評価9がふたつも新しくついて大喜びしました。うれしいです!
数日前まで相澤弓月というクラスメイトの印象は、と聞かれたらこう答えたと思う。
「芯の強い子かな。」
彼女の第一印象は直接出会う前、中学のクラスメイトから聞いた実技試験の噂からだった。
「なんかさぁ、俺の会場すっげえ少女漫画みたいなことになってたんだよなぁ。」
どういうことだと頭を抱えたのを覚えている。
俺たちは受験しにいったのであって甘酸っぱい雰囲気を味わいにいったわけじゃない。
入学した初っ端からその話を瀬呂や芦戸さんに振られる度に顔を赤くしてきっと瀬呂の方を睨む相澤さんは普段の彼女より親しみやすく感じた。
その次、彼女に対して驚愕したのは個性把握テストのときだった。
「実技入試成績のトップは、相澤。お前だったな。」
という相澤先生の言葉に耳を疑った。
彼女が1位?
2位であると聞かされた爆豪が納得いかなさげに睨んでいるのも合点がいくくらい、彼女と実技試験1位の称号が結びつかない。
…そういえば、芦戸さんがよく相澤さんに助けてもらったって言ってたっけ。
実際のところ、個性把握テストで彼女は3位に食い込んでいた。
本人自身は握力が10kgと少ししかないと言っているのを聞いて、緑谷のようにかなり高レベルの増強型なのかと思ったが規格外の幅跳びを見せられた感じそういうわけではなさそうだった。
過程が目に見えないにしても派手に動き回れる個性はいいなと羨んだ。
その次の日の戦闘訓練で彼女はオールマイトと戦った。
本人は完封でしたと笑っていたが、俺がひとりでオールマイトと戦うことになったらあそこまで善戦できただろうか?
相対するのがナンバーワンヒーローであると考えるとあそこまでもてば御の字だろう。
そりゃ実技試験1位にもなるよなと納得した。
訓練中、彼女がオールマイトと話しているのを聞いていて、彼女の中に譲ることができない軸があるんだろうなとぼんやり思った。
今まさしく、俺は、俺たちは、彼女のことを何も知らなかったんだと思い知らされている。
さっきまで背を合わせるようにして共闘していた彼女は、もう俺の隣にはいない。
俺達は彼女の背中に守られている。
「…はは。俺に一捻りになんてされる訳ないじゃん。」
つい、口を突いて出てきてしまった呟きは第1回の戦闘訓練の時の記憶。
あの頃は華奢な彼女と俺でアップするなら確かにそうかもと思ったけど、こんなの俺が一捻りされる側だろ。
化け物に殴られて闘牛士の赤い布のように顔に流れていた血が舞う。
その飛沫を追いかけるように化け物が彼女をまた殴る。
不思議と彼女は殴られ続けている割に怪我をしていない。
「…っひ!」
緑谷は何を見たのか、口元を押さえてずるずると座り込んでしまった。
自らの失血量を知ってか知らずか、怒りに瞳を輝かせた彼女は歯を剥き出していて、笑っているようにすら見えた。
笑顔って、人間以外の動物にとっては威嚇の意味があるってどこかで聞いたような豆知識が頭をよぎった。
ここにいる誰が戦いに加わっても彼女の助けにはならないだろうと思ってしまった。
相澤先生の伸ばした腕を見て、だいじょうぶと笑う彼女の凄絶さを、俺はきっと忘れられない。
「尾白くん、三奈ちゃんと麗日ちゃんを連れて後方7歩下がって。」
という彼女の言葉に、なぜか抵抗も感じずに2人を抱えて後ろへ下がった。
「え?うん。…え?」
俺たちが立っていたところ場所に巨大な鉄骨が落ちてくる。
血の気が引いた。
「私たち、弓月が言ってくれてなかったらどうなってたの?」
という芦戸さんの言葉を聞いて、彼女はあんなものと戦っている最中ですら俺たちを守ろうとしているのかと驚いた。
「ッおい!脳無!そいつ!潰せ!!!!」
という、白髪の
「轟くん、氷結でみんなと私の間に壁を張ってください。」
「…は?」
俺たちと、彼女の間に氷結の壁が出来た。
「…ごめんね。」
掠れた彼女の声がギリギリ届いて目を見張った。
その言葉を聞いてようやく俺は気が付いた。
彼女は自分の命をすでに諦めているんじゃないか。
俺たちの目の前に初めて現れた
自分の呼吸が浅くなっていることに今更気がついた。
まるで死にたがりだと、呟いたのは俺だったか他の人だったか。
「なぁ!お前何やってんの?!相澤ひとり
「いや…なんでだ?」
上鳴の叫びに対して、左手を握って開きながら轟はマイペースに疑問を口にした。
「何かに引っ張られた気がしたんだが。」
ポツリと轟はつぶやいた。
壁の向こうから場違いに綺麗な鈴の音と、化け物の呻き声が聞こえる。
そこから程なくして、壁の向こう側が爆ぜた。
「……………は?」
鮮烈で、あまりにも強い光は轟の氷を半分の背丈まで衝撃で破砕し、散った破片は熱で溶けた。
見た覚えのある小さな人影は宙を舞って、直ぐに俺たちの近くに墜落した。
流れ星の尾のように血が舞って、彼女の体はまるで打ち捨てられたみたいに転がった。
「ゆ、弓月…っ!」
芦戸さんが駆け寄ろうとして立ちすくんだ。
「動かすな!」
相澤先生がずるずると近づきながら、みんなを制する。
半開きになった
戦っている最中は酷く見えなかった怪我から骨が突き出している。
その酷い怪我でどうやって戦っていたのか、想像もつかない。
助けてって言ってくれれば、と拳を握った。
かひゅと彼女の喉から音が発せられる。
「先生ぇ!弓月ちゃん、意識ある!」
麗日さんの声とげほげほと咳き込む相澤さんの声が響く。
相澤先生が相澤さんの手を弱く握る。
「おと、さ、」
「弓月お前、無理しやがって…!」
「だ、いじょぶ?」
げほと血の塊を吐き出しながら発せられる濁り切った彼女の声で、時が止まった。
相澤先生が、ため息を漏らした。
「お前が一番大丈夫じゃない。」
「じゃあ、じょうできか、な?」
と切れ切れに言葉を吐いてそのまま再度気を失った彼女を見下ろした相澤先生は歯を食いしばっていた。
閉じきらなかった
雄英高校のプロヒーローが集結し、ミッドナイト先生がこちらに駆けてくる。
「弓月ちゃん!」
布を裂いたようなか細い悲鳴のような声はこの場所によく響いた。
「どうしてなのイレイザー!」
ミッドナイト先生は相澤先生の肩口を引っ掴んだ。
「…っ」
相澤弓月の手を握ったままの相澤先生は堪えるような表情のまま何も話さない。
「そんなに危険な目に合わせて、助けられないなら!私が…!」
「ミッドナイト、やめろ。」
こいつ、聞こえてるかもしれねえだろ。とぼそりと言葉を落とした。
「後で話しましょう。」
ミッドナイト先生は震える冷たい声で相澤先生にそう告げた。
2人の目は合わなかった。
こうして雄英高校強襲事件は教師ふたり、生徒ひとりの重傷者を出すにとどまった。
「なにをしたら、こんなことになるんだい。」
リカバリーガールの言葉に全員が俯く。
障子くんが口を開いた。
「相澤は、この場で相澤先生の顔が砕かれた時から、俺たち全員を庇いながらひとりで
「…そうかい。」
その言葉を聞いてリカバリーガールはだいたい分かったというように彼女に向き直った。
「あんたは本当に困った子だね。」
リカバリーガールはそう言って彼女の血で固まった髪をさらりと撫でた。
彼女の艶やかな髪は、血で赤黒く固まって途中でちぎれていた。
相澤先生も、13号先生も命に別状はなく、途中で飛び出して行った緑谷も保健室で事足りると聞いた後に、俺たちは現実を突きつけられた。
「相澤弓月さんだけどね、流石に入院が必要だったよ。全治2ヶ月だそうだ。目覚めるまでの半月間、面会謝絶だそうだ。」
ひとりだけ尋常ではない怪我を負っていた相澤さんは高校の近所の病院に入院したらしい。
こんなことを考えるのは、ヒーローとしてもクラスメイトとしても駄目だと思うけど、俺は面会謝絶という状況に正直ほっとしていた。
何もできなかった俺が、どんな顔をして会いに行けばいいのか、わからなかった。
鬱屈とした気持ちのまま、休みが明けた。
授業で教鞭を取る包帯まみれの相澤先生に爆豪が聞いた。
「あいつの目ェ、つか、あいつの個性なんなんだよ?」
砂埃の中で煌々と光るあの瞳は、今でも鮮明に思い出せる。
「目については俺にはわからない。個性についても、あいつ本人に聞け。」
俺から話せることは何もない。と言って相澤先生は背を向けた。
「んな答えで納得できっかよ!親だろうが?!」
机を蹴る爆豪を見て、そういえばよくわからない親子関係だよなと思う。
相澤さんは、ふとした瞬間に相澤先生のことを消太さんと呼ぶ。
たとえば、ハンバーガーを芦戸さん達と食べに行くとき、彼女は確かこう言った。
「ちょっと消太さんにだけ連絡してもいいですか?」
そのときは特に何も思わなかったけど、まるで他人だと今になって思った。
おもむろに切島が口を開いた。
「なぁ、あの時相澤からこうしろって指示されたろ?なんか勝手に体が動いた気がしてよ。あれ、なんだったんだろうな。」
それは、俺も不思議だった。
あの時二人を抱えて後ろへと言われて意識もせずに体が動いた。何もしてなければ俺たち3人は重傷を免れなかっただろう。
「…少し話題とずれるが、あの有翼の狼、文献で目にしたことがある。」
と、常闇が呟いた。
「え?なになにどんなやつなの?」
「ソロモン七十二柱が一柱、グラーシャ・ボラス。」
上鳴の問いに常闇が答える。
スマホで調べたらしい上鳴が
「いやいやいやこれ聖書の中の話じゃん!」
しかも旧約!と笑う。
俺は、そのグラーシャ・ボラスという名前に聞き覚えがあった。
当の相澤さんが走り去るときその名を呼んでいたのを聞いたのを思い出した俺は、少しだけ血の気が引いた。
あれが本当に旧約聖書に出てくる生き物なら、それは一体どういった意味があるのだろうか。
爆豪じゃないけれど、彼女の個性ってなんなんだろうか。
「相澤弓月さんの、面会謝絶が解けたのさ。」
教室に校長先生が訪れて、一言告げた。
その言葉を聞いた相澤先生は何もかもを放り出して駆け出した。
「みんなも気になるだろう。行ってきていいのさ。」
取り残された俺たちに向けてこれだけ言って校長は教室から出ていった。
俺たちは誰も立ち上がれずにいた。
「わたくしたち、行ってもいいのでしょうか?」
八百万さんの言葉にほぼ全員が俯く。
「俺は行かねぇ。」
爆豪は、なんだかずっと相澤さんを目の敵にしているようだった。
各々が思うところのある休日だったと思う。
ヒーローになりたいと、そのために雄英高校に入ったんだと胸を張っていたのに。
あの場で生徒たちの中でヒーローだったのは少女ただ一人だった。
華奢な体から痛々しく突きだした骨を全員が見た。
あの化け物に殴られて飛ぶ体躯を目の前で見てしまった。
俺たちは肝心な時に誰も動けなかった。
助けてって言ってくれればなんてそんなものは逃げだった。
結局怖くて、飛び出せなかったんだ。
「わたし、行ってくるわ。」
蛙吹さんがガタリと椅子から立ち上がる。
がたがたとみんなの椅子が動く音がした。
爆豪と轟だけは、立ち上がらなかった。
「すみません、相澤弓月さんの病室はどこですか…?!」
「あ、あぁ、彼女なら326号室ですよ。3階に登ってつきあたりの部屋です。」
息を切らした制服の男女にダース単位でかけ寄られた看護師さんは引き気味に答えてくれた。
エレベーターを使うのももどかしくて階段を駆け上る。
バタバタとほぼ全員分の靴音を病院の廊下に響かせて目的の病室の前に着いた俺たちは呆然とした。
「お前は!どうして!あの状況で飛び出して!1人で戦おうなんて思うんだ?!」
「う…」
病室に駆け込もうとして最初に見たものは
ベッドの上に正座させられて怒られているクラスメイトだった。
全治2ヶ月、昏睡から目覚めるまでに最低半月。
そう聞いていたはずのクラスメイトがたった数日で起き上がっているだけでももうすでに意味がわからない。
その上で彼女はどうして怒られているんだ。と言うよりあんなに骨が折れていたのに正座していいのか?
「あれ、みんな、どうしたの?」
相澤先生の剣幕に耐えかねたのかふとそらした目線が俺たちを捉えた。
骨はもう、飛び出していない。
包帯も思っていたより多くないように見える。
…変わったところといえば、肩口で切り揃えられた髪か。
「昔取った杵柄っていうかね、怪我の治り基本的に早いの。」
ぐぱぐぱと両手を握って開いてちゃんと動くか確認している相澤さんがそう呟く。
その昔取った杵柄について聞ける雰囲気ではなかった。
「だからほら、この中で誰かが怪我しなきゃ解決しないってことがあるんだとしたら、私が怪我するのがいちばん早いよね。慣れてるし。」
今度は足をゆらゆら揺らしながらそう話す。
麗日さんが相澤さんの目の前に出た。
「相澤ちゃん。」
「麗日ちゃん。怪我無さそうでよか…っ」
ぱちんと言う音と一緒に彼女の頭が横に振れる。
そのまま彼女の頭は麗日さんの両腕に抱え込まれていた。
「心配したんよ!相澤ちゃん死んじゃうんやないかって!思った!」
「………」
当人は横っ面を張られたからかきょとんとしている。
「怪我するなら自分とか!そんなこと言わんで!」
「…ごめ」
麗日さんがわんわんと泣いて、相澤さんは困った顔をした。
彼女は麗日さんに縋られた服の袖を見て何を思ったんだろうか。
「お前らとりあえず学校戻れ。」
相澤先生の言葉で、俺たちは教室に戻るべく足を運んだ。
朝から思い詰めているような顔をしていた瀬呂だけが、その場から足を動かさなかった。
珍しく他サイド先行です。
尾白くんは良くも悪くも普通の子なので、弓月ちゃんの目は怖くないけど、彼女の破滅的な戦い方は怖くて、それでもヒーローになるという夢を持つ自分が彼女を手助けできなかったことに罪悪感を抱くと思っています。
こわくて、つらくて、うしろめたい。