東雲家の末っ子。   作:水が死んでる

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序盤から中盤まではみのり主観。終盤は瀬名視点に戻ります。

本編での瀬名以外の主観視点、絵名とみのり以外やってないんじゃ...。



第9話 About the Minori of Those Days

〈♪〉

 

 

それはひどい目覚めだった。

 

息が苦しい。心臓がうるさい。嫌な汗が止まらない。

自分の体であるはずなのに、自分の意志とは無関係に私の体は暴れていた。

 

混乱した頭のまま、無意識に視界を動かしていくと、どうやらここが私の部屋だと言うことが分かった。

それも、慣れ親しんだ私の部屋ではなく、どちらかと言うと『懐かしみを覚える部屋』。

 

つけっぱなしになっているテレビでは、私の夢への原動力となった少女、桐谷遥が笑顔を振りまいていた。

あの頃から時間の経った今でも覚えている。私がアイドルを目指すきっかけになった大事な思い出の1つだ。

 

この時から、私は諦めない事を決めた。

今日がダメでも、明日はよくなる。明日もダメでも、また次の日を。なんて。

 

懐かしい気分に浸っている最中、私の記憶の中で、フラッシュバックとして思い起こされるあの光景。

 

「...私は...瀬名ちゃんの命の上に立ってる...」

 

直接彼女がトラックに潰されるのを見たわけじゃない。即死だった、と言うのを聞いただけ。

私は彼女に助けられて、瀬名ちゃんのご家族に謝ることもできずにここにいる。

 

「...過去に戻っているなら、やり直せる?」

 

それは自然と私の口から出ていた。

 

そうだ、私が約50回もオーディションに落ちるなんてことがなければ、彼女に迷惑をかけることもなかっただろう。

私のような素人から見ても、東雲瀬名という少女は天才だった。アイドルの道を進まずとも、彼女は幸せになれる。

 

そうしてこの時から、私の血のにじむような努力が始まった。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

私の顔は、言ってしまえば普通だ。

遥ちゃんだとか、雫ちゃんだとか、神様から与えられたような外観を持ってはいない。

それならば、他でごまかすしかない。

 

元々の私の武器は、諦めない事。

だけどそれだけじゃ、また同じ結末を辿ることになる。それじゃあ意味がない。

ならば何を身に着けるか、という話になるのだが、そこで彼女を参考にさせてもらおう。

 

東雲瀬名だけの武器は、まるで彼女だけが浮いているような、特異性をあたりに振りまくところだ。

 

方向性で言えば桐谷遥や日野森雫に近いものになるんだろうけど、東雲瀬名という少女はそれとはまた別レベルの、所謂オーラを放つことが出来るだろう。

新人アイドルだとしても、廊下でスタッフとすれ違えば、向こうから挨拶されるような、そんなカリスマ。

 

東雲瀬名のそれは、ステージに立っている時よりも、普段の練習や立ち居振る舞いにこそ発揮されているものだった。簡単に言えば、本人的には無意識に行っているもの。それを私は意識的に出せるようにする。

本人が気づいていたかは定かではないが、彼女が宮益坂女子学園にやってくる際に、異様に視線を集めていた。

 

私のアイドル観察眼はそれなりにいいと思っている。このスキルは彼女がアイドル界にいなければ唯一無二のものになれるはず。

ならば、私がそれを身に着けられるかどうか。

 

「...どうか、じゃない。やるしかないんだ」

 

そうして、結果的にまとえたオーラは、東雲瀬名のそれと比べるとかなり劣化しているものだった。

ただ、この芸能界ではまだそれで十分だった。

 

まだ幼いこの身にはまだ分不相応な技術。それを天然のものか養殖のものか見分けられる人物は、芸能界ではほんの一握りなのだろう。

 

それを理解したのは、大きくもないが小さくもないアイドル事務所に合格した時だった。

 

私は笑わないようにした。習得したオーラとちぐはぐなものになるから。

それでも合格になった理由は、やはり審査員の目を掴んで離さない状態に出来たから。

他にもオーディションに来ていた子もいたのだろう。会場に入るまでにすれ違った子もいた。その誰もが、私と目を合わせると体が固まったように私を見続けて、私が目をそらすまで彼女たちからそらすことはできないでいた。

 

そうして、その誰もが諦めたような顔をして会場を後にしていった。

 

『今回はダメだった』と、通知が来る前に察してしまったんだろう。

私だって、逆の立場なら頭をよぎる。それでも諦めずにオーディションを受けて、結果を見て『やっぱり』と思うんだろう。

 

この時に、私は蹴落とす側にいるんだと、嫌でも実感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

 

そこからは怒涛の毎日だった。

 

最初こそ、事務所が小さいばかりに微妙な仕事をしていたものの、私の噂を聞いてやってきた企業の人に直接交渉され、CMに出たり。

演技力に自信なんてないため、ドラマ出演の打診も来ていたが断ったり。

 

私の印象ばかりが先行して人に知られていくものだから、それ相応のものになるように、家ではひたすら私の動画を撮ったものを見続けて研究したり。

 

休まる時間はなかったと思う。

2日に1回は、どこかのテレビスタジオで曲を披露していたし、インタビューもしょっちゅう受けていた。

事務所が大きくないが故の大人たちの経験不足もあり、打ち合わせは私が主導で進めて、ライブの進行や細かい指示も全て私が行った。

 

子どもがすることじゃない、と言われたこともあったが、それも全てこの特異のオーラで黙らせていく。

『彼女ならやってのけるか』と言ったような印象を与えられただろう。

 

そうして過ごす事数年。

私が未来からやってきたから、最低限の教養は身についているとはいえ、義務教育をほぼ学校に通わずに、ついに卒業式になってしまった。

卒業式ぐらいは出ておこうかと家族で考えたのだが、テレビをつければ映らない日はないと言われている私が来た時にどうなるかは、火を見るよりも明らかだった。クラスの学生たちに距離感を分かれ、というのも難しい話だろう。

簡単に言えば有名人になった私に、彼ら彼女らは群がり、私は卒業式をボイコットした。

 

予想がつかなかったわけではないが...それでも、私は未来を変えている実感をここにきて得ていた。

 

今更、と思うかもしれないけれど、何かを考えるほど余裕のある日々ではなかったのだ。

 

ああ、でも、ようやくここまで来た。

色々考えが浮かんでは消えていく。両親や弟には大きな迷惑をかけてしまったな、とか。友達は1人もできなかったな、とか。サモちゃんともう何年も散歩してないな、とか。

 

しかし、私の名前を売ることは成功した。ライブは1年に1回のペースに落とせるし、後は...そうだ、動画投稿サイトでチャンネルを作って、テレビを見ない層からのファン獲得を目指そう。

そうして、いつか生きている彼女にまた会いたい、と。

私は未来を夢見て日々を生きていた。

 

そんな時だった。

私のスマホに着信が来て、しかも、その着信相手が今の今まで存在していなかったはずの、東雲瀬名からの電話が来たのは。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

「私のこれまでを簡単に言えば、こんな感じだったよ。瀬名ちゃんは?」

 

「...私は、みのりを助けてすぐ入院してたけど」

 

「え? 時間は巻き戻ってるのに、怪我はそのまま...というわけじゃないけど、若干残ってるの? どういうことなんだろう?」

 

みのりに電話をした直後、私はみのりとは思えないほどの早さで直接会う約束を取り付けられ、電話した翌日に個室のある料理店にやってきていた。

 

というか。

現在進行形で国民的アイドルになっている彼女が、いきなり『明日の予定全部キャンセルする』なんて、誰が予想できただろうか。これはさすがの私にも分からなかった。

 

「瀬名ちゃんは、もうアイドルを目指してないんだよね?」

 

「うん。今はバンドマン」

 

「へぇ...ギターを弾く瀬名ちゃんも似合いそうだね」

 

...何というか、違和感がすごい。

変装用のメイクをしているとはいえ、顔はみのりのそれに近い分、今のみのりと私の知ってるみのりで誤差が生じる。

今のみのりは、なんか、『MOREMOREJUMP!』の4人を足して割った、みたいな印象を受ける。

キメラみたい、まではいかないけれど...いや、認識を改めよう。

昔は昔。今は今だ。

 

何はともあれ、これで私以外に記憶を引き継いでいる人間がいることは確定したわけだ。

絵名やまふゆみたいな、直接聞いてはいないけど、言動で確定している人間もいるわけだけど...変に関わったら火傷しそうだし。

 

そう考えると、最初はみのりじゃなくてまふゆに話しかけるべきだったか、と一瞬よぎったわけだけど、結果的には正解を引き当てたようだ。

みのりも現状に満足していそうだし。

 

「それで、みのりは今後どうするの?」

 

「...うーん。もう私の目標は達成しちゃったっていうか...達成感に浸ってる、っていうのが私の現状かも。何かを考える余裕もないほど突っ走ってきたから...あ、瀬名ちゃんのギター弾いてるところみたいかも。できればライブで」

 

「...私以外の協力が必要なんだけど」

 

...まぁ、みのりの要望はどこかで叶えることができるだろう。

それこそ、私と手でも繋いでいれば、私のセカイに来ることができるかもしれない。それができるなら私のセカイでライブをしよう。

その方がクオリティも高そうだし。

 

決して、一歌たちを馬鹿にしているわけじゃない。

ただ、私のセカイのバーチャル・シンガーたちなら、きっと私レベルの演奏をしてくれるはず。

人に、しかもみのりに聞かせるのならば、できるだけ完成度の高いものを聞かせたい。私が全力を出せる環境であるならば、私の気持ちも音に乗せやすいだろう。

 

...昔の私だったら絶対考えないことだろうな。

 

昔の私だったら、『いつかね』なんて言って、そのままやらないなんてざらだったと思うけれど、私も変わってきているのだろう。いろんな人に、セカイに関わることで。

 

少し感慨深い思いに浸っていると、私のスマホが通知音を鳴らした。

 

なんだ、と思ってスマホを見ると、咲希からの連絡だった。

 

『咲希:今度の休みに、シンセサイザーを見に行きたいんだけど、一緒に見てくれないかな! いっちゃんも誘おうと思ってる!』

 

咲希からのメッセージに、ひとまず彼女たちを何とかしないとな、と考えていると、みのりが私のスマホを見ながら首を傾げた。

 

「もしかして、用事がある中で呼び出しちゃった?」

 

「いや、これから別の日に用事が入りそう」

 

「そっか。...そっちが解決したら、少し時間取れるかな? 実は、桐谷遥ちゃんたちから、私が用事を全部飛ばして会うのを優先する人に興味を持ってるみたいで、会ってほしくて」

 

今度は首を傾げるのは、私の方だった。

 

みのりが遥の事をフルネーム呼びするのは、もしかしたら記憶の中にいる遥と実際にやり取りしている遥との差異に苦しんでいるからなのかもしれないけど、そのあとの私が会うことになる流れがよくわからない。

 

私のそんな考えが若干伝わったのか、みのりは苦笑しながら持っているカップをソーサーに戻した。

 

「これが普通の私の知り合いとかだったら別にはぐらかして終わりなんだけど、もしかしたら瀬名ちゃんと会うことで何か変化が出るかもしれないから」

 

みのりの言葉に、私はなるほど、と頷いた。会うだけなら大丈夫だろう。みのりも間に入ってくれるだろうし。

 

そうして、全てが終わった時にみのりに連絡する約束を済ませて、私は喫茶店を出た。

 

...個室の喫茶店とか、初めて入ったな。みのりも普段の私からしたら、手も届かないような人間になってしまったというわけだ。

 




瀬名と関わった人間は、良くも悪くも変質していく...。

少なくとも元のみのりではどう頑張ってもたどり着けない場所にいることは間違いないですね。


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