ずっとその耳が気になっていた。
本人すら意識していないのかもしれないが、弓月はよく耳たぶを触る。
穴がぽかりと数個あいたその耳をときに寂しそうに、ときに懐かしそうに、そしてときに恋しそうに触る。
例えば、
出勤前に暖かなコーヒーをふたりで啜るとき。
例えば、
ランチラッシュから持たされた夕飯をダイニングでふたりで頬張るとき。
例えば、
ひとりでトレーニングをしていて、ふと休憩するとき。
その穴をいつ開けたのか俺は知らない。
知りたいと思うわけでもない。
だが、無性にその穴を埋めてやりたいと思う。
「なぁ、マイク。ピアスってどんなところで買うんだ?」
ぶっと目の前の腐れ縁は飲んでいた珈琲を吹き出した。
「汚ねえな。」
「いやおいイレイザーお前どういうこった?詳しく聞かせろ。」
箱ティッシュを横のデスクから取り、あちこちに掛かった珈琲を吸い取る。
「弓月の耳に空いてるんだよ。アレ。」
名前がわからなくて耳たぶを指し示す。
「ピアスホールよね?空いてるのは知ってたけれど、イレイザーが気づくのは意外だったわ。」
思い出せない名前を掬い上げたミッドナイトが近くの椅子を引いて輪に加わる。
「んで、ピアスを買ってやりたいって言うのはどう言う風の吹き回しなんだぁ?」
偉そうに足を組んだマイクが問うてくる。
「穴空いてんのに、刺すもんねえのも寂しいだろ。」
2人の視線から目を逸らす。
「ねえ、それ買えたとしてどうやって渡す気なの?」
…全く考えていなかったので少し目が開く。
「…考えてなかった。」
「提案があるの。」
姿勢を正したミッドナイトが告げた。
「弓月ちゃん、合格したじゃない。」
本人は知らないが、弓月は雄英高校ヒーロー科に合格していた。
実技試験の日にいままでではありえないような落ち込み様だった自分の娘を思い返す。
「だからね、私合格祝いをあげたいのよ。あなたたちも乗る?」
ミッドナイトの言葉に一も二もなく首を縦に振った。
「この感じで行くと俺もあげる感じになってねぇ?」
マイクの言葉に2人で示し合わせる。
「マイクが弓月ちゃんにプレゼントあげないなんて選択肢ないわよね?」
「無いな。」
「…はーぁ。お前ら2人があげるんだからあげるに決まってんだろ!」
もうあげるもんだってだいたい目星着いてんだからな!というマイクにすげえなと思った。
ミッドナイトよりも距離を置いているように見えてマイクも弓月を気にかけてくれている。
なぁ、弓月。
お前は愛されているよ。
珈琲を喉に落としながら、そう思った。
ミッドナイトと俺の空きコマが一致したタイミングで百貨店に向かう。
校長に理由を話したところ、空いた時間のうちに学校へ帰ってこられるなら外出してもいいと言われたので車を少し飛ばす。
「ねえ、本当はどうしてピアスあげたいと思ったの?」
それは聞かないで欲しかった。
「あの穴。元の世界で開けた穴だろ。」
「…そうね。」
ミッドナイトの相槌を聞いて続ける。
「塞がったら寂しいだろ、あいつ。大人になってから開け直したって、元通りって訳にも行かねえ。」
「イレイザー、あんたって思ったより父親になってるのね?」
少しからかいの混ざった声音が耳に障る。
「うるさいぞ。」
「そんなこと言ったらピアス選ぶの付き合ってあげないけど?」
くそ、今日に限ってはこいつに勝てない。
ため息が漏れる。
「…悪い。」
「ふふ、よきにはからえ。ってやつね。」
とある百貨店に辿り着いて、化粧品とアクセサリーのフロアに立つ。
「ここのブランド、弓月ちゃんのイメージに合うと思うんだけど。」
どうかしら。とミッドナイトが伺う。
きらきらと光るアクセサリー達の中で、ひとつだけ目を引くものがあった。
シルバーのシンプルなピアス。
フロスト加工を施されていて、派手な光沢は無い。
「これ。どう思う。」
「イレイザーが見繕ったとは思えないわね。」
それはよいと受け取るべきなのだろうか。
「いいと思うわ。ずっと身につけていられる、そんなデザインね。」
ミッドナイトは目を細めていた。
「お決まりですか?」
という店員の言葉に、
「このピアス、頼む。」
即決だった。
「プレゼント用でしたら、ラッピングいたしましょうか?」
ラッピングなんてどれくらいぶりに聞いたかも分からない。
「…ラッピングも頼む。」
リボンの色と包装紙の色を聞かれる。
紫のリボンをみて、弓月の瞳を思い出して思わずリボンをそれに決める。
包装紙は、淡い青にした。
承知致しました。少々お待ちください。という言葉で、ミッドナイトと他の商品を眺める。
「私ね、イレイザーが弓月ちゃんのお父さんになるって決まったとき、不安だったの。」
続けろと目で促す。
「でも、少しほっとしたわ。」
ミッドナイトがふわりと笑う。
ずっとわたしがお母さんになった方がいいと思ってたもの。と言うミッドナイトに柄じゃねえだろ。と返す。
そうね。と呟いたミッドナイトはもうひとつ続けた。
「これからもずっと弓月ちゃんのお父さんでいてあげてね。」
「…あいつが俺の娘でいてくれる限りは。」
照れ隠しのように、少しツンとした言葉が口からこぼれた。
俺はあいつの父親になれているのだろうか。
あいつは俺が父親だということに不満は無いのだろうか。
実年齢よりも大人びたあの少女は、俺に本音を話さない。
まぁ、出会って半年のおっさんになんでも話せよって言うのは無理な話かもしれないが。
「消太さん。」
と呼ばれる度、俺が少し苦い気持ちになっていることにあいつは気がついているのだろうか。
まだ面と向かって弓月と呼んでやれない俺も人のことを言えないか、と思い直した。
いつか、父と呼ばれる時は来るのだろうか。
普通の親子のように他愛もない会話で笑い、泣き、怒ることはあるだろうか。
合理的ではないな。と自分の思考に苦笑いが漏れる。
最近つい撫でてしまう丸い頭の感触を掌で思い出した。
少し時間を置いて、お待たせしました。という言葉共にラッピングを見せられる。
綺麗に結ばれたリボンをみて、こうも複雑に結べるもんだなと思う。
クレジットカードをキャッシュトレーに置き、
「一括で。」
と言いながら指を1本立てた。我ながら浮かれてる。
会計が終わって、ラッピングされた中身を詰めたショッピングバッグが俺の人差し指と中指にかかる。
車に乗り込んでから礼を言う。
「ありがとう。俺一人じゃ買えなかった。」
「いーえ。弓月ちゃんのためだもの。」
伸びをするミッドナイトに視線を送る。
随分弓月のこと気に入ったもんだよな。と自分のことを棚上げした。
「私も今度百貨店で弓月ちゃんにぴったりの香水選ばなきゃ!」
「高校生に香水は早いだろ。」
まさかの選択に眉をひそめた。
「早くないわよ。化粧品だって香水だって高校生になったら気になっちゃうものよ。」
楽しみにしてなさい。めちゃめちゃにいいの買ってあげるんだから。と言ってミッドナイトは車から降りた。
後部座席に置くと弓月に見つかるので、とりあえずダッシュボードの中に隠しておいた。
さて、どうやって渡すべきなのだろうか。
とりあえず、マイクとミッドナイトのプレゼントが揃ってから考えようと思った。
ピアスを近しい人に贈る意味として、「相手を見守っていたい」というものがあるそうです。