【本編完結】BETA転生   作:鈴木颯手

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第五十二話「日常」

 夕呼の手引きによって武はこの世界における戸籍などの身分を手に入れる事が出来た。バックストーリーとしては親にこの年まで大切に育てられてきたが昨今の情勢を受けて軍に志願したというものであり、それに向けた準備も行ってきたという事になっている。

 

-前の世界と同じ207衛士訓練小隊への編入とセキュリティパスの発行はしておいたわ。でもあなたを信用したわけではないわ。あたしがいくら信用できてもあなたが突拍子もないことも事実。暫くは監視されるけどむしろそれを活かして信頼を勝ち取りなさい。でなければあなたは何かを変える前に独房か棺桶のどちらかに入れられるわよ。

 

 そんな脅しともとれる言葉と共に受け取った身分を基に武の新しい日常は始まった。とはいえこの世界においても武の周りの面々に変化はない。強いていうのであればあまりかかわりのない整備兵や衛兵が初めて見る者が多い程度だ。元の世界ではともに青春を謳歌し、前の世界ではともに訓練を行い最後までBETAと戦い続けた戦友たちはこの世界でも健在だった。

 

「白銀さん本当にすごいね!」

「まぁ、ここに来るまでにいろいろと経験したからな」

 

 そんな戦友の一人である珠瀬壬姫の純粋な称賛を受けて武は曖昧に返答しつつ称賛を受け取った。前の世界で蓄積された身体能力と兵士としての技能、技術、知識は持ち込めたようで武はそれらを駆使して訓練を効率的にこなしている。それは教官を担当している神宮司まりもから見ても称賛できる水準であり、周囲が見る彼は好印象に映っていた。

 

「だけどこれでもまだまだ足りない。早く衛士にならないと……」

「だけど焦ってはだめよ。そういう時に限って重要な場面で大きく躓くものだから」

「……それもそうだな。ありがとう委員長」

「だから委員長じゃなくて分隊長!」

 

 どこか焦りを見せた武に落ち着くように伝えた榊千鶴だが武の委員長発言に頭を押さえている。武にとっては元の世界の名残でしかないのだがそれを知らない者からすれば何故委員長? という疑問と同時に彼女の性格や容姿から納得を見せる事になり、それが余計に千鶴の頭痛を引き起こしていた。

 

「白銀の気持ちも分からなくはない。10年前のあの日からBETAの動きは活発になっている。少しでも訓練を早く終わらせて戦いたいという気持ちは理解できる」

 

 そんな武に同調したのは愛国心が強い御剣冥夜である。武の言葉はまさに自分と同じ思いだと思ったのだろう。特に10年前から始まったBETAによる無差別侵攻時には彼女も物心つく年であったためにBETAの動きをリアルタイムで見せつけられていた。そしてそれはこの場にいる誰もが見た光景であり、絶対に世界を救うと覚悟を持たせる要因となっていた。

 しかし、それでもこの世界の情勢は悪すぎた。ハワイを失い、東南アジアオセアニアを喪失した現状では日本は孤立気味になっている。シベリアが完全に落ちた際には完全に孤立してしまう程日本の周囲はBETAの勢力圏となっているのだ。前の世界では国土を失いつつも莫大な人口で勢力を維持していた中国は既になく、人類に非協力的な中華帝国がアメリカの力を削ぐ形で存在している。アメリカも反米感情を高める行動をしている点は同じだがカナダへのBETA上陸と中華帝国の一件から他国に援助をする余裕は残っていない。

 欧州連合は国土こそ維持しているがアルパイン線の突破によるフランス国内の蹂躙にベネルクス三国方面も突破された事でフランスが陥落するのも時間の問題となっている。10年近くに渡り防衛を続けているストックホルムではコペンハーゲンの陥落によって南からスウェーデンになだれ込んできているBETA群に包囲されつつある。脱出路は既になく、残った軍人、市民らは最後の一人になるまで抗い続ける事を宣言して以降通信を遮断している。シチリア島ではイタリア軍が全滅する形で陥落し、イタリアという国は大半の人口と共に亡命政府すら機能できない程の損害を受けている。

 そもそも、マジノ線で防衛を続けた欧州連合軍は人的消耗が前の世界の比ではなく、半分以下の数にまで減っている。フランス国内のBETAを掃討できていない理由の最大の原因がこれであった。

 唯一中東の聖戦連合軍がイラン、イラク、シリアを失うだけの損害で以て防衛に成功しているがそれもトルコ軍やアフリカ諸国の援助があってこそ成り立っているまでに厳しい状況に追い詰められている。南米ですら中東よりはマシ程度であり、人類は継戦能力が大幅に低くなっていたのだ。

 

-はっきり言って人類が今の調子で戦えるのは後数年が限界よ。物資も人口も加速度的に消耗しているからそのうち土地は残っても人がいないっていう状況になってしまうかもしれないわ。

 

 それでもまだ人類が一致団結できていれば希望はあったかもしれない。それも出来ない以上夕呼は一か八かの賭けに近い計画を練り上げていた。

 

-はっきり言って今さらな気がするけどこれ以外に出来る事がないのよね。幸いな事に()()()()()()()()()()()()()()()。後は実行時までにいかにそれを維持していられるかよ。

 

 夕呼の計画がどんなものなのかを武は聞かされていない。聞かされるだけの信頼を得ていないという事と秘匿性を重要視した結果であり、武はそれ以上は聞くことはなかった。

 

「(今の俺に出来る事。それを一歩ずつ確実にこなして人類を救って見せる……!)よし! もう少し自主練をしてみるか!」

「えー!? あんなに走ったのにまだ走るの!?」

「自主練もいいが訓練に支障がないようにな」

 

 

 

 

 

 

 

「……あ! お兄ちゃん、また蹴ったよ。今回の赤ちゃんはとっても元気だね!」

「……ああ」

 

 カシュガルハイヴの中層に設置されたホールの一つ。人間が住めるように環境が整えられたいくつかのそれの一つにリィズ・ホーエンシュタインは最愛の兄テオドールと共に暮らしていた。正確には二人の愛の証である子供たちと一緒に、だ。

 リィズは少し大きめのログハウスのウッドデッキでロッキングチェアに座っていたがお腹の中の子供が腹を蹴った事で隣に座っているテオドールの手をお腹にあてながら嬉しそうに言うが対するテオドールの反応は簡素だった。しかし、それもテオドールの生気のない顔を見ればむしろ反応を示しただけでも奇跡と呼べるかもしれない。それだけ今のテオドールは異常と言えた。

 

「ふふ、これで1()0()()()だね。この体は本当にすごいわね」

「……ああ」

 

 リィズは汚れ切った体を捨てて綺麗な体に替えてからというもの簡単に妊娠するようになっていた。それだけ二人が毎晩のように愛し合っているからでもあるがそれ以上にそう言う体になっているというのが理由だった。

 生まれた子供たちはBETAに逆らわないように改造を赤子の時より受けている。リィズとしてもテオドールが最優先である為に拒むことはなく差し出していたために二人の子供はBETAの都合のいい駒として教育を受けていた。

 長男から4男と次女、三女は量産型戦術機級のコアとして適正が高く、それに見合った改造を施されている。残りも指揮官としての能力や潜入などが得意という事でそれぞれに見合った教育を徹底的に行われている。この10人目の子供も生まれればすぐにBETAの改造を受けて育つことになるだろう。

 

「ふふ、この子が生まれたら前で楽しもうね! ずっと後ろばかりじゃ飽きちゃうでしょ?」

「……ああ」

 

 そう言って笑うリィズはどこか狂っているようにも見える。だが、こんな状況で狂っていない者などいないだろう。リィズはテオドールの手を両手で優しく包み込むとどこか光の宿っていない目で笑みを浮かべ、テオドールを見るのだった。

 




次話は2022/12/16 23:14投稿予定です。

夕呼先生の処遇

  • 人類と運命を共に
  • 繁殖場に
  • 脳くちゅ
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