ひとまずセカイから出てきた私。
いつの間にか自室にいるのはこの際いいとして...ひとまず、自分のセカイに行くのが先決だ。
そう判断した私は、手に持っているスマホの画面をタップし、もう一度セカイへと飛び込んだ。
〈♪〉
「待ってたよ。今日は夜遅いのに来たんだね」
「聞きたいことがあった」
この私の目の前にいる真っ黒な初音ミクには、聞かなければならないことがある。
あるのだが...あぁ、来る前にメモ帳にでもまとめてきたらよかっただろうか。
うーんと唸っている私を見て、新しい遊びだと思ったのか、初音ミクも同じことをしだした。
ただその顔は、目をつむってはいるものの笑顔のままなので、何も考えておらずただ楽しんでいるだけなのだろうけれど。
「今日、このセカイと同じような場所に出入りした」
「ん、始まったんだね」
「始まった...?」
始まった、というのは、何が始まったのだろう。
私が別のセカイに入ることによって始まったのだろうか。
仮にそうだとして、あの2人とどう関係があるのか。
...あのセカイの初音ミクがやけに私のことを見ていたのは、そういうことなのか?
「空を見て」
「空って、いつも通り20個の星しか...って、あれ?」
空を指して意味深な笑みを浮かべる初音ミク。
これまで見せてこなかった表情だけに戸惑ったが、言うとおりに空を見上げた。
予想していたのは、いつも通り変わらない数、変わらない輝きを放つ星たち。
だが、そこには赤く輝く星が4つあった。
「赤い...え、今までは白かった」
「そう、あの子たちのセカイに触れたことで、このセカイは進化する」
「...このセカイ、一体なんなの?」
不気味だ。
世にも奇妙なセカイが、ここ以外にも存在しているなんて。
それだけでも鳥肌が立つというのに、別のセカイがこの私だけのセカイに干渉している。
めんどくさい予感しかしない。
「このセカイは、『無かったはずのセカイ』。だから色は振られてないし、何も配置されてない」
「無かった...棚ぼた?」
「ちょっと意味が違うかも。まぁ、幸運と取るか不運と取るかは瀬名次第だよ」
「...」
ああ、本当にめんどくさそうな感じだ。
厄介なネタ。まさに厄ネタ。
今年厄年なんじゃないだろうか。おみくじはめんどくさくて引きに行っていないが、仮に引いていたら凶だったに違いない。
「相手から動くことでこのセカイが変化する可能性は?」
「無いよ。だけど、それに甘えてたらどうなるかわからないね。何せ『無かったはず』なんだから」
予想通りで全く嫌になる。
こういう時には、回転の速い頭を憎たらしく思う。
私はため息を吐き出して、頭を振った。
「ちょっと考える」
「うん。あっちで遊んでるから、必要な時呼んでね」
初音ミクはそれだけ言うと、ポニーテールを振りながらどこかへと走っていった。
歌いながら走るのはまぁまぁ大変だと思うのだが、人間ではないのだから大した苦でもないのか。
さて。
今すべきことは、あの初音ミクを恨むことじゃない。
まずこのセカイはなぜ出来たのか、だ。
本来無かったはずなのであれば、今こうしてあるのはなぜ?
「...単純に必要だから」
誰に?
「...彰人たちに?」
誰かに必要だからこのセカイは生まれた。
彰人たち4人に関わることで、4つの星に変化が生まれた。
本来ならば4人だけで解決することのできた問題が、私がいなければ解決できないような状態になっている?
「...まずった?」
私が行動しなければ、彰人たちに何か起きるというのだろうか。
あぁ最悪だ。
他人はどうでもいいとしても、彰人は助けなければ。
そこまで外道には落ちていない。
「ミク」
「呼んだ?」
私が名前を呼べば、謎のエフェクトと共に目の前に初音ミクが現れる。
その表情は、先ほどとは変わり、なんだか慈愛に満ちた顔をしている。
...お前は私の母親か何かか。
「やることができた。また来る」
「うん、いってらっしゃい」
そうして私は、セカイから飛び出した。
〈♪〉
走る。走る。
日本の陸上記録をどの距離でも更新できそうな勢いで、私は街中を駆けていく。
セカイから出た後、もう夜も遅いことを知った私は一旦睡眠をとり、翌朝シャワーだけ浴び全力疾走をしていた。
ものすごい勢いで家を出ていく私を見た絵名に、それはもうすごい顔で見られたが、まぁ無問題だ。
後でどうとでもごまかせ...るだろうか。
そうして走っていると、『WEEKWND GARAGE』の前で立ち尽くしている影を見つけた。
こはねだ。
「見つけた」
「へ?」
私は彼女の手を取り、力強く握った。
自分から行動に移すのは苦手だが、それ以上に苦手なのは言葉で誰かを勇気づけること。
文庫作品などで培った言葉ならすらすらと出るかもしれないが、いかんせんこの感情のあまり出ない顔だと空振りに終わる可能性もある。
だったら、こうして行動に出るのが一番だろう。
「...瀬名ちゃん」
「大丈夫。杏も待ってる」
とはいえ、これぐらいの言葉は必要か。
私がそう告げると、こはねの体に入っていた力がふっと抜けるのを手から感じた。
...いや冷たいなこはねの手。冷え性か。
「私ね、実をいうと、今の今まで怖がってて。二の足を踏んでたの。でも、瀬名ちゃんが隣にいてくれるって思ったら、なんだか勇気が出てきた」
これはいいことを聞いたぞ。
隣にいるだけで勇気が出る。これは要チェックや。ずっとベンチにいたあいつも言うはず...何を考えているんだ私は。
「私、杏ちゃんと歌いたい。この想いを杏ちゃんに聞いてもらいたい。瀬名ちゃんには、その隣にいてほしいの。ダメ、かな?」
はっはっは。
その程度のお願いなら喜んで聞きましょう。
最悪のケースだと『あなたも一緒に歌おう!』だったのだ。これくらいおちゃのこさいさいというやつだ。
「うん」
「よかった。...それじゃあ、開けるね」
よし。
ここで私が介入しなかったら、もしかしたらこはねはこのまま帰っていたかもしれない。
間に合ってよかった...あれ、こはねさんや、あなたメガネはどうしたの。
「え......こはね!?」
しまった。
聞きそびれた。
〈♪〉
さて。
簡単にそのあとのことをまとめるとこうだ。
まずは、こはねが昨日初音ミクたちと話したことがきっかけで髪もメガネもと、まずは形から始めたこと。
それから、彰人にああ言われて確かに、と思ったけれど、それでも杏と一緒にたくさんの人をドキドキさせたいと、杏に覚悟を語った。
もう迷わない、のだそうだ。
それを聞いた杏は目をウルウルさせながら、こはねに抱き着いていた。
可愛い子×可愛い子=最強
そういうことなのかもしれない。
おっと、おかしなことを考え始めたと思わないでほしい。
こうでもしないとやっていられないのだ。
「ね、瀬名も一緒に歌ってみようよ!」
「私も最初は怖かったけど、一歩踏み出したら大丈夫だよ!」
「むり」
さっきまではよかった。
2人でなんちゃらかんちゃらっていうイベントを超えようと意気込んで、その流れで練習しようって話になった。
営業中なんじゃないのか、と思ったが、まぁ客もいないしいいか、と考えていたのだが、私にお客さんになってほしいという流れに。
それぐらいならまぁ、あのテンションぶち上げ片手上げヘイヘイみたいなのは無理だが、肩を揺らす程度ならできるだろう。
そう考えて重い腰を上げたのだが、そこからがおかしかった。
『試しになんだけどさ、一曲歌ってみない?』
ええい悪魔白石。
己は私になんの恨みがあるというのだろうか。
この状況を救えるのはお客さんしかいない。
誰でもいいから来てくれ、と祈っていると、ちょうど扉が開いて来客の音を鳴らした。
そこから入ってきたのは、彰人と冬弥の2人だった。
「また謙さんいねーのか」
それを見た悪魔白石は好戦的な笑みを浮かべて、2人の方へと歩いて行って腕を組んだ。
「ちょうどいいところに来たじゃん」
「おいおい、店員が客睨むか? 普通...せ、瀬名!?」
「あれ」
おや。
私の予想では、ここから悪魔白石と天使こはねの2人が、彰人と冬弥の2人に喧嘩でも売るのだと思っていたのだが、彰人の関心が私に向いてしまった。
「ね、1回だけ。1回だけだから。ね?」
「しつこい」
未だに隣で私の肩をゆするこはね。
そろそろ正面を見たらどうだろうか。
君の因縁の相手がこちらを見ているぞ。いい加減に離さなければ天使から悪魔に懲戒処分だ。
まぁ、一方的に決めて処分するのは何とも言えないが。
「瀬名、昨日のことは違うんだ。あれはその、売り言葉に買い言葉っていうか...」
「? 何の話?」
あほなことを考えていると、何やら彰人がよくわからないことを喋りだした。
昨日、と言われても、特に何かされた覚えはないのだが。
私がそれを一言にまとめて首をかしげると、彰人は困惑したような顔つきになった。
「怒ってないのか?」
「別に怒ってない」
「また今度一緒にパンケーキ食べに行ってくれるか?」
「行く」
「...ッ!」
私がパンケーキの誘いを承諾すると、彰人はガッツポーズを決めて、凛々しい顔つきになった。
...今のは誘いだったのかと考えると、少し怪しいところもあるが、まあいいだろう。
「今の俺は無敵だぜ。白石」
「...あんたがそれでいいなら、いいケド...」
何やら悪魔白石に引かれているぞ、我が兄彰人。
いや待て。
もしかしたら、三すくみがとれているかもしれない。
私は悪魔白石と天使こはねに苦手だが、悪魔と天使は彰人に苦手かも。
私は彰人に苦手意識はないし、甘々だから有利まである。
名推理だ。
私が自分の推理力に驚いていると、冬弥がこはねを見て驚いた声を上げる。
「小豆沢...? その髪は...」
「お前、この間のチビか...?」
おや、彰人さんや。
私よりも背の高い人をチビと...既視感を感じる。
そうだ、このやり取り前にもやった記憶がある。
すまない彰人。
あなたには怒ることができてしまった。
家で絵名に相談しよう。
「おい、まだうろうろしてるのか。聞こえなかったのか...。この店は、お前みたいな中途半端な」
「中途半端じゃないよ」
「は?」
彰人の言葉を遮って、こはねの力強い声が店に響く。
これは、彼女の覚悟の表れだ。
「私たち、決めたの。もう一度イベントに出る」
「なんだと...?」
こはねの覚悟。
それを聞いて一番驚いた顔をしていたのは、おそらく冬弥だろう。
彼に何があるのかは全く知らないが、何か刺さるものがあったのだろうか。
彰人の驚いた顔を見て、杏が強気な姿勢で続ける。
「ねえあんたたち、次どこで歌うの? 意趣返しってわけじゃないけど、合わせようと思って」
「自分たちが何言ってるのか、わかってんのか? ...中途半端な覚悟しか持たないやつが俺は一番嫌いなんだ。もし、お前らがまた俺たちと同じイベントに出るなら...」
そこまで言うと、彰人は息を軽く吸い、厳しい目で2人を睨んだ。
「徹底的に潰すぞ。今度は実力でな」
おお、彰人がすごんでいる。
これは珍しいものが見れたぞ。
だが、そんな彰人のすごみにはひるまずに、こはねが一歩前に出た。
「してるよ。覚悟」
「...!」
まだあのイベントからまだ1日しかたっていない。
だというのにこの変わりように、彰人も驚いているようだ。
無意識に、半歩下がっているのを、私の目が捉えていた。
「まだまだここのことも、何もわかってないかもしれない。でも...私には、したいことがある。ここで杏ちゃんと一緒に、みんながドキドキする、最高のイベントを作りたい!」
だから絶対、もう逃げない、と言い切るこはねの姿は、後ろから見ているだけだが、恰好よかったのだと思う。
まぁ、それ以上に隣でどや顔している杏の顔の方が気になるのだが。
そして、彰人が気圧されているのを察したのか、冬弥が口を開いた。
「来週の土曜だ。次は『Mossy stone』で歌う。まだ枠は空いていたはずだ」
「いいね。じゃあ今度はそこでやろっか。今度は『正々堂々』と、ね」
それを聞いた杏は、わざわざわかりやすく単語を強めにいい、彰人へと流し目を送った。
彰人はそれから目をそらすと、舌打ちを1つ漏らして、出口へと向かっていった。
「勝手にしろ。帰るぞ冬弥。謙さんがいねえならな」
そう言い残して、彰人は先に外へと出て行った。
それに続こうと歩いていた冬弥だが、途中で振り返り、2人の方を見た。
「2人は、『RAD WEEKEND』を超えるイベントを、本気でやろうと思っているのか?」
「「もちろん!!」」
2人の答えは即答だった。
それを聞いた冬弥は満足そうに頷き、今度は私の方を向いた。
...え、なんで私?
「君も、同じ仲間になれるといいなと、俺は思っている」
最後に冬弥はそう言い残して、扉を開けて行った。
おい、何爆弾を残してってんだ。
「私もそう思う! 歌わなくてもいいからさ、一緒に活動してみない?」
「次のイベントも一緒に行こうね!」
めんどくさいことになっただろうが。
「...助けて」