...コッソリコウシンダ!
みのりと愛莉が若干ピリピリしだしたのをきっかけに、私は後の事を遥と雫にぶん投げて帰り道を歩いていた。
見知らぬ人からのただの賞賛ならば無視すればいいだけなのだけど、それなりに知った間柄、特にみのりや愛莉のような人間から褒められ合戦が始まってしまえばもう、私に取れる行動は1つだった。
あの状況で笑みを浮かべて受け止めることが出来るのは、『私の知ってる遥』ぐらいだろうか。
「切り替えよう。今回はもうみのりたちには会わないんだから」
知りたいことはわかった。
みのりがどれだけ私の事を想ってくれていたのかも、痛いほど知った。
ただ、私の感情と、今していることとは切り離して考えるべきだろう。
私がするべきなのは、それぞれのセカイで助けになること。
言ってしまえば他のセカイに来ることが出来ている時点で、みのりには悪いけれど、要求はクリアしていると言っても過言ではないのだ。
でなければ、私は今でもループを繰り返しているに違いない。私自身にそのループしている記憶がないから、あくまで予測の範囲を出ないけれど。
誰に要求されているのかは...あの私のセカイにいる初音ミクが1番怪しいけど、その裏に私をこの世界に転生させた神様なんて存在でもいるかもしれない。
転生ものによくある、神様との対談のようなものは、私にはなかったのだけど。
...すべてのセカイを何とかした後。私はどうなってしまうんだろうな。
〈♪〉
「あ」
「?」
一歌たちのこともあるから、ギターに全く触れないのもいかがなものかと思っていた午前中。
こはねたちが踊っていた曲や、絵名たちが作っていた曲を適当に弾いていると、まさか弦が唐突に切れるという現象にあってしまった。
替えの弦を私の家に置いているわけもなく、仕方なく重い...今となってはずいぶんと軽くなった腰を上げて専門店までやってきたのだが、背後から聞いたことのある声が聞こえてきた。
後ろを振り返るとそこにはキャップを被った志歩がいた。
彼女もこの店に何か用事だろうか。そういえば、ベースを担当していたのだったか。
「えと、今時間ある?」
そういう彼女は、親指で店外に見える喫茶店を指した。
なんだそのかっこいい指し方。
「ある...けど、少し待って」
「あ、ごめん。もしかして何か探してた?」
「ただ弦を買いに来ただけだから、すぐ終わる」
「なら、外で待ってる」
私の目的を告げると、志歩は安心したように頷いて店外に歩いて行った。
なんか、志歩の雰囲気がそう見せるのか、何をしても格好よく映る。
私があの領域に至るのは、私のチート並みの才能を使っても時間がかかりそうだな...。
そこまで考えて、自分が人の特徴をすぐにコピーしようとしていることに気が付いて、思考を打ち切ってレジまで弦を持って行った。
「お待たせ」
「そんなに待ってないから。...ただ、そこの店結構人いて落ち着かなさそうだから、少し歩いた場所にあるけど、そこに行こうか。そこで話がしたい」
「わかった」
最近喫茶店で話をすることが多いな、とぼんやりと考えながら、志歩の言葉に頷いて後ろをついていく。
しばらく会話もない中で歩いてると、唐突に志歩が前を向いたまま声をかけてきた。
「前に話をしてた、一緒に演奏するって日まで時間ないけど、どう?」
ぶっちゃけ私は練習にあんまりというか、ほぼ顔を出していないので進捗は全然知らないのだが...。
志歩も、本心では彼女たちと一緒にバンドを組みたいんだろう。今はほぼ会話してないけど、昔は仲の良い幼馴染だったんだし。
「多分大丈夫」
「多分って...。まぁ、いいか」
私の適当な返事に苦笑するのが、後ろを歩いていて表情が見えない状態でも分かった。
そこからまた暫く会話のない時間が続いたまま歩き続ける事数分。
ようやくたどり着いた店は、先程の人が多い喫茶店と比べると随分と寂れたというか、人気の無い喫茶店だった。
「マスター、いる?」
勝手知ったると言った様子で店内に入っていく志歩。
そのあとをついていくと、金髪オールバックの男が新聞を広げて座っていた。
...え、何この男。
店内にはこの男しかいないけど...まさか、この男がマスター?
「お~。また来たのか。...後ろのは、やっと見つけた仲間か?」
「ニヤニヤしてないで、仕事して。コーヒー2つ」
「はいよ」
2人のやりとりからして、それなりの関係があるようだ。
最近知り合って仲が良い、と言った感じではなさそうだ。『やっと見つけた仲間』ってワードも、少し気になるし。
志歩の後ろをそのままついていき、志歩の座った席の前の椅子に、私は腰を下ろした。
そのままコーヒーが来るまでお互い無言の時間が続き、金髪オールバックマスターがコーヒーを慣れた手つきで持ってきて、ようやく志歩は口を開いた。
「それじゃ、早速本題に入るけど」
「...ん」
コーヒーを一口飲みこんで、志歩の話の続きを頷いて促す。
咲希や一歌から何かしら相談事をされるのならまだわかるけど、ほぼ初対面の人間である私をここまで連れてきてする話とは一体何なのだろう。
ここまで来る道でいろんな事をかんがえたけれど、どれもピンと来なかった。
あの2人に金輪際関わるな、という話なら、ここまでくる必要もない。
「明日やる2人とあわせる演奏だけど、それが上手くいったとして。東雲さんにも入ってほしい」
「...え」
「東雲さんのギターの技術は、この間演奏した時に実感した。私は仲良しこよしでバンドをするつもりはないから、身近な位置にレベルの高い人を置いておきたい。向上心に火をつけたい。...っていうのが1番の理由。あとは...まぁ、あの2人が信用してるなら、悪い人間じゃないって思うから」
「...ちょっと、考えさせて」
「うん」
これはちょっと、予想外である。
ぶっちゃけこの後、一歌と咲希の2人に志歩を加えて、そこからどうにかして穂波を加えたとして。私の立ち位置は初音ミクたちと同じような場所にいるかな、と考えていたのだけど。
まさかそこよりも1歩近い場所で彼女たちに関わることを要求されているとは。
...ぶっちゃけ、私のギター歴は半年もないのだし、このレベルで高いと評されるのであれば、他の楽器も同じレベルに仕上げることは可能だ。
それこそ、志歩の言う対抗心を煽りたいというのも、難なく対応できる稀有な存在だろう。
ただ、それが実際に良いことなのか、という話だ。
幼馴染4人の中に入るのが、という話ではなく、彼女たちの演奏のレベルが低くても、私次第で引っ張れる、という話。
ある程度までは私と志歩だけでもいける、いけてしまう。
そう考えるなら...結局、私の立ち位置は1歩引いた場所の方が良いんだろう。
「なら、マネージャーっていうのは?」
「...演奏の時は私たちだけだけど、練習の時は一緒に演奏するってこと?」
「それだと練習の意味がないから、私が交代交代でそれぞれのパートに入る。全部出来るから」
「...そ、そうなんだ...うん、じゃあそれで」
私の全パート出来る宣言で若干引いた志歩だか、何とか、私と志歩の間で交渉が成立した。
というか、明日なのか...。
結局部外者を加えるのって、この位置が無難なんですよね。
ワンダショこそは、一緒に舞台に...。
実はこんな話を同時に執筆してました。
⇒https://syosetu.org/novel/320492/1.html
同時、だったんですけどね...。