乙女ゲーに転生したら本編前の主人公と仲良くなった。 作:4kibou
注)念のため日付をご確認ください。
Af1/気付かせてしまった
例えばいつか
例えばどこか異なる
それはきっと不安定な流れによる賜物だろう。
彼が、彼女が、あるいは彼らがそうであったように。
跳ねた命が迷いこむコトがあるのなら、こんな可能性だってないとは言い切れないように――――
◇◆◇
ひとつ、夢の終わりを見た。
長い長い時間の果てに、積もりゆく
ひとつ、旅のはじまりを経た。
どこまでも続いていく、遠く険しいけれど幸福に満ちた、廻るような忙しない日々を。
結び付きは強く固く。
命の運びは鮮烈に。
彼は
またいつか、決定的に交わる瞬間が来るまで。
それまでしばしの間の辛抱を――――と。
流れていくハズだったのだが、
(……え、なにこれは)
ふと目を覚ませば、彼は中学三年生の時分にまで戻っていた。
色々と
(一体なにがどうなってるの)
えぇ……、なんて気の抜けた声を出しながら少年――水桶肇は鏡の前で頬をぐにぐにといじってみる。
アンチエイジングなんて目じゃないレベルの年若い肌。
絵の具も油の匂いも染み付いていない、まだ胼胝すらできていない綺麗な指。
そして確実に見覚えがある現役で袖を通していた中学校の制服。
間違いない。
でもなければさしずめ夢でもない。
翅崎彩斗として十九年。
水桶肇として九十七年。
――――からの十五歳から人生二週目である。
もはやワケが分からない。
これにはさしもの肇も混乱のあまりベッドから起き上がって即! 洗面所へGO! したぐらいである。
いや本当にワケが分からない。
「なんでだ……??」
「肇ー、なにしてんの。学校遅れるわよー」
「あっ、うん。わかっ――――」
と、反射的に返事をしかけた瞬間だった。
「――――――、」
「? ちょっとどうし……うわっ、え、なに。あんたなんで急に泣いてるのよ……?」
「あ、いや……その」
「…………なんか辛いコトでもあった?」
「そういう、ワケじゃ……ないと思うん、だけど……――」
自然と頬を雫が伝う。
記憶がたしかなら三十年以上も前のコトになる。
大変だったし、苦労もしたし、当然色褪せてはいたけれど。
ちゃんとしっかり残っているものが、彼の中にもあってくれたらしい。
「……ごめん、変な夢見たっぽい」
「なによそれ……しゃっきとしなさい、しゃきっと、ほら、もう三年生なんだから」
「…………分かってるよ。ありがとう、母さん」
「よろしい」
ニヤリと笑う母に彼も同じく笑みで返す。
それだけでもういっぱいだった。
なんだかんだで最初と違いずっと見守ってくれていた家族だ。
唯一無二の彼女を除けばトップクラスに長い時間を過ごした相手でもある。
情が湧かないなんてそれこそありえない。
「ところで父さんは?」
「もう会社行ったわよ。あたしもそろそろ出るから」
「ん、俺も支度してくる」
「そうなさい」
言われて、肇はとてとてと自室に戻っていく。
なにはともあれ貴重な経験はこれが初めてでもない。
もとより彼の在り方自体が人の器から逸脱しまくったもの。
変に考え込むだけ無駄な時間だ。
なってしまったのならしょうがない。
在るものは在るのが世の習わしとも言うのだし。
結局、そこら辺は首を突っ込まないほうが幸せなのだ、たぶん。
◇◆◇
結論からいうと。
それは紛れもなく彼の経験した人生そのものだった。
通っている学校は同じ。
クラスメートの顔ぶれもおそらくは変化なし。
教師も生徒も覚えているかぎり殆ど一緒だ。
当然決めてあった進学先だってまったくそのとおり。
県立星辰奏学園――いまさら語るまでもないアレやコレやの舞台になった場所である。
(――――でもって)
そこまで共通しているのなら、当然放課後に向かう先も変わりない。
偶然か必然か。
はたまたすべては
彼が回帰したのは中学三年生の最初。
まだ季節の暖かさが残る、春の終わり頃だった。
――ここまで来て、外れるなんてそうそうないだろう。
「…………、」
あのときと同じく。
でも心境はまったく異なるように。
ぺたぺたとスリッパの音をたてて寂しい廊下を歩いて行く。
彼が選んでいたのは当然、町外れのそこそこ大きな進学塾だった。
授業内容は決して悪くない。
講師の先生もしっかり教えてくれていて、入会金その他の費用も他と比べれば安め。
だというのに立地的な問題か、町中にできた流行りの大手学習塾に人をどんどん取られているのか生徒の数はてんでさっぱり。
規模の割に利用者が多くないそこは、彼と彼女がはじめて出会った場所。
そして――知らず知らずのうちに、ようやく再会していた場所。
「――――、」
ぺたん、と一度足を止める。
予感は的中した。
廊下の先、あとわずかに迫った自習室からは薄く光が漏れている。
普段は使われないはずのそこに、誰かがいる証拠だ。
(……ああ、やっぱり)
くすりと微笑みながら、扉の前まで移動する。
騒ぐような声は聞こえない。
響いている音はせいぜいが教室の壁一枚で押さえ込めるぐらいの微かな物音だけ。
なにもかもがなぞるように記憶のまま。
ならば彼がやるコトなどとうに決まっている。
跳ねる胸をおさえながら。
少しばかり息を落ち着かせて、大人しく……ゆっくりと自習室の扉を開けた。
中に居るのは――もちろん、たったひとりだけ。
「――――――」
「…………、」
わずかに瞠目する彼に、相手はちいさくコクリと会釈をする。
同年代の、学校にいれば間違いなく人目につくであろう人間だった。
室内の古びた蛍光灯の下でさえその綺麗さは霞んでいない。
冬の月みたいに冷たく光る銀色の長髪と、暗い紫水晶じみた両の瞳。
肌は玻璃のように白く、ペンを持つ手は細くてしなやか。
ひときわ目を引くのは赤い縞模様のカチューシャと、髪を結んだ黄色いリボン。
こんなところにいるのがつり合わないぐらいの、とんでもない美少女。
そして、
(……そうだ、そうだった。はじめから、そういう気がしてたんだ――)
初対面のはずなのに、どこかで会ったような錯覚。
前はちっとも分からなかったその正体を、彼はもう知っている。
ぜんぶまとめて引っくるめて知り尽くしている。
「――――――」
こつん、と一歩踏み出す。
少女のほうへ足を向ける。
一歩ずつ、たしかめるように。
こつん、こつんと。
彼女は我関せずといったように勉強へ集中していた。
こちらを見ても反応しなかった理由などひとつ以外ありえない。
今度は条件が同じじゃなかったようだ。
つまり彼は知っていたけれど、彼女はまだまだ昔のまま。
それがどこか楽しくなりそうな気がして、肇は思わずちいさく笑った。
(……そうだね。前は紆余曲折あったし、良いものだったけど……)
それはそれ、これはこれ。
前提が違えばなにもかもが変わってくる。
「――――……、」
こつん。
彼女の席の前で足を止める。
そこで相手はようやく彼のコトを強く認識したようだ。
「……? えっと、なにか――」
少し警戒しながら顔を上げる少女。
平坦な声も色のない表情も、すべてがひどく懐かしい。
ああ、こういう時期もあったものだと、彼は柔らかに微笑んで。
「久しぶり、陽嫁姉さん」
「――――――――――――はひぇッ!?!?!?」
ドストレートに。
ド直球に。
心構えも準備も何も出来ていないひとりの少女に、ど真ん中百六十キロオーバーの剛速球を投げ込むのだった。
――つづかないッ! 以上ッ!!