実際のところまだしっかりとは実感は湧いていなかったんだよね。と心の中で独り言を呟く。
まだ私が見た不思議な現象って
もしかしたら夢かもしれないって少しだけ思ってた。
現実にしてはとんとん拍子すぎる状況だし。
テレビの右端にクルクルと回るLIVEの文字を見て、合成じゃないんだなと認識する。
相変わらず少し痛む頭を黙殺して、ヒーローって派手ですねと当たり障りのない言葉を発する。
テレビに出るタイプのヒーローはそれなりにな。と消太さんが返してくれる。
消太さん。と目の前の男を呼んだ。
床に腰を下ろして、両手を床についたところで視線が絡んだ。
「これから、よろしくお願いします。」
消太さんが手を滑らせて珈琲が溢れた。
私は
「こちらこそ、父親としては至らないと思うがよろしく。」
よろしくと言い切るか言い切らないかのうちにそっぽを向くあたり、消太さんらしいな。とまだ出会って24時間たっていない相手のらしさを推し量る。
今日も今日とて消太さんの車の後部座席に座ってスモークガラスから外を眺める。
昨日の夜は本当に人がいなかったけど、今は通勤時間だからか人が歩いてる。
「これは確かに…何にも知らないで道端とかに放り出されてたらパニックだったかもしれませんね…」
街並みを歩く人たちの中には結構個性的な人がちらほら見受けられて、近未来を見ているような心持ちになる。
ここまで人としての形に多様性があるなら、差別って少なそうに思うけど、昨日の個性の時の説明を聞く限りだとそうもいかないのが社会だよね。
「着いたぞ。」
「ありがとうございます。」
消太さんの言葉にお礼を言いつつドアを開けて、校舎というには大きすぎる建物に二人で入る。
あちこちのドアがとても大きいのは、人としての形がさまざまだからなのだろうか?
昨日はいっぱいいっぱいで思い至らなかったところにも目がいく。
少し歩いたところのドアを消太さんが開ける。
首が痛くなるくらい上の方に応接室と書かれたプレートが掛かっている。
「やぁ、昨日はよく眠れたかい?」
校長先生からの声掛けに私はこう答えた。
「はい、おかげさまで。」
ここからがきっと長い一日の始まりだと、朝食べたトーストの腹持ちを少しだけ心配した。
お腹、鳴らないといいなぁ。
消太さんはお仕事があるらしく部屋の外に出て行ってしまった。
部屋にいるのは、校長先生、ミッドナイトさん、金髪サングラスの男の3人だ。
「よぉよぉ!お嬢ちゃん!はじめまして!俺はプレゼントマイクだ!
義理の父親がイレイザーみたいな陰気なやつでよかったのかぁ??」
声の大きい人だなと思った。マイク。マイクロフォン?
「おはようございます。昨日はびっくりしましたが、想像していたよりも優しい方で結果的には良かったと思っています。」
本心からそう思っている。私の義理の父親になる人は彼でよかった。
個人的にはあんまりにも踏み込まれるのは嬉しくないし…
それを聞いたプレゼントマイクさんはわはーーー!と笑って
「ならよかったぜ!」
と声を発した。声が大きすぎる。
「あ、ミッドナイトさん。何から何まで用意していただいてありがとうございます。」
あのまま家に行っていたらシャンプーもリンスもないままお風呂に入ることになるところだった。
「いえいえ、服も似合っているようでよかったわ。化粧品だけは好みがあるから買えなかったけど。」
苦く笑うミッドナイトさんは優しいひとだな、少し眠たそうに見えるのは気のせいだろうか?
よく見るとプレゼントマイクさんの目の下にもうっすらと隈がある気がする。
「もしよかったら今度一緒に買いに行かない?」
「本当ですか!行きたいです!」
「ふふ、いっぱい連れ回してあげる。」
ミッドナイトさんがありがたいお声をかけてくれる。
すでに楽しみになってきたなぁ。
ぽすりと校長先生の両手が打ち合わされる。
「今日来てもらったのはね、ここから先の話をしなければならないからなんだよね。」
君が相澤くんと帰った後に残ったみんなで話し合ってね。と校長先生の言葉でお二人が疲れて見えるのは私のせいか。と理解した。
「半年後に入学試験があるのさ。君にはその試験を受けてもらうよ。」
「はい。」
戸籍に14歳と登録した以上、そこを逃すと高校受験に厳しいものがあるということは理解している。
名前や性別は特別な事情があれば変えられても年齢なんてものは当然変えられない。
「そして、君の入学には条件がある。雄英高校は、君の入学をヒーロー科のみ許可することに決定した。」
「ヒーロー科、ですか?」
ぱらぱらと資料が机に置かれ、目の前のソファに座るよう促される。
「職業としてのヒーローの話は相澤くんから聞いたかな?」
「はい、朝のテレビ中継も少しだけ見ました。」
素直に答えたら校長先生は頷いた。
「そのヒーローを育成、輩出するための機関が雄英高校ヒーロー科なのさ!」
資料をぱらりとめくると、その平均倍率は300倍と書いてあった。
一般入試の定員、たったの36名。
中学校に通ってない私に推薦入試なんてものは受けられない。
その推薦入試ですら定員4名。
つまり合わせたところでたったの40名。
頬がひきつった。
「この、36名の中に入れと、そういうことであっていますか?」
万が一その枠に入れたとしても、わたしが来なければ合格できた子が1人落ちると考えると昔受験を経験した身としては鉛を飲みこんだような気分になる。
「試験は受けてもらうよ。でも君が合格ラインに乗った時には37人の合格とする予定さ。」
君という不確定要素に押しのけられてしまう子がいても可哀想だからね。そう話す校長先生もやっぱり見た目はネズミだけど先生なんだなと思った。
「それを聞いて、安心しました。」
背筋を正した。雄英高校ヒーロー科以外に私に行ける道がないのならば誠心誠意頑張ろう。
私がここで生き残るために。
「半年後、楽しみにしていてください。」
ちょっと悪い顔をしてみた。
してみたかったんだよね。
─side相澤
目が覚めて、朝飯をどうしようかと考えながら上半身を起こす。
昨日のランチラッシュが作ったサンドイッチを美味しそうに食べる少女の姿を思い出す。
トーストにしよう。
考えるのが面倒になったわけでは無い。あの少女の食の好みが分からないからだ。
トースターにトーストを二枚セットする。
ふたりだと二回焼かないといけないなと考えながらやかんに水を入れて沸かす。
やかんが泣き出す前に義理の娘が寝ている部屋の扉をノックする。
返事がない。
さすがに年頃の少女の部屋に入り込むのは抵抗があるから、出来ればノックで起きて欲しい。
少し待ってもう一度扉を叩く。
程なくして、
「おはようございます。消太さん。」
という声が聞こえて、おはようと返した。
トースターの焼きあがった音を聞いて、もう一度二枚分セットする。
その間に目玉焼きを焼いてやろうと、最近なかなか出番のないフライパンを引っ張り出した。
ぱたぱたと身支度をする少女にそこまで急がなくても、と思いつつ焼けた目玉焼きとパンを二枚皿に乗せてダイニングテーブルへ持っていく。
やかんが朝一番の鶏のように泣いた。
朝ごはんくらい作ろうと思ってたとしょげている少女に珈琲は飲めるかと質問する。
「はい。好きです。」
少し目を細めているあたり気を使っての好きではないと考えて、インスタントコーヒーを2人分淹れる。
「インスタントだけどな。」
一言断りを入れつつ、少女の前にマグカップをひとつ置く。
「ありがとうございます。いただきます。」
特に会話もなく、食事が終わる。
「行く先はおなじだし、今日も乗っていけ。」
さすがに初日から公共交通機関に放り投げる訳にも行かず、車に乗っていくように促す。
洗い物を終えたは少女は急いで準備しますね!とまたぱたぱたと部屋に戻る。
ふと息を吐き、二杯目の珈琲を飲むために立ち上がってテレビを付ける。
朝からヒーロー活躍の生中継を放送しているテレビをぼんやりと眺める。
お待たせしましたー!と言いながら扉を開ける少女に別に待ってないとフォローを入れつつ珈琲を啜る。
テレビを視界に収め固まっている少女に、俺はこういう世の中だと教えなくてはならない。
「これが個性、そしてプロヒーローだ。」
そう話しかけると少女は何故か寂しそうな顔をしたように見えた。
少しそっとしておいた方がいいのだろうか。少女というものは難しいと思いつつ、テレビに集中する。
「消太さん。」
と、俺を呼ぶ声がして振り返る。
「これからよろしくお願いします。」
少女が土下座していた。そんな誠意は見せなくていい。
呆気に取られて取り落としたマグカップと珈琲を彼女は魔法で掬い上げて微笑んだ。
カーペットが汚れなくて助かった。
珈琲を流しに捨ててもらって車に乗り込む。
昨日は夜だったので人通りがなかったが今日は通勤時間で人の往来がある。
怖がらないだろうか。昨日、校長の一言で気絶した少女を思い出すと少し不安になってバックミラーを覗く。
なんなら少し楽しそうだった。
テレビでちらと往来を見ていたのが功を奏したのか食い入るように外を見ている。
有翼の男が近くを通った時も特に慄くようなリアクションはなく、これなら多分慣れるのも早いだろと安心した。
学校に着いて、校長、ミッドナイト、マイクの三人が待つ応接室に少女を置いて仕事に戻る。
昼休憩くらいは飯を持っていってやろう。
そう考えながら俺は目の前のパソコンを立ち上げた。
あーもうこんな往来見ちゃったら私のいる世界じゃないんだって認めるしかないじゃん諦めて頑張るしかなくない?っていうマインドに切り替わりました。
半年間の鬼詰め込みお勉強のお時間です。