ここは人里より少し離れた、魔法の森付近にある小さな小屋。ここにこの物語の主人公、剛鬼は住んでいる。
妖怪退治や人命救助等を生業としているが、そういったことはここ幻想郷では滅多になく、普段は自給自足の生活を送りながらひっそりと暮らしている。
半人半妖の身であるため人里から離れた場所で居を構えているが、買い物や獲れた作物や魚等を売る為に月に数回人里に赴いている。また、人里の住民からの依頼を引き受けることもあり、人里の住民からは、なんでも引き受けてくれる便利屋、と思われている。(依頼料は高め)
そんな彼の一日が今日も始まろうとしていた。
チュンチュン
剛鬼「...朝か」
鳥のさえずりで目が覚める。朝の6時半といったところか。
4月とはいえ、早朝はまだまだ冷え込み、布団から出るのを一瞬躊躇う程である。
そう思いつつ、大きな欠伸と背伸びをし終わると、眠い目をこすりながら洗面所へと足を運ぶ。
剛鬼「...さて、どうしたもんか」
洗面や着替え等を一通り行い、簡単な朝食を済ませたところで、今日の予定を考える。
剛鬼「この気温ならそろそろ渓流魚が釣れるか?山菜採りのついでにいっちょ竿を出してみるか。あとは...」
壁に立てかけてある鉄棍に目をやる。
剛鬼「こいつの手入れも何年もやってねぇし、ちょうどいい。アイツのところに顔を出すか」
今日の予定が決まったところで早速準備に取り掛かる。
身支度が完了したところで、剛鬼は玄武の沢に向けて小屋を後にした。
場所は変わって、ここは玄武の沢。魔法の森付近を流れ、垂直状に切り立った柱状の岩壁が特徴的な谷川である。
渓流魚が釣れるシーズンになると剛鬼はよくここに通い、渓流魚を釣っては食糧にしたり、人里に持ち込んだりしている。
剛鬼「道中で山菜はそこそこ取れたな。」
ここに来る途中、色々と歩き回って山菜を探したが、タラの芽やふきのとうといった代表的な山菜を取ることが出来た。
剛鬼「まぁ、山奥に行けたらもっと取れるんだけどな」
ここ玄武の沢上流は妖怪の山に入ってすぐの所である。
剛鬼も山奥に割って入りたいのは山々だが、昔一部の山の妖怪達と一悶着あり、それ以来剛鬼は特に警戒される存在となった。ということもあり、山の妖怪のテリトリーに入ると確実に面倒くさい状況になるため、剛鬼は山奥に進まぬようにしている。
剛鬼「...さて、山菜は良いとして、釣りする前にアイツのところに行くか。」
剛鬼は今日一番の目的である、とある人物のもとへ足を運んだ。
剛鬼「おい、いるか?にとり」
にとり「お!盟友じゃないか、久しぶり!」
溶接マスクを上に上げながらこちらに近づいてくる彼女の名は河城にとり、玄武の沢に住む河童の1人で、コテコテのエンジニアな彼女らはここに工房を構え、日夜発明に明け暮れている。
剛鬼「半分妖怪だけどな...。久しぶりだな。...なにやってんだ?」
にとり「最近新しくようせつきってのを手に入れてさ。金属どうしを簡単にくっつけられるんだよ。こいつはその際に目を保護する仮面だね。いやぁこれで更に発明が捗るというものだよっ!」
目をキラキラと輝かせながら興奮するように説明するにとり。その圧に少し押されそうになる。
剛鬼「そ、そうか。まぁなんでもいいが。...ところで今日ここに来た目的はこいつさ」
そう言って背中に背負っていた鉄棍をにとりに見せる。
にとり「ほう、こりゃまた随分とボロになったね。最後に修繕したのはいつだったかな?」
剛鬼「いつもので頼む。報酬は...」
にとり「夏のきゅうり2割増しで」
剛鬼「いいだろう、助かるぜ」
にとり「いいよいいよ、じゃあそいつ重いから向こうの台に置いといてよ。あと...」
にとりは剛鬼の身につけている防具に目を移す。
にとり「その防具もついでに修繕した方がいいと思うんだけど」
にとりに指摘され自身も防具に目を移す。なるほど、金属部分もそうだが、バンドの部分等もよく見ればほつれやちぎれそうになっているのがみられた。
剛鬼「...そうだな、こいつも頼んでいいか?」
にとり「勿論!3割増しな」
剛鬼「...」
今年のきゅうりは多めに栽培しなければならなくなったが、とにかく修繕の件についてはこれで良いだろう。
剛鬼「3日後にまた顔を出そう。それでこいつの代わりになる奴ってねぇか?なにか背負ってねぇと妙に落ち着かねぇもんでね」
にとり「それだったらあそこの廃材置き場に置いてあるやつとかどうかな?」
にとりが指さす方に目をやると少し錆び付いた鉄の棒がいくつか置いてあった。適当に見繕って中でもマシなやつを手に取る。
剛鬼「ま、3日の辛抱だな。こいつ貰ってくぞ」
にとり「おっけー、きゅうり楽しみにしてるからな」
剛鬼「ああ」
そうにとりに挨拶を済ませ、工房を後にした。
剛鬼「さて、始めるか」
再び玄武の沢上流に戻ってきた剛鬼は釣りの準備に取り掛かっていた。
剛鬼「仕掛けはこんなもんか」
準備ができたところで釣れそうなポイントを探す。まだこの季節は水温が低いため、流れの緩やかな淀みの水底に固まっていることが多い。そんな感じのポイントを探していく。
剛鬼「あの辺がいいかもな」
狙いを定めたポイントに静かに仕掛けを投げていく。数回探ってみると早速竿先にアタリの感触を感じる。
慎重に竿を上げ、魚をタモに入れていく。25cm程度のちょうど良いイワナが釣れた。
剛鬼「こりゃ幸先いいな」
思いの他調子が良いことに嬉しく思いつつ、魚を魚籠に入れていく。その後小一時間程釣りを続け、結果4匹のイワナを釣り上げることができた。
剛鬼「この時期にしちゃ上出来じゃねぇか」
結果に満足しつつ、帰路に着く準備をする。
剛鬼「帰ったら天ぷらの準備だな。そういやそろそろキャベツとほうれん草も収穫できそうだし、明日様子を見てみるか。」
そんな感じで考え事をしながら歩いていると、なんの前触れも無くいきなり目の前の空間が、まるでスキマができたかのように避けた。スキマからは数多の眼が覗いている。そして剛鬼はこの気味の悪いスキマが何なのか、また誰の仕業かを知っていた。
そのスキマはみるみる大きくなり、やがてスキマの中から1つの人影がこちらに近づいてきた。
剛鬼「八雲...紫」
八雲紫「ご無沙汰ね、剛鬼」