乙女ゲーに転生したら本編前の主人公と仲良くなった。   作:4kibou

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8/熱いのもしょうがない

 

 

 

 

 梅雨が明ければすぐに夏が来る。

 

 七月に入ると気温はぐんと上がってきた。

 一年も折り返しを過ぎた頃。

 中学生活最後になる一学期の終わり。

 

 最後のホームルームは九月の体育祭に向けて係、種目決めとなった。

 

「じゃあ次、大縄飛び! 五人まで! オレら三年だから縄役もするぞー!」

「はいはい! 大縄いく! できれば縄のほう!」

「俺も俺も。できれば走りたくねえんだわ」

「じゃあ私も!」

「文化系ばっかじゃねーか! 動けるヤツは!?」

「運動部はリレーと徒競走いけよなー。俺らは障害走でも()()()のに」

 

 夏休みを目前にした時間のせいか。

 それともラストを飾る一大イベントの準備になるためか。

 クラスの雰囲気はどこか浮き足立っている。

 

 もともと運動が得意な生徒はここぞとばかりに張り切って。

 苦手な生徒はまあ、それなりにある軽めの団体競技を虎視眈々と狙いつつ。

 

「なあなあ、肇は選択種目なに参加すんの?」

「借り物と百メートル」

「地味に走るの速いもんなあ、水桶。帰宅部なのに」

「身体動かすのは嫌いじゃないからね」

「それこそリレー来いよリレー! ひとり枠空いてるぜ!?」

「……塾で遅くまで残れないから多分ダメだと思うよ?」

「そうだったよ! 水桶おまえ塾があったわ!」

 

 席の近い男子と談笑しつつぼんやりと黒板を眺める。

 

 種目決めに関しては特にこれといった問題もなく埋まりつつあった。

 肇としても自分の出る競技に大きな不満はない。

 

 前と違ってまだまだ元気ないまは身体能力だって十二分。

 走るだけならそこそこクラスにも貢献できる。

 

 ……リレーもそうだが、団体競技を避けたのは練習に長く時間を割かざるを得ないからだ。

 勉強と学校行事の両立はちょびっとだけ難しい。

 

「――これで大体決まったか? 選択はひとり二種目以上だぞー! 全員出てるかー? ……、……よし、じゃあこのまま係いくぞ、係!」

「ウチらダンス行くわー!」

「あたしも同じく」

「男子応援は誰? 比良本はやっぱ定番?」

「イケメンだしな! むしろあいついかなくて誰がするって」

「いや俺の意見聞きな? 勝手に決めんなよマジ」

 

 ちなみに係はできるだけ参加、という形なので強制ではない。

 それにしたって自分たちの団のまとめ役だったりとかそんなものだ。

 

 体育祭全体で見て大事なところは殆ど生徒会と実行委員の仕事になる。

 

 なので、肇としては申し訳なく思いつつもやる気は無いのだが――

 

「水桶はパネルやんの?」

「え、しないけど」

「はっ!? ちょ、えっ!? なんで!?」

「肇くん来てくんないと私ら戦力不足ですが!?」

「絵、上手いじゃん水桶! 滅多に描かないけど!」

「やっても殆ど行けないから……」

「やっぱあれ、勉強? 塾?」

「うん、そう」

「まあ星辰奏だもんなあ……」

「そんなーーー!!」

 

 うがーっ、と少し離れたところで叫んでいるのはたしか美術部の女子だ。

 何度か授業で提出したコンクールの賞を取って、肇と一緒に壇上へ上ったコトがある。

 

 親密とまではいかないけれど、そこそこ話したりするぐらい。

 

「ごめん。……というか美術部五人も居るんだし、問題ないと思うよ」

「肇くんが居たらパネルの部門取れるの! 絶対!」

「いやそれはどう……だろう……? 飛び抜けて上手いワケじゃないし、俺」

「嘘つけぇ!! 私と一緒にこの前の動物絵画コンテスト金賞だったじゃん!?」

「た、偶々だから……」

 

 ずんずんと距離を詰めてくる女子を宥めながら返す。

 

 たしかに賞は取れたが、あくまで評価されているのは中学生時点でのものだろう。

 これがなんでもないようになると本当さっぱり。

 

 前世でもれなく経験済みだ。

 

 少しでも足しになったりしないかと描いていた絵を売りに出すよう家族へ頼んでみたところ、なんと不思議なぐらい一枚も売れなかった。

 最後までどうだったかと彼は聞き続けてみたけれど、いつまで経っても「あー、うん。値段、つかないし……売れてない……ねー……。なんで、なんだろうねー、あはは」なんて苦笑いしていた姉の顔を思い出す。

 

 絵の才能は、彼が思っている限り多分ない。

 

「あと十分ー! 他、なんかやりたい奴いるかー? もういいかー!?」

「おい比良本が応援から自分の名前消そうとしてるぞ!」

「防げ防げ! ディフェンス! 駄目だぞイケメン、その顔面を惜しげ無く使え!」

「だから勝手に決めんなマジで! 俺こういうの苦手なんだって!」

 

「こっそりパネルにも肇くんの名前入れといたら……!」

「ダメだよ?」

「うぅっ」

 

 かくしてまだまだ先のコトながらも賑やかに。

 充実した時間は過ぎていくのもあっという間だった

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 彼が下校する頃、校門にはわずかに人集りが出来ていた。

 

 見たところ男子が大半、女子が数名。

 なにかを遠巻きに見ているようで、ざわざわと話し声も聞こえてくる。

 

 無論、夏休み前だろうと部活は関係無しにあるため、こんなところで油を売っているのは彼と同じ帰宅部員の皆さんだ。

 

「……なにかあったの?」

「お、水桶も来たか」

「なにもこうもねぇーよ! 見てみなあそこ、門の前!」

「どちゃクソ可愛い女子が誰か待ってんだよ!」

「あの制服、たしか北中だよな?!」

「すごいよね、お人形さんみたい……」

 

 ほらほら、と全員が一斉に同じ方向を指差す。

 

「へぇー……」

「なあなあ、誰か声かけてこいよ」

「無理だって! ぜってー取り合ってもらえない!」

「でも冷たい感じが良いよなあ……こう、クールな美少女みたいな!」

「相手だれだろ……ぜってー顔面偏差値バケモン連中だよな……」

「羨ましいなー、俺もあれぐらい綺麗な彼女欲しいわー」

「はははっ、ムリムリ。俺らこうやって話せもせず見てるしかできないのに!」

「言えてんねえ!」

 

 ひそひそと会話をリレーしていく引っ込み思案……もといチキンメンタルな()()()たち。

 

 悲しいかな、玉砕できるぐらい気概のある人間はここに居なかった。

 そういうのはもっぱら、現在グラウンドや体育館で汗水流して練習している運動部連中のやるコトである。

 

「…………?」

 

 全員が注目しているほうへ目を向けて、肇がこてんと首をかしげる。

 一体なにをしているのだろう、という感じで。

 

 ……彼らの言うコトは間違っていない。

 

 たしかにそこに居たのはとんでもない美少女だった。

 ものすごく綺麗で可愛くて、けど一見すると冷たい、クールな印象の女子だ。

 ひとりぼうっと校門の前に佇んでいる姿はシンプルに画になる。

 

 それこそ、慣れていなければ彼だって一瞬見惚れてしまいそうになったほど。

 

「――優希之さん?」

 

 思わずといった様子で名前を呼ぶ。

 喧噪の中にあってもその声はたしかに届いたらしい。

 

 跳ねるようにがばっ、と顔をあげた彼女が肇のほうを見て薄く微笑んだ。

 

「あ、み、水桶くんっ」

「……どうしたの? 誰かに用事?」

「あ、いや、その……ぐ、偶然近くに来たから、一緒に塾行こうかなって……思って……」

「そうだったんだ……」

「…………えと、駄目……だった?」

「? ううん、全然。……じゃあ、行こうか?」

「っ……う、うん!」

 

 こくこくこく! と大袈裟にうなずく渚を変に思いながら、彼女を促して歩いていく。

 

 背後からあがる悲鳴というか絶叫というか咆哮じみたモノは聞こえないコトにした。

 

 放っておいてもおそらく問題ないだろうし。

 律儀に反応を返したところで色々と詰め寄られて疲れるだけだ。

 

 これから勉強をするという時に大幅な疲弊したくはない。

 

「水桶てめえこの裏切りものー!」

「いつどこでそんな美少女と知り合った!? おい!?」

「ちょっと待って水桶くん! 誰よその女っ!?」

「彼女!? 彼女なの!? てか距離近いってあれ!」

「ああちくしょう俺も塾行っとけばなー! 失敗したぁああ!」

 

 やいのやいのと騒ぎ立てる後方の暇人集団。

 

 賑やかなのは良いことだが、何事も過ぎてはどうかというもの。

 生憎と万年帰宅部だった肇はそのあたり、彼らの悪ノリを知っている。

 

 ……ぶっちゃけ絡んでいっても楽しいので構わないだが、自分ひとりならともかく渚にまで付き合ってもらうのはちょっと申しわけない。

 

「……いいの? その……凄い言われてるけど……」

「良いよ。夏休み明けたら忘れてるだろうし。いつものことだし」

「いつものことなんだ……」

「それに話してたら勉強どころじゃなくなるからね。ファミレスとかに連れこまれて」

「ああ……なるほどそういう……」

 

 どこか納得しながら少女がくすくすと笑う。

 それに肇は気持ち呆れ交じりのため息で返した。

 

 歩き出してからしばらく。

 もう十五メートルは離れたというのに、後ろの声は止む気配がない。

 

「――……ああもう。じゃあまた、二学期にね」

「あッ、おいこら待て水桶ェ!!」

「その子とどこ行くつもりだてめえ!?」

「いや塾って言ってただろ」

「あいつら一緒に勉強したんだ!」

「大丈夫大丈夫水桶くんの良いところ知ってるのは私ぐらいだから……っ」

「はっはっは。ばいばい水桶。月夜ばかりと思うなよー」

 

 若干声を張りながらヒラヒラと手を振って、そのまま歩くスピードをあげようとする。

 

 ……前に。

 

「ちょっとごめん、優希之さんっ」

「え?」

 

 ぱしっ、と。

 肇としては流れで咄嗟に、なんとなく。

 

 自然な様子で渚の手を取った。

 

 気負った風でも決心したような様子でもない。

 本当になんでもないように、きゅっと少女の手を少年が包む。

 

 

 

「――――、」

 

 

 

 固まること数秒。

 

 引っ張られていく自分を冷静に眺めて、渚は弾けるように喉を震わせた。

 ぼんっ、と爆ぜたみたいに顔が赤くなる。

 

「なっ、えっ、え!? っ!!??」

「大丈夫? ちょっと走るよ」

「!? ぁ、ぅん! うん! わ、わか、わかった、うん!!」

「どうしたの、急に良い返事――」

「ななななんでも!? なんでも、ないっ!?」

「そう?」

 

 あたふたとしながら必死で彼についていく。

 

 足が追い付かないワケじゃない。

 ふざけているようなものだ。

 走ってはいるもののスピードは緩やかでいる。

 

 身体のほうが問題なんじゃない。

 追い付いていないのは心のほうだ。

 

(っ!? ――!? ――、――!!?? !?!?!?)

 

 混乱したまま渚は駆ける。

 

 伝わってくる温度は普通のはずなのにやけに熱かった。

 

 掴まれた手の状態がいやに気になって仕方ない。

 汚れてなかったかとか、手汗が凄くないかとか、どこか変じゃないかとか。

 

 とにかく訳が分からなくて、唐突で、突然で、一杯一杯で。

 

 ――けれど、自分よりがっしりとしていて、筋張った手はどこか安心できて。

 

 彼がその手を離すまで、少女の心臓はまったくもって落ち着かなかった。

 

 

 


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