無事志歩がバンドメンバーに加わったことにより、咲希と一歌の練習は更に充実したものとなっていった。
場所は変わらずセカイの中で、今日も今日とて彼女たちは練習に励む。
何のために練習を重ねるのかは、まだ彼女たちでは言語化できないだろうけど。
「うん! 今の、すごくいい感じ」
「前までここ、絶対ひっかかってたのに...ミク達が練習見てくれたおかげだね」
今は個人練習の時間で、これまで全体練習で合わせていた中での一歌の悩みであった、特定の場所でひっかかる、という問題を解決するための時間だった。
ミクが丁寧に教えている様子を、少し離れた場所から見ていた咲希と志歩は、一歌の悩みが解決したことで笑みを浮かべていた。
「一歌、かなり上達してる」
「!? し、しほちゃんがほめるなんて...!」
「何そのリアクション。私だってうまくなってたらほめるけど」
何ともまぁ失礼なリアクションだ、と思わなくもないけれど、確かに私の印象からしても、志歩が他人をほめる姿が思い浮かばない。
今まさに目の前でほめているのだから、その印象も多少薄れてただの幼馴染大好き少女になってきてはいるけれど。
志歩にほめられ、嬉しそうに目を細めた一歌はギターを撫でながらつぶやいた。
「志歩が入ってくれたから、うまくなれてるのかも。もっと頑張らなくちゃって思えて」
「やっぱり、一緒にやる仲間が増えると嬉しいよね」
一歌の言葉に志歩は恥ずかし気に、腕を組んで目をそらした。
「アタシもしほちゃんにほめられたい! ルカさん、今のところもう一度やってみるから、見てもらってもいい?」
「フフ。もちろんよ。志歩を驚かせるくらいうまくなりましょう?」
一歌に触発されたのか、咲希がルカに助力を求めて、キーボードの前で指の動きから練習を始めた。
一旦ギターを置いた一歌が、志歩の隣まで歩いてきて咲希を見つめた。
「咲希もやる気満々だね」
「はぁ...また無理しなきゃいいけど」
今の咲希が、前のように無理を押しているというわけでもないことは2人も理解している。
それでも口にしなくては落ち着かないのは、彼女たちのこれまでがそうさせている。
「照れ隠し?」
「そうじゃない。...はぁ。咲希は体弱いんだから心配するのは当然でしょ。この前みたいなことがあったら困るし」
私が志歩の方を向いてそう呟くと、志歩は若干頬を染めて目をそらした。
10人見ていれば10人照れ隠しだと言うだろう、模範的行動を見せている志歩を見て、初音ミクと一歌は笑みを漏らした。
この雰囲気に居づらくなったのか、志歩は置いてあったベースを持って、ストラップを肩にかけた。
「...私たちも練習戻るよ。ほら、瀬名も」
「...私も?」
「見てるだけじゃ暇でしょ。それに、一歌にはそのレベルを目指してもらうから」
志歩にそう言われたものの、残念ながら今日はギターを持ってきてはいない。
気合を入れている一歌と志歩には悪いが、それを理由に断ろうと口を開こうとしたところで、背後から肩に手を置かれた。
「私のギター、使う?」
「......」
おのれ初音ミク。
〈♪〉
「ふい~。今日もガッツリ練習したね~。楽しかったー!」
セカイから出て、その帰り道。
今日も充実した日だった、と言わんばかりに咲希が伸びながらそう言った。
私の仕事は全員が揃ってからだと思っていたから、寝耳に水だったよ。
「咲希、ルカと2人ですごく真剣に練習してたよね。声かけづらいくらいだったよ」
「あれ、そうだった? ごめんごめん、なんだかやる気出ちゃって」
志歩に褒められるぐらいに、と始まったルカとの練習は、同じ教室内で志歩と一歌と私が軽くセッションしているのにも気づかないくらいには、濃密なものだったということだろう。
まったくもっていいことである。
「一生懸命なのはいいけど、また倒れないでよ?」
「だいじょーぶ! この間は3人には迷惑かけちゃったし、その辺は気を付けてるつもり!」
せなちゃんと一緒に弾くのも楽しかったけど、と続けている咲希に、一歌は、つもりかぁ、と苦笑していた。
「まぁ、それならいいけど。じゃあ、私はここで。お疲れ様。また明日」
「うん、また明日」
帰り道の都合で最初に別の道に分かれる志歩を見送って、咲希は嬉しそうな声を出した。
「しほちゃん、ちょっとずつ前のしほちゃんに戻ってきてる気がするね」
あれで戻ってきてるなのか、と私は思わなくもないけど。
今でも大分、幼馴染バカとでもいうような志歩だけど、あれ以上があるのだろうか。
「志歩は昔から変わってなかったのかも。変わったのは、私や穂波の方なのかな...」
「え?」
「昨日志歩からね、私は昔、考えるよりも先に行動するタイプだって、言われたの」
「考えるより先に行動、か~...。うん、確かにそうだったね! なんていうんだろう? 普段は割と落ち着いてるんだけど、アタシ達のことになるとすぐ動く...みたいな?」
よく言えば友達思いで、悪く言えば考えなしだが...。
さて。
咲希と一歌が変わった変わらないという話をしているが、昔を知らない私としては、本質的には変わっていないんじゃないか、とも思う。
考えるよりも先に行動なんて、子供の頃ならおかしな話じゃない。ただ考える力がまだ育っていないだけ。
その行動自体が変わってしまっているなら、それは確かに一歌の言う通り、変わったと言えるだろう。
ただ、一歌の行動自体は何も変わっていないはず。幼馴染のために、という原点は。
咲希と一歌が、木乃伊取りが木乃伊になると言わんばかりの思い出話をしている横で、そんな事を考えた。
「アタシ達がいつも一緒にいられたのは、いっちゃんがバランスを取ってくれてたからだと思うんだよね」
「...そうなのかな。私はただ、みんなで仲良く一緒にいたいって思ってただけで...」
「いっちゃんがずっとそう思ってくれてたから、アタシ達、こうしてバンド出来てるんだよ! せなちゃんっていう素敵な友達も加えて!」
「そっか。...そうだといいな」
まさか、私も既にその輪の中に入れられている判定されているとは。
厳密にいえば、1.5のような立ち位置にいるのだろうけど、それでも悪い気はしない。
後は、最後のピースを埋めるだけだが。
〈♪〉
一歌と咲希と解散した後の夜。
自室でいつも通り絵名に演奏を聴かせながら、私は思考を飛ばす。
穂波をどう勧誘するか。
このまま何も変わらなければ。一歌や咲希、志歩の身の回りで何かが起きなければ、穂波と一緒にバンドしたいという思いを抱えたまま、彼女達はそれで終わりになってしまう。
普段通りであれば、何かがあるまで静観してるのが私のやり方だけど...なぜかこの時だけは、何かをしなければまずい、という直感が働いていた。
何かをしなければいけない。でも何をしたらいいのかわからない。
私が演奏してどうこう、というのは難しいだろう。私の体のチート性能が仇になっている。
...少し、発破をかけるべきだろうか。
ある程度演奏を終えて扉を開けると、絵名が座り込んだまま眠っているのを確認。
絵名を抱えて布団に戻した後、私はセカイへと飛び込んだ。
〈♪〉
今となっては見慣れた景色の移り変わり方を見届ける。
放課後に、ある程度のスペースを確保するために机と椅子が端に追いやられた教室。
「あれ、今日は一歌たちと一緒じゃないんだね」
一歌たちのセカイ。校舎、と言うよりかはメインは教室だから、教室のセカイとでも呼べるこのセカイに、私は足を運んでいた。
「少し用事があって」
「用事? 珍しいね」
私が素直に目的を離すと、まるで分っているような顔をしながら、私の目の前の初音ミクは首を傾げた。
これだ。私がどのセカイでも初音ミクが苦手に感じる要因。私と初音ミクの1対1になった時だけ、別の本体に繋がっているかのように、多人数で話していた初音ミクではなくなる。
「一歌、悩んでる?」
「うーん、もう悩むのはほとんどやめちゃってるかな。今はほとんど諦めちゃってる」
「そう」
この時の初音ミクは苦手だが、嘘を吐かれたことはないので、ひとまず信用してもいい情報だろう。
そして私の目的の一歌だが、思っている通りの状態のようだ。
先日の練習の際に聞いた、志歩の話や咲希の話も合わせて考えると、恐らく一歌の一押しさえあれば、穂波は一緒にバンドをやるところまで進んでくれるだろう。
彼女と直接話をしたわけじゃないが、咲希の昔話を聞く限りは私の思惑通りの展開になるはず。
幼馴染のためならすぐに行動できたはずの一歌。そんな彼女が行動できていないのは、やはり幼馴染の事を思っているから。
ただ、『そう言っているから』と放置するだけが正解じゃないだろう。
...まぁ、面と向かって『やりたくない』と言われてしまえばおしまいなんだけど。
ひとまず考えをまとめて、そろそろ部屋に戻ろうとスマホを手に取った私に、初音ミクが待ったをかけた。
「せっかくだからさ、1曲やらない?」
「...楽器無いけど」
「私はボーカルだけでいいからさ」
この時の私は、心底嫌な顔をしていたと思う。
私にギターを差し出している初音ミクが苦笑しているのだから、間違いない。
まぁ、欲を言うならそのまま、差し出したままの緑のギターを引っ込めてほしかったのだけど。
仕方ない、とため息を1つ吐き出してギターを受け取ろうと手を出すと、ちょうどそのタイミングで誰かがセカイにやってきた。
「いらっしゃい、今日は一歌だけ?」
素早く私にギターを押し付けた初音ミクはすぐに体を一歌に向けて、笑顔を浮かべた。
仕方なしにギターのストラップを肩にかけて、チューニングを始めようとしたのだが、軽く弦を弾いて音を聞いたところ、特にズレは感じなかった。
流石と言えばいいのか、何というか。
一歌たちと話している時は妙に人間臭いくせに、こういうところでは機械的な面が見える。
やはり奇妙な存在だ。彼女たちは。
「うん。...ちょっと相談があったんだけど、瀬名もいるならちょうどいい、かな。...ねえ2人とも、少し時間、もらえるかな?」
特に断る理由もない私
一歌はそう呟くと、背負っていたギターケースを置いて、中からギターを取り出した。
セカイにもギターはある。だが、わざわざ外から自分のギターを持ってきたのには、何か理由があるのか。
「私、このギターは昔から使ってたやつなんだ。さすがに弦とかは変えてるけど、それ以外の大本は元々のまま。...今日でこのギターは弾き納めにしようと思って。新しいギターは...バイトして貯めようかな」
「...」
「それと、私とミクでギターしかいないから、瀬名にはドラムを触ってみてほしくて。前に咲希と一緒に即興でキーボードをやってたから、もしかしたらドラムもいけるかなって思ったんだ」
見るからに普段通りを取り繕っている一歌の口から出てきた言葉は、冷静に考えれば合理的な内容だった。
ギターを変える云々の話はまぁ置いとくとして。私をドラムに据えようという考えが出てきたのは、2つの点で驚いた。
志歩のテストに合格するための練習に、私はほとんど顔を出していない事。
それに加えて、彼女たちの前では私はギターしか弾いた姿を見せてない事。
それなのに、誰かと一緒に合わせてキーボードを弾くと言う、ぶっつけ本番でやったにしては志歩の満足のいく演奏を出来る技術。
これらを一歌が見抜いてきたことが、まずは1つ目の驚き。
2つ目の驚きは、穂波を諦める段階までが早いな、という事。
これまで一緒に練習してきた私に向かって、ドラムを練習して欲しいと告げるのはもうそういうことだろう。
穂波はどちらも選べずに苦しんでいる。だから、選ばなきゃいけない環境ではなく、選択肢を減らして選ぶ必要のない環境を作る。
そうした思考の果てが、ドラムを他人で埋める事。
私がここで首を縦に振るのは簡単だ。
ギターを初音ミクに返して、以前穂波が使っていた、穂波のドラムを私のものにするべく数分練習すれば、もうそれで終わりだ。私の学習速度は伊達じゃない。
だけど、それでいいはずもない。
だから私の答えは決まっている。
「お断り」
「...」
次の投稿はマジで遅いと思います。
8月に入ってからプロセカにログインすらできてないんですよね...。
追記:第X章の場所を頭に持っていきました。