乙女ゲーに転生したら本編前の主人公と仲良くなった。   作:4kibou

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Ex08/迷い人フォーリンラブ

 

 

 

 

 その日はよく晴れた、心地の良い天気だった。

 

 思うままに描くコトを是とする肇であるが、見たままを切り取るコトに関しても理解がないワケではない。

 

 むしろ気持ちの良い空模様からして心も向くというもの。

 

 何事も思い立ったが吉日ともいう。

 なにより気分に左右される彼にとってタイミングは最重要だ。

 

 ならば、そう。

 

 これ以上の理由なんてあるはずもない。

 

 ――結果、肇は適当な画材を持って久方ぶりに野外で描くコトにした。

 

「車とか気を付けてねー、肇」

「うん。暗くなるまでには帰るから」

「いってらっしゃーい」

 

 ひらひらと手を振りながら家を出る。

 新生水桶邸がまだ比較的大人しかった、彼と彼女だけだった頃である。

 

「――――」

 

 田舎町とはいえ数年も経てば成長は著しい。

 

 分かりやすいところでいえば駅前や大通りに並ぶ店舗。

 近いところでいえば住宅街にできはじめた新鮮なデザインの一戸建て。

 

 行き交う人の服装も雰囲気もそうだろう。

 

 日々は忙しなく移ろいでいく。

 頭に覚えた記憶ですら儚く霞んで消えていく。

 

 その中でも変わらないモノは、密かに静かに時間の流れに溶けこんだ自然と歴史だ。

 

(……河原のほうにでもいってみようか)

 

 荷物を片手にふらっと行き先を決めて、肇はコツコツと歩いていく。

 

 変に悩みはしなかった。

 なんとなく今日はそんな感じ。

 

 はじめからそれが目的だったと言わんばかりに足は自然と動き出す。

 

 町の様子は変わりない。

 

 とくにコレといって特別な企画もない日のコト。

 いつも通りの景色は印象的でもなければインパクトもない。

 

 見慣れた風景。

 嗅ぎ慣れた香り。

 聞き慣れた雑踏の音。

 

 感じ慣れた日常の要素。

 

 それらすべてを意識もせずに受けて町を往く。

 

 数分後。

 

 辿り着いたのは山から海に繋がる川の中流あたりだった。

 

 ちょうど町を二分するように通っている細めの河川。

 場所的には人々の喧噪からわずかに離れた自然寄りの区域になる。

 

 近くには橋がかかっていて、散歩用の細道にはご丁寧にベンチまで設けられてあった。

 

(ん、ここにしよう)

 

 直感的に判断して、肇は木製の長椅子へストンと腰を下ろした。

 そのままバッグから道具を引っ張り出して、いそいそと構えていく。

 

 ついでに長いコト眠っていた小型画架(イーゼル)の晴れ舞台でもある。

 

 知り合いから貰ったは良いものの使い所を見失っていた物置の重鎮はついぞ本日デビューを果たしてくれたらしい。

 

(あー、なんかいい。新鮮だ。こういうのも偶にはアリかも)

 

 ふふん、と楽しげに鼻を鳴らしながら筆を握る肇。

 

 大学時代、馨の協力もあって向こう十数年は遊んでも困らないぐらいの財産は築いたものの創作意欲は衰えていない。

 

 中学生までの執着のなさが嘘だったみたいに蝋燭の火は灯り続けている。

 

 きっと絶えず燃料が補給されているからだろう。

 その正体がなんなのかは言うまでもない。

 

 色々とあったけれど、きっと変わらなかった唯一つがそうなのだ。

 

「――――――、」

 

 夢中になって手を動かす。

 

 視線はキャンバスと景色の間を行ったり来たり。

 ペーパーパレットは瞬く間に汚れていく。

 

 そこからは彼ひとりだけの世界だ。

 

 時間の流れも他者の介入もない没入した空間。

 

 息は忘れない。

 身体の調子はそのままに。

 

 過度の集中でも負担を少なくしたのは偏に渚の懸命な努力だ。

 

 事情を知った彼女はなんとか解決方法を模索し、しつこいぐらいに試すコトでひとりの天才の欠点を克服させた。

 

 たぶんわりと名前が語り継がれてもいいぐらいの大功である。

 知らぬはきっと当人たちだけだろう。

 

「…………、」

 

 風の音が耳を抜けていく。

 

 衣擦れの音すらうるさいぐらい落ち着いた穏やかな空気。

 人間の暮らす場所にあってなお残り続けた自然の香り。

 

 ふと、彼はそれにどこか懐かしさを覚えた。

 

 いまはもうさっぱり覚えていないぐらいの遠い感覚。

 

 前世のものとは違う。

 はじまりより遡る(いぜん)のコト。

 

 個人ではなく生き物としての手応えに、ソレは――――

 

 

 

「――――素敵な絵だね」

 

 

 

 ふと。

 

 そんな声をかけられる。

 

 音の主は彼の真横から空気を震わせた。

 

 気付けば肇の隣にはいつの間にやら人影がひとつ。

 今まで誰もいなかったそこに、ひとりの女性らしき姿がある。

 

 ……おかしな言い方になるけれど。

 

 それは本当に、曖昧な色と形をしたモノだった。

 

 

「ありがとうございます」

「ワタシはあまりそういうのに詳しくないんだが、それだけ君の絵が魅力的というコトかな。実に見事だ、素晴らしい。なるほど綺麗という言葉をこぼす価値もあろう」

「……そこまで褒められると照れますね……」

「ふふ、それならば重畳」

 

 

 くすくすと女性が笑う。

 

 少女のように無垢な、老婆のように覇気のない笑い声。

 掴みどころのない音に思わず手を止めて肇が彼女のほうを振り向く。

 

 そこには、

 

 夏場の陽炎じみた、

 霧の中の街灯みたいな、

 

 薄ぼんやりした人間が座っていた。

 

 

「どうかしたかな」

「……いえ……」

「ああ、遠慮しなくていい。深い意味などないよ」

「? ……それって」

「君の感性の鋭さには流石に驚くというコトだ」

 

 

 か細い声音は透き通るようで、広くあたりへ響いていく。

 

 光のように白い肌と、空を映す澄んだ瞳。

 

 夜の宇宙(うみ)を込めた長髪はきっと立っても地面につくほどだ。

 服装は学生のようで、スーツのようで、ラフな私服のようなモノを着ている。

 

 会ったコトはない。

 

 正真正銘肇と彼女は初対面だ。

 けれど知っているような感覚はあった。

 

 命の奥底にある根源として、その残滓は誰もが抱えるものだろう。

 

 

「――――なるほど。ああ、そういう」

「おや、肯定するのか。その反応はなんとも」

「これでも画家の端くれなので。自分は誤魔化さないようにしてるんです」

「……そうか。いや、末恐ろしいな、これはこれで」

 

 

 困ったように女性は息を吐いた。

 

 ぼんやりとした影は連動するように揺らぐ。

 

 それはなにかによって成された現象ではない。

 すべて彼女がここに居るからこそ起こりうるもの。

 

 いまはまだ埋められない認識の差異だろう。

 

 

「……俺を呼んだのは貴女ですか?」

「それはこの場所に、という意味で?」

 

「ここに、という意味です」

「ならば否だ。ワタシはあくまで神秘の導き手に過ぎない。いまあるモノをどうにかするコトはできても、外部の手にあるモノは操れない」

 

「じゃあ、どうして?」

「欠陥だ。ワタシの時代は隠されて閉じたものが多い。不備も起こる。平穏ではあるが、不安定な状態で安定している。故に跳ねた命が迷い込むコトも少なくない」

 

 

 言葉は溶けて空気に沁みこむ。

 意識は淀んで自我を融解させる。

 

 彼は気分は悪くないのにどこか頭の痛さを覚えた。

 話しているだけで己を見失いそうになる不思議な感覚。

 

 ちゃんと人の言語を喉から出せているかさえ怪しい状況で、それでも堪えられたのは肇がそもそも個として確立していたからだ。

 

 

「なら、なぜこんな風なコトを?」

「余興だよ。試しただけのコト。操作はできないが、この世界(ほし)に産まれたのなら話が変わる。君たちの無意識から十分な情報ぐらい引き出せもしよう」

 

「……それじゃあ、元からあったものは」

「いいや、その考えは間違いだ。元からというが、そんなものはない。ワタシの持つ権限は閲覧と編集だ。切り落とされた枝葉はない。いわば壁紙(テクスチャ)表示(ラベル)を貼り替えただけのようなものだからね」

 

「それで変わってしまった人が居たとしても、ですか」

「当然。星の巡りは変わらない。宇宙(そら)全体(もよう)でいえば熱量は等しく保存されている。であるならワタシの気にする要素(ところ)ではないだろう」

 

「………………、」

 

 

 女性はなんでもないコトのように言った。

 

 頭の片隅。

 心の隙間。

 

 彼がどこかで、なんとはなしに考えていただけのコト。

 

 例えばどうしてゲームの舞台が用意されていて。

 いつか出会った彼の舞台が同じくあったのか。

 

 

「――しかし、こうも眺めていると疑問に思うワケだよ」

「? それはなにを?」

 

「単純な話、一体どういうものかという興味だ」

「……知りたい、知らないんですか?」

 

「無論。ワタシは産まれたときから個としてあった。他者を媒介にするものに疎い。これでも勤勉であってね。出来るなら知っておきたいさ」

「…………そうですか」

 

 

 いま一度姿を見る。

 

 薄ぼんやりとした景色はひとつ瞬きをして鮮やかさを増していた。

 

 生きるコトを引き換えにした素質。

 桁外れの天性の素質はたしかになにかを感じたように。

 

 瞳はただ星のような髪を伸ばした、少女ぐらいの影を映す。

 

 

「――そっか、生きてはいないワケですか」

「妙なコトを言う。ワタシに生死の概念は存在しない。ただそこに在るだけの機構がもっとも近いだろう」

 

「それはなんだか寂しいですね。うん。きっと違うように思います」

「ほう?」

 

「いつか人であったなら、貴女はやっぱり人で在るべきかと」

「――――残しておこう。その言葉は少し、価値の有無が分からない」

 

「はい、是非」

 

 

 笑いながら肇はうなずく。

 

 すでにあたりは霧のようだった。

 

 彼と彼女。

 自身と相手。

 

 ふたり以外のなにをも遠くに感じる霧中の会話。

 

 そこにたしかな形はない。

 

 

「――ああ、しかし。だから余計に残念でならない。人並み外れた色だから期待したのだが、君とは巡りがないらしい。かみ合わせも最悪だ。無理やり繋げる線すらないとは恐れ入る」

 

「俺にはすでに心へ決めた人がいるので」

 

「そうらしい。命の運びとは強固だ。それはきっと表面をなぞらえただけで変えられまい」

 

「誰だってそうです。貴女も」

 

「さあ。君たちほどのものがあるかは、まだ未来(さき)(コト)だろうが」

 

 

 ふわり、と。

 

 風が吹く。

 空気が抜けていく。

 

 肌を撫でる感触は久しく忘れていたものだ。

 

 そこでようやく、彼はこの無情なやり取りの結末を思い知った。

 

 

 

「少々興が乗った。調べてみるのも吝かではない。今度はワタシ自身として、だが」

 

「……えぇ。そうですね。なら、たぶん」

 

「言葉は要らない。もう必要もないだろう。因果は途切れているようだ。――ささやかながら、君たちの運命に祝福を。実に楽しませてもらったよ」

 

 

 

 それは一瞬のまぼろし。

 

 ひとときの空目。

 

 淡く消え去る泡沫の夢。

 

 

 

 

「――――――あれ?」

 

 

 

 

 ふと気付けば肇は誰もいない隣のスペースを見詰めていた。

 

 どうにも不思議な感じがする。

 なんというか、直前までの記憶がぼんやりと靄がかっているような。

 

「……? なにかあったかな……」

 

 むむむ、と悩みつつも手に持った筆を見て思考が切り替わる。

 

 そういえば外で絵を描いている最中だった。

 

 ぼけっとしている場合ではない。

 急ぐワケではないけれど時間は有限だ。

 

 ここはなにより描くのが先――と、彼はキャンバスへ視線を向けて。

 

「えっ」

 

 驚きのあまりピシッと固まる。

 

 一体どういうワケか。

 なにが起こったのか分からないけれど。

 

「で、できてる……」

 

 描きかけだと思った絵は、いつの間にかすでに完成していたらしい。

 

 

 

 

 







残り二話短めとなりますが、実質ラストにてパパッと投稿させていただきます。


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