相澤さんのお家にはあっという間についた。
正確にいうと外を見ている間に寝落ちしていたので体感時間はゼロだった。
「すみません…」
「いや、疲れていて当然だろ。」
義理の父になってもらうだけでも負担がありそうなものなのに、運転までしてもらってその上で寝こけるってある?
小癪なガキだと思われていないかだけが不安になる。
「お邪魔します…」
帰る時にミッドナイトさんが
「イレイザーの家に女の子に必要なものがあるとは思えない!」
と言いながら持たせてくれたキャリーケースを玄関に置いてその場で靴を脱ぐ。
キャリーケースと一緒に手元に返ってきたコートに収納されている色々なものは特に物色もされていないようだった。
ところでイレイザーってなんなんだろう?
英語から訳したら消しゴムだけど、相澤さんって普段消しゴムって呼ばれてるの?
そういえば下の名前に消すという文字が入っていたなと思い出した。
もしそうだとするとちょっといじめの気配がしてしまう。
とっくに靴を脱いで部屋に上がった相澤さんが振り返った。
「いつまで上がらない気だ?」
「あ、失礼します。」
靴先を玄関の扉に向けて上がり込む。
初めて行く人の家って少し上がるのに戸惑いがあるのは私だけなのかな。
「洗面台はこっちだ。」
相澤さんが先導してくれたので、手早く手を洗ってコートに入っていたハンカチで水気を取る。
それ、洗濯機にでも放り込んでおけ。他にも洗濯物あったら適当に入れろ、適当に洗うから。と相澤さんは洗濯機を指し示す。
とりあえずハンカチを洗濯機に入れた。
「それから、風呂はここ。好きに入るといい。」
綺麗、というより物が少ない印象の洗面台の奥にあるお風呂場にもやっぱり物が少ない。
ミニマリストなのかな?
「トイレはこっち。」
廊下に出たところにある扉を裏拳で軽くノックしてそのまま奥へ進む。
生理用品とかどうしようかな。使う時だけ持っていく感じがいいかな。と男の人と住むことがなかった私は少し悩む。
「この部屋、何にも使っていないから使え。」
結構広い部屋に案内された。
「部屋の隅とかでいいんですけど…」
流石にこの一部屋をまるまる占拠できるほど図太くない。
私の呟きを聞いていないのか黙殺したのか相澤さんは別の部屋からエアーベッドを引き摺り出してきた。
ごうごうと音を立てながらエアーベッドに空気が入っていく。
「ベッドはそのうち買いに行く。しばらくはこれで我慢してくれ。」
「…お気遣いありがとうございます。」
気を遣ってもらえるならありがたいことと受け取ることにした。
「キャリーケース重かっただろう。気が付かなかった。悪い。」
一度部屋を出た相澤さんがキャリーケースを右手一本で持ち上げて持ってきてくれた。
私は両手でようやく持てるくらいだったので、さすが男の人は力があるなぁ、鍛えてるのかな?
左手に握られたタオルが少し汚れているし、玄関先で拭いてくれたのかもしれない。あんまり部屋を汚すわけにはいかないなと気を引き締める。
「ありがとうございます。何から何まで相澤さんにお世話になっていて、申し訳ないです。」
明日の朝ごはんくらいは作らせてもらうべきだろうか?
まだエアーベッドはごうごうと音を立てている。
「お前も相澤さんだろ。」
言外に他の呼び方を考えろと促される。
確かに。
「じゃあ、消太さんで?」
少しだけ眉を顰めた相澤さん改め、消太さんはしぶしぶと頷いた。
本当はお義父さんって呼んだ方がいいんだろうけど、何となくまだ厳しい。
お風呂にお湯を張ってもらって、少し急ぎ目に体を清めた。
女物のシャンプー、リンスなんて物はミッドナイトさんの想像通り消太さんの家にはなかった。
キャリーケースを漁ると普通サイズのシャンプーとリンス、アウトバストリートメントが入っていたので、今は目の前にいないミッドナイトさんに感謝した。
用意していただいていたパジャマに着替えた。
(下着については5セットほどミッドナイトさんが用意してくれていた。ぴったりだった。)
ドライヤーを貸していただいて、雄英高校で作ってもらったというサンドイッチを2人でほおばった。
「…美味しい。」
こんなに美味しいサンドイッチがあっていいのだろうか?
美味しすぎる。美味しさのあまり語彙力が溶けてしまった。
卵のサンドイッチを咀嚼し終えて、ポテトサラダが挟まったサンドイッチに手を伸ばす。
「美味いだろ。うちのランチラッシュの手製だ。」
ランチラッシュさん。まだお会いしていないその方に会えたらいっぱい美味しいものを作ってもらおう。食べたすぎる。
少し得意げに笑う消太さんを見て私の口角も上がってしまう。
もくもくとサンドイッチを食べきった私を見て
「今日は疲れただろ。色々な話は明日にしよう。」
「じゃあお言葉に甘えます。」
おやすみなさい。と消太さんの背中に挨拶をして、
おやすみ。と低い声で返事をしてくれる。
この世界で魔法はどの程度使えるんだろうか、とか確認しなければならないことはいっぱいあるけれど、もう疲れちゃったなぁ。
まだ自分の部屋と言うにはよそよそしく感じる部屋に戻ってエアーベッドに倒れ込んだ。
扉をノックする音で目が覚めた。
知らない香りと知らない布団の感覚に包まれていた。
「…?」
疑問符を頭に携えつつ、体を起こして昨日のことを思い出した。
そうだったそうだったと心の中で自分の記憶に相槌を打って、もう一度なった扉の音に返事をした。
「おはようございます。消太さん。」
「おはよう。」
朝ごはんでも作るべきかなと昨日考えたことも忘れてぐっすりと眠っていたらしい。
簡単に身支度を整えて部屋を出る。
顔を洗って歯を磨いてリビングに赴くと、美味しそうに焼けたトーストがダイニングテーブルに載っていた。
「朝ごはんくらいは作ろうと思っていたんですけど、すみません。」
「そこまでしなくてもいい。子供はよく眠るもんだろ。」
いただきます。と手を合わせて、トーストと半熟に焼けた目玉焼きをいただく。
「珈琲は飲めるか?」
「はい。好きです。」
そうか、と呟いてお父さんは二人分のマグカップを手に取って珈琲を淹れる。
ことりと目の前にマグカップを置いてくれた。
「インスタントだけどな。」
「ありがとうございます。」
起きたてのまだ働ききれていない頭に珈琲の苦味とカフェインが効いているような気がする。
「美味しいです。」
「そうか。」
まだ、義理の父親との距離感は難しいな。という呟きはまだ立ち上っている珈琲の湯気に溶かした。
朝ご飯を食べ終えて、洗い物だけはさせてもらった。
向かうところは同じなのだから連れて行ってやるという消太さんの言葉を聞いて少し急いで身支度をする。
ミッドナイトさんからいただいたパジャマからミッドナイトさんからいただいた服に着替えて、少し絡んだ髪を梳かす。
ミッドナイトさんが詰めてくれたお洋服について、実は結構懸念していたのだけれども、おとなしめの服を選んでくれたのか問題なく着れる服しか入っておらず安心した。
化粧品はさすがに入っていなかったので、今度アルバイトでもしてお金が入ったら買おうと決めて、部屋の扉を開ける。
「お待たせしましたー。」
いや、そんなに待っていない。と珈琲を片手にいつの間にかついていたテレビに目をやっている消太さんを見てからダイニングの椅子に座る。
そのテレビの画面には腕から樹木を伸ばしている男性と、さすがに大きすぎる女性が映っていた。
樹木くらいならもしかしたらあの
でもあの大きすぎる女性はなんだ?
あのサイズ感で移動したら人の一人や二人踏みつけてしまいそうだ。
戸惑っているのを見かねた消太さんが声をかけてくれる。
「これが個性、そしてプロヒーローだ。」
そう話す消太さんに目を向けて、テレビに視線を戻した時にはあの大きな女性は良識的なサイズ感に変わっていた。
テレビの片隅に映り込む通行人に、虎の頭を持つ人や、翼のある人を見た。
なるほど、私は本当に知らない世界に迷い込んだみたいだ。
なんだかんだ往生際の悪い女の子なので、まだ実はドッキリ?とか考えていた弓月ちゃんです。