「三奈ちゃんは食堂行くんですか?」
「んー悩んでる。弓月は屋台行くの?」
隣にいた三奈ちゃんはくるりと瞳をこちらに回して指先を顎に添える。
可愛らしい所作に口元が緩んだ。
「そのつもりです。」
「んじゃ屋台で決まり、行こ!」
のんびりとふたりで歩き始める。
隣に三奈ちゃんがいるとこの体育祭なんて非日常すらなんだかいつもの日常のような気がしてきた。
そういえば、と三奈ちゃんは私の顔を覗き見た。
「弓月、確か前人のことは浮かせられないって言ってなかったっけ?」
「あれは浮かせたにも入らないレベルの酷いものですよ。尾白くんはかなりしんどかったと思います。」
校門近くの屋台を眺めながら三奈ちゃんからの質問に答える。
尾白くんのバランス感覚と忍耐力を知っていなければ間違いなく選ばない作戦だった。
「本当は私も含めて4人をまとめて浮かせられれば私の負担も相手の負担も抑えられるんですけどね。」
私を浮かせて、尾白くんを掴み上げて、心操くんと庄田くんを下から支えていたなんて言葉で表して仕舞えばあまりにも非効率すぎる。
それを消太さんもわかっていたからわざわざ解説席から説明したのだろう。意地悪。
「んじゃあ、どうしてそれやらないの?」
「…人の体を壊しかねないと思うとやっぱりまだ怖くて。」
つるりと瞳を逸らして理由のひとつを話す。
「あ、あれ食べたいです、三奈ちゃんは?」
目に入って指差した先の看板にはたこの模様が描かれている。
「おっけー私も食べたい!買ってくるから待ってて!」
「え?私も並びますよ?」
三奈ちゃんはたこ焼きの列に並びながら、いや何人も並んだら邪魔になっちゃうから!と言う。
たしかにそうだなぁと思いながら周りを見渡して、露店の間に陣取る。
目の前を煌々とした光が横切った。
エンデヴァー、だっただろうか。
反射的にヒーロービルボードチャートに乗っていた名前を思い出す。
「君は、焦凍のクラスメイトか。実技試験1位の。」
「焦…?轟くんですね。はい、そうです。」
下の名前で呼んだことがなかったので僅かに口籠る。
「いい個性だな。焦凍も
「轟くんの
左、と聞いて轟くんの左目を覆う傷痕を思い出した。
何か関係があるのだろうか。
自分の息子のことをまるで自慢の玩具のように話す目の前の男に苛立ちを覚えて、ひねた言葉を空気に落とした。
私の言葉を聞いて聞かないふりをしたのか、聞いていないのかエンデヴァーさんは続ける。
「君もいい個性の両親に恵まれたんだな。」
「…良い父には恵まれましたよ。」
苛立ちが返答の遅れに反映されて、僅かに眉も上がる。
良い父、と言う言葉を聞いて少し炎を大きくしたエンデヴァーさんを見ると思うところがあるのだろう。
「精々、焦凍の足は引っ張らないでくれよ。」
何の意図があってそんな意味のない忠告をされているのだろうか。
めんどくささに視線を下げる。
それを都合よく肯定と受け取ったのかエンデヴァーさんは満足げに頷いて去っていった。
本当になんだったんだ。
「弓月!買えたよ。ついでにねぇお好み焼きも買ったんだ。美味しそうじゃない?」
「わ、おいしそうですね。ありがとうございます。」
お買い物が終わって私に駆け寄ってきた三奈ちゃんは、レジ袋をがさりと開いて私に中を見せてくれる。
食欲をそそるソースの香りがふわりと広がる。
「ね、さっきエンデヴァーと話してたけどどんな人だった?」
「うーん、父親としての彼のことは好きになれなさそうだなと思いました。」
ヒーローとしての彼のことは情報としてしか知らないので差し控える。
そうしたとしても父としての彼は私にとって到底理解できるものではなかった。
「そうなの?相澤先生とタイプ近そうだけど。」
「口下手なところだけは似ていると思いますけど、他は全然違いそうです。あぁ見えて消太さんは情に脆いところありますしね。」
それは多分A組みんな知ってるよ。と笑う三奈ちゃんの言葉で慌てた。
みんな知ってるって何で…?
「俺の話か。」
「あれ?消太さんお昼寝するって言ってませんでした?」
人を赤ん坊みたいに言うなとおでこを軽く叩かれる。
「食堂で飯食おうと思ったらお前らが見えたんでな。」
「先生もたこ焼き食べる?」
三奈ちゃんがたこ焼きをひとつ串に刺して差し出すのを消太さんは自分たちで食えと断る。
「俺はもう買ったしな。飯食って寝る。」
「太りますよ。」
がさりとビニール袋に入った焼きそばを見せてくれる消太さんに小言をひとつ落とす。
少しくらい太ったって筋肉になるし良いだろ。と言って消太さんはいなくなった。
そのまま三奈ちゃんが差し出したたこ焼きは私の口におさまった。
口の中に溜まった熱い蒸気を追い出すべくはふはふと音を漏らす。
ようやく冷めてきたたこ焼きを噛む。
弾力のしっかりとした蛸の歯触りが良くて、ソースと生地のバランスもいい。
「美味しいですね。」
「んーー!ん!」
ひとつたこ焼きを飲み込んで三奈ちゃんに声をかけると、ちょうど三奈ちゃんもたこ焼きを頬張ったところで言葉にならない声だけが聞こえた。
ついでにと三奈ちゃんが買ってきてくれたペットボトルの蓋をぱきりと開けて胸元を叩く三奈ちゃんに差し出す。
「ぷは。ありがとう窒息するかと思ったよー。」
「たこ焼きは逃げないのでゆっくり食べましょう。」
天真爛漫な笑みを浮かべる三奈ちゃんを見て笑みが溢れる。
「でもたこ焼きの温度は逃げちゃうからね。やっぱ急ご?」
「たしかに、温度は逃げちゃいますね。」
いつの間に頭を支配していたエンデヴァーさんの言葉は鳴りやんでいた。
私はいつも彼女の笑顔に救われている。
「三奈ちゃん。ありがとうございます。」
「ふぇ?何が?」
たこ焼きに向けていた目を私に向けて三奈ちゃんは首を傾げた。
「内緒です。」
「えーなんで?!教えてくれても良くない?」
何の気なしにぽろりと口から漏れたお礼の中身は、なんとなく照れ臭くて内緒にしてしまった。
「お好み焼きもほら、食べなよ。」
「じゃあお先にいただきます。」
じとりと私を見ていた眼差しをビニール袋へ移した三奈ちゃんにお好み焼きを促される。
たこ焼きほどじゃないけどまだ暖かな空気を外に逃す。
どうして同じ粉物なのについ両方食べたくなってしまうんだろう。
上に載った鰹節が美味しく感じる。
「美味し?」
「美味しいです。いいですねお好み焼き。」
お茶と一緒にお好み焼きを飲み込んでから三奈ちゃんに返答する。
ちょうど箸で一切れ摘み上げていたので三奈ちゃんの口に放り込む。
「んん!んま!」
きらきらと瞳を輝かせる三奈ちゃんが可愛くてもう一切れ三奈ちゃんの口元に運ぶ。
「まって暇がなさすぎる!」
「あ、すみませんつい。」
無我夢中で三奈ちゃんが食べ終わるたびにお好み焼きを追加してしまっていた。
あぶない。
「三奈ちゃん、午後からも頑張りましょうね。」
「うん、お互い楽しもうね!」
たこ焼きとお好み焼きを食べ終えてふたりでこつんと拳を合わせた。
「さあ昼休憩も終わっていよいよ最終種目発表!っと、その前に予選落ちのみんなに朗報だ!」
「あくまで体育祭。ちゃあんと全員参加のレクリエーション種目も用意してんのさ。本場アメリカからのチアリーダーも呼んで一層盛り上げ…あれ?」
「ん?」
マイクさんの疑問系を耳にすると同時にスタジアムに入場したB組のみんなからの視線が突き刺さる。
「なにやってんだ?」
「どうした?A組?!どんなサービスだそりゃ!」
消太さんとマイクさんの声を聞きながら私は叫んだ。
「だからそんなわけないって言ったじゃないですか…!!」
がくりと崩れ落ちて顔を覆う。
そう、私たちが身を包んでいるのはチアリーディングの衣装だった。
たこ焼きってすっごく熱いよなぁって思いながら食べてるのに毎回中身の熱さにびっくりします。