噴水の膜を破るように生まれた渦は黒い色を纏った。
「消太さん、13号先生。後ろです。」
相澤先生、と変換して話す余裕はなかった。
ふたりの視線が振り返りきるまでは目を離すわけにはいかない。
だってこの状況で動ける人間は多くない。
黒色の渦がじわじわとキャンバスを塗り広げるように大きくなる。
瞳を眇めた。
ぼうと大きく渦が爆ぜて、人の双眸のようにも見える紋様が黄色く浮かんだ。
ば、と消太さんが振り返る。
それに追従するように13号先生も黒い渦にフルフェイスのシールドの正面を向けた。
3歩だけ、生徒たちの最前に立つためだけに前に足を運ぶ。
目は逸らさない。いや、逸らせない。
人間の指が、黒い渦から何かをかき分けるようにして、奥の瞳がこちらをのぞいた。
喉が引き攣るのを感じて、声に出る前にそれをねじ伏せた。
「一塊になって動くな!」
生徒たちが困惑するのが空気感だけで伝わる。
「13号、生徒を守れ。」
「は?なんだありゃ。」
消太さんの声と同時に切島くんの困惑声が響く。
黒い渦から怪しげな人物が群れとなって出てきたからだ。
「また入試の時みたいなもう始まってんぞパターン?」
と言う切島くんが目の前にいる。
そんな生ぬるいお話じゃあなさそうだよ。と私は心の中で呟いた。
自分の手持ちを頭の中で反芻する。
万が一のために、億が一のために、直ぐ使えるように。
…そして使わなくてもいい時に使ってしまわぬように。
「動くな!」
と消太さんがクラスメイトたちを制する。ぴりと緊張が走った。
消太さんは首元に提げていたゴーグルをその目に掛けた。
「あれは
消太さんの静かな声がさざ波のように響いた。
「13号に、イレイザーヘッドですか。先日いただいた教師側のカリキュラムでは、オールマイトがここにいるはずなのですが。」
と黒いモヤを纏った男が話し出す。
「やはり先日のはクソどもの仕業だったか。」
腹立たしげな消太さんの声を聞きつつ、いつでも戦えるように腰を落とした。
ちゃり、と胸元のチェーンが存在を主張するように揺れた。
「どこだよ。せっかくこんなに大衆引き連れてきたのにさあ。オールマイト、平和の象徴がいないなんて。」
手に塗れていて顔の見えない
「こどもをころせば、くるのかなぁ?」
顔が見えないのに、にたりと顔を歪めているのが伝わる声音に寒気がした。
その言葉を聞くや否や消太さんは操縛布を広げた。
禍々しい、殺意に酔いそうだ。
血の気配がして、くらりとする。
瞳だけが釘付けになって、自分がちぐはぐになるのを感じて息が僅かに上がる。
「は?
と叫ぶ切島くんの声で酩酊感から浮上する。
バカとアホをひと台詞に入れるんじゃない、と日本語的なツッコミを心の中で入れた。
「先生、侵入者用センサーは?」
「もちろんありますが…」
八百万ちゃんの問いに13号先生は戸惑い気味に答えた。
その間に浅くなった呼吸を整える。
「現れたのはここだけか。学校全体か。なんにせよセンサーが反応しねえなら向こうにそういうことができる奴がいるってことだ。」
轟くんが言葉を一瞬切る。
「校舎と離れた隔離空間。そこにクラスが入る時間割、ばかだがアホじゃねえ。これはなんらかの目的があって用意周到に画策された奇襲だ。」
「ほとんどの
皮膚がチリと、焦げるような感覚を覚えつつ、轟くんの言葉を継ぐ。
「13号、避難開始。学校に電話試せ。センサーの対策も頭にある
「…うっす!」
消太さんの言葉に応じるように珍しく真剣な顔をした上鳴くんが耳元の機械に手を当てる。
「先生は?ひとりで戦うんですか?!あの数じゃいくら個性消すって言っても…」
緑谷くんは消太さんに遠慮がちに言う。
「イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の個性を消してからの捕縛だ。正面戦闘は…」
そこから彼はぶつぶつと分析を述べ続ける。
私も消太さんの実力を疑うつもりはないけど、13号先生ひとりで生徒を全員守りながら避難、というのは些か現実的ではないと思った。
「消太さん。」
緑谷くんの言葉を切るように口を開いた私にみんなの視線が刺さる。
「私が出る、って言うのはどうでしょうか?」
「どこにこの状況で娘に死ねと言う父親がいる。」
とす、と頭に手が乗る。
その手にはいつもよりも力が籠っていた。
この状況で私が出ることを死と呼ぶのなら、消太さんだってそれなりの覚悟を決めなければならないんじゃないのか。
「それに緑谷。一芸だけじゃヒーローは務まらん。」
緑谷くんはハッとしたように顔を上げた。
「任せた、13号。」
13号先生は、頷いた。
それに頷き返す消太さんは
大丈夫かな、と消太さんの背中を目で追いかける。
「…消太さん、無事で。」
こういうところで手を伸ばしきれない私は娘として薄情なのかもしれない。
その罪悪感を隠すようにコスチュームの上からペンダントトップを握った。
「射撃隊、行くぞォ!」
と、
「情報じゃあ、13号とオールマイトだけじゃなかった?誰よ!」
さすがメディア嫌いの男。知名度がとても低い。
別の敵が知らねえよ!と言っているのが聞こえた。
「だが、1人で正面突っ込んでくるとは‥大間抜け!」
射撃の準備に取り掛かったらしい
「弾が出ねえ!」
などと叫ぶ
初めてみる消太さんのプロヒーローとしての姿に素直にすごいなと思う。
「馬鹿野郎!あいつは見ただけで個性を消すって言う!イレイザーヘッドだ!」
と別の
「消すぅ?俺らみたいな異形型のも消してくれんのか!?」
「いや、無理だ!」
と、異形型の
拳の衝撃で飛んでいった
殴りかかってくる別の異形型の拳を避けて蹴りでいなす。
「だがお前らみたいな奴の旨みは、統計的に近接戦闘で発揮されることが多い。」
操縛布で捉えた
「だからその辺の対策はしてる。」
「肉弾戦も強く、その上ゴーグルで目を隠されていては誰の個性を消しているのかわからない。集団戦においてはそのせいで連携が遅れをとるな。」
倒されていく
「なるほど、嫌だなプロヒーロー。有象無象じゃ歯が立たない。」
ぞ わ りと肌が粟立つ。
消太さんが時間を稼いでいる間に私たちは避難を始める。
「分析している場合じゃない!早く避難を!」
戦闘の観察を始めてしまう緑谷くんに対して飯田くんが声を飛ばした。
緑谷くんも走り出した。
先頭を走る13号先生の目の前に、ブラックホールのようなものが発生して、そこから黒いモヤを纏った男が出現した。こいつの個性で侵入できたのか。
「させませんよ。」
…消太さんが見逃した?
「初めまして、我々は
慇懃な喋り方と、喋っている目的がちぐはぐで、言葉が心に落ちてこない。
「本来ならばここにオールマイトがいらっしゃるはず。ですが何か変更があったのでしょうか…?まあ、それとは関係なく私の目的はこれ。」
余計なことをさせまいと13号先生が宇宙服の指先を開こうとした。
それよりも前に切島くんが目の前の
それに連動するように爆豪くんが爆破を仕掛けた。
「その前に俺たちにやられることは考えなかったか?!」
と言う切島くん。どうしてこう君たちは先走っちゃうんだ。
動けないのと動けるのでは動ける方がいいに決まっている。
だからといって動けることと動くことは違う、と思う。
結果として13号先生はこの状況で個性を使えないわけで。
「危ない危ない。」
と砂埃から出てきた
「そう、生徒といえど優秀な金の卵。」
「駄目だ!どきなさい2人とも!」
13号先生が2人に命じた。
「私の役目はあなた達を散らしてなぶり殺す!」
私たちは黒いモヤに覆われた。
…つい反射で近くにあった尾白くんの尻尾を掴んでしまった。
そしてつい反射で、目を瞑ってしまった。
こんなわけわからないタイミングでもふもふさせてもらう予定じゃなかったのに。
敵って打ちすぎて目がちかちかしました。