ようやく体育祭の朝です。
魔法使い、体育祭の朝を迎えました。
さくりとパンを食む音がダイニングに響く。
「そういえばお前、考えたか?」
「…何をですか?」
最近消太さんは主語を頭の中に落としたまま話すことが多くて、話の意図が読み取れない時がある。
「開会宣言の挨拶だよ。」
「なぜそれを体育祭当日の朝に言うんですか…!」
口の中にまだ残っていたパンのかけらに咽せかけて、咳き込んでから心からの言葉を吐き出す。
聞いてないなんだそれ聞いてないぞ。
「言ってなかったか?考えとけって。」
「そもそもお父さんと暮らし始めてから開会宣言という四字熟語を1度も聞いてないですね。」
聞いてなさすぎる。
どんなにこの激動の数週間の記憶をひっくり返してみたところでそんなワードは出てこなかった。
この間も思ったけど、報連相という社会人に必要な単語を知らないのかこの人は。
ため息をつきながらとりあえずご飯を食べる。
リカバリーガールとお医者さんの甚大なる協力の元、時間がないなりにおおまかに
そして問題らしき問題も今更起こらないと、そう思っていた。
そう、何事もないはずだった。
開会宣言ってなんだ。
「お前、実技試験1位だったろ。毎年1位のやつがやるってことになってんだよ。」
「…報連相って知ってます?」
最近よく言っているフレーズをまたも口にして恨みがましい目を向ける。
「あぁ。茹でると美味いよな。」
「期待している回答を急旋回で避けてこないでください。」
本気で言っているのかそれともとぼけているのかわからないけどこんな体育祭の朝から言い争っている場合ではない。
「開会宣言についてだが、そこまで長くなくていい。」
「なるほど………。どうにか、どうにかします…。」
考える時間というほどの時間がないことを考えるとスピーチ原稿を作り込むことは諦めてアドリブでしゃべったほうがいいと判断した。
「すまないが頼んだぞ。」
「でもちょっと流石にテーマくらいは考えたいので今日も学校まで送ってください…!」
流石に少しは話す内容を考える時間が欲しい。
「言われなくてもそのつもりだったが。」
「ありがとうございます。」
ご飯を食べ終わって、そそくさと準備を始めた。
「あれ?テレビ来るってことはお化粧もするべきですか?」
「…今日が体育祭ってことをもう忘れたのか。」
消太さんに聞いてから思った。
どうせ溶けるからやめておいたほうがいいな。
「やめておきます!」
「賢明だ。」
かくしてばたばたと制服を着て、体操着をトートバッグに入れた。
「お待たせしました!行きましょう。」
「あぁ、ちょっと待て。」
彼がテレビに開いていた画面は録画画面だった。
体育祭のなかでも一年生を取り上げるらしい番組を全て録画している。
「あぁ、生徒の晴れ舞台は見たいですもんね。」
「いや、これはお前の晴れ舞台が見たいからだ。」
目が、丸くなった。
教師としての彼ではなく、父親としての彼として私の前にいる消太さんにくすぐったさを感じる。
「…それは、頑張らなきゃならないですね。」
消太さんの親心というものに応えたいと思った。
動きやすい靴を履いて、消太さんの車に乗り込む。
「USJ襲撃の件ってニュースになってたんですよね。」
「あぁ、お前がぶっ倒れている間がピークだった。」
ううむ、話すこととなるとそれになりそうだ。
「その件について触れることは可能でしょうか?」
「それは…お前が辛くないなら多少はいいと思うが…いや、マスコミ対策の絡みがあるかもしれないな。」
消太さんは口籠る。
「学校にとって悪い影響がなさそうであれば、少しだけ触れさせてください。」
「わかった。」
校長に確認する。と消太さんは言った。
「ありがとうございます。」
そこから、学校までは沈黙が続いた。
「やめておいたほうがいいと思うのさ。」
校長先生からの返事は端的だった。
「その件にこの体育祭という場で触れて仕舞えば、君という人間に過分な注目が集まることになる。」
それは雄英高校、そして僕の本意ではないのさ。と彼は言う。
「…わかりました。」
引き下がるしかない、と思った。
私という人間に注目されてしまい、余計な詮索をされてしまうと困るのは私も校長も同じだ。
「その上に今年は体育祭の開催に批判的な意見もある。注目度は高いのさ。ここで悪い方向に注目を集めてしまえば君にとっていいことはない。」
君がきた。ということは君の体育祭での活躍で見せて欲しい。と校長先生は念を押した。
「楽しみに、していてください。」
私はにこりと笑った。
開会宣言の挨拶、どうしようかな。
鉛を飲んだような、そんな気分だった。
理解は、しているはずなんだけどな。
「今年、A組はことさら注目されている。悪いが、
「わかっています。」
校長室から出た私に消太さんは言う。
使う気もなかったとはいえ、足首に鎖がついたような気がした。
じゃらりと重たい幻影の鎖を振り払うように心持ち大股で歩く。
「悪いな。俺たちの都合だ。」
「いえ、私のための都合だってことも分かっているつもりです。」
わかって、いるのだ。校長先生の言うことも、消太さんの言葉も正しいと思う。
それでも僅かに息苦しさを感じてしまうのはどうしてだろう。
いつも通りの大きな手のひらが私の頭に乗った。
「それでも、俺はお前の活躍を楽しみにしてるんだ。」
消太さんの腕が私の背中に回って体が引き寄せられる。
「頑張れ。」
「がん、ばります。」
消太さんの服を強く握って、離す。
足元の鎖が僅かに軽くなった気がした。
飲み下してしまった気がする重みも、少しだけましになった。
とん、と消太さんの胸元を押して、体を離す。
「楽しみにしててくださいね!」
頑張りますから。と笑って見せた。
がんばれ、と消太さんは手を振った。
切り替えようと、ひとりぼっちになった廊下で一度、自分の頬を叩いた。
体育祭は全員が一度に着替えることになる都合上、更衣室が学年ごとに分かれていると説明されたのを思い出して、いつもの更衣室ではない部屋へと向かう。
1年生用の更衣室で体操着に着替えようとして、あまりのごった返しに目を見張った。
「え?こんなに混んでるんですか?」
「あれ?弓月じゃん。ここ一緒に使お!」
三奈ちゃんが手を振ってくれて、なんとかそこまで人混みをかき分けて進む。
「結構いっぱい人いるから、友達同士でロッカーシェアしてる子多いみたいなんだよね。」
「1年生だけの更衣室といえども結構人多いですね。」
ヒーロー科の女子率を鑑みるに女子って1学年だとそこまでいないイメージがあったけど、他の科だと比率は少し上がるらしい。
それにしても男子の方、どうなっているんだろう。
もう少し細かく分かれていたとしてもかなりの混雑具合になるだろう。
想像しただけで地獄だ…。
「あっ、相澤さん、芦戸さん。」
人混みから弾かれるように八百万ちゃんがまろび出てきた。
「八百万ちゃん。おはようございます。」
「おはよーヤオモモ!」
まだスペースあるけどロッカー一緒に使う?と聞く三奈ちゃんに、お言葉に甘えます。と八百万ちゃんは返す。
「ところで、相澤さんはどうしてヤオモモと呼んでくださらないのでしょうか?」
「…なんですって?」
愛称で呼んで欲しい、と言うことなのだろうか。
八百万ちゃんは私のことを怖がっていると思っていたのだけれど………
「わかる、弓月ってなんかずーっと敬語だし大概の人苗字にくん、とかちゃん、とか付けるからすっごく距離感じるんだよね!」
うんうん、と腕を組む三奈ちゃん。
「私も、ヤオモモちゃんって呼んでいいんですか?あと、私のことも名前で呼んでくださいね。」
「もちろんですの!ゆ、弓月さん!」
きゅぴんと瞳を輝かせて私の手を両手で包むヤオモモちゃんにきゅんときてしまった。かわいい…。
「あ、待ってあんまり時間ないかも。」
三奈ちゃんの言葉であわてて私とヤオモモちゃんは着替えた。
「早く控え室まで行きましょう!急いで!」
とあわあわするヤオモモちゃんについて行った。
思ったより足が速くなくてそれはそれで可愛いなと思った。
少し体力を消耗して、がちゃりと控え室の扉を開く。
「はー疲れた!」
「疲れましたね。」
ぱたぱたと3人で襟元を扇いで、女子が多く座るテーブルに座り込む。
「あーあやっぱコスチューム着たかったなぁ。」
「私のコスチュームボロボロだから修理中なんですよねぇ。助かりました。」
ぼやく三奈ちゃんに返す。
「いやスカートの方は無事なの知ってるからね?!」
「公平を期すため、着用不可なんだよ。」
鋭い突っ込みに狼狽していると、腕の筋を伸ばしながら尾白くんはコスチューム着用不可の理由について答える。
「予選の種目ってなんだろうな。」
いつもより少し顔色の悪い砂藤くんが歯切れ悪く聞く。
「何が来ようが、対応するしかない。」
「嗚呼。」
常闇くんの言葉に障子くんが短く相槌を打つ。
「みんな!準備はできているか?」
がちゃりと扉を開けると同時に飯田くんが喋り出す。
「…っ!」
ちょっとお手洗い行っておきたいなと思って扉に近付いていた私は盛大に額を殴打されて、しゃがみ込んだ。
「え?!何???」
葉隠ちゃんがあわあわして駆け寄ってくれる。
「うわ、相澤くん!すまない大丈夫か?!」
「だいじょばないですけど、大丈夫です…。」
うう、頭痛い。
「これでも当てときな。」
「ありがとうございます…お姉ちゃん。」
「いや、そこはお兄ちゃんでしょ。」
瀬呂くんがペットボトルを貸してくれたので、茶々を入れながらぶつけた額に当てる。
「も、もうじき入場だから、準備をしよう…な!」
歯切れの悪い飯田くんを見てくすっと笑ってしまった。
爆豪くんはいつ開会宣言やるって聞いたんでしょうね?