きっと私は、本質的に後悔をしたことがない。
多少の振り返りはするだろう。
ただ、『あの時こうすべきだったか』という振り返りではなく、『こうしたらどうなっただろうな』ということを考えて、すぐに無駄な時間かと切り捨てる。
良くも悪くも、過去に無頓着な人間、というのが、東雲瀬名による、東雲瀬名の評価。
とはいえ私のそんな内面を理解している人間なんていないので、第三者から見た私は大きく違ってくるんだろう。
他人から見た私に興味はあまりないけど。
「やべー赤点だ」
「だから勉強教えるって言ったのに」
「いやだってワールドカップだぜ? 見るしかねぇ…いやでも後のことを考えると勉強しておくべきだったか…」
結局セカイは切り替わらずに次の日を迎えた私は、学校に足を運んでいた。
行事はできるだけパスの精神を貫いている私だが、テストだけは受けなければいけないようで、必然的にテスト返却日にも登校しなければいけない。
既に視線にはなれた。
私はどこまで行っても異物なのである。
「えー、次、東雲ー」
名前を呼ばれたので教壇まで歩いていく。
担任の前に近づくにつれて教室内の騒がしさが消えていくのが一番、居心地が悪い。
普段私が登校したときは私をいないものとして扱うのに、どうしてこの時だけは静かになるんだろう。
「たまに来てくれる日の授業態度も悪くないし、頭もいい。これで普通に登校してくれたら万々歳なんだけどなぁ」
そういった担任から手渡された数枚の紙をペラペラとめくる。
うん、まぁわかっていたけど、今回も全て満点だ。
担任の反応から、私がこれまで通り高得点あるいは満点を取っていることを察した周囲は、やがて騒がしくなっていった。
自分の席に戻るまでに横目で見えた、自分の返却された解答用紙を握りしめている生徒。
私と勝負でもしていたのかもしれないが、残念ながら私に勝つのは不可能だ。
負けることはないかもしれないが、勝つことはあり得ない。それこそ私がテストを受け続けていれば。
要は、満点を取ってくれ、ということだ。
〈♪〉
無事下校している中で、世界一無駄な時間を過ごしたと感じている私は、路地裏に入ってスマホを取り出す。
今日の朝までは何となく入る気分じゃなかったのだが、そうも言っていられないだろう。
見慣れた英単語の曲を再生し、異世界へと飛び立つ。
眩しい光が収まれば、そこではこたつに入ってリラックスしている初音ミクがいた。
「おんやぁ? らっしゃい、入ってく?」
「…そうする」
どこにコンセントが繋がっているわけでもなく、見た感じバッテリーで動いているわけでもないのに温かいこのこたつ。動力源は一体何なのだろう。
…いや、別に私がこのセカイに持ち込んだわけじゃないのだから、セカイ産か。なら多少現実的に考えておかしいものも、おかしくないかもしれない。
空を見上げて、新しく星が4つ光っているのを確認する。今回は青。
「残る星は4つ。もう察しがついてるよね?」
「…あと1回でこの旅は終わり、そうでしょ」
「うんうん、まぁ誰でもわかるよね」
こたつのテーブル部分に頬を付けたまま、私の方を向いて話を始める初音ミク。
それにしても、リンたちはどこに行ったのだろう。セカイの中に住宅があって、ここがただの集合場所になっているならわかるのだけど、見渡しても何も見えないし。
私が辺りを見渡しているのがわかったのか、初音ミクは「あぁ」と漏らした。
「今リンたちはちょっと旅に出てるよ」
「旅?」
「うん。まぁこのセカイにはいるから、呼べば来るよ。多少の時間はかかるだろうけどね」
「…別に、用事はないから呼ばなくてもいい」
旅。旅、ね。
かつての人類みたいに、このセカイの端っこでも探しに行ったのだろうか。丸ければそれで良しだが、前時代的なものがそのままあったのだとしたらどうするのだろう。
電子だから帰ってこれるんだろうか。
それとも、私のセカイだから私が何とか出来るんだろうか。
…私の、か。
ここまでくだらないことを考えて、少し気になることが出てきた。
これまで私以外で構成されたセカイを見てきたわけだが、それらは全て4人で構成されたものだった。
だけどここは私だけで作られたセカイ。1人と4人で違いはあるんだろうか。
それこそ、容量…というと変だが、セカイ自体の大きさ、とか。
初音ミクに聞いてみるか、と視線を向けてみると、ただ首を傾げるだけで何も言ってこない。
きっとまともな回答は返ってこないんだろうな、とため息を吐き出す。
結局私は、次のセカイに行って、全ての星を照らすしかないんだろう。
そうして全ての星を照らし終えた後、捨てられることになっても。
何となく、察している。この世界が何なのか。私のセカイが何なのか。
「じゃあ、帰るから」
「はーい。そうだ、明日は来ないから、よろしく~」
「……」
前後を全く理解していないと、ただ私が殺害予告を受けただけなのだけど…まぁ理解した。
明日になる前に、ここでやり残したことがないか、と言われているのだ。
私は初音ミクに特に反応を返さずに、スマホを操作してセカイを出た。
カウントダウンの音が、聞こえる気がした。
〈♪〉
とはいえ。
別に何かに思い入れもなければ、ここから離れてしまえば彼女たちは記憶をなくす可能性もあるわけで。
まふゆや、みのりは恐らく例外だろう。絵名は記憶としては覚えていない様子だし、本当に例外。
これは私の予想だけど、まふゆに関しては、彼女のセカイに触れすぎた、というのがあると思う。
ただそのセカイで過ごすだけではなく、奥底に触れる、と言えばいいのだろうか。
他の事に関心を見せず、消えたいと言う彼女が、唯一、一緒に、と私を誘った。
みのりは正直断定できない。
目の前で、恐らく死んだのだと思うけど、それだけなら他3人が覚えていなければおかしくなるわけで。
『命を救った』という点で見れば、該当者はみのりだけなのだが…それが他の何を差し置いても彼女の中で重くなっている、というのが想像できないというか。
…まぁ、仮にそうだということにしよう。
そのどちらも、私に異様な執着心を見せている、というのが共通点になる。
「…自画自賛してるみたい」
自室の机の前で、誰に聞かせるわけでもなくただ呟く。
スマホを操作して、連絡先を表示する。
そこには、存在してはいけないはずの名前が2つ並んだままだ。
あぁ、そうだ。まだやり残したことが残っていた。
「みのりに、ライブを見せなきゃ」
いきなり今日ライブをすることになるわけだが、逆にちょうどいいのかもしれない。
私だけが演奏して歌うということは抑えなくてもいいということだし、どうせ観客はみのりだけだ。
思いっきり弾いて、気持ちよくこの世界とおさらばしよう。
みのりに予定があったら…まぁ、しょうがない。できれば私の演奏を聴いてほしさもあるけど、強要はできない。
その時は動画を撮って、送りつけておこう。恐らく無駄なことになるのだけど。
「…意外と、楽しみかも」
立てかけてあったギターの弦を弾く。何となく、弾むような音だった。