伊丹耀司は今の状況を見て最悪という言葉以外に相応しい言葉はないと感じている。
自分が留守にしている間に止められない程事態は進んでおり、4月前には日本政府は事実上門を破壊する事が出来なくなっていた。もし破壊した場合、世界各国から非難を受けて国際的に孤立する可能性が高かった。
その一方でBETAの動きは順調すぎた。BETAは約束を守るつもりらしくクーデターが成功したゾルザル派を帝都ごと踏みつぶすとデュマ山脈を避けて北上。ベルナーゴ以北に侵攻を開始した。偵察によりBETAは大陸西部にまで進出しており今年中にはこの世界の大半が制圧されると予測されていた。
「どうすんだよこれ……。もうどうしようもないじゃん」
BETAは亜神をさらに三体程確保しており、本格的に侵攻に関する遠慮がなくなり始めていた。ロゥリィの話で伊丹はこの世界の神々が焦りを見せ、元凶と言えるハーディに何とかするように詰め寄っていると聞いていた。
-ハーディが門の技術を持っている以上それを渡せば満足してくれるでしょうけどそうなればこの世界に対する興味は本格的になくなるんじゃないかしら?
ロゥリィはそう言った懸念を示しており、ハーディの交渉次第では行く末が大きく変わると思っていた。それは伊丹とて同じだが問題は自分達である。門をこのまま繋げておくわけにはいかない。なんとしても閉じなければBETAが日本にまで到達してしまう。
BETAがこのまま約束を守るとは思えなかった。むしろ彼にとっては門の技術を得るまでの時間稼ぎとさえ思えてくる。何しろあ号標的がアメリカを始めとした各国に提供した戦術機やパイロットスーツの情報だがマブラヴではBETA相手に簡単に破壊される代物だったのだ。今更脅威になるとは思えなかった。
「狭間陸将もいなくなっちまったし……」
自衛隊が独断で門を閉じる事を防ぐためだろう。特地派遣部隊のトップであった狭間陸将はその任を解かれ日本に戻ってしまっており、代わりとして立川陸将がトップについていた。他にも幹部はほぼ全員が交代され、特地を詳しく知っていると判断された柳田のみが留まる事に成功していた。
そして今回やってきた者たちは政府の息がかかった者たちであり所謂撤退に反対的な意見を持っていた。これで特地派遣部隊は組織的に行動して門を破壊し、撤退するという動きが出来なくなった。それどころか場合によっては撤退すらできなくなり、BETAが目の前にやってくるまで留まざるを得ない状況になるかもしれない。
「……何とかしてレレイたちを助けられないだろうか……」
BETAが大地を平坦にして草木一本生えていない死の大地にしている以上いずれこの世界の大気は薄くなり人間が生きていくには過酷な世界となるだろう。それにBETAに侵攻されればアルヌス周辺は真っ先に蹂躙される。伊丹は三人娘がBETAに蹂躙される光景を想像して身震いする。その光景は近い将来必ず起こるものだと確信しておりそれを避ける事はもう出来ないと。ならばその状況になった際に少しでもいい方向に進めるようにするべきだと。
「はぁ……。俺は遊んで寝てその間に人生を過ごしたいだけなんだけどなぁ……」
このままではそれすら出来なくなると伊丹はため息を吐きながら早速準備に取り掛かるのだった。
ベルナーゴ。それはハーディのおひざ元であり、この世界においては聖地と呼べる場所だ。ハーディを祀る神殿を中心に都市が形成されており、冥府の神という事もあり鉱物資源のお土産を売っている店が多い。
だが、BETAによる侵攻後は各地から逃げてきた難民たちが押し寄せておりかつてのような明るい賑やかさはない。あるのは絶望とそれでも生に縋りつく醜い人間の姿だけだ。
そんな負の感情を背負った難民たちを無視して俺は進んでいる。俺の周りはモーゼのように道が作られているがこれは俺の後ろに控える戦車級と闘士級が原因だろう。発狂して逃げだす者もいるがそれは少数。残りは逃げる気力さえ残っていないと言った状況だろう。
「全く。俺たちの世界の人間は最後の最後まで抗っていたぞ。まぁ、そんな抵抗すらまともに出来ないように手を回したがな」
俺はそう言って吐き捨てる。ベルナーゴ北部の郊外には無数のBETAが半円形上にとり囲んでおり
……そう。そうだ。ようやくハーディは俺と交渉する気が起きたようだ。神としてのプライドを捨てて他の神の亜神経由で「どうか交渉させてください」と言われてしまってはやらないわけにはいかないだろう。準備を整え、どんな罠が来てもいいように警戒は怠らない。たとえ周囲の難民が襲い掛かってきたとしても対応できる手立てはある。
「あ号標的殿ですね。ハーディ様が中でお待ちです」
白ゴスの女性の案内の元神殿内に足を踏み入れる。俺は戦車級一体と闘士級二匹のみを連れて中に入る。今回はアイリスディーナ達は連れてきていない。彼女たちにはアルヌスの門の先の世界との交流を行ってもらっている。見目麗しい彼女たちにはうってつけと言えるだろう。たとえ肉体が汚れても新しい肉体は何百と用意している。好きなだけ乱れるのも良しとしている。
「……あれがそうか……」
地下に通ずる階段を降りていくとそこにはすでに降臨したらしい半透明の女性がいた。本来はハーディが降臨する前に到着し、自分達なりの最上の礼で迎えるのが普通だがそれをしていない様子からも今どちらが有利な立場にいるのか明白と言える。まぁ、ハーディの顔が不満げな表情をしているから納得はしていないのだろうがな。
「始めましてというべきだな。俺に名前はないからあ号標的とでも呼んでくれ」
【……】
「ハーディ。残念な事にここには亜神がいない。そうなると俺はお前の言葉を聞くことは出来ない。だからこそお前はこの体に入ってくれ」
そう言って戦車級に乗せていた女性の体を差し出す。ハーディは凛々しい成人女性と聞いていたのでアイリスディーナの2Pキャラをイメージして作った肉人形だ。ハーディは人間の体に憑依する事で言葉を聞けるようになると言っていたからな。神が憑依しても問題ないくらいの頑丈さは備えている。
……だから安心して憑依してくださいよ。今、
【っ!?】
俺らの世界にも心を読み取る能力は存在しているんですよ。まぁ、調べた情報の中に遭っただけですけどね。どうです? お得意の心を読んで相手の本音を読み取ろうとする何時もの手が使えないのは。あんたは俺の心を読んでこれがすべて真実だと信じるしかない。出ないと交渉は出来ないですからね。
【……】
そこまで言ってようやく肉人形に憑依する気になったか。ゆっくりと肉体に入っていき、小さな光を生み出したのちに肉人形はゆっくりと上半身を起きあげた。ああ、
「では改めて自己紹介を。俺はあ号標的。お前たちの世界を侵略するBETAを率いる者だ」
「冥府の神ハーディよ。悪いけどあなたには門の向こうに帰ってもらうわ」
お互いに用意された椅子に座りテーブルをはさんで向かい会う。こうして理解できる言語を話すことが出来るようになって初めて交渉が始まる。そして、それに気を取られている間にハーディは体に起こる変化に気付くことが出来るのだろうか……。気づけなかったとき、それは冥府の神の死を意味する事になるだろう。
ああ、交渉もその後の動きもすべてが楽しみだ。精々面白い顔を見せてくれよハーディ?
あ号君の名前に関して
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名前なんていらねぇ!
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呼びづらいからさっさとつけろや!
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てめぇに任せられねぇ!変わりにつけてやる
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あ号君が本名でしょ?何言ってるの?