「うん、だいぶいい感じだね。」
ご飯も食べられるようになって、少し調子がいい気がする。
「カテーテル、今日抜くんだろう?学校が終わったらその傷も治癒しにくるからね。」
「そこまでしてもらうのもなんだか申し訳ないです。」
至れり尽くせりすぎて目線が落ちる。
「女の子の肌にこれ以上痕残すわけにもいかんだろ。気にするんじゃないよ。」
「もうすでに痕だらけだから、気になりませんよ。」
太ももをシーツ越しになぞると、おでこを人差し指でこつんと押された。
「治せるもんは治させとくれよ。」
「…う、はい。お願いします。」
ぺたりと額を抑えて素直に応じる。
わかればよろしいとリカバリーガールは笑った。
「じゃあまた授業終わったら来るからね。休んでおくんだよ。」
「お待ちしてますね。」
ひらりとお互いに手を振ってリカバリーガールは病室を出た。
「おはよう。相澤さん。」
「おはようございます。」
リカバリーガールの退室からおよそ1時間。
耳郎ちゃんのおすすめだという音楽雑誌をぱらりとめくっていたら、お医者さんがやってきた。
「昨日も、今朝もちゃんとご飯食べられていたみたいだから、予定通りカテーテル抜こうか。」
「お願いします。」
そうして私は手術台に上がることになった。
「違和感はないかな?」
「包帯で首は動かしにくいですけど、他は大丈夫です。」
2度目の手術台は、ぼんやりとしている間に終わってしまった。
特には問題もなくカテーテルを引き抜けたようで、お医者さんもひと安心の顔をしている。
「ここからリカバリーガールの治癒を施していけば、体自体は体育祭に間に合うと思うよ。」
「はい。ありがとうございます。」
「ただし、襲撃前の君の体からは予想もつかないほど筋肉が落ちているだろうし、体もかなり鈍っている。それも承知の上で体育祭、出ようと思っているのかい?」
「…はい。体さえ無傷なら身体強化に支障はありませんし、筋肉もろもろ衰えている体でも負担の少ないように調整するつもりです。」
おそらく、ここから体育祭までの時間ではそれくらいしかやれることがない。
入学前に培った筋肉は惜しいけれど、自分のことをぶっ飛ばそうとさえ思わなければおそらく支障はないはず。
「あれか…。本当に調整は可能なのかい?」
「怪我さえなければ、不可能ではないと思います。」
お医者さんは顔を顰めて顎に指先を添える。
私の耐久性が落ちてしまったことを考えると、間違いなく以前のような出力は望めない、というか壊れてしまう。
今まで
USJでの
体が弱っている今だからこそ、精密性に目を向けていくべきだ。
「自分の体に異常が起きたら、すぐ止めること。いいね?」
「わかりました。」
はぁ、とため息をついたお医者さんは条件付きの許可をくれた。
「それから、一応カテーテルを抜いた後も経過を見たいから、後2日ほど入院してもらうよ。」
「よろしくお願いします。」
振り返ってみると短い入院だったなぁと思う。
「それから、できれば帰ってこないでね。」
カルテに目を伏せたお医者さんは言葉を紡いだ。
「…はい。できれば。」
信用ならないなあと彼は笑った。
また体育祭が終わったらお世話になったりして、と私も笑った。
「あの医者となんつう縁起でもない話をしてるんだい。」
放課後の時間、私のところに来るよりも先にお医者さんとお話ししに行ったらしいリカバリーガールが私に鉄槌を下した。
「痛いです…。」
病室に入るや否やぐりぐりと私のつむじにリカバリーガールの指関節がめり込んでいく。
いた、いたた。
「リカバリーガール?!相澤ちゃんはまだ病み上がりやしそんなことせんほうが…!」
「麗日ちゃん助けてください…その調子です…!」
今日、お見舞いに来てくれた麗日ちゃんがリカバリーガールを止めようとしてわたわたと立ち上がる。
「なぁにが体育祭終わったらまたお世話になるかもだい?」
「それは相澤ちゃんが悪いやんな。」
リカバリーガールの苦情を聞いてすっと麗日ちゃんが腕を引く。
「えっそんな裏切りあります?!嘘でしょう麗日ちゃん!」
「冗談でも言ってええことと悪いことがあると思うんよ。」
ぐ、と言葉に詰まった。
確かに三奈ちゃんが入院しててそんなこと言ってたら怒るなと思ってしまった。
「すみません…。」
「あんた本当にクラスメイトの怪我にはやたらと敏感なくせに自分の体に無頓着なのどうにかしてくれないかね。」
「なんというか、自分の怪我より人の怪我の方が痛みを想像しちゃって怖くないですか…?」
「どっちも怖がってもらわないと困るんだよ。」
ずびしと私に突っ込みを入れるリカバリーガールの後ろで麗日ちゃんが目を伏せた。
「麗日ちゃん、」
声をかけようとしたところで、こつこつと病室の扉が叩かれた。
「開いてるよ。」
というリカバリーガールのひとことと同時にがらりと扉がスライドされた。
「久々。ってあれ、麗日?」
「あれ、瀬呂くんやん。」
お見舞いには男女ペアで来るべしみたいな不文律があるのだろうか。
まだ、今は少し会いたくなかったそのシルエットを見て僅かに目を逸らす。
リカバリーガールは学校から電話が入ったと部屋から出て行ってしまった。
「大丈夫なの。」
「カテーテルも今日抜けたので、後2日くらいで退院だそうです。」
そう、と瀬呂くんの口の中で留まるような声が聞こえる。
「その傷、残るの?」
とんとんと瀬呂くんの指が彼の鎖骨あたりを叩く。
「このあとリカバリーガールが、治癒してくれるそうです。」
「…よかった。」
瀬呂くんは言葉とは裏腹に眉を下げた。
「これ、昨日と今日の分のノートな。」
「瀬呂くんと障子くんって同じルーズリーフ使ってるんですか?」
差し出されたルーズリーフの罫線が一昨日障子くんからもらったルーズリーフと一緒で首を傾げた。
「あー、いや。障子がノート取ったときにそのルーズリーフ購買で買ったらしいんだけど、毎日取るのは大変だろうからバトンタッチしたのよ。」
照れくさそうに後頭部を掻く瀬呂くんはさらに続ける。
「それでルーズリーフの束ごとバトンが回ってきたってわけ。」
んで昨日はちょっと来れなかったから2日間俺がノート取ったわけよ。と瀬呂くんは付け足す。
「なんか、ほんと、ご迷惑おかけしてます…。」
「いーえ、ぶっちゃけさ、こうでもしないと話せねえかなって思ったから障子に譲ってもらったの。」
メッセージ、ちょっとあれだったから心配になってさ。と瀬呂くんは困り顔で言う。
「べ、別に後回しにしたわけじゃないんです。」
「上から返してったんでしょ。なんとなくわかるよ。」
わたわたと眼前で腕を振って弁解する。
「瀬呂くん、めちゃめちゃ心配しとったもんねえ。」
「心配?」
「やめて麗日…。」
ほっこり顔の麗日ちゃんに瀬呂くんが言葉を搾り出す。
「こないだつい学食まで連れてっちまったけど、お前やっぱ無理してたんじゃねえかなって思ってさ。あんな怪我でそんなすぐ退院できるわけねえよな。」
違う、違うんです。
入院したのはそんな理由じゃないんです。
そう思ったら口が勝手に開いた。
「あの、すごく言いにくいんですけど、この体の治療を体育祭に間に合わせるための入院でして…。」
「は?」
「なんやって?」
麗日ちゃんも瀬呂くんもピリッとした空気を纏う。
「瀬呂くんがこの間おっしゃっていた通り、食事が喉を通らない状況だったじゃないですか。」
瀬呂くんが頷いた。
「その状況で体育祭に間に合わせたいとリカバリーガールに相談させていただいたところ、栄養的な問題で入院の運びになりました…。」
はーぁ、とふたりぶんのため息が混ざる。
「相澤ちゃんって、まともなふりしてすごい変なことやり始めるときあるんよなぁ…。」
「わかる…。」
まともなふりってなんだ、と思う。
しかもすごい変なことなんてした記憶がない。
「まあそもそもまともな人はその状況で体育祭出るとか言わねえのよ。」
「あんなに他の人たちが燃えてるのに、実技試験1位の私が出ないわけにはいかないじゃないですか。」
「そういう問題やないって話なんよ…。」
教室に襲来した紫の髪の少年を思い浮かべて言い訳を述べると、麗日ちゃんが頭を抱えた。
「あんたらまだ帰ってなかったのかい。」
「…リカバリーガール。電話、大丈夫でした?」
からからと扉を開けたのは先ほど部屋を出たリカバリーガールだった。
「いや、1回学校戻ったんだよ。普通科の部活で一悶着あったのさ。」
「それは…お疲れ様です。」
私に治癒の必要がなければ慌ただしくもならなかっただろうに申し訳なさで頭が下がる。
「ほら、あんたたちそろそろ帰んなよ。今日治癒する箇所は男子がいる前で治癒するには際どい場所なんだ。」
鎖骨周辺、そんなに際どいだろうか。
うーんと唸っていると、ふたりが手を振りながら帰っていく。
「ちゃんと治すんやよ。相澤ちゃん!」
「またな。」
「はい、また。」
ひらりと手を振って、閉まった扉を見届けたリカバリーガールは治癒を始める。
「いやあほんと、魔法みたいですね。」
「魔法使いにそんなこと言われると照れちまうね。」
切れていた皮膚が元の1枚にじわじわと戻る様は何度見ても壮観だ。
「ところでそういう魔法はないのかい?」
「ないことはないけどって感じですね。」
例えば
序列42位のウェパルという人魚は人の傷口を癒したり、逆に化膿させる力を持つ。
だからと言ってここまで任意での加減ができるかどうかというと、私にはできない。
個性社会ってすごいな、と素直に感服した。
今のところは明日退院する予定です。今のところは…。