第1話
前世というものがある。
前世と言うのは、簡単に言ってしまえば、その人生よりも前の人生の事を指す。
だがしかし、そういうものがあると信じる人と、信じない人がいるだろう。
私はどちらかと言うと、信じざるを得ない、という派閥だろうか。
私には前世の記憶がある。
まぁ20代半ばまでの記憶しかないが、それまでの記憶は保持しているわけだ。
前世の私は、それは平凡な人間だった。
学校で受けるテストはいつも60~70点台で成績は秀でたものはなし。
将来の夢も特になく、それなりの会社に入って働いていた。
それが、前世の私。
だが、今世の私はどうやら違うようだ。
今世の私の名前は、東雲瀬名。
前世での性別はあいにく覚えていないが、今世は女性のようだ。
見た目は非常に整っており、美人ではあるが、綺麗と言うより、可愛いの方が優先される方向性、と言うのだろうか。
身長は140台後半で、平均を下回るだろう。
髪色は何故か透き通るような白色。ストレスで色が抜けたというわけではなく、地毛で白色なのだ。
「そろそろ家でないと遅刻すんじゃねーのか」
考え事をしている私の後ろから、男の声がする。
振り返ってみればそこには、私の1個上の兄である東雲彰人が立っていた。
掛けられている時計に目をやると、確かにそろそろ出なければいけない時間だ。
「助かった。ありがと」
「気にすんな」
私がぶっきらぼうにそういうと、彼は薄く微笑んで玄関へと向かう。
東雲彰人。
現在高校1年生の私の兄だ。
髪色はオレンジだが、これで染めていないというのだから驚きだ。
とはいえ、昔の私の価値観だからそう思うのであって、今の私の価値観からすれば普通の色だ。私も白い。
そんな彼はストリート音楽の道を進んでいるらしく、それにかける情熱も相当なようで、よく熱心に練習しているらしい。
そんな熱い彼だが、私には甘々だ。
彼の好物であるパンケーキを、私が通りかかるとフォークにさしてこちらに差し出す。
別に私が催促しているわけでもないのだが、彼は毎回そうするのだ。
さて、そんなことを考えている場合ではない。私も学校に向かわなければ。
「これから学校? 気を付けていきなさいよね」
廊下でばったりと会ったのは、2個上の姉、東雲絵名だ。
彼女は画家を目指しており、その方向の高校を受験するも失敗。現在は夜間定時制の高校に通いながら夢を追いかけている。
私たち3人の父親は、所謂天才と呼ばれる部類の画家だった。
その影響を色濃く受けた絵名は画家を志すのだが、中々その道は厳しいものがあるようだ。
昔通っていた絵画教室も、全てに絶望したような顔で帰ってきてからは通っていないようだ。
...あの時は部屋に連れ込まれてきつく抱きしめられた。次の日もずっと抱きしめられたおかげで学校にはいけず、二度寝に入ったものだが...まぁ、過去の話だ。
そんな彼女もまぁ、彰人と同じように私に甘い。
彰人に対してはパシリをさせる彼女だが、私に対してはよく、私を膝の上に乗せ、頭を撫でられる。
その撫で方がまぁ絶妙に心地よくて眠く...いや待て、これは甘いというより可愛がられているだけでは。
「気を付ける」
「あんたは素直でかわいいわね。...また今度添寝してもらおうかしら」
私の頭を一撫でし、そんな爆弾を残していった絵名。
...撫でられるのは好きだが、添寝は勘弁してもらえないだろうか。
さて。
朝に絵名が起きているという、非常に珍しい物を見たところで、私のおかしな事を語るとしよう。
前世を覚えているという事がおかしなことに思えるほどの、大きなことだ。
それは。
「まーたサボり?」
「うるさい」
初音ミクと名乗る少女がいる、このセカイだ。
前提として私は既に、前世も含めれば義務教育は既に終了しているので、中学にわざわざ通う必要がない。
精神的には大人な私が、まだ体も心も未熟な子供たちの中に入って何かをする、と言うのは、聊か気が引ける。
まぁ、大部分は面倒くさい、というのが理由だが。
中学校は別に不登校でも卒業できる。
卒業式には出るつもりだが、まぁ問題ないだろう。多少奇異の視線で見られることは覚悟済みだ。
そんな私が適当に街中をぶらぶらと歩いてサボっていると、突然スマホが光ったのだ。
そして気づけば、先ほどまでとは打って変わった、宇宙の様な場所に。
しかも重力はちゃんとあるときた。
「それで、今日は何しようか?」
「寝る」
あの時は非常に驚いた。
まさか、前世でも体験したことのない謎の現象だ。
人でにぎわっていた場所にいた私が、突然別の空間に飛ばされる。
催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃないのだ。
とはいえ、初音ミクと名乗る少女から聞いた話を考えると、これは最強のサボりスポットだ。
最悪、彰人や絵名にばれても、ここに逃げ込むことが可能だ。
しかも、入り込む瞬間は他人に認識されないのだとか。
最強だ。
「えー。そう言って昨日も寝てたじゃん。今日は何かしようよ」
「...そうは言っても。ここには何もない」
ポニーテールの真っ黒な髪色をしたミクが髪を振り回して、私の体を打つ。
普通に邪魔くさく寝られない私は体を起こして周りを見るが、いかんせんこのセカイには何もない。
右を見ても左を見ても、地平線が続くばかり。
下は真っ白な地面。材質は不明。
上を見れば、宇宙の様な何かが広がっている。
地球から夜空を見上げているのとは少し違う、吸い込まれるような黒い空だ。
私は片手をあげて、端から星を数えていく。
全部で20個。これ以上の時はないし、これ以下の時もない。
非常に数えやすい数だ。
「今日も20個。...星座は関係なさそう」
「そりゃあそうだよ。この星は、瀬名と関係のある人たちの星の輝きだもん」
「私と関係...? それ、どういう意味?」
「そのうちわかるよ。そんなことより、何かして遊ぼうよ」
「...わかったってば」
私に関係する輝き、と言われてそのままオウム返しで聞いてみたものの、はぐらかされてしまった。
まぁ、最初から素直に教えてくれるとは思っていない。このセカイに来てから素直に答えてくれたのは、一度だけ。
このセカイは何? という質問だけだ。
それ以外の、例えば好きな食べ物は、と聞いても答えてはくれない。
『そんなことより遊んで』の一点張りだ。
そうして私は、今日も1日を無為に過ごしていく。