あくびはしたものの結局燦々と太陽が降り注ぐ中で眠れるほど疲れてもいなくて護身術の動画なんてものを見ている。
[羽のある
なんていうサムネイルの動画が初めに出てきて本当に個性社会だなと思った。
天井を仰ぎ見てから、スキップボタンを押した。
とりあえず2本足2本腕の相手と戦う想定からさせてほしい。
「必見!腕が2本より多い人用の護身術!」
次に出てきた動画のタイトルがこれで、それはもう障子くんしか使えないんじゃないのと天井を仰いだ。
普通の護身術はないものかと漁りに漁った結果、いくつか良さそうな動画を見つけてコマ送りにして眺めている。
俗にいう見稽古というやつだ。
結局実際に動かないとわからないのは私が凡人だからかなぁと考えながら頭の中でシミュレーションする。
「あれ…?」
難しすぎて頭の中の攻め手の肘関節がふたつほど増えてしまった。
私の体では絶対不可能な代物になってしまったシミュレーションをやめて、動画を巻き戻す。
そのとき、がらがらと扉が横にスライドした。
「たのもう!」
三奈ちゃんだ。もう明らかに三奈ちゃんだ。
その後に続く人が意外で少し驚いた。
「邪魔するぞ。」
「障子くん…?」
上背のあるクラスメイトがぬっと病室に入ってきて少しびっくりした。
「すまない、ノックしようと思ったのだが、芦戸が先に開けてしまった。」
「いえ、特に何もしてなかったので大丈夫ですよ。きてくれてありがとうございます。」
イヤホンを外しながら障子くんの謝罪に気にしなくていいと答えると、壁際を見ていた障子くんはこちらを向く。
「待って待って私は?ねえ?私は?」
「三奈ちゃんは扉を開く前にノックすることを覚えてくださいね。場合によっては障子くんが痴漢被害者になっちゃいます。」
今は何もしていないとはいえど、私が着替えてたりしたら障子くんにとっては思春期を暗黒の色に彩る最悪のハプニングが起きてしまう。
「俺が被害者になるのか…?」
「見たくもないもの見せられるのは被害者でしょう…。」
障子くんの呟きに言葉を返す。
「でもなんというか…珍しい組み合わせですね?」
「別に私が障子のこと引っ張ってきたわけじゃないよ?」
きょとりと三奈ちゃんが首を傾ける。
「勉強を教えると約束しただろう。」
「律儀ですね…?」
一昨日、私が障子くんにお願いしたことを彼は律儀に守りにきたらしい。
律儀すぎてきょとんとする。
「迷惑だっただろうか。」
「いえ、嬉しいです。車椅子も、昨日の朝押してくれてありがとうございました。お礼を言い損ねていて。」
いや、気にしなくていい。と言う障子くんに甘えてお勉強も教えてもらうことにする。
「これが今日の分のノートだ。相澤の分として別に板書したから返さなくていい。」
「ありがとうございます。」
クリアファイルに収められた数枚のルーズリーフを手渡してくれる。
元来几帳面なのだろう、綺麗にまとめられたノートの随所に彼自身の注釈であろう赤文字が書き加えられている。
「もはやこのノートだけで今日の授業内容わかっちゃいそうですね。」
どれどれ?と覗く三奈ちゃんの目が見開かれる。
「えっ、障子のノートすっごい綺麗!もはやコピーしたい。」
「芦戸は授業に出てただろう。」
言外に自分でノートを取れと言われている三奈ちゃんは不服そうに頬を膨らませる。
「そういえば今日のヒーロー基礎学は何をやったんですか?」
「…救助訓練だ。」
「うん…救助訓練だったよ。」
唯一ノートを取る必要がないであろう教科について話を振ったその瞬間に一気にふたりの歯切れが悪くなった。
「何かあったんですか?」
私の質問にふたりが同時にため息をついた。
「途中までは良かったんだ。」
「そう、山岳エリアで、遭難しちゃった一般の人を救助する訓練を最初にしたんだけどね。そこは良かったの。」
途中まではってどういうことなんだと思いながら相槌を打つ。
「その後で倒壊エリアに行ったんだけど…」
「待て芦戸。…相澤はもうUSJ襲撃について、話を聞いても辛くはないか?」
話を続けようとする三奈ちゃんを手で制して障子くんが私に問う。
「はい。もう校長先生にも全てお話ししましたし。」
「そうか。」
障子くんは三奈ちゃんの前に伸ばしていた腕を下げた。
そんな重たい話になるのだろうか。
障子くんの気配りに恐怖を感じてしまった。
「途中で
「…三奈ちゃんと障子くんが今ここに無傷でいるということは、大事には至ってないと認識していいですか?というより、皆さんは怪我してませんか?担当の先生方は?」
つい、前のめりになって質問攻めにしてしまった。
点滴を掛けているスタンドが私の体勢に引っ張られてかたりと揺れる。
「落ち着け、相澤。」
やんわりと障子くんに肩を押されて、ベッドに寄りかかるように促される。
「ごめん、言い方が悪かったね…。」
三奈ちゃんがしょんぼりとした顔をする。
「結論から言えば緑谷以外は全員無傷だ。」
緑谷くん以外。
なんというか、彼はクラスの中で最も怪我をしているような気がする。
何かに縋りたくて手元のシーツを握った。
「緑谷くんの怪我の程度は?」
「いつもの指先ぶっぱだよ。リカバリーガールに治してもらいにいってたから大丈夫。」
よかった…とほっと息をついた。
彼のぶっ壊し癖はどうにかならないものかと思うけれど、緑谷くんの指先以外の怪我がないと言うことは現れた
「その
「そこが問題でな。」
障子くんは言いにくそうに手元を見つめる。
「その
「なんですって?」
理解が及ばない対局の単語が並んでしまって困惑を隠しきれない。
「正確にいうと、
「はい?」
何を言っているんだあの人たち。
避難訓練は500歩譲ってわかるにしても今やるのかそれを。
そして消太さんはそれをよしとしたのか。
「オールマイトがぐったりした轟片手に掴んで出てきたとき、ほんとにびっくりしたー。」
「…轟くんは無傷ですか?」
頭がずきずきと痛む。
オールマイト先生、あなたのそういうところが教師になりきれない所以だと私思うんですよね。
「無傷だ。オールマイトの協力をしていただけらしい。」
「それで緑谷くんだけが負傷してたら彼がバカみたいじゃないですか…。」
怪我までしてオールマイト先生に攻撃を繰り出した緑谷くんが可哀想すぎる。
「ほんと、いくらなんでもやりすぎだよね…。」
「いくらなんでもな。」
いやもういくらなんでもとか和やかに言える次元を超えている。
あんなぼきぼきのめきめきになった私が言えることではないけれど、どうして彼は生徒たちのトラウマを掘り返すような真似をしてしまうのか。
ため息以外に出てくるものがなくなった。
「弓月…?」
「三奈ちゃん、障子くんを含めて緑谷くん以外怪我はないということはわかりました。」
う、うん。と眉間に皺を寄せた私を見て困惑する三奈ちゃんが相槌を打つ。
「しんどくはありませんでしたか?」
「俺たちはヒーロー志望だぞ。」
障子くんのこの言葉を聞いて、呪いのようだなと思った。
「USJで単独飛び出して行って死にかけた私がいえたことではありませんが、自分の痛みを無視してしまう人は、いつか他人の痛みも無視してしまうことになると思います。」
「弓月…?」
自分が耐えられるものなら、他者も耐えられるとおおよその人間は思ってしまう。
それは、一般の人なら多少の欠点程度に映るだけだが、ヒーローともなると話は別だ。
しかめ面のまま話続けるのも不安を与えてしまうだろうなと思って笑みを浮かべる。
「人の痛みがわからないヒーローより、人の痛みを尊重できるヒーローの方がいいと思いませんか?」
「…そうだな。」
空気が緩んで、目尻を和らげる障子くんを見る。
「わたしもそっちの方がいいなぁ。」
それでオールマイトみたいに私が来た!って言うの!とガッツポーズをとってみせる三奈ちゃんに視線を移す。
「ヒーローなんてきっと少し臆病なくらいがいいんですよ。」
黒髪に合わせたような眼帯とスーツを身に纏う社長を思い出して、話す。
「その臆病に支配されないで、いざというときにそこから一歩を踏み出せるのがきっとヒーローなんじゃないかなと思います。」
個人的にはですけどね。と付け加える。
もし、ふたりの思うヒーロー像と違っていて、私が強制してしまうのはあまり良くないと思った。
「相澤は、いいヒーローにあったんだな。」
「…そうですね。いい人に出会いました。」
彼がドラえもんの映画で気絶するほど臆病だということは言わないでおいた方がよさそうだ。
「弱音くらいはいつでも聞きますから、言いたくなったら言ってくださいね。」
微笑んだ私に、頷きがふたつ返ってきた。
「弓月が弱音吐きたくなったら私たちが聞くからね!」
三奈ちゃんのグッドサインが眩しく見えた。
障子くんのノートって絶対読みやすいと思うんですよね…