絶対に歌わないことを条件に、次のイベントに一緒に行くことを約束させられた私。
ぐったりしている私を置いて、2人は先ほどのやり取りでドキドキしたなどと言い合っている。
やはりこの2人は悪魔だ、と思っていると、後ろから頭に手を置かれた。
「まったく、賑やかだな、お前たちは」
「あ、父さん。 今の聞いてたの?」
「あれだけやりあってりゃ、奥にも聞こえるに決まってるだろう」
おっしゃる通りです。
というか、このオールバックにサングラスをかけたいけおじが、杏のお父さんなのか。
我が東雲家の父よりも、なんというか...活力に満ちていそうだ。
昔の同級生とたまに集まってスポーツなんかして、普段運動してないのに活躍して注目を浴びるタイプだと予想。
ああ、この人が謙さんなのだな。
「おう、似合ってるなその髪」
「あ、ありがとうございます」
謙さんに髪をほめられたこはねは、若干頬を赤くしてペコリと礼をした。
ふむ、こはねの髪をほめるのは結構なのだが、それは私の頭をなでるのをやめてからにしてもらおうか。
その私の意志が通じたのか、謙さんは私の頭から手を放して、コップを3つ取り出した。
「それに、いい目になってるな。ちょっとばかし、杏や彰人と似てきたか」
「ちょっと、私はともかく、彰人と似てるってどういうこと?」
それは私にもよくわからん。
そんなことより、そのコップ3つ。もしかして、ジュースとか出そうとしてくれてます?
無料です?
「そうピリピリするな。まぁ言うなら、譲れないものがあるやつの目だ」
謙さんはそういいながら、瓶に入っているタイプのりんごジュースを取り出し、コップに注いだ。
それぞれカウンター先に出されたので、いの一番に席に座ってジュースを飲み始める私。
仕方がない。喉が渇いていたのだから。
「譲れないもの? あんなやつにそんなものあるのかな...」
ひどい言われ方だが、まぁここまでの行いを考えると妥当かもしれない。
「さて、夜の支度をしないとな」
謙さんはそういうと、私たち3人に背を向けて奥へと入っていった。
ふむ、これ以上この場にいるのは邪魔になるな。お金も持ってないし。
「じゃあ、帰る」
「そうだね、練習はまた明日にしよう」
「それじゃあ、私から練習場所と時間、メッセージで送るからよろしくね!」
ああ、そういえばそうだった...。
りんごジュースのおいしさでは到底カバーしきれない憂鬱が、私を襲ったのだった。
おのれ悪魔白石。
〈♪〉
時は過ぎ、イベント当日。
神山通りのイベント会場の前にて、5人が一か所に集まっていた。
「あれだけの啖呵きったんだ。見せてもらおうじゃねえか」
「上等。私たちの最高の歌見せてあげるから、ビビんないでよ?」
今度は卑怯な手は使わない、というのは、こうして顔を合わせて対峙している4人全員がわかっていることだろう。
まぁ、その点に関してはどうでもいいことなのだが。
「今日は俺たちが先だ。今度こそ見せつけてやるぞ、冬弥...おい、冬弥?」
彰人が隣にいる冬弥に声をかけるも、その冬弥は何かを考えているようで、彰人の呼びかけには反応しなかった。
「...まぶしいな」
「まぶしい? 何がだよ」
目の前の2人を見て、冬弥は何を思っていたのだろうか。
だが、彰人に聞かれた冬弥ははぐらかして、中へと入っていった。
今日の夜、決着がつく。
それを予感している私は、斜め後ろでこちらを見ている例の男の存在を、確かに感じ取っていた。
何せ、短い練習期間中に毎日のように客役をやらされていたのだ。
鬱憤晴らしぐらいはしてもいいだろう。
<♪>
先ほど彰人が言っていた通り、先に『BAD DOGS』のステージが先だった。
2人の気合にはすさまじいものがあり、会場もテンションアゲアゲ状態だ。
まぁ私が気になるのは、ステージでパフォーマンス中にちらちらと決め顔でこちらを見てくる彰人なのだが。
この会場の中で何人気づけるだろうか。
...私だけか。
まぁそれを含めても乗れる時間だった、というのは嘘偽りのない事実だ。
これを見て尻込みしていなければいいけれど、と思うのは、おせっかいだろうか。
「...私もそろそろ」
動き出すとしよう。
ステージから、聞きなれた曲が聞こえてくる。
ここ最近毎日聞いてきた曲だ。『Vivids』の番が来たんだろう。
しっかり声も聞こえてくる。
トラウマは乗り越えたらしい。
「~♪」
私らしくない。鼻歌をするほど、テンションが上がっている。
ああ、今なら何でもできそうだ。
そうして私は扉を1つ開けて、目的地へとたどり着いた。
「くそっ、なんなんだよあれっ! こうなったら、もう一度引っこ抜いて...!」
予想通り、視界の先には紫の彼が。
今の私は気分がいい。珍しく他人のために動いている。
もう何年振りかはわからないが、たまにはこういうのもいいかも、と思えているんだ。
邪魔するなら容赦はいらない。
私は右腕を振りかぶって、男の脳天へと拳を振り下ろした。
「そうはさせるか『滅殺☆パーンチ』」
「ぐあぁぁぁ!?」
『ゴン!』と鈍い音が響き、男は気絶したようでその場に倒れ伏した。
...これで悪は滅んだ。
「ぶい」
今日の私はテンションアゲアゲだ。
〈♪〉
私が悪を成敗して会場に戻ってきた時には、彰人たちと杏たちの雰囲気は、柔らかいものになっていた。
一言二言交わした後、杏たち2人は背を向けて歩き出した。
あの方向は控室だ。
「彰人」
仲直りしたのか、と聞こうとしたタイミングで、私は冬弥とかぶってしまった。
しかもそれは最悪の内容で。
「俺はもう、お前と一緒にはやらない」
「....もうやらない? 何言ってんだ?」
これは1回本格的に除霊でもしに行った方がいいかもしれない。
どうしてこうタイミングが悪いんだ私は。
冬弥の突然のやめる宣言に、彰人も混乱しているようだった。
冗談だろう、と確認をとるが、冬弥も強くそれを否定した。
「冗談じゃない」
その様子を見て、彰人は本気で言っていることを理解して、眉尻を下げた。
「...何があった? お前の親父が、またなんか言ったのか?」
また、と彰人が言うように、過去にも何かあったのだろう。
それこそ、こはねの覚悟を目のあたりにして驚き、『Vivids』として歌う2人を見て眩しく思うほどには。
だが、それを冬弥はまたも否定する。
「これは、俺の意思だ。俺たちの音楽には何の意味もない。ただの子供遊びだ」
「...おい、本気で言ってんのか」
「冗談を言えるほど、俺は器用じゃないんだろう?」
彰人の発言を使いまわせるほどには器用だと感じるのは、私だけだろうか。
いや、そんなことを考えている場合じゃない。
これはまた厄ネタの気配がする。
「いい加減にしろよ。俺たちの音楽に意味がないなんて、それ以上ふざけたこと言うならお前でも許さねえぞ!」
今にも胸倉をつかみそうな手を抑えて、あくまでも理性的に言葉を投げかける彰人。
...やはりこれも、当人同士でのみ解決できることなのだろう。
「つーか、やめてどうする気だ。あれだけ嫌ってた親父の言いなりになるのか? それこそお前にとって何の意味があるんだよ!」
親が出てきたのだ。
これこそ、他人の家族に侵食できるのは親友ぐらいのものだろう。
今度こそ私には何もできない事案だ。
帰ってコーヒー飲みたい。
彰人が必死に問いかけるものの、冬弥は何も言わずに背を向ける。
まだ話は終わっていないとばかりに腕をつかむが、冬弥に振り払われてしまった。
「おい、待てよ! 冬弥!!」
それでも諦めずに手を伸ばすと、今度はその手を冬弥に弾かれた。
そうして、冬弥は振り返って腕を組んで言う。
「お前もそろそろ大人になったらどうだ。たかだかこの街だけ有名な、小さなイベントなんて追いかけていないでな」
随分と冷たいことを言うものだな、と私は思う。
自分を棚に上げていうのもあれだが、客観的に見て、非情と言えるだろう。
具体的な日数はわからないが、今日までこうして彰人と一緒に活動してきたはずなのに。
そう思うのは彰人も同じだったのか、ついに我慢の限界とばかりに手が動く。
...暴力沙汰は嫌いなんだ、私は。
彰人の拳が冬弥に触れる直前で、私はその手を掴むことに成功した。
「瀬名!?」
「ッ!?」
「せ、セーフ...」
危なかった。
2人の身長がもう少し高かった場合は、私の手が届かないところだった。
私に拳を止められた彰人は少し冷静になったのか、拳を下ろして、彰人に背を向けた。
「その顔、二度と見せんな!!」
「...ああ」
そうして背を向けて歩き出した冬弥は、その言葉通りに階段を下りて行った。
その背中は、嫌に寂しそうな背をしていたと思うのは、私だけだろうか。
トンデモワンダーズのfullが公開されましたね。
みんな笑顔になる演出大好きです。