東雲家の末っ子。   作:水が死んでる

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絵名がアイドルやってる世界線の話が書きたくなってきた。

承認欲求は今よりひどくなりそう。




第9話

突然の遥の帰らせろ宣言に、リンは大きな声を出して驚いた。

 

「えぇっ!? もう帰っちゃうの!?」

 

「うん。...帰って、明日の予習をしなきゃいけないし」

 

そういう遥からは、先ほどまで感じていた冷たさは感じられなくなっていた。

見た感じは、いつもの遥だ。

このままだと明日の勉強に支障が出る、と眉を八の字にして困ったように笑う遥は、いつも通りに見える。

 

さっき見た遥が見間違いだったと思ったのか、みのりは目をこすっていた。

 

遥の要望を聞いた初音ミクは、それじゃあ仕方ない、というような顔で、スマホを持っているような形に手を見せ、軽く手を振った。

 

「そっか。それなら、『Untitled』の再生を止めれば、元居た世界に戻れるよ」

 

「えー! ミクちゃん、教えたら帰っちゃうよ!」

 

「いいんだよ、リンちゃん。ライブを見た後は、みんなおうちに帰るでしょ?」

 

「そ、それはそうだけど~!」

 

わがままを言う妹と、それを優しく言い聞かせる姉、みたいな構図だ。

 

初音ミクに言われたとおりにスマホを取り出した遥は、理解したように頷いた。

 

「なるほど、これか。...ありがとう、ミク、リン。今日は久しぶりに...楽しかった」

 

遥はそれだけ言うと、スマホの『Untitled』の再生を止めようと指をずらす。

今まさに止める、と言ったところで、初音ミクが遥を呼び止めた。

 

「遥ちゃん!」

 

「え?」

 

「『Untitled』を再生すれば、いつでもここに来られるよ! だから、いつでも会いに来てね!」

 

それは、私が何回もしてきたこと。

遥も同じことをすることで、このセカイに自由に出入りできるようになる。

 

それを告げられた遥は、心苦しそうな顔で、スマホをタップした。

 

「...さよなら」

 

白い光に、いろんな色のガラスのような何かを飛ばしながら、消えていく遥。

 

あの顔はきっと、『もう来ることはない』という顔だろう。

私は察しがいいのだ。

 

セカイから出る方法を聞いていた愛莉も、同じようにスマホを取り出す。

 

「...私も、もう帰るわ」

 

「え、桃井先輩も?」

 

「ミクたちが言った通りよ。ライブが終わったから、帰るだけ」

 

私たちと一切目を合わせずにそういう愛莉に、雫の便乗してスマホを取り出す。

 

「そうね、私も帰らなくちゃ。ミクちゃん、リンちゃん。とても素敵なライブを見せてくれてありがとう。...みのりちゃん、また、学校でね」

 

愛莉に至っては、別れの挨拶すらせずに2人でセカイから消えていった。

 

「あっ、桃井先輩! 日野森先輩...!」

 

思わず、と言った様子で手を伸ばしたみのりだが、既に2人はセカイから帰っている。

伸ばした先にはもう、誰もいない。

 

目的を見失った腕を下ろし、みのりはため息を吐きだした。

 

「...みんな、様子がおかしかった。あんなに素敵なライブだったのに...。なんでみんな、寂しそうな顔をしてたんだろう...」

 

気分を沈めるみのりとは対照的に、元気なリンがみのりの肩を叩いた。

 

「大丈夫だよ、みのりちゃん! みんなきっと、少しだけ、アイドルへの想いを思い出してたんじゃないかな?」

 

「え...?」

 

「ねえ、みのりちゃん。このセカイは、みのりちゃんたちに本当の想いを見つけてもらうためにあるんだ」

 

初音ミクはそこで言葉を区切り、辺りを見渡した。

それにつられて私も辺りを見ると、既にあれだけいた観客は1人も残らずいなくなっており、未だにライトアップされたままのステージが異物のように感じるようになっていた。

 

...いや、リハーサルのよう、とも言えるか。

 

「だからもし、自分の想いや誰かの想いが見つけられなくて苦しくなったりしたら...いつでもセカイに来てね」

 

「本当の想い...って、そうだ! 私も今日できなかったところ、家で練習しなくっちゃ!」

 

わたわたとスマホを取り出したみのりは、急いで『Untitled』を止めようとして、初音ミクに申し訳なさそうな顔を向けた。

 

「ご、ごめんねミクちゃん、リンちゃん。私もそろそろ帰らなくちゃ」

 

「ふふ。大丈夫だよみのりちゃん。また元気になりたい時は、いつでも遊びに来てね! 私たちは、いつだってとっておきのライブを見せるから!」

 

「うん! 元気をお届けしちゃうよーっ♪」

 

「...うん! 今日は本当にありがとう! また来るね、ミクちゃん! リンちゃん! 瀬名ちゃんも、また学校で!」

 

みのりは私たち3人に笑顔を向けると、そのままセカイから消えていった。

 

後に残された私も、そろそろ帰ろうかと思いポケットに手を突っ込もうとすると、その手をリンがつかんだ。

 

「さぁ! いつでもライブ出来るように練習しよう!」

 

「え、私帰りた」

 

「よ~し、頑張るぞ~!」

 

右手をリンに、左手を初音ミクに繋がれた私は、抵抗むなしくステージの上へと連れていかれた。

 

「これ、預かっておくね」

 

「あ、私のスマホ」

 

「それじゃあ、まずは私が一通り流して踊るから、軽くでいいから覚えてね!」

 

スマホをいつの間にか初音ミクに取られ、リンが私の前で音楽を流して踊り始める。

踊り自体はそんなに難しいものじゃない。わかりやすい踊りで、サビなんかは特に人の記憶に残りやすい踊りをしている。

若者の間でこの部分だけ踊るのが流行りそうな感じ、と言えばわかりやすいか。

 

...いやちょっと待ってほしい。

流れで納得しそうになっていたけれど、これ私が踊るのか? 今から?

 

「さ、瀬名ちゃんも、行くよ!」

 

「ひょえ...」

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

あの地獄のようなライブの練習により、私は人生で右手で数えられるぐらいしかなったことのない筋肉痛になっていた。

 

自分の『無かったはずのセカイ』で、体を休めるべく横になりながら昨日のことを思い返す。

 

踊って、指導され、踊って、指導され、踊って。

初音ミクがどこから持ってきたのか、いつの間にか持っていたポ〇リで水分補給をしながら踊ること数時間。

彼女たちに合格をもらい、一緒に踊れるまでしごかれたのだ。

 

今日もみのりたちとの練習が終われば、セカイに来るように言われている。

正直に言ってしまえば面倒だ。だけど、私はセカイに行って練習をするのだろう。

 

「...私、変わったかな」

 

最初の...それこそ、まだ『Untitled』なんてものがスマホの中にないときは、すぐに行かなくなっていただろう。

行っても、何かしら理由を付けて断るとか、身体能力に物を言わせて、とか。

 

だけどこうして流されるまま、期待を寄せられるままに生活しているのは、なんでなんだろう。

 

空を見上げていた顔を横に傾けると、初音ミクがリンをおんぶして走り回っていた。

その元気を少しでもいいから分けてほしいと思いながら見ていると、リンが初音ミクの首に回している手に何か持っていることに気が付いた。

 

「リン。それ何?」

 

体を起こして私が呼びかけると、リンは初音ミクの首を腕で締めた。

 

「ぐぇ」

 

蛙がつぶれたような声を出しながらその場に倒れる初音ミクから、うまいこと離れたリンはこちらにとてとてと歩いてくる。

 

手に持っているのは、少し小さめのラジカセだった。

 

「この中に、曲が入る予定」

 

「予定?」

 

私が首をかしげると、リンも同じように首を傾げた。

 

「私もわからない。まだ何も入ってない。でも、曲が入る気がする」

 

「...そう、なんだ」

 

よくわからない答えが返ってきたが、まぁリンが気に入っているようなのでよしとしよう。

 

筋肉痛の体がゆえにのろのろと立ち上がった私は、スマホが床に転がっているのを見て、また筋肉痛がゆえにのろのろとスマホを拾い上げる。

 

「そ、それじゃあ、私は行くから」

 

「...あんまり無理しないで」

 

「今度はここでライブしてね~!」

 

私を心配するリンと、終始楽しそうな初音ミクを最後に見て、私はセカイから出た。

 

出た場所は、神山中学校の屋上。

今日は別に来る必要はなかったが、たまには顔を出さないと家に連絡がいく。

 

私が不登校と言うか、学校に行っていないことは勿論両親は知っている。

母親は私の事を気遣ってただ微笑んでいるだけで何も言ってこない。

父親は、彼の未完成の絵を完成形まで描いたら、同じく何も言ってこなくなった。

 

要するに、バカだとしても絵を描くことが出来て、将来の事には困らない道があると言う事を理解したのだろう。

それに加えて私には、東雲慎英(しんえい)の娘と言う、ネームバリューもある。スタートがその辺の素人と言う訳でもないのが幸いだ。

 

ただ、未だにクリスマスに絵の本を置いていくのはやめてほしい。

私はプレゼントじゃなくてお金で欲しい派だ。

 

今度は、私はもう1つの『Untitled』を再生する。

 

眩しい光が私を包み、光が消えたときには、目の前にステージがあるセカイだった。

 

私の想定通りなことに安心した私は、ステージの縁に座っている初音ミクとリンに近づいて声をかけた。

 

「ちょっとお願いがあるんだけど」

 

「あれ、瀬名ちゃん。まだ練習の時間には早いよ?」

 

「いや、練習じゃなくて」

 

私は、セカイを経由してみのりたちの元へと行きたいと説明する。

それを、2人は快く了承してくれた。

 

「うん、勿論いいよ!」

 

「助かった。ありがとう」

 

出来る事自体はニーゴミクの時に知っていたので、懸念点は断られることだったが...それも杞憂だったようだ。

 

「行きたい人の顔を思い浮かべれば、その人の所に出るからね!」

 

「ありがとう」

 

そう親切に説明してくれる初音ミクに軽く頭を下げて、私は『Untitled』を止めた。

まだみのりとの練習の時間には早い。

 

セカイから出た私は、ひとまず、天気の良い屋上で、寝転がった。

勿論日陰で。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

空が赤くなり始める時間帯。

今日も今日とて、私はみのりの練習を見ていた。

 

私の手拍子に合わせて、みのりがステップを踏んでいく。

 

テンポが若干遅れてる。腕が伸びきってない。目線が下に向いてるせいで顔が下向いてる。

 

...この場に愛莉がいたら、そう言われていただろうか。

 

「...ふぅ。うーん、ここ難しいなぁ...。あれ? もうこんな時間?」

 

私が正面から手拍子しながら見ているため、横からの視点も欲しいと言う事で動画を撮っていた彼女は、一旦カメラを止めるためにスマホを持つと、かなり時間が経っていたことに気が付いて驚いた声を上げた。

 

今日の練習を始めて数時間。

たまに休むものの、みのりはほぼノンストップで練習を続けていた。

時間が気にならないほどに集中していたということだ。

 

ここに雫が居れば適度な休憩を挟んでくれるだろうけど、私はあえて何も言わない。

 

誰かに言われなければ体調管理が出来ないと言うのは、正直言って変えなければいけないだろう。

 

みのりがタオルで汗を拭いている間に、私もたたき続けて赤くなった手のひらを冷やしておく。

冷やすものは、先ほど買ってきたペットボトルに入ったジュース。スポーツ選手御用達と書いてあったが、本当だろうか。

 

「...ぬるい」

 

と言うか、時間が経ってぬるくなっている。

 

私が座ってペットボトルを手で転がして遊んでいると、その隣にみのりが座り込んだ。

 

「結局、今日は誰も来なかったね。メッセージも...うん、読んでもらえてないみたい」

 

はぁ、とため息を吐きだしたみのりは、体育座りになって、自分の膝に顔を埋めた。

 

すっかり落ち込んだみのりにどう声をかけるべきかと悩んでいると、唐突に扉が開いた。

 

「ふえ? あ、遥ちゃん! 来てくれたんだね! よかったぁ...」

 

もう解散するような時間帯にようやく来たのは、遥だった。

 

来てくれたことが嬉しいみのりは、すぐに立ち上がり、安堵の息を漏らした。

 

喜んでいるみのりと、筋肉痛に耐えながらのろのろ立ち上がった私を見て、それから遥は周囲を見渡して首を傾げた。

 

「...先輩たちは?」

 

「それが、今日は桃井先輩も日野森先輩も来てないだ...」

 

「そう。...でも、ちょうどよかったかな」

 

一体何のことだと、私とみのりが顔を合わせて首をかしげていると、遥が思わず、と言った様子で笑い始めた。

 

「ごめんごめん、あまりにも同じ動きだったから。...ねえみのり。私、明日から別の場所で読書しようと思うの。やっぱり、ダンスの練習している傍だと本に集中できなくって。瀬名も、折角教えてくれたのに、ごめんね」

 

そう言いながら、私たちに申し訳なさそうな顔をする遥。

私は別に何とも思わないので、首を横に振るが、隣のみのりはちょっと衝撃を受けている顔だ。

 

ただ、すぐに遥の言っている事が納得できることだと理解し、顎に手を当てた。

 

「そうだよね...遥ちゃん、静かな場所を探してただけだもんね。...どこか他に静かな場所、あるかな...?」

 

そう言いながら、みのりは私の方を向いて首を傾げた。

 

いや私に聞かれてもな。

 

「...私、他校.......探しておく」

 

みのりの『力になりたい!』という目に屈した私は、校内の先生に見つからないようにどこか良い場所を探すことを遥に告げた。

それを見ていた遥は、苦笑して頬をかいた。

 

ひとまず遥の次なるぼっちスペースを探しておく、と言う事になり話に区切りがついたところで、みのりが遥に頭を下げた。

 

「...遥ちゃん。今までありがとう。私のこと見守ってくれてたでしょ?」

 

「.......」

 

「遥ちゃんが傍にいてくれたおかげで、もっと頑張ろうって思えたよ。...えへへ」

 

「...そっか」

 

みのりの裏表のない、純粋な気持ちをぶつけられた遥は、くすぐったそうに笑いながら腕を組んだ。

照れ隠しだろうか。

 

「またいつでも連絡してね。時間が合ったら、たまには一緒に帰ろう?」

 

「うん!」

 

「...それじゃあね、2人とも」

 

そうして遥は、私たちに背を向けて歩き出した。

 

どうやってまたみのりたちと関わらせるかを私が考えていると、突然隣のみのりが叫んだ。

 

「遥ちゃん!!!!」

 

その大声に驚いたのか、遥は肩を跳ね上がらせて振り返った。

 

ちなみに私も驚いて心臓バクバクだ。

 

「私、オーディション頑張るね! それで絶対、遥ちゃんみたいなアイドルになる! 見てくれた人たちに、明日を頑張る希望をあげられるような...そんなアイドルに!」

 

みのりの宣言を聞いていた遥は、眉尻を下げながら微笑んだ。

 

「...うん、頑張ってね」

 

今度こそ背を向けて歩き出した遥の背中を、見えなくなるまで見届けた私たちは、同時にその場に座りこんだ。

 

「遥ちゃんの本を読む場所、早く見つけてあげなきゃ! ...今日は疲れたから、明日探そう」

 

「.......うん」

 

よいしょ、と立ち上がり、荷物を置いてあるベンチまで歩き出したみのりを追いかけて、私は空を見上げる。

 

みのりは信じている。今はそうでも、と、彼女たちの事を信じている。

きっと私がここにいる理由は、みのりの信じている気持ちを無駄にしないためなんだろう。

 

「...みのり。私も、ちょっと明日用事があるから来れない」

 

「そっかぁ。じゃあ明日は、体力を作るために走り込みしようかな?」

 

私がそういうと、一瞬寂しそうな顔をするが、すぐにスマホの予定帳を見て考え始める。

 

みのりはきっと大丈夫だろう。

それこそ、遥から全て否定でもされない限り。

だからこそ、私がすべきなのは別にある。

 

宮益坂女子学園から出てみのりと別れた私は、すぐに『Untitled』を再生する。

向かうのは、あのアイドルたちのセカイだ。

 

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