満腹感を久しぶりに覚えた気がするあのお昼休みから、三時間ほど経って放課後になった。
「あ、おお!?な、なな何事ー?!」
人が少なくなったところで帰ろうとのんびり構えていたところで、いち早く帰ろうとした麗日ちゃんが悲鳴をあげる。
なにごと?と思い顔を上げる。
「君たちA組に何か用事か?」
飯田くんの5本指が相変わらず綺麗に揃っている。
「なんだよ、出れねえじゃん。何しにきたんだよ!」
峰田くんが不満そうに呟くのを見て、3人の見ている方向を向く。
扉の外に人だかりができている。
なんで?
「敵情視察だろ。雑魚。」
爆豪くんがすたすたと教卓の前どころか人混みの目の前まで歩きながら言う。
敵情視察?
「あ…」
「かっちゃんはあれがニュートラルなの。」
峰田くんがこいつやばくない?とでも言いたげに爆豪くんを指差して、緑谷くんが諦めた顔して峰田くんに弁明する。
あれがニュートラルの人間がいてたまるか。
「
「知らない人のこととりあえずモブっていうのやめなさいよ。」
飯田くんがパシパシとツッコミを入れる。
「爆豪くんなんでそんなに偉そうなんですか。」
「あァ?」
呆気に取られたままついつい口に出てしまった言葉で爆豪くんから睨まれる。
けど、その圧力がいつもより弱く感じた。体調でも悪いのかな。
「噂のA組。どんなもんかと見に来たら随分と偉そうだな。ヒーロー科に在籍する奴はみんなこんななのかい?」
人混みを縫って紫の髪の少年が爆豪くんの目の前にくる。
不名誉すぎるので爆豪くんと同じにしないでほしい。
「あぁ?!」
またも凄む爆豪くんの後ろでみんな首を振る。
「こういうの見ちゃうと幻滅するなぁ。普通科とか他の科ってヒーロー科落ちたから入ったってやつ結構いるんだ。知ってた?」
…知っている。
私はこの身柄の都合上その手は取れなかったけど、一般の人たちは滑り止めとして別の科を受けることが多いと聞かされている。
「そんな俺らにも学校側はチャンスを残してくれている。体育祭のリザルトによっちゃ、ヒーロー科編入も検討してくれるんだって。その逆もまた然りらしいよ。」
みんなの顔が固まる。
なるほど、だから
ヒーロー科に入るという夢を諦めずに済む方法を彼らの内の数割は選んだのだろう。
それがどれほど細い蜘蛛の糸でも、倍率300倍の狭き門よりましだと、そう思ったものもいるだろう。
「敵情視察?」
紫の髪の彼は瞳だけで教室を見回す。
「少なくとも俺は、いくらヒーロー科とはいえ調子に乗ってっと足元すくっちゃうぞっていう宣戦布告をしに来たつもり。」
一触即発の空気の中、気まずさが流れる。
人だかりも全然消えず、このままだと私はいつ帰れるのかわからない。
固形物を半端に胃に入れたせいかやんわりと眠たくなってきたし、帰りたい。
「あの、すみません。」
右手を上げて、力の入らない足の代わりに左手で机を押して立とうとした。
「何…っ。」
ふてぶてしい表情から瞼をわずかに開く。
「わっ、とと、無理しないでよ弓月…」
立ちあがろうとしてふらりと揺れた体を三奈ちゃんが支えてくれる。
大丈夫です、ありがとうと私を座らせようとする三奈ちゃんに座りたくないと告げて続ける。
「ええと、まずは、爆豪くんがすみません。」
「んでてめえが謝るんだよ!」
爆豪くんが悪いと言うのにぎゃんぎゃんと吠える爆豪くんを黙殺する。
「それから、宣戦布告、ありがとうございます。身が引き締まりました。」
「お、あぁ。」
戸惑う紫の髪の少年に感謝の意を。
ようやく決意が固まった。
「待って相澤ちゃん。本気なん?」
私の言葉から察したのであろう麗日ちゃんが戸惑い気味に聞いてくる。
彼女の瞳が、やめた方がいいと如実に語る。
「はい。私も出ますよ。体育祭。」
不戦敗でヒーロー科から外れましたとか、笑えないですしね。
にこりと笑った。
「いや待って無理でしょ何言ってんの?昼飯だってお粥すらまともに食べれなかったでしょ。」
お漬物を食べてくれた瀬呂くんが怒ったように詰め寄る。
「無理じゃないですよ。お粥だってすこしなら食べられたわけですし、ちゃんと食べられるようになると思います。怪我もリカバリーガールに限度いっぱいまで直してもらいます。」
厳しい顔の瀬呂くんとしっかり目を合わせて言う。
瀬呂くんは、諦めたように私から目を逸らした。
紫の髪の子の目の前までどうにか三奈ちゃんに支えてもらって歩く。
「なので、お互い後悔のないように、戦いましょうね。」
まぁ私今こんなにボロボロですけど。と少し笑ってみせる。
「よろしく。」
握手を交わして、ふと力が抜けそうになる。
「…大丈夫なの。」
「あは、大丈夫です。」
不甲斐なさすぎて笑いしか浮かばない。
さっと瀬呂くんが尾白くんの席から引っ張り出したであろう椅子に私を座らせる。
「おうおう!隣のB組のもんだけどよ!
白髪の少年が人混みの中勢いよく喋り出した。
「あんまり吠えすぎてっと本番で恥ずかしいことになっぞ!」
爆豪くんは人混みを掻き分けるようにして歩き出す。
「無視かてめえ!」
「待てこら爆豪!どうしてくれんだ。おめえのせいでヘイト溜まりまくってんじゃねえか!」
白髪の少年と切島くんが爆豪くんに怒りを向ける。
「関係ねえよ。」
「はぁ?」
爆豪くんの言葉に切島くんは理解できないと言う顔をする。
「上に上がりゃ関係ねえ。」
負けず嫌いめ。
そのまま爆豪くんは帰って行った。
「チッ、あの野郎!」
白髪の少年は喧嘩っぱやそうに拳を握る。
「くっ…シンプルで男らしいじゃねえか。」
切島くんは感極まったのか拳を握って涙を浮かべる。
「えっ?!」
上鳴くんが理解不能!と言うリアクションをしているのを眺める。
「言うねぇ…」
「上か…一理ある…」
上鳴くんとは対極に砂藤くんと常闇くんは感心したように呟く。
「いやいや、騙されんな!無駄に敵を増やしただけだぞ!」
「そうだそうだ!体育祭おいらたちが不利になるだけじゃんか!」
上鳴くんと峰田くんが仲良くぎゃん!と喚く。
「ところで弓月、いつ帰るの?」
「…この人混みがなくなったらですかね。」
三奈ちゃんの質問に答えたら、それ、だいぶ後じゃない?と言われた。
私もそう思う。
「まあそもそも消太さんがこないと帰れないので、のんびり待ちます。」
「そう?じゃあ私ものんびりしよっかなー。」
「え?帰らなくていいんですか?」
「帰って欲しいなら帰るけど…?」
意外な返答にびっくりしてしまって返した言葉に三奈ちゃんは口を尖らせる。
「居てくれるなら、一緒にいてほしいです。」
「よろしい。」
にっと歯を見せるように三奈ちゃんは笑った。
しばらくして人混みがはけてきた頃、少し重ための足音が廊下に響いて、がらがらと気忙しく扉が開いた。
消太さんかなぁ、と思ってみた人影は想像した相手とは対極に白い。
「相澤さん…!」
「じゅ、13号先生?!復帰したんですか?」
13号先生だった。
いえ、まだ教壇には立っていないんだけど。と言って落ち着かなさそうにする13号先生を見て、三奈ちゃんが立ち上がった。
「じゃあ私先に帰るね?」
「あ、うん。ありがとうございます。ここまで一緒にいてくれて。楽しかったです。」
三奈ちゃんはひらひらと手を振りながらいいってことよ!と言って去って行った。
「相澤さん。ごめんなさい。先生である僕が生徒である君を守るべきだったのに、守らせて、あんなに酷い怪我をさせてしまって…っ!」
「いえ、私こそ13号先生が気絶してるのをいいことにぶん投げてしまったこと謝りたいと思っていたんです。」
ずっと気になっていた。あんな杜撰な扱いを女性に向けてしたことなんてなくて、心が痛んでいた。
「聞いた状況だとそれは相澤さんにとっての最善の判断だったんだろうと思います。相澤さん。ヒーローとして、よく頑張りました。」
ありがとう。と13号先生は言ってくれて、私はまた少し泣いてしまった。
宇宙服越しの彼女の手のひらは、体温なんて伝わらないはずなのに暖かく感じた。
心操くんと13号先生編でした。