今日も今日とて、彰人と冬弥の歌声がライブハウスの中に響いていく。
冬弥に案内され、初めて2人の歌声を聞いたあの日から、もう1ヶ月が経とうとしている。
それでも聞き飽きないのは、兄が歌っているからなのだろうか。
...いや、私が2人の歌声が好きなのかもしれない。
最初は2人の歌をライブハウスの隅っこで静かに聞いていた私に、他の客はそれはもう驚いた顔をしていたが、今では私の顔は覚えられたのか、誰も驚かなくなった。
それどころか、今では飴をくれるぐらいだ。
ふむ。今日はスイカ味。...スイカ味の飴なんて、コンビニで簡単に売ってるような味ではないと思うのだが。
まぁ美味しいから良しとしよう。
そうして飴を堪能している私の耳に、2人の歌声と混ざって客の声が聞こえてくる。
客曰く、彰人は皆を引っ張る力強さがあり、冬弥はテクニカルで妙な凄味がある、のだとか。
パワータイプの彰人と、テクニカルタイプの冬弥。2人が良い具合にかみ合っている、という感じだろうか。
なるほど、素人の私が言うのもなんだが、しっくりくる感じがする。
...いや、素人なのだから、何を言われてもしっくりくると言いそうだが...。
そしてそれと同時に、こんな声も聞こえてくる。
「ここら辺の若手だと、謙さんの娘ぐらいか、張り合えるの」
「すごい世代だよ、ほんと」
謙さんの娘。
その謙さんというのが誰なのかは知らないが、その娘さんも相当やり手なのだろう。こうして引き合いに出されるぐらいだ。
しかし、それを快く思わない人もいるようで。
「チッ。どいつもこいつも、つまんねぇ話ばっかりしやがるな」
そう呟いたのは、私に比較的近い場所で彰人たちを見ている1人の男だった。
この男は確か、何度か彰人たちと仲良さげに話していたような気がするが...残念ながら名前は思い出せない。
というか、会話の中で名前が出ていたかどうかもあやふやだ。
それから少しして、2人のステージが終わった。
今日も良かった。
私は2人のステージが終わると、いつも上機嫌で2人の元へと駆け寄る。
感情が顔に出にくいことを最近知った私は、こうして動きで2人に示すのだ。
いつも通りに彰人の元へと寄ったのだが、今日は先客がいたようだ。
...先程、毒を吐いていた彼だ。
「最近、ここらの奴ら謙さんの娘の話ばっかじゃねぇか?」
「白石の? それがどうしたんだ」
「腹が立つって話だよ...。そういや聞いたぞ。お前ら今度同じイベントに出るんだろ。あの七光りと比べられるなんて、たまったもんじゃねえよな」
男がそう吐いた言葉に、冬弥は分かりやすく顔を歪めた。
冬弥が口に出していた、『白石』という名前。娘さんの名前だろう。
知り合いであろう人の事を目の前で悪く言われて、素知らぬ顔を出来ないほどにやさしすぎるのだろう、冬弥は。
「いや、そのイベントは...」
「むしろ歓迎だ。あいつらは俺たちの歌で潰すからな」
冬弥の言葉を遮った彰人の声色は、とても鋭い物だった。
完全に敵対視している、そんな感じの声。
ここ最近ほぼ毎日の練習の中で、彰人は必ず口にするワードがあった。
『あの夜』と、『半端な奴ら』の2つだ。
彰人が明確に潰すと口にしたのが気に入ったのか、男は喜色を浮かべて彰人の肩を叩いた。
「潰す? まじかよ! なら、俺もちょっとばかり『応援』しなくちゃな」
彼のその言葉を聞いた瞬間、彰人と冬弥の雰囲気が変わったのを感じた。
「『応援』...?」
「おい、余計なことすんじゃねえぞ。これは俺たちの問題だからな」
『応援』。要するに、彼が何かしらのアクションを相手側に起こす、と言うことなのだろう。
直接的に暴力を振るうわけではないのは分かる。
...何をするつもりなのかは、彼のみぞ知る、ということなのだが。
「ああ、わかってるって。大したことはしねぇよ」
男はそれだけ言うと、ニヤニヤとした顔を隠さずに、外へと歩いて行った。
私の上機嫌な心はもう既に、落ち着いていた。
〈♪〉
「機材、こっちに動かしておきましょうか?」
「ありがとう冬弥くん、助かるよ」
彰人と冬弥が片づけをしている中で、私は2人の荷物と共にイスに座って待っていた。
最初は手伝おうとしたのだ。
だが、彰人の過保護に見た目の華奢さが拍車をかけ、こうして待機命令を出されている。
まぁ、私が向こうの立場ならそうしたかもだが...納得いかない。
その気になれば機材をこの手で『粉砕☆』することも可能だというのに...。
「はっ、何を考えているんだ私は」
何やらいけないことを考えていた気がする。
頭をぶんぶんと振って悪い考えを追い払っていると、突然2人の荷物の中から声が漏れてきた。
「...着信音、じゃない?」
そう『声』が漏れてきたのだ。
音楽ではなく、まるでスピーカーモードで通話をしているかのような。
一体何だと考えているうちに、その声はすぐに聞こえなくなってしまった。
...何だったのだろうか。
〈♪〉
「今日は良い感じだったな」
「だな。だけど、これで満足してちゃいけねぇ。もっと上を目指さなきゃな」
3人での帰り道。
そこで話す内容は決まって、今日の振り返りだ。
基本的に話に入ることはなく、大体感想を伝えて終わりなのだが、今日はどうやら違うようだ。
「...明日、だな」
「ああ。瀬名も来るだろ?」
「うん」
明日。
そうついに明日、本番があるのだ。
これまで客の前で披露してきたのは、いわば身内の前での披露、とでも言えばいいのだろうか。
明日は、数多くの人の前で、披露する。
...なんだか、関係ない私がどきどきしてきた。
横目で2人を見ると、その顔は良い感じに気合が入っているように見えた。
ただ、彰人の顔は少し怖いような印象を覚える。
明日、どうなるのだろうか。
〈♪〉
翌日。
ついにイベント当日となり、私と彰人は2人で現地へと向かった。
途中で、彰人は冬弥と合流し最終確認をするために別行動。
仕方の無いことだ。
彼ら2人は出演者で、私は1観客。
スマホの時計を見ると、開始まではまだ時間があるようだ。
さて、どう暇をつぶそうかとあたりを見渡していると、見たことのある顔を見かけた。
ブロンドで、メガネをかけた女の子だ。
確か、前に勝気な女の子と一緒に歌っていたような、と考えていると、彼女はその勝気な女の子に呼ばれていた。
「このイベントに出る、のかな」
あの、どこか小動物を連想させるような彼女がこのイベントに出るというのはいささか想像し辛いものがあるが、1か月前にも2人で歌っていたのだ。
きっと出演者なのだろう。
...というか、あの小動物少女も着ていたのだが、もしかして私、浮いているだろうか。
黒のシャツに、白のワンピース。
私は基本的にめんどくさがりだから、複数のコーディネートなんて持っていないのだ。
彰人がよく『コーディネートさせてくれ』と言ってくるが、正直服を買いに出かけるのもめんどくさい。
一緒にパンケーキを食べに出掛けるのは、美味しそうに食べる彰人の顔を見るのが好きなだけで、一緒に服を見に行こうものなら、向こう1週間は家から出ない自信がある。
と、女の子2人がきゃぴきゃぴしていると、奥から彰人と冬弥がやってきた。
彰人は優男な対応をしている...。
あれは、外対応モードの彰人。
「一緒に出掛けてもあまり見ることのできないモード...」
せいぜい、店員に注文をしたり、席が空いているかを確認する時ぐらいだろうか。
それぐらいの時にしか聞けない外モードの彰人を、こんなところで見られるとは。
外出した甲斐があったかもしれない。
だが、彼女たちが店の中へと入っていくのを見届けると、途端に彰人の優しい笑顔が崩れた。
「ったく、へらへらしやがって...」
おお、いつものごとく、素早い変わり身だ。
もしかしてなのだが、彰人は二重人格なのではないだろうか。
「それはない...ん?」
突飛な事を考えて自分で否定していると、ポケットに入れていたスマホが震えた。
イベント中に音が鳴ると困ると思い、事前に消していたのだが、誰からの連絡だろう。
スマホを取り出すと、画面には絵名から着信が来ていることを示していた。
「絵名?」
通話のボタンを押し耳に当てると、私が何か言う前に絵名の絶叫が私の耳を貫いた。
『今どこにいんのよ!』
「うぐ...絵名うるさい。出かけるって言ったはず」
『あ、ごめん...じゃなくて。確かに聞いたけど、毎日毎日遅くまで出かけてると心配になるでしょ!』
ふむ。
絵名は心配性なのか。
確かに私も行き先を伝えずに約1か月間出かけたが、彰人と一緒にいるのは既に伝えているのだし、口では2人はそれほど仲良さそうには見えないが信頼しているはずなのだが。
「彰人では心配?」
『あったりまえでしょ。彰人のことなんだから、すぐに瀬名を店に連れ込んで着せ替え人形にするんだから』
「...」
なんだその心配は。
普通こういうのは、彰人では私の面倒を見きれないだろう、という流れではないのか。
私の面倒、と私自身が表現するのは少し癪だが...まぁこの際良いとしよう。
「彰人のやりたいことを見てるだけ。そんなことにはなってない」
『ふーん。コーディネートしてるわけじゃないんだ。...まぁいいわ。今度服買いに行くときに私もついていくから。じゃ、気を付けて帰ってきなさいよ』
「別にいい...って聞いてない。絵名はせっかち」
買い物の同伴を拒否しようとしたら、既にスマホのスピーカーからは無情にも通話終了の音が流れていた。
つい口に出たが、絵名は本当にせっかちというかなんというか。
他人の感情には彰人と似て機微なくせに、こういう所は気遣えないのは絵名の短所だろう。
かく言う私は、あまり他人の事を考えないのだが。
スマホをポケットにしまい視線を正面に戻すと、何やら彰人と冬弥が話し合っていた。
今回のイベントでの話し合い、とは少し違うのが、雰囲気で分かった。
「1回だけ、真剣に聞いてやる」
「...ああ、ありがとう。彰人」
彰人が仕方ない、と言うような感じでそういうと、冬弥が安心したかのように微笑んだ。
なんのやり取りだったのだろう。
...愛の告白か。
自分でも違うだろうと思っているのにそんな事を考えてしまうのは、もう仕方の無いことだろう。
何せ、彼ら2人は顔が良い。それはもう顔が良い。
とそんなふざけたことを考えていると、横から紫のパーカーを着た男が歩み寄っていた。
あの男は...。
「よう彰人、冬弥! 今日はあいつらを思いっきり叩き潰してくれよな!」
男は、これから起きることが楽しみだと言わんばかりの顔で2人に話しかけた。
だが、それとは対照的に2人の反応は冷めたもので。
「あぁ...お前か。ま、今日のパフォーマンス次第ってところだな。じゃあ、俺らは先にいってるぞ」
一瞬だけ目を合わせた彰人と、終始一度も見なかった冬弥の2人。
そのまま中へと入っていったが、男はその様子に気付いていないのかニヤニヤとしていた。
「『BAD DOGS』にかかっちゃ、あの七光りも終わりだな。オーディエンスの前で赤っ恥かくのが楽しみだ」
先日感じた嫌な予感が、確信へと変わっていく。
あの男は必ず何かしている。彰人たちの先に中に入っていった女の子2人組のどちらかの、『白石』なる人物をターゲットにしているのだ。
彰人たちも薄々勘付いてはいるのだろう。けれど、実際に行動に移せるかと言えば難しい。
彼らも出演者だ。他人が出ているからと言って、余計な事をしている暇があるかどうか。
「...まぁ、関係ないか」
だからと言って、私が何かするということでもない。
これが彰人に対する何かだったなら話は変わったかもしれないが...ただの他人を助けるほどお人好しでもない。
私の中の正義の心は、私の身内にしか反応しない。
それに、と私は考える。
「彰人は潰したがってる。過程や方法がどうであれ、結果があまり変わらなければそれでいい」
私は少しの違和感を覚えながら、自分を言い聞かせるようにそう声に出してライブハウスへと足を運んだ。
気づいたら評価バーが赤くなっていました。
ありがとうございます。
やったあ。