いつの間にか眠りこけていたらしい。春の陽気にすっかりやられて居眠りとは、我ながら迂闊。
「わん!わん!」
ほら、俺の飼い犬のジョンも「構えオラー!」とばかりに身を乗り出して俺の寝顔をペロペロと舐めている。まったく、とんだ甘えん坊である。やれやれと身を起こし、寝ぼけ眼をこすりながらジョンの方へ振り返る。
「わん!」
そこにいたのは、全く見慣れない犬だった。黒い縞模様が入った、濃いオレンジ色の毛皮に、逆立った白い鬣、白い体毛に覆われた胸元と尻尾……はて、俺のジョンは普通のゴールデンレトリバーだったはずだが?
「……ジョン?」
「わぅ?」
呼べばちゃんと返事が返ってきた。どうやらコイツの名前もジョンらしい。……うーん。
「散歩、行くか」
「わん!」
散歩に誘えば、嬉しそうに尻尾を振ってくれる。悪い気はしないので、普通に首輪にリールをつないで散歩に出た。
外へ出てしばらく。幼馴染の女の子と遭遇した。
「おはよっ!」
「おう、おはよう」
「あっ、ジョン!ジョンもおはよう!」
「わんわん!」
しゃがみこんで撫でてやれば、ジョンはペロペロと幼馴染の顔を舐めた。「くすぐったいよー」なんて言いながら、すっかり戯れる犬と少女。どうやら幼馴染もこの謎の犬をジョンと認識しているらしい。
いや、だから俺のジョンは普通のゴールデンレトリバーなんだが?
「なんか久し振りに見るね、ジョン。元気そうで良かった!」
「……なぁ」
「ん?」
「ジョン、ちょっとイメチェンしてみたんだが……どうだ?」
つい、と幼馴染に問うてみる。すると、幼馴染はキョトン、とした顔で俺を見上げた。
「どうって……別に、いつものジョンだけど?」
「……そっかぁ、気づかないかー」
「えー?どこが変わったの?教えて!」
「教えん」
「ケチー」
散歩中なんだよ、と言い残して幼馴染とはそのまま別れた。それから道行く近所の人に会うたびに、誰も彼もがジョン、と呼んで犬を可愛がる。どうやら共通の認識のようだ。
俺のジョンはゴールデンレトリバー……の、はずなんだがなぁ。
結局。俺のジョンを知っている人は例外なくこの犬をジョンと呼んだ。家に帰ると「腹減った」と飯を強請るので、そのまま食事にしてやった。
「……なあ、ジョン」
「くぅ?」
「……楽しかったか?」
「わんわん!」
「そっか」
うん、ジョンが嬉しそうにしているならそれでいいか。久しぶりにあちこち歩き回ったからか、かなり疲れた。
「うーん……」
それにしても……どうしてみんな、この犬がジョンに見えたのだろうか。どう見てもゴールデンレトリバーじゃないのに、みんながジョンと呼ぶから俺がおかしいのか、と思い始めた。だが、よくよく考えれば"ゴールデンレトリバーではない"ことを除けば、俺も"この犬の名前はジョン"だということを受け入れている。
"ゴールデンレトリバーじゃないからジョンじゃない"のではなく。
"ゴールデンレトリバーじゃないけどジョンだ"と認識している。
「うーん……」
考える。考える。だが、考えても考えても思考がまとまらない。なんだか、変な汗もかいてきた気がする。そもそもの始まりはなんだったのか……ああ、そうだ。
俺のジョンはゴールデンレトリバーじゃなかったか?
いつの間にか眠りこけていたらしい。春の陽気にすっかりやられて居眠りとは、我ながら迂闊。
まったく、我ながらとんだ寝ぼすけである。やれやれと身を起こし、寝ぼけ眼をこすろうとして――手に持っていたNintendo3DSが顔面を強打した。
「あだっ」
間抜けな声を上げつつ、本体に支障がないかを確認する。うん、何も問題はなさそうだ。
画面の向こうにいる黒い縞模様が入った、濃いオレンジ色の毛皮に、逆立った白い鬣、白い体毛に覆われた胸元と尻尾を持つ犬が、真っ先に目に飛び込んだ。
「……あー」
犬とバッチリ目を合わせてから、俺は3DSを水平に持ち上げる。ゲーム画面と、その向こうに見えるゴールデンレトリバーの写真が収められた遺影に声をかけた。
「散歩、行くか」
『わん!』
示し合わせたように……ジョンと名付けたガーディが鳴いた。
なぜかこんな話が降りてきた……久しぶりに自分で自分がわからない。