を上げる。

 

 見れば傍らにはもうひとりの家族の姿。

 

 自室で休んでいたはずの次女――聿貴からしてひとつ上の姉――はソファーを独占する弟を若干冷めた目で見下ろしていた。

 

「んっ」

 

 くい、とちいさく顎を動かす姉君。

 

 気怠そうな雰囲気はテンションの平坦(フラット)さと力の抜けた姿勢(ポーズ)によるものだろう。

 ゆったりとした服装でポケットに手を突っ込んでいるあたりがその印象をより一層強めている。

 

 睨んでいるようにさえ見えるジト目はおそらく生来の目付きの悪さからだ。

 

 母親譲りの整った容姿も相まって受け取る印象(イメージ)はなんとも鋭い。

 

 ――が、そこは産まれたタイミングも近い年子の姉弟。

 

 聿貴は彼女――水桶華波(かなみ)が実はわりと優しい人間なのだと誰から言われずとも理解している。

 

 ので、

 

「……あい」

「ん」

 

 大人しく起き上がってひとり分のスペースをあける。

 それに短い声だけで応えた華波(じじょ)はすとんと弟の隣へ腰を下ろす。

 

 喋るのも面倒とでも言わんばかりのやり取り。

 

 音だけで交わすコトバは人らしい会話とは到底言えない。

 けれども意思の疎通という点でいえばこれ以上ない極致でもあった。

 

 歳が離れていないからか、それとも過ごすうちに自然とそうなったのか。

 

 家族の中でもなにかと一歩引いた立ち位置にいる高校生は互いに最低限の労力でコミュニケーションをこなしている。

 

 

「あれ、()()()()()きてたの?」

「うん。いまさっき」

「ご飯すぐできるからちょっと待っててねー! あ、()()()()もね!」

「わかった」

「うん」

 

 

 こくこく頷きながらぽちぽち携帯を弄るソファー組。

 騒がしい長兄長姉と違って物静かな様子は同一空間なのもあって余計に際立つ。

 

 

「彩嫁おまえ勝手になに言ってんの! 作ってんの俺なんだけど!」

「細かいコト気にしないで! ほらお醤油!」

「後ろから渡すのやめろやっ! うっかり落として怪我したらどうすんだ!」

「責任とってハルが一生すねを齧らせてくれるしかないねぇー!」

「やだこいつニート目指してる! これだから父さんの素質を受け継いだ天然の絵描きは! ペン握ってるだけで働いてると思いやがってちくしょー!」

 

「…………姉さんと兄さん、一生相手できなさそう」

「うん、わかる……」

 

 

 ぼそっと呟く華波に思わず頷いてしまった聿貴だった。

 

 流石は姉弟というべきか。

 奇しくも末期患者を前に出てくる感想は同じらしい。

 

 自分たちはああなるまい、という考えが兄姉を見る目に如実に表れている。

 

「――むっ! なんか良い匂いする! お昼できた感じ!?」

 

 どたたたっ、と小気味良い足音と共に居間へ駆けこんでくる少女。

 満を持して二階の自室から降りてきたのは水桶海優希(みゆき)、十四歳。

 

 兄妹の最後を飾る中学二年の末っ子である。

 

 

「良いタイミングだね()()()()()! もう少しで出来るから!」

「いやだから料理してんの俺だって! 勝手に返事すんな!」

「はいはい、ハル兄もアヤ姉もいつも通り元気だねー。あはは、一生恋人とかつくれなさそう」

 

「「えッ!?」」

 

(だね)

(わかる)

 

 

 海優希嬢の衝撃的な言葉から数秒。

 

 驚愕する長男長女。

 無言で同意の意を示す次男次女。

 からからとなんでもないように笑う末の妹。

 

 水桶家はその三つに分かれ、混沌を極めていた――――

 

 

「どういうことミユちゃん!?」

「海優希!? いまめっちゃ聞き捨てならない台詞が聞こえたケド!?」

 

「まあ良いんじゃない? 幸せならそれでオッケーとあたしは思うヨ、ウン」

 

「なに!? どういう意味!? ――はっ、まさか私が高校時代に男子からひとつも告白されなかったのは貴様のせいかハル――――!」

「うっせーな俺だって大学入るまで告られたコトなかったわ!」

「いまはあるんだー! うわー! そっちだけズルいじゃんもー!」

「ばっ、だから暴れんな! 火元! コンロ近い! デンジャーデンジャー!」

 

「……やー、平和だなーうちの家族。うん。――あたしはああならないようにしよう」

 

(そうだね)

(わかるわー)

 

 

 家族の贔屓目()()で見ても一番上のふたりはヤバい。

 

 それが下の三人が出した結論、および共通認識だった。

 

 いくら仲の良い兄妹とはいえ。

 産まれたときからずっと一緒の双子とはいえ。

 

 料理中でも構わず後ろから抱きついて、あまつさえそれを当たり前のようにおぶって動く彼ら彼女らはナニカが狂っている。

 

 こう、対人関係での決定的なナニカが。

 

「イツ兄とカナ姉もそうだよね」

 

 次弾は続いてもう一グループのほうへ。

 

 くるっと振り向いてソファー組を見る末妹。

 

 唐突に話を振られた聿貴と華波であるが、当然のごとくそんなつもりは一切無いふたりはムッと眉間にシワを寄せる。

 

 

「……んなコトないでしょ」

「ん。どこらへんが?」

 

「いやだっていつもめっちゃ近いじゃん? 今だって座りながら肩ぴっとりだし」

 

「別にそのぐらい普通でしょ」

「俺もそう思う」

 

「……え、ソファーだよ。広いんだよ。そこまでくっつかなくてもよくない?」

 

「逆に離れて座る意味がわかんない」

「ないない。わざわざそんなコトしなくても」

 

 

 

「――――ダメだこれ。もう無理だ。マトモなのはあたしだけか……っ!」

 

 

 

 がくん、と膝を折る海優希の姿はどこか孤独に包まれていた。

 

 大前提である父親と母親。

 そしてふたりの兄とふたりの姉。

 

 そのどれも全員がわりと手遅れではなかろうか、と認識した瞬間である。

 

 

 ……なお、余談ではあるが。

 

 少し離れた未来の話。

 

 その後しばらくして産まれた六人目の弟を溺愛する彼女の姿があるとかなかったとか。

 

 

 真実はまだまだ先の本人だけが知るところだろう――――

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 ――――いっぽうその頃。

 末の娘が家庭内環境にある種絶望している最中、その元凶たるふたりはというと。

 

 

「凄いね、流石二等。窓の外も綺麗だし」

「わ、ほんとだ……陽斗には感謝しないとね」

「そうだねー。いつの間にか大きくなっちゃって……」

「あらら、お父さん。年寄りみたいなコト言ってる」

「話振ってきたのはお母さんでしょ?」

「…………あははっ」

「…………ふふっ」

 

 

 ちゃっかり見事な雪景色を眺めながら温泉宿を堪能していた。

 

 

 

 ……少女の孤独が晴れるのはわりとすぐなのかも知れない。

 

 

 









簡単なまとめ


・陽斗くん
長男。学芸員志望。お母さんっ子。頭を撫でられるのが大好きだったが子供のときに「このままではいけない」という気付き(天啓)を得て代わりに双子の妹へその役割を頼んだコトがある。手遅れ。

・彩嫁ちゃん
長女。現役の絵描き。感性がお父さん似。性格はどこぞの弟を猫可愛がりしていたフルパワーお姉ちゃんに天然純朴を混ぜたような破天荒。カワイイ系銀髪美人。やっぱり手遅れ。

・華波ちゃん
次女。三番目。どこからか引っ提げてきたダウナー要素の目立つ娘。弟とのコミュニケーションは基本単音で行う。他は普通に話す。最近校内で弟関連のアレコレを聞いて内心ちょっと気になっているらしい。綺麗系の美少女。

・聿貴くん
次男。美術部所属。落ち着いた雰囲気の男子。自分はマトモ枠だと自負している。最近同学年別クラスの海座貴たらいう女子や副部長の先輩と仲良くしているらしい。ひとつ上の姉が言いたいコトはだいたい分かる。

・海優希ちゃん
唯一の(まだ)マトモ枠。お父さん寄りのさっぱりした性格をした女子中学生。なんだかんだ微妙に年の差があるコトによって常識を保っている。なお未来はお察し。


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