自分だと本当に気が付かないのでありがたいです…!
目が覚めた。
義眼を外すのすら忘れていたのに悪夢を見る体力もなかったようで、パチリと目が覚めた。
隣には消太さんが突っ伏してた。
血に塗れた包帯とタオルが転がっていて、もしかしてずっと看病してくれてた?とびっくりしてしまった。
もぞ、と目の前の背中が動く。
「おはようございます。」
「…はよ。」
掠れた声が耳をくすぐる。
「眠れたか?」
「義眼、外さないで寝ると大体悪い夢を見るんですけど、夢すら見なかったです。」
副作用なのかこの義眼にはそんな困ったところがある。
消太さんは眉を寄せた。
「飯は、食えるか。」
「厳しいと思います。」
昨日起きたときからずっと空腹を感じ取れていない胃をそっとさする。
「そういえば、USJで私が倒れた後ってどうなったんですか?オールマイト先生の声は聞こえた気がしたんですけど。」
「…お前が氷結のこちら側に
「そこまでは、なんとなく。」
消太さんはあまり話したくなさそうに、重そうに口を開いた。
着弾、だなんていう言葉を使うあたり、私は吹き飛ばされた後随分と乱暴に着陸することになったのだろう。
「そこでオールマイトはお前が足止めしていた3人の
「はい。」
俯けられた消太さんの顔は、髪と包帯で隠れて見えない。
「その後、後追いで手隙の教師と飯田がUSJに到着。
「すみません、もう少し削れれば良かったんですけど。」
もう少し、あるいはひとりくらい、削っておけばもしかしたらオールマイト先生であれば、拘束も難しくはなかったのではないかと思う。
私が、感情を優先させすぎたせいだ。
「いや、お前はよく頑張ったよ。落ち込むな。」
まあ確かに一番の重症者がめそめそしてるの迷惑だな、と思い直して顔を上げる。
「俺はお前が生き残ってくれて嬉しいよ。」
怪我もできればしないで欲しかったけどな。と僅かに怒りを滲ませる消太さんにすみませんとだけ返す。
少し間を置いて、流石に今日、校長先生にお話ししに行くべきだろうと思った。
「体をそれなりに休められたところで、校長先生のところに連れていって欲しいんです。早いうちにお話、したいと思って。」
「あぁ。」
次の言葉を発するのに、少しだけ緊張する。
「そこに、
消太さんの瞳が丸くなる。
そのまま、その瞳は細められて、頭に優しく手のひらが乗った。
「まぁ、なんせ父親だからな。」
細められた目があまりにも優しくみえて、不本意だけど顔が綻んだ。
そうなるとやらなければならないことがある。
「というわけで、着替えるので出ていってください。」
すんと真顔に切り替えてそう言うと、ぐと頭に乗った手のひらに力がかかった。
いたいいたいいたい。
ごめんなさいちょっと揶揄いましたごめんなさい。
「着替え終わったら呼べ。車椅子借りてくる。」
「ありがとうございます。」
ぱた、と音を立ててスライド式の扉が閉まる。
「…ふぅ。」
緊張した。
やっぱり頑なに消太さんと呼び続けたからかお父さんという単語が馴染まない。
お父さん、お父さんかぁ。
じんわりとくる響きに笑いが漏れた。
「着替えよ。」
消太さんが持ってきてくれていたのか、手の届く位置にかかっていた服に着替える。
あちこちがズキズキと痛んでなかなか捗らなかった。
痛覚を潰す方法があるのならば潰してしまいたいなぁなんて栓なき事を考える。
こんこんと扉がノックされた。
痺れを切らしたらしい消太さんから声がかかる。
「終わったか?」
「あ、はい。」
消太さんが室内外兼用の車椅子を押してきてくれる。
「…どうやったら痛覚って飛ばせると思います?」
「は?」
飛ばさない方がいいんじゃねえか。と言う消太さんを見上げる。
「なんでですか?」
「飛ばしちまった方が死に近くなるからだよ。」
なるほど。やめときます。と呟いて、しれっと相澤弓月痛覚無効化計画にピリオドを打った。
開催期間実に2分。短命な計画だった。
「やけに素直だな。」
「私が死んだら瀬呂くんが泣いちゃうって言ってたので。」
勝手に死に近づくわけにはいきません。と付け加えた。
「まぁ、あとお父さんより先に死ぬわけにもいきませんしね。」
眉を少しだけ動かす消太さんにふらふらといまだに感覚のない足を泳がせながらつぶやく。
「そうだな。」
ふと空気が緩んだ気がした。
「そろそろ始業だし、いくぞ。」
と言う声と共に、私は車椅子に乗せられた。
「それくらいは自分でできるんですけど。」
「親ってもんはちょっとしたことで子どもの世話焼きたくなるんだよ。」
絶妙に逆らい難いところを突いてくるようになった。
腕を片方吊ってる男が満身創痍の娘を抱えるなんてそれはもう非合理なんじゃないのだろうか。
合理的とかずっと学校で言ってるくせに…。
「じゃ、行くぞ。」
「…よろしくお願いします。」
からりと車輪が回った。
「今の段差、響いてないか。」
「揺れてないか?」
「慣れないだろ車椅子、休憩するか?」
待って欲しい待って待ってほんとに。
むしろなんかもうちょっと雑に扱われた方が気が楽になる気すらしてくる。
「私ずっと消太さんのこと過保護だと思ってましたけど、さらに上があるとは…」
両手で顔を覆ってはぁとため息をつく。
「なんか言ったか?」
わざわざ車椅子を止めて回り込んできた挙句に私の前に膝を折る消太さんをみて、さらに頭を抱えた。
「な、なんでもないので、早くいきましょう…」
私はこの件に関しての対話を諦めた。
「この8ヶ月、ありがとうございました。楽しかったです。」
校長室の扉をノックする格好の消太さんにお礼を言う。
最悪の場合、私が消太さんと自由に話せるのはここが最後かもしれないと思って、一言だけ。
「なんだよいきなり。ここまでのこと楽しいと思ってるならこれからも同じくらい楽しいだろ。」
当たり前のように彼の未来の中に私がいることにじわりと甘い痛みが走る。
できることなら、できることならば、幸せに、生きていきたい。
瀬呂くんとも約束しちゃったし。
アイスも、ピザも、あとイタリアンもまだ食べに行けてない。
行きたいところも、やりたいこともたくさんある。
そんな私の考えを知って知らずか消太さんは校長室の扉をノックした。
「開いているよ。」
程なくして校長先生の声が聞こえて、消太さんは扉を開いて私の車椅子を部屋に運び込んだ。
そうだな、まずはご迷惑おかけしてすみませんから始めよう。
「まずは、ありがとう。君がいなければ誰か死んでいたかもしれない。」
そう思っていたはずなのに私よりも先に校長先生が腰を折る。
怒られることをした覚えはあるけどお礼を言われることをした覚えがない。
「いえ、多大なるご迷惑おかけしてしまいました。申し訳ありません。」
車椅子に座ったまま頭を下げる。
「それから、この場に会話の証人としてミッドナイトとプレゼントマイクを同席させることを許してほしいのさ。この場ではふたりは話に口を出すこともしない。」
「いえ、ご配慮痛み入ります。教職員内での情報共有等、校長先生が必要だと思われれば外部の方にでもお話しいただいて構いません。」
校長先生は頷いた。
先生2人が同席することについても、おそらく私と、消太さんと、校長先生だとどうしても公平性のバランスが取れないのだろう。
それでも私と近しく接してくれる教師を選んでくれたあたりにかなりの配慮を感じる。
「私は、どうなりますか?」
校長先生と目をあわせて、一番気になっていた質問を投げかける。
「そうだね、結論を先に言ったほうが、お互いに気が楽なのさ。確かに君は
そう言いながら窓際へ歩む校長先生の足元を見つめる。
なるほど、表向きはそういった設定なのか。
「オールマイトですら手を焼くあの脳無という化け物の足止めが可能なヒーローというと、正直数える程度しかいないのが日本ヒーロー社会の現状でね。」
それはおそらく
ナンバーワンとナンバーツーの彼我の差が大きいということは、それ以下の差もかなりあるということだと、社会の勉強をしているときに思った記憶がある。
「そのUSJの襲撃を受けて、本校としても、公安としてもヒーローとなりうる戦力はひとりでも多い方がいいという結論に達したのさ。」
…?
足元から、視線を上げる。
困惑気味の私の目と、真っ直ぐにこちらを見るつぶらな瞳がぶつかり合う。
「僕が君をここに入学させたんだよ。君が文字通り骨を折ってまで相澤くん、13号くんと生徒たちを守ってくれたのだから、僕もそれなりに骨を折ってみたのさ。」
「そ、れって」
期待と、願望に喉が干上がる。
「これからも相澤くんは君のお父さんだし先生で、君は相澤くんの娘だし生徒だよ。」
精進するのさ。と校長先生は続けた。
「あ、りがとうございます。びっくりしました。」
「生徒を守るのは学校の仕事だからね。」
「大変じゃ、なかったですか?」
公安としても、という言葉が気になり、聞いてみた。
そして、彼が自分も骨を折った。と言っていたのも忘れていない。
「君が先生、生徒を庇って戦っていたのがいいように働いたみたいで特に苦労というほどではなかったよ。君の力に対する説明義務は僕が負うことになったけれどね。」
「…つまり、私がここで校長先生に嘘をついてしまうと、校長先生の首が飛ぶということになりますか?」
たかが生徒一人のためにそんなリスクを負わないで欲しい。
校長先生だぞ。何してるんですか。
「だから言ったじゃないか。骨を折ってみたって。」
にこりと笑みを浮かべる校長先生に敵わないなと思った。
ふ、と息をつく。
「そこまでしていただいたとなれば、真摯にお答えしなければなりませんね。」
「そうしてくれると僕の校長人生も伸びるのさ。」
そうおどけて見せる校長先生に心の中でため息をついた。
とはいえ、何から話すべきなのだろうか。
「公安が懸念していることについて聞かせてもらってもいいかい?」
「はい。」
正直ありがたかった。
「まず1点、君以外にも魔法使いがいる可能性はあるかい?」
「ない、と断言はできませんが、いる可能性もかなり薄いと思います。」
そもそも義眼を外す前から、やたらここの地域は
外してしまったときにそもそもこの世界の
「魔法使いの呪力は自らの体内や、地脈のようなものから補うことが多いです。」
これは私の認識の上でのお話ですが、と前においてから話す。
「そもそもここの地脈と呼ばれるようなものが極端に薄くて、とてもじゃないですが魔法は使えないと思います。」
「それでも君は魔法を使えているよね。」
こう言ってしまったことにより校長先生から至極真っ当なご質問を貰った。
「私の場合、この瞳があるので。」
ころりと義眼を外して
ひゅっとミッドナイトさんの息を呑む音が聞こえた。
血よりも紅い
マイクさんは消太さんから何か聞いていたのか、それとも何かに慣れているのか特に動揺も見えなくて、逆に私の方が驚いてしまった。
「その瞳についても話を聞きたいね。」
「私がいたところでは
こつこつと下瞼をタップする。
「私の場合手に入れ方が特殊だったので、他の個体の瞳より使い勝手の悪い仕上がりになってます。」
失敗の模倣の失敗で手に入ってしまったこの瞳は他者の
「前提条件として、魔法使いに取って何よりも重いものは血脈です。適正のある血脈を持つものが使う魔法と血脈を持たないものが使う魔法では、彼我の差が100倍ある、とも1000倍あるとも言われています。」
血脈を持つものとして、義眼を持ったままの左手を握り、持たないものとして右手を握る。
「そして私はこちら側です。」
右手を少し上げて見せる。
「でも、この瞳は私をこちら側から、そちら側へ運んでくれる変換器として機能します。」
少し前に上げた右手を下げ、左手を上げる。
そのまま掌を上にするように左手を開いた。
「つまり、自分の血を適性のある血脈のものへと上書きしているということになります。」
「上書き…?」
消太さんがよくわからないというように呟いた。
「そしてこの変換器は優秀ではありません。」
かなりの量のロスが発生します。と続ける。
「それが生徒たちの言っていた血の涙の正体かい?」
「はい。その通りです。」
校長先生の考えは合っている。
「血の涙としてロスした血液量が敵に露呈してしまうことや、血脈を上書きするという特性から一度に複数の魔法系統が使えないという弱みがあります。例外として皆さんの前で使っている
そのため、このふたつは自分の身体のままで使える魔法と言える。
まぁ、とひとつ置いてからもう一度話す。
「義眼を外せば、力の運用に無駄がなくなってロスは少し減ります。」
「ならどうして外したままで戦わない?」
消太さんからの質問に今度はちゃんと答える。
「
爆豪くんの汗の流れや、上鳴くんが電気を溜め込んでいる位置、空気抵抗や、筋肉の軋み、その他もろもろの
「そもそも
呪いになっちゃうかも。と言おうと思ったが伝わらないだろうからやめた。
「ちなみにその変換というものは何回くらいで限界かわかるかい。」
「この間の襲撃事件でかなりギリギリでした。外れる前からずいぶん怪我もしましたしね。五体満足の状態からならもう少し持ちます。無傷なら変換自体は4、5回くらいですかね。魔法の強度自体は、事前の準備さえあればもう少し出るはずです。」
ふむ、と頷く校長先生を見ながら、やはり最初に消太さんの元へ突っ込んだのは考えなしだったなと反省する。
「そういうものなんだね。君に操られたように感じた生徒もいたようだけど、それはどう言った力なのかな?」
「操った、というほどのことではないんですけどね。共有可能な
校長先生の疑問に答える。
共有可能なイメージを言葉で示して、実現可能であれば相手に力を発揮してもらえる、という
私の場合、筋力のように呪力とは関係のないものも使わせてもらえる分、限界を超えた力は使わせることができないし、相手の行動規範に則らないことはしてもらえないなどといった面倒な制約がある。
どこまで行っても彼の瞳を焼き増そうとした失敗作である私の瞳は彼の瞳には敵わないのである。
「あのタイミングだともうすでに私はぼろぼろだったので、皆さんの有り余る力を貸してもらいました。」
そっちの方が早そうでしたしね。と付け足して天井を仰ぎ見る。
さらさらと何かをメモする音が部屋に響く。
「それから、あの脳無という化け物の腕を落としたのは、君かな。」
「はい。あまりにもあの怪物の力の流れがぐちゃぐちゃだったので、もしかしたらどうにかなるかもしれない程度の最後の賭けでした。」
校長先生からの質問に首肯する。
「超再生を持つと言っていたあの化け物の腕をどうやって潰せたのかな。」
「神道、という魔法系統がありまして、特性としてありとあらゆる穢れを払いのける結界的要素が挙げられます。その力で強引に引きちぎった形です。」
ううん、そういうものかと校長先生は唸る。
「魔法について、不勉強だからもうひとつ。」
「はい。答えられることならいくらでも。」
質問攻めにされることくらい織り込み済みだから、そんなに断らなくてもいいのにと思いながら質問を待つ。
「転移は、可能かい?」
なるほど、あの黒いモヤの男と同じ力であれば、逆にこちらから攻め入ることができるという算段だろうか。
「理論の上では不可能ではありません。実際にやる勇者がどれくらいいるかというところではありますが。」
実例はある。
彼は愛する妻のため、我が身すらも賭して荒業をやってのけた。
が、あれは神業も神業、よほどの才能と運がなければ不可能だと考えるべきだ。
「連れて行けてひとりかふたりですね。あの黒いモヤの
「わかったよ。ありがとう。」
校長先生のお礼を聞きつつ、もう少し厳しく追求されると思ってたけど、と考える。
「最後に公安とは関係なく、聞かせてもらえるかな。」
来た。と思った。
過去を思い出すように天井を見上げていた視線を校長先生に戻す。
「君の太ももの傷、どういう経緯でついたものかな。」
心構えまでしたというのに、どどどと私の心臓は脈を打つ。
「人払いを、お願いできますか。」
面識のない方に聞かれたくないんです。と言葉を絞る。
義眼を外したその時から気になっていた。
右の部屋に少なくともひとり、ふたり?多分私の知らない人がいる。
「彼らは公安のものでね、どうしても聞かれたくないかい?」
「いえ、ならいいです。」
今の自分の人権はきっとその公安の人たちが握っているはずだ。
なら、強硬に嫌がるのは悪手だと思った。
「でも、この話だけは、あまり共有していただきたくないです。」
「最大限配慮するよ。」
校長先生の言葉を聞いて、少し間を空けて、私は口を開いた。
血と、泥と、そして涙に塗れた小さな女の子の話だった。
できる限りの感情を排して、できる限りの現実を伝える。
「そこから日本に帰って、この瞳のよしみで〈アストラル〉に拾われたわけです。」
ぱたりと本を閉じるように話を締めた。
消太さんが私の肩に置いた手は、ずっと震えていた。
ミッドナイトさんは顔を覆い、先ほどは動揺を見せなかったマイクさんも驚いているように見えた。
「医者から、君はそれを治したくないと聞いたときに何かあるのだろうとは思っていたけれど、」
辛かったね。と温かい目が向けられる。
昔の私ならきっと受け取れなかったであろうその言葉を受け入れる。
「もう済んだことなので。」
諦めていると笑う私を4人の大人たちは悲しげに見た。
「でも、綺麗なお話じゃないのでこの話はあまりしたくありませんね。」
ミッドナイトさんは堪えきれないと言うように涙を流した。
私は、嫌われていないか怖くて、伸ばした手が払われるのが怖くて目を伏せた。
レンタルマギカ本編で猫屋敷さんが呪力を調整して他の魔法を使うというシーンがあり、これくらいならバランスブレイカーにならないかな。と個人的には思っています。
呪力の読み取り能力や、他人の魔法の操作力については伊庭いつきに軍配が上がります。
そのため、伊庭いつき自身に魔法を使う力がなくても通用していましたが、相澤弓月にはその力が備わらなかったので
実際〈アストラル〉で使う機会がなかったため、本人すら知りませんが、呪力以外の力の演算力については相澤弓月に軍配があがります。
弓月ちゃん自身が自分にできることは他の人にもできると思ってる人の典型です。