「ギャハハ!おいガキ!オメーがBランクの冒険者になれるわけねぇだろ!」   作:へぶん99

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015:誰ですかその女!

 

「いてて……まさか2日経っても傷が治らねぇとは。あのデュラハンめ、もっと痛めつけて殺してやるんだったぜ」

 

 激動の緊急クエストから2日が経過して。俺は中々回復しない傷を庇いながら、自宅で読書をしながら過ごしていた。

 ピピン曰く、闇属性魔法には対象を衰弱させる効果の魔法があるらしい。デュラハンが俺をリンチにする時使っていたのはその類の闇属性魔法で、よっぽど俺を苦しめたかったんだなぁと今更考えてしまう。

 

 覇和奮(パワフル)大連合の4人は、俺の傷に効く薬草を取りにクエストへ出かけていた。ある程度傷が治るまで面倒を見てくれるらしい。緊急クエストのためにいきなり呼び付けたというのに……本当に助かるぜ。

 彼らは「魔王軍幹部を倒したって街のあちこちで褒められて鼻高々ですよ」とエクシアの街に滞在したがっているので、まぁ本人達が良いならそれで構わないのだが……。

 

 彼らの言うように、エクシアの街は魔王軍幹部を倒したことでお祭り騒ぎだった。あれから2日経ったというのに、街のあちこちでは宴会が開かれどんちゃん騒ぎ。エクシアの街どころか国全体、或いは世界中に噂が広がっているようにも思える。

 俺がダウンしてる間に感謝状が送られてきたり、国王自ら感謝したいということで王都召集の命が下ったり……たった1日で起こった出来事のくせに、大事になりすぎだよな。

 

 デュラハンを倒した覇和奮(パワフル)大連合の4人は、Aランク冒険者昇格にグッと近づいただろう。Aランク以上の冒険者になるためには幾つかの功績を上げなきゃならんのだが、魔王軍幹部討伐以上の功績は無い。

 もちろんAランク昇格のためにはそれ相応の試験をパスする必要があるし、技能検査もある。即座に昇格ってわけじゃないのは歯痒いけど仕方ないわな。

 

 俺に関しても何らかの特別報酬が出るんだろうけど、Sランク昇格みたいな話は有り得ねぇだろう。一級相当の魔法能力、実績、勤続年数、資格、試験――どれを取っても一応Sランクの基準に達してはいるのだが、それはあくまで()()()()

 Sランク冒険者ってのは人間やめてるバケモンしかいねぇんで、俺がなれるわけないのよ。俺はせこい冒険者ってだけで、規格外のバケモンには該当しない。背伸びしてギリギリAランク程度の人間なのさ。

 

 あと、昇格うんぬんのことは置いといて、王都に行ったら昔のパーティメンバーに会えるかもしれない。アイツらどうしてるかな。昔のまんまなのかな、それともめちゃくちゃ変わってるのかな。

 王様と謁見するより、そちらの方が何倍も楽しみである。

 

「ノクトさん、お昼ご飯ができましたよ〜」

「おぉ……カミナか。ありがとな」

 

 様々なことに思いを馳せていると、キッチンからエプロン姿のカミナが料理を持ってくる。俺ん家に住むことになったコイツには家事を覚えさせており、特に料理の飲み込みが驚異的なスピードだった。

 家事を覚えていく過程で俺の呼び方が「ノクティスさん」から「ノクトさん」になっていたが、彼女なりに距離を縮めようとしているのだろう。そういうの嫌いじゃないぜ。

 

「私が冷ましましょうか?」

「自分で食う」

「え〜」

「いただきます。……お、これめちゃくちゃ美味いぜ」

「うふふ、お粗末さまです」

 

 俺が感謝すると、カミナの髪の毛がざわざわと揺れる。最近分かったのだが、コイツは感情が髪の毛に出やすいらしい。嬉しい時は特に、蛇の髪がめちゃくちゃ揺れるのだ。

 見てるといちいち面白い。何年も独りで暮らしてきたんだから、そういう所の制御ができないのかもしれない。カミナの作ってくれたスープを嗜みつつ、俺は彼女にじっと視線を向けてみた。

 

 透き通ったアメジストの瞳。病人みたいに白い肌。わしゃわしゃ動き回る蛇の髪。顔は整っていて、所謂美人顔。髪の毛以外は人間まんまなのだが……彼女を他の冒険者に見られたら、亜人ないしモンスター認定は免れないだろう。

 どこからが亜人でどこからがモンスターなんだ……という込み入った問題はあるが、いずれにしても蛇頭は隠さないとまずいと思う。カミナの振る舞い方を考えておかないとなぁ。それはそれとして飯が美味い。

 

「うんうん、本当に美味ぇ。ひょっとすると、カミナは将来料理人になれるかもな」

「えっ」

「何だよ。そんなに変なことか?」

「い、いえ……。えへへ、何だか嬉しいですっ」

 

 カミナの料理、俺の好きな味だぜ。冒険者を引退したら、コイツと一緒に飯屋を営むのも悪かねぇ未来かもしれん。大連合の4人を呼んだりしたら、きっと賑やかになるぜ。

 

「ご馳走様。さっさと身体を治してぇし、一旦昼寝するわ……」

 

 全身に巻いた包帯を少しだけ緩めながら、一直線に向かった寝室のベッドに倒れ込む。

 あ〜……照明消すの忘れたわ。今更スイッチ押しに行くのめんどくせぇ。でも消さねぇと寝つきが悪くなって後悔することになりそうだ……。

 

 ガチ寝しようとベッドに倒れたのに、再び身体を起こさないといけないのは精神的にかなり辛い。

 モヒカンを掻きながら立ち上がろうとすると、いつの間にか寝室に来ていたカミナが俺の身体をベッドに押し戻した。

 

「ノクトさん、私が明かりを消しておきますよ」

「ギャハ……ありがとう」

 

 おぉ、気の利く野郎だぜ。

 

「…………」

「…………」

 

 …………。

 おい、何で照明消した後にベッドの横に腰掛けてくるんだよ。俺の顔をじっと見るな。寝にくい。

 

「……カミナ、何の用だよ」

「あ、いえ。特に理由はないんですけど」

「テメーに見られてると寝れねぇじゃねぇか。あっちいけ、しっしっ」

「え、ヤです」

「は?」

「一緒に寝ても良いですか?」

「テメー距離の縮め方おかしいぞ。一旦落ち着けや」

 

 古塔の生活がどんだけ寂しかったんだコイツ。モヒカンに抱きついてくるカミナを引き剥がそうとしたが、何年も地下室で孤独に暮らしてきた彼女のことを思うと……どうにも無下に扱うことができなかった。

 まぁ、近所のガキを相手にするようなもんだ。実際は何歳か知らねぇけど、好きにさせときゃそのうち勝手に寝るだろ。

 

「ノクトさんのモヒカンすご〜い」

「……なぁ。隣で寝るのはこの際許すけどよぉ、テメーの蛇に噛まれそうで怖いんだが……」

「確かにそうですね……紐で縛っておきましょう」

 

 言いながら、カミナが長い蛇の髪を後ろでひとまとめに括り上げた。蛇達がギャッと悲鳴をあげているような気がしたが、細かいことを気にしすぎると疲れるので無視する。

 俺が溜め息を吐くと同時、流れる沈黙。カミナは一心不乱に俺の胸板とモヒカンを交互に揉みまくっている。そんなに気になるのだろうか。手つきが妙にいやらしくって、何かヤだ。

 つーか、怪我人を寝かせてくれねぇとか、普通にコイツ鬼畜じゃねぇか。ふざけんなよ。出会った当初からポンコツで変な奴だなとは思ってたけど、同棲始めてからいよいよ化けの皮が剥がれてきたな。古塔に置いて来れば良かったかしら。

 

「…………」

「…………」

 

 ……コイツ、本当に何を喋るでもなく胸とモヒカン揉みしだくだけなのかよ。

 ふざけやがって。普通に雑談してコミュニケーション取るのかと思ってたわ。仕方ねぇな、俺が話の種を撒いてやるか。

 

「……なぁカミナ。俺すげぇ気になってるんだけどよ。どれくらいの期間あの古塔で暮らしてたんだ」

「さ、さぁ……秘密です」

「つーかカミナって何歳なんだ?」

 

 その質問をした途端、モヒカンの毛並みを吸っていたカミナの呼吸が止まる。

 女に年齢聞くのは失礼って言われてるけど、流石にこの場合は気になりすぎるから許して欲しい。そもそも俺の身体を好き勝手に触りまくってるのが失礼だから良いだろ。

 

「もしかしてテメー、敬語使ってるけど俺より歳上なんじゃねぇの」

「…………」

「図星かよその反応。じゃあ当ててやろうか、カミナの歳」

「や……やめてください。恥ずかしいです」

「50歳」

「ちょっと」

「うお」

「いきなり随分と失礼ですね。嘘でも最初は若い数字で答えてくださいよ」

 

 結構マジトーンで言われたけどさ、普通メドゥーサの寿命とか知らねぇんだわ。

 カミナの見た目は人間の20歳より若く見える程度。エルフで言ったら100〜200歳くらいの見た目か。でも、カミナが何歳かは本当に当てずっぽうになるな。

 

「じゃあ10歳」

「ふざけないでください。もっとお姉さんですっ」

「何なんだテメーは……」

「ノクトさんはデリカシーがないですよ」

「それは否定しねぇけど……じゃあ実際のところ何歳なんだよ」

「……答えたら、ノクトさんの年齢も言ってくれます?」

「えっ」

「えっ、じゃないですよ。私も言うんだから当然じゃないですか」

「……俺、年齢言ったら絶対ビックリされるというか。全然見えないですぅ〜もっと行ってるかと思った〜みたいな反応されて、結構ヤなんだよ」

 

 そういえば、俺は自分の年齢を答えるのが嫌いだ。

 自分が蒔いた種ではあるんだが、みんながみんなカミナに言った通りの反応をするもんだから……ちょっとな。

 

「私だって人に打ち明けるのは初めてですし、ヤです」

「奇遇だな。じゃあやめとくか」

「それも嫌です! ノクトさんの年齢は知りたいので!」

「……じゃ、俺が先に当てるわ。……30歳」

「…………」

 

 僅かに首を横に振るカミナ。10歳でも30歳でも50歳でもないときた。

 

「じゃあ100歳」

「さすがにそこまでは行ってませんよ!」

 

 お、手応えアリ。カミナって思ったより年増ババアなんだな。

 

「99歳?」

「……刻まないでください」

 

 これ以上おちょくるのはやめておこう。俺もされると嫌だし。

 

「90歳」

「……ええ、まぁ……はい。90歳と4ヶ月です」

「へぇ〜! 全然見えなぁい! もっと行ってるかと思った!」

「ねえ! ぶん殴りますよ!」

「冗談だって。まぁエルフみてぇな長生き種族もいるしな、年齢なんて特に気にすることはないだろ」

 

 ババアと口に出したら石にされてしまうので、適当にフォローして寝返りを打つ。

 そんな感じで俺が丁度いい落とし所を作ってあげたのに、カミナは俺に食ってかかってくる。コイツ、怪我人に対する罪悪感とかは無いんだろうな。

 

「ねえ。ノクトさんは何歳なんですか。30歳くらいですか?」

「もっと若ぇよ」

「15歳?」

「それは若すぎ。ヒントは20代前半だ」

「……!? その風格で20代前半……!? ジジイじゃなくてお兄さん……!? 冗談は顔とモヒカンだけにしてくださいよ!」

「んだと年増ババア! テメーいい加減寝かせろや!」

「とっ年増ババ……!? ノクトさんっ! それはもうライン超えてます! 石にしちゃいますよ! 死の宣告です! 死ね!」

「いいから寝かせろっつってんだろ! まだ全身痛ぇんだから!」

「私が添い寝してあげるって言ってるでしょ!」

「その結果こうなってんだろ!」

「いたたたたた!」

「イテテテテテ!」

 

 互いに頬を抓り合ってギャーギャー騒いでいる中、遥か遠くで玄関のドアのノック音が響き渡った。ピタリと喧嘩を止める俺達。視線を交わした後、カミナはいそいそと帽子を被って蛇の髪を隠し始める。

 

「……ピピン達だったらノックなんてしねぇ。来客だ」

「さすがに私が出ましょうか?」

「……いや、俺が出る」

「何かあった時のために、ついて行きますね」

「あー……そうしてもらおうかな」

 

 一体誰だろうか。緊急クエストから帰還した直後、大体の冒険者に挨拶をして回ったはずだが……。

 有り得るセンとしては、俺のお見舞い? ギャハハ、さすがに無ぇか。

 

 俺はカミナに支えてもらいながら玄関の扉を開ける。

 扉の向こうにいたのは――フルーツ山盛りの籠を提げた茶髪おさげの少女。俺が見込んだ新人冒険者パーティのひとり、ミーヤだった。

 

「おう、久しぶりだなミーヤ。わざわざお見舞いに来てくれたのか」

 

 軽く手を上げて挨拶するが、彼女の快活な声は返ってこない。それどころか、ミーヤは籠を落としてフルーツをぶちまけていた。

 様子がおかしい。何かあったのか?

 顔面蒼白のミーヤは、震える声でぼそりと呟いた。

 

「……ノクティスさん……誰ですかその女」

 

 え? もしかして怒ってる?

 ――いや、怒ってはいない。

 驚愕……絶望……不安……?

 

 ……()()()()()()()

 ――まさか――!

 

 ――まさかミーヤのやつ、カミナの正体がメドゥーサだってことに気付きやがったのか!? 俺が騒動の原因を庇っていることに言葉を失ってやがるんだ!

 俺が見込んだガキとはいえ、いくら何でもカンが鋭すぎるぜ。ここは何とか誤魔化さないと!

 

 あたふたしながら、俺はカミナを背中に隠した。

 その行動を見て、何か信じられないものを見たかのように両目を見開くミーヤ。まずい。確実にバレてる。カミナの正体が。

 

「ち、ちが……あぁ、えと、この子は……」

「……そんな、まさか」

「っ……ミーヤ、待て。これは違うんだ。彼女を匿ってるのは深い事情があって――」

「……ノクティスさんに付き合っている女性がいたなんて。こんなの……こんなのっ、浮かれてたあたしがバカみたい!」

「!?」

 

 は?

 

「ノクティスさん、失礼しますっ! あたしのことなんて気にならさず、どうかお幸せに!」

「えっ……えっ!? まっ待てミーヤ! それはそれで誤解なんだっ!!」

 

 駆け出すミーヤを追いかけようとしたが、怪我人に運動させまいと全力で拘束してくるカミナ。

 

「待ってくれぇぇぇっっ!!」

 

 満身創痍の身体では追いかけることも叶わない。

 こうして誤解は解けぬまま、波乱の一日が過ぎていった。

 

 

 ……のだが、ピピンが泣きじゃくるミーヤを発見して誤解を解いてくれたらしい。

 ピピンによると、「あの子は兄貴が助けた一般人ですぜ。確かに兄貴には懐いてますけど、決してそういう関係じゃないと聞いてます」とミーヤに伝えたんだと。

 

 ……誤解が深まった気がするんだけど、それでいいんだろうか。

 

 

 


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