今回は短いです。
みのりからの返信は早かった。
距離が近いように感じるし、頭をちらつくのは若干どんくさいみのりなのだけど、この世界での彼女は実に多忙だ。
テレビに映らない日は無いと言われているほど売れている彼女なのだがら、演奏を今日披露したい、という私の我儘に即座に反応して、すぐに行く、と若干申し訳なさを覚える。
きっと彼女は私に申し訳なさを覚えているんだろう。
私との記憶が残っている以上、私に助けられてしまったという記憶も残っている。だから、そもそも私とみのりの接点を壊してしまえば、私が死なずにすむ、という判断になったに違いない。
この世界でみのりと初めて会ったとき、ひどく安心した顔を浮かべていたのを覚えている。
「…だから、今日でそれも終わり」
運よく演奏できる会場を抑える事が出来た。そこまで大きくない、本当に身内に発表するためだけにあるかのような大きさの会場。
その割には設備は古くなく、意外と最近はこういうのが流行っているのかもしれない、とスピーカーを見ながら思う。
準備運動を必要とする体ではないけど、手持ち無沙汰になった私が適当に弦で遊んでいると、唐突に部屋の扉が開かれた。
「ごめん、お待たせ」
「…仕事だったんじゃないの?」
「うん。だけど、無理言ってずらしてもらった。瀬名ちゃんが何より大事だし…それに、予感もあったから」
部屋に勢いよく入ってきたのは、私が呼び出したみのりだった。
慌てて変装用のサングラスや帽子を身に着けてきたからなのか、髪も若干乱れているし、息も上がっている。
それほど他より私を優先してくれたと言う事に、少しだけ嬉しく思ってしまった。
「じゃあ…私の準備は出来てるから、後はみのりのタイミングで」
「うん、わかった。…ふぅ。うん、いつでもいいよ」
流石はトップアイドルと言うべきか。相当に鍛えられているらしく、私が遠回しに息が整えば、と言うと、数回の深呼吸で普段通りの呼吸に戻っていた。
そんなみのりに1つ頷きを返して、私はステージにギター片手に歩いていく。
「多分だけど、私たちはここでおしまいなんだと思う。私の想いもみのりの想いも、全部消えてしまう。
だから、最後にみのりには感謝を伝えたかった。ここでの私の目的に何か作用したわけじゃない。けど、家族以外でそこまで私の事を想ってくれた人はいなかったから。
私の事を見てくれていたから。だから、ありがとう」
みのりに伝えたかったことは感謝だけ。言いたいことは伝えた。
私を照らしている証明を見る。
眩しさで何も見えない。
光に眩んだままの目で、私はここじゃない別のセカイを見てる。
そして、ピックを持つ腕を振り下ろした。
〈♪〉
やっぱり、私も変わったものだと思う。
根っこはあんまり変わってない。他人に興味がないから、体の性能が良くても他人の顔を覚えるのは少しだけ苦手なまま。
だけど、他人がどうでもいい、と即座に思う事は無くなったと思う。
最終的に行きつくのはそこなんだろうけど、それでも、家族の枠には入らないにしても、みのりは私にとって近い存在だ。
だからこそ、きっと私が抱えてる感情は寂しいなんだと思う。
予感がある。みのりが記憶を抱えたまま別のセカイにまで、私と一緒に来てしまったのは、これで最後なんだと。
…そういえば、みのりも予感があった、って言っていたな。
今の彼女が彼女であれる時間が迫ってきていることを、理解していたんだろうか。
観客が1人だけのライブは、問題なく終わった。
特に何か起こったわけでもない。私の感謝を歌にのせて、言外にみのりと別れを済ませた。それだけの話。
みのりは最後まで笑顔のまま、部屋を出て行った。そんなみのりの感情を表すかのように、すっかり白くなってしまった拳には、見ないふりをした。
私がそれに触れるのは、みのりの想いを踏みにじるものだ。
耳鳴りがする。
さっきまで騒がしかったのに、今ではひどく静かだ。
ギターをケースに戻し、背中に確かな重さを感じて外を歩く。
もう季節は春で、すぐにでも夏になる。だと言うのに、風は冷たくて、私の体から熱を奪っていくようだった。
〈♪〉
今日が終わる。明日は来ない。
お風呂で体と心を癒した後、寝支度をしてベッドに寝転がって、天井を見る。
疲れた、と思う。
そして、あともうちょっとだ、とも思う。
最後のセカイ。それを乗り越えた先に____私は文字通り、解放されるんだろう。
達成感に浸る時間はあるんだろうか。
そのぐらいは用意してくれないとな。
そんなことを考えている内に、瞼は自然と閉じて行って、私は眠りについた。
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