12月5日。本来であれば帝国軍によるクーデターが発生するこの日に、日本帝国はこれまでにない危機に直面していた。
佐渡島ハイヴから10万近いBETAが新潟に上陸。更には樺太から5万のBETA群が北海道に、ハワイかららしき3万が宮城に上陸した。三方向からの同時侵攻に帝国軍、在日国連軍はそれらの対応に追われることとなった。
とはいえ横浜基地においてそのあわただしさは感じられない。オルタネイティブ4の本拠地であるここの部隊を動かすべきではないという事とそもそもいまだに訓練兵ばかりである事、ここの戦力まで投入した後に南から侵攻されたときに即座に対応できる兵がない事などから待機命令が出されていたのだ。
「全く。BETAは何を考えているのやら」
夕呼はこれまでとは違うBETAの動きに怪訝な表情をした。そもそも日本がいまだに無事なのはここの国民5000万を確実に手に入れるためだと予測していた。実際、その予測通りの行動を起こしており、それゆえにBETAの動きを多少なりとも読むことが出来たが今回の侵攻はそれまでの動きを全否定するような無差別な侵攻だ。
「……BETAは何か行動を変更せざるを得ない状況に追い込まれたとか?」
他の戦線に動きはなく、BETAがこれまでとは違う動きを見せているところはない。日本でのみ不自然な行動が起きているのだ。そうである以上何かがあったと考えるのが自然であろう。
「……まさかオルタネイティブ4の本当の計画がバレた? それとも5000万の国民を全員捕らえる必要がなくなった? でもそれだと他で動きがない事の理由にならないしわざわざ三方向というのも……」
そこまで考えた時、夕呼は南からBETAが来ない理由に思い至った。日本の南には何があるか? 帝都東京と横浜基地だ。日本内部における最重要と言える場所はそのくらいであるがそれらが関係しているように思えてならなかった。
「帝都? いえ、今更すぎるわ。……なら、BETAは……!」
『副司令! 東京湾にBETA出現! 数は
「っ! やはり狙いはここなのね。急いで伊隅達を出しなさい! 帝国軍にも応援要請。無理だとは思うけど一応ね」
『り、了解!』
日本と在日国連軍の主力は北に向かってしまっている。一番近い新潟は一番の激戦区であり戦力を引き抜くことは難しい。他の戦線はそもそも遠すぎて到着するころには戦闘が終わっている可能性すらあった。つまり、横浜基地内の兵力で対応するしかない状況となっていたのだ。
「(だけどA-01部隊以外はほぼ北に向かってしまっている。それ以外だと白銀達訓練兵くらいしかいない。……せめて平時の半分でも戦力があれば……!)」
あまりにも間の悪い、明らかにこうなるように動いていたBETAに踊らされた形となった夕呼は歯噛みしつつ現状の打破を考えるがどう考えても詰んでいるとしか言いようがなかった。対応できる戦力はごくわずか。それに対してBETAは平時の横浜基地の戦力全てを投入して対応できるような大規模な群れ。その様10mの津波を2m程度のテトラポット一つで防ごうとしている並みに厳しい、いや不可能な出来事だった。
「仕方ないわ。どちらにしろここは放棄出来ない。すればオルタネイティブ4は失敗に終わる」
00ユニットの維持のためには横浜基地の下、横浜ハイヴの反応炉からのエネルギーを必要としている。人類が攻略出来たハイヴがここしかない以上ここ以外に移設する場所は存在しないのだ。
『BETA群第一波到着まで残り20分です!』
「早いわね。いえ、この場合は見つけるのが遅すぎたというべきね。部隊はいつ出撃できるの?」
『それが……。最短でも25分後です』
「……そう」
横浜基地に漂っていた戦場離れした空気。それを改善しようと夕呼は計画を立てていたが結果的に改善される前にBETAの侵攻を許してしまった。今まさに最悪の結果として迎えようとしていた。
「わかったわ。ピアティフ中尉、横浜基地の全職員に武装させなさい。出撃よりBETA到着の方が早い以上基地内での戦闘になるわ」
『了解しました!』
ピアティフとの通信を切った夕呼は自分の仕事を全うするべく自室を後にする。既に基地内は警報が鳴り響き、職員たちが慌ただしく動き出している。
夕呼はこの中の何人が生き残れるのだろうかと考える。まともな部隊が残っていない以上最悪の場合、全滅の可能性もあり得ていた。
「幸いと言えばいいのか斯衛軍の一部がここに留まっているのが救いね。でもおそらく……」
武より聞いたBETAの切り札。人類の戦術機を模したであろう漆黒の機体は聞いた限りでもBETAの技術が転用されている事は事実と言えた。そうである以上この機に乗じて彼らがやってくる可能性は高い。
「……駄目ね。考えれば考える程抗いようがないとしか言いようがなくなってくるわね」
夕呼はそう呟きながら何処か諦めたような表情をする。どんなに打開策を考えようともBETAの物量と横浜基地の現状、そして投入される可能性の高い漆黒の戦術機がそれを無意味な策になり下げてくる。夕呼はこれまでの人生の中で初めて、諦めを抱くのだった。
「現在BETA群約3万が東京湾を北上している。最終到達地点はここ、横浜基地と推定されている」
ブリーフィングルームに集められた207B小隊の面々は教官である神宮司まりもの言葉に少なからず驚愕した。既に日本中にBETAが上陸してきている事は知っているがまさかここにまでやってくるとは思っていなかったのだ。
「本来であれば貴様ら訓練兵は基地内で待機、のはずだが今この基地にはA-01部隊と斯衛軍以外に衛士は存在しない。よって貴様たちも前線に出て戦ってもらう事になった。幸い貴様たちは戦術機の教習を終えている。戦力にならずとも足手まといにはならないはずだ」
実際、本来あった世界ではカシュガルのオリジナルハイヴを攻略する彼女たちも今はただの訓練兵に過ぎない。エース級どころか一般衛士並みの動きを期待する方が酷だろう。しかし、現在の状況ではそうでなければ生き残れる状況ではないのも事実だった。
「お前たちはすぐに着替えて戦術機に搭乗せよ。搭乗後は武装してそのまま待機。敵の速度からここ横浜基地内での戦闘となるだろう」
「質問よろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「白銀は、どうするのでしょうか?」
「……」
武はあれからもほとんど部屋から出てきていない。それにも関わらず衛士としての腕前はエース級の実力を持っている。彼がいればこの状況もマシになるだろう。戦える状況であれば。
「白銀については私が責任をもって対応する。お前たちはただ目の前の敵に集中せよ」
「……了解しました」
「他に質問はあるか? ないのならすぐに行動せよ! こうしている間にも敵は刻一刻と迫ってきているぞ!」
「「「「「了解!」」」」」
まりもの言葉を受けて207B小隊の面々は部屋を後にする。一人残されたまりもはその足で武がいる部屋に向かう。
「白銀、入るぞ」
部屋についたまりもがそう声をかけるが中から反応はない。しかし、それを無視してまりもは中に入る。中では前と変わらない様子の武が俯いていた。
「まりもちゃん……」
「白銀、BETAがこの横浜基地に侵攻してきた。現在基地内のすべての人間が迎撃の準備を行っている」
「……だから、俺にもそれに参加しろって事ですか?」
武とて今ここで俯いている場合ではないことは理解できた。しかし、諦めにも似た感情がその動きを阻害する。どうせやっても変わらない。そんな感情が武から行動する意欲を奪っていた。
「……いや、お前は動く必要はない」
「え?」
「どちらにしろこの横浜基地の戦力だけで防ぎきることなどできないのだ。ゆえに本来なら基地の放棄をした方がいい。だけどそれをしない。おそらくお前が言っていた00ユニットが関係しているのだろう。だからこそ動くことが出来ない。オルタネイティブ4は失敗に終わるだろう」
「それは……」
「そしてその場合、お前は死ぬことでまた10月22日に戻る事が出来る。つまりこの世界を見捨てる覚悟さえ出来れば情報収集に徹して次に活かせるかもしれないという事だ」
ループものの強みはそこにある。一回の人生では知りえない情報を複数回経験する事で知る事が出来る。
「だからこそ、
「ま、りもちゃん?」
どこか様子がおかしいまりもの様子に気付いた武が顔をあげるがまりもはそんな武を押し倒し、覆いかぶさった。
「安心しろ、白銀武。これからお前が見るのはかつての世界すら霞んで見える極上の夢だ。二度と終わらないとさえ思える時間をくれてやろう。それが私が、いや俺が前に進むために必要な事なんだよ」
「お前、まさか……!」
「普段、俺は人類に声をかける時に言っていた言葉があるが今回は違う。あえてこの言葉をお前にプレゼントしてやろう」
そう言うまりもの顔が変わっていく。粘土を超えるかのように変貌する顔はまるで化け物のような、それこそBETAと言える顔になった。武は気付けば目を見開き涙を流していた。
「
BETA群が横浜基地に到着する数分前、神宮司まりもは白銀武と共に姿を消した。
次話は2022/12/26 23:38投稿予定です。
夕呼先生の処遇
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人類と運命を共に
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繁殖場に
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脳くちゅ