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三奈ちゃんと障子くんがお家に帰って程なくして、リカバリーガールが病室に入ってきた。
「どうだい?体調に変化はないかい?」
「元気ですよ。すごいですね。医療って。」
入院する前よりはるかに体調がよくて、本当に驚いた。
「ところで、緑谷くんは大丈夫でしたか?」
「知ってんのかい?」
やはり三奈ちゃんと障子くんの言っていたことは本当なのだろう。
僅かに肩を揺らしたリカバリーガールが質問で返す。
「オールマイト先生が無茶をしたことと、緑谷くんが怪我をしたことしか聞いていません。」
あんなことがあった直後に、あんなことがあった場所で。
そこまでする必要があるのかと思ってしまう。
「あれにもあれの考えがあるんだよ。すまないね。それに、緑谷も大丈夫さ。ちゃんと治癒した。」
「よかったです。ありがとうございます。」
自分で覚悟を決めて自分の体をへし折るなんて普通の人間にはできないはずだ。
それなのに彼は入学してから数度指先を自らの個性でへし折っている。
怖くはないのだろうか。
「それじゃあ、夜の分の治癒、しようかね。」
「…お願いします。」
もはや慣れたものとなった彼女からの治癒を受け入れる。
「明日には消化機能もそれなりに回復するだろうよ。」
「…早いですね。」
想像以上に早い回復に目を見張った。
「あんたクラスの奴らに怪我の治りが早いって言ってたそうだけど、本当なんだね。単純に栄養が足りなくて回復しなかっただけみたいだね。」
「昔と比べたらもう、随分と遅くなりましたけどね。」
昔ならもう少し早く回復した気がするのは、やはり
それとも、性急に治す必要がないからか。
「まぁ、今日もゆっくり休むんだね。それから救助訓練のことはイレイザーに聞くといい。」
「ありがとうございました。」
リカバリーガールは慌ただしく病室を去る。
次に病室に来たのは消太さんだった。
「生きてるか?」
「見ての通りです。」
この病院にいれば、死ぬことはないだろうと思いつつ、答えを返す。
「リカバリーガールに夜の分の治癒もしていただいて、明日には消化機能が戻るかもしれないとのことでした。」
「もう少しかかると思ってたよ。」
わたしもです。と呟いて手の中の携帯を弄ぶ。
「消太さん。聞きたいことがあります。」
「…なんだ?」
不思議そうな顔をした消太さんがパイプ椅子を広げて座る。
「今日のヒーロー基礎学は救助訓練だったそうですね。」
「…聞いたのか。」
三奈ちゃんと障子くんが話してくれました。と知っている理由を置く。
「あんなこと、本気で生徒のためになると思いますか?」
「オールマイトが、いや、俺も13号も最終的には協力した。」
どうしてと歯噛みした。
「緑谷くんが怪我をしたということは何か作戦を思いついたのでしょう。でも、それがうまくいかなかった場合は?作戦が思いつきすらしなかった場合は?オールマイト先生はどうするつもりだったんですか。」
自分で御す気のない怒りが言葉尻にじわりと滲む。
「オールマイト先生はご自身の生徒を叩き折るおつもりなんですか。」
それでも誰が負っていたとしてもおかしくない
まだ、1週間も経っていないのだ。
彼らはまだ15歳の子どもなのに、と思って視線を落とす。
「俺も、お前たちの上の学年の連中を退学させてる。」
「お噂はかねがね、お伺いしています。」
校長先生からちらりと話を聞いている。
たしか、退学させてから復学させたのではなかっただろうかと記憶を辿る。
「お前たちには理解できないかもしれないが、教師だって生徒の無事を祈ってるんだよ。」
「そういうものですかね。」
理解できない。
でも、理解できないことを理解できないと思うと言われてしまったら聞きようもないじゃないかと愚痴のような言葉が心に漏れる。
「それでも、お前にとってもクラスの奴らにとっても負担だったと思う。悪かったな。」
「いえ、八つ当たりでした。そこにいなかった私には言えることはないですね。すみません。」
す、と腰を折った消太さんのつむじが見えた。
お門違いだったのかもしれないと、最後に嫌味を添えて矛先を折った。
「…いや、配慮が足りなかった。俺もあそこで折れるべきじゃなかったよ。」
頭に乗ったいつもの手のひらにじわりと体温が移った。
自分の幼さに腹が立った。
「とりあえず、本だな。何冊か買ってきた。」
私が落ち着いたくらいのタイミングで消太さんの手が私の頭を離れ、がさごそと鞄を漁る。
「随分とノンジャンルですね…?」
料理本、恋愛小説、自己啓発本、ミステリー小説…?
この下にもサイズ感もカバーの材質も異なる本たちが積まれていく。
「ホームルームでクラスの奴らに聞いて、見つけられたやつだけ買ってきた。」
「あぁ、なるほど。ぽいですね。」
今手に取ってしまっているヒーロー哲学系の本はおそらく緑谷くんのおすすめだろうか。
癒される動物の写真集があっておそらくこれは口田くんのおすすめなんだろうと思う。
「これ、青山くんですか?」
「あぁ、確かそうだ。」
フランスの文化についての本が混ざっていて、わかりやすいなと思う。
「これは砂藤くん?」
「そうだな。選んでくれれば作るって言ってたぞ。」
「お菓子作れるんですね。すごい…。」
美味しそうなお菓子の作り方本だった。
作ってくれるのか…。気になる…。
ぱらぱらと捲ってみたところ、チョコレート系のお菓子が美味しそうに並んでいる。
でもマドレーヌ食べたいなぁ。
退院後の楽しみが増えて、心が躍った。
「これは…?耳郎ちゃんですかね。」
「あってる。」
手に取ったのは表紙にギタリストの写真が大きく張り付けられている音楽雑誌だった。
本と言っても随分と人によって違うものだなと歓心する。
「この量は…退院するまでに読み終わりますかね?」
「読みきれない分は家で読めばいいだろ。」
若干読破に難がありそうな気がして聞いてみる。
「でも折角選んでもらえたなら入院期間中に読みたいんですよね…。」
「無理しない程度にな。」
そう言って消太さんは、ロッカーの中に本を並べた。
「最初何読む?」
「じゃあその、はい。ヒーロー哲学の本でお願いします。」
とりあえず本を納め終わった消太さんが私の方を振り返る。
これか、と呟いて、私が指し示した本をサイドボードに置いてくれる。
「ありがとうございます。」
なんというか、裏表紙にオールマイト先生の独特なシルエットがあしらわれている本の推薦人はほぼ間違いなく緑谷くんだなと確信した。
普段でさえ熱心な彼はオールマイト先生のいる授業だと、より一層熱心になる。
オールマイトのファンなんだと言っているところを聞いたような気もする。
「入院中の授業の話だがな。普通科目についてはテストの時に苦労するかもしれないが教科書読んでいてくれ。」
まあそれしかないよなぁと思ってから、そう言えばと思う。
「今日の分は障子くんが教えてくれましたよ。」
「障子が?」
はい。とルーズリーフを見せる。
「よく纏めてあるな。」
「綺麗ですよね。すごく見やすくてありがたかったです。」
この密度でふたり分の板書を取るのは大変だっただろうなと思う。
「メッセージもかなりいただきましたし、やさしいクラスメイトに恵まれちゃいました。」
「早く治さなきゃな。」
わしゃわしゃと髪を混ぜる消太さんの手がやさしくて目を閉じた。
「うん、もうそろそろ食べても大丈夫だと思うよ。お粥食べてみる?」
「いいんですか?」
翌日昼間の回診でお医者さんから許可を貰って、お昼ご飯としてお粥を出してもらった。
「どう?食べられそう?」
「なんだか、ちょっと緊張しますね。」
久しぶりの固形物な気がして、少し眉根が寄る。
それでも、私は体育祭に出るためにここまでしてもらった。
匙に半分ほどのお粥を掬う。
震える唇で匙を喰んだ。
口内に久しぶりに入ってきた柔らかいお米を噛んで、甘みが広がった。
病院食は美味しくないと言ったのはどこの誰だっただろうか。
無意識のうちに喉が動いて、暫く仕事を与えられなかった胃にお粥が送り込まれた。
「…美味しい。」
「食べられた?よかった…。」
看護師さんはほっと胸を撫で下ろした。
「でも、無理していっぱい食べなくていいからね。足りない分は点滴から補うから。食べたいだけ食べてね。終わったら下げにくるからナースコール押してね。」
それだけ言い残して看護師さんは別の部屋へ向かったようだった。
僅かに固形物が入ったことで、胃が仕事を思い出したように鳴いた。
「生きてるって感じするなぁ。」
ぽつりと呟いて、匙に掬ったお粥をもういちど口に運んだ。
食べ切れてしまった。
リカバリーガールの治癒のおかげなのか。
お医者さんや看護師さんの弛まぬ治療のおかげなのか。
それとも私の体が生きたがっているのか。
あるいはそのすべてなのだろうか。
「ごちそうさまでした。」
両手を合わせてそう言ってから、ナースコールを押した。
「え?食べ切れたの?!」
「それがもうぺろりと…美味しかったです。ごちそうさまでした。」
看護師さんもびっくりだったのか素直なリアクションが返ってきて苦笑した。
少し前にあんなに食欲がなかったのが嘘みたいだなぁと、いまだにきゅるきゅると鳴く腹部を摩った。
弓月ちゃんは結局まだ子どもで、先生達はなんだかんだ言っても大人なんですよね。
そろそろ入院編終わらせたいなぁと思っていますが、書きたいこともまだ少しあるので先行き不透明です。
書いて2、3話かなと思っています。