「ギャハハ!おいガキ!オメーがBランクの冒険者になれるわけねぇだろ!」 作:へぶん99
楽しい夜はこれからだと言ったが、アレは嘘だ。トミーが寝ゲロしたりレックスが悪酔いしたりして最悪だった。
ほろ酔いで寝つきは良かったが、アンデッド姿のワイトが添い寝してきたので寝起きは最低。骨粗鬆症のスカスカ骨腕枕の感触がまだ側頭部に残っている。どうして俺はいつもこうなんだ。
翌日。二日酔いのレックスをピピンのサイドカーに乗せて、俺達は王都に辿り着いた。
魔王軍幹部討伐によって王都にお呼ばれすることになったので、街の人間は俺達のことをご存知だったのか――
王都の外周を守る騎士団の人達に声をかけたところ、「あっこいつは!」という反応をされた。
「のっ……ノクティスさんですよね!?」
「Aランク冒険者のノクティス・タッチストーンさん……!」
「魔王軍幹部を倒した英雄……!」
「すげぇ! このモヒカン本物だよ!! ガチガチに固めてある!!」
羨望の混じった視線で俺達のバイクを取り囲む騎士団団員たち。こんな反応をされたのは久しぶりだ。
そ、そうだよ……俺は魔王軍幹部を倒して諜報部隊を半壊させた人類の英雄なんだ。この反応が普通なんだよ! なんでエクシアの連中は俺を蔑んだ視線で見てくるんだ? ワイトがおかしいだけで俺は何も悪いことしてねぇのに……。
「……王様に呼ばれたから来たんだ。通してくれるかな?」
「あっはい! 失礼しました! 通行を許可します!」
俺のモヒカンをわさわさしていた団員たちは、俺の言葉で務めに戻る。城壁を超えて街の中に入ると、イカついモヒカンとバイクを目撃した王都の住民達が集まり始めた。
「うぁぁぁ! モ……モヒカンが王都を練り歩いてる」
「お前知らねぇの? あれが噂のAランク冒険者、ノクティス・タッチストーンさん御一行だぜ」
「そ、そうだったのか。貫禄があるな……」
「なぁお前、さっき人を見た目で判断したよな? 今の時代古いぜ、そういうの。みっともないからやめとけよ」
「え? あ、ごめん……」
最初はならずものかと思っていたのか訝しむような視線だった住人達も、俺達の正体に思い当たったらしく興奮した目付きに変わっていく。そして、「ようこそ王都へ!」という雰囲気の歓迎ムードに切り替わった。
「よぉ、デュラハン倒したのアンタだよな!? マジでありがとう!! 3年前ソイツに怪我させられてずっとムカついてたんだよ!!」
「うおお! 生ノクティスだ!!」
「あたしにも見せておくれよ! 『骸骨主食のノクティス』を……!」
「ちょっと待てや」
「ワイトを性技によって正義側に引き込んだ豪傑……!!」
「ウホッ! いい男……」
これ本当に歓迎されてる? 俺バカにされてないか?
しかし、こうも囲まれてしまってはバイクで走り去ることもできないな。俺達はバイクを圧縮ポーチにしまった後、ゴドーさんを先に行かせるために道を開けさせた。
「ここで一旦お別れだなゴドーさん。また夜に会おうぜ」
「えぇ、それでは私はここで失礼致します」
ゴドーさんが王都にやって来たのは商売をするため。俺達はこの後暇潰しのために観光しようと考えていたので、一旦解散となる。夜にまた会えると言ったのは、彼が気を利かせて宿泊場所を用意してくれたからだ。
観光前に宿を取ろうと思っていたのだが、彼のおかげでひとつ手間が省けたことになる。本当にありがたい。
ゴドーさんが馬車に乗って大通りの先へと消えていく。
ここは王都――人口も建物の数も何もかも桁違いの街だ。王都の入口で固まっていると、後ろからやってきた馬車持ちの商人にどやされてしまう。二日酔いで顔色の悪いレックスがそちらに振り向くと、商人はその強面に「すみませんでした……」としょんぼりしながら引き下がってしまったが。
「ここで止まってるのも申し訳ないですね。さっさと宿にしけ込んじまいましょう」
「それもそうだな……」
俺達は周囲に群がった人達を押し退けて、ゴドーさんが予約してくれた宿に向かって歩き出した。
街行く人々は練り歩く5人のモヒカン族(と帽子の少女と金髪女騎士)を見て、慄いたように道を開けてくれる。俺でも分かる。見た目が怖すぎるのだ。
だが、すれ違った後に丁度デュラハン討伐の噂を思い出すのか――大抵俺を追いかけてサインや握手を求めてきた。道を開けてくれたかと思えば厄介な追っかけになるとか、すげぇ情緒不安定だよな!
……さて。追っかけも一段落して歩いていくと、ゴドーさんが指定した高級宿に到着した。
「立地が良くてリッチな宿スね〜」
「ゴン?」
「すんません」
「……お前ワイト以下の扱いを受けたいのか?」
『トミーさん? それはちょっと酷くないですか?』
みんな、ワイトの扱いが分かってきたな。良かった良かった。でも下手に弄ると喜びすぎて骨の姿に戻っちまうかもしれねぇ……さっきから悦びの声を上げる度に魔法のコーティングが剥げて骨が透けるんだよ。こいつ怖すぎる。
心配しつつ宿の中に入ると、レックスがわざとらしく大きな足音を立てて受付の前に躍り出た。その意図を察したトミーとゴンが続き、懐に手を忍ばせつつ受付嬢の子に満面の笑みを向ける。
「アハ! お姉さん、今ちょっといい〜?」
「クヒヒ……
「ヒイッ! お、お金はありませんよ……!」
顔を真っ青にしてわなわなと震え上がる受付嬢。こいつら、強盗モヒカンのロールプレイを楽しんでやがる……まだ酒が抜けてないのかな? 後で飲酒運転の罪で騎士団に突きつけてやろうかしら。
「くぉら! オメーら、ワイトのせいで悪ノリが移ってるぞ」
「あいて!」「あいた!」「すんません!」
『いや痛っ! 何でぶつのぉ!? 普通に今のは私のせいじゃないんですけど!? ちょっとノクティスさん!?』
「人に迷惑かけてんじゃねえ。分かったか、レックス、トミー、ゴン、ワイト。次はねぇぞ」
『ねぇ私関係ないよ? ちょっと?』
俺は3人と1体の頭に軽い拳骨を叩き込んだ。受付嬢に謝りつつ空いている部屋を訊ねると、受付嬢はほっとした様子で受け答えしてくれた。
「商人のゴドー・デイフォーさんから紹介してもらったノクティスという者だが、7人が泊まれる部屋はあるかな?」
「え? あ、あなたがノクティス様でしたか。てっきりならずものかと……コホン。ゴドー様の紹介ですね、承っております」
「助かるぜ」
俺達はそのまま大部屋へと通される。薄々分かっていたことだが……ゴドーさん、相当すげぇ商人っぽいぜ。メンツもあるだろうが、こんな高級な部屋をポンと用意してくれるなんて金持ちじゃないと無理だろ。
しかも費用は向こう持ちとか……太っ腹すぎるぜ! まぁゴドーさんにしてみりゃ、俺達に恩を売れる上に今大注目の冒険者と友好関係なことをアピールできるってか。未来への投資を怠らない切れ者だなぁ。
「兄貴! これどこに置きます?」
「適当でいい。おい荷物持てオメーら! 観光に行くぞ観光!」
「やった! ノクトさん、どこに行くんですか!?」
「カミナ、オメーカジノに行きたがってたよな? ちょっくら社会経験積みに行こうぜ」
「カジノ! やった!」
カミナが帽子を押さえながら飛び跳ねる。カジノを知らないのか、ワイトは首を傾げていた。
『カジノって何ですか?』
「ギャンブルする所ですよ。賭け。お金を賭けてスリルを楽しむ場所です。まぁ所持金を増やそうなんて場所じゃないので勘違いしないで下さいね」
『へぇ〜、怖そうな施設ですねぇ』
ピピンの説明でピンと来るのだろうか? ワイトは生返事で聞き流しながら俺達についてきた。
それにしても、カジノを「金稼ぎする場所じゃない」と言い切るのは引き際を分かってる証拠だな。大連合の連中が破産することはないだろう。カミナも石に変えちまった馬のためにお金を貯めてるところだし大丈夫なはず。
問題はワイトだ。この野郎、スリルを楽しむためにヤバい勝負して破産するんじゃねぇのか?
そもそも現役モンスターが金持ってんのかって話だ。小銭くらいなら持ってそうだが……流石に一回も遊べないのは可哀想だし、何回か遊べるくらいの金は渡しておこう。どうせ貯金してても使い道ねぇし。
遠くの方に王城の先っちょやギルドのてっぺんが見える場所にカジノがあった。血走った目のギャンブラーがたむろする一見危険な施設だが、暴力沙汰が起きれば一発で出禁になるので大丈夫だ。
何せこのカジノは王室が認める公営ギャンブル。反社会的勢力が関わってないクリーンな施設なんだぜ。
「ここがカジノだ。バカラ、スロット、ルーレット、パチンコ……何でもアリの施設だ」
「待ってください兄貴。パチンコって確か異世界から伝わった遊戯ですよね? 確か異世界じゃ公営ギャンブルって認められてない――」
「ゴン。その話はやめようか」
俺はゴンのモヒカンをくしゃりと撫でつけると、身体検査の後にカジノ内部に入場した。
相変わらず何もかもが喧しい。バキバキ、ドスドス、訳の分からん音が鳴り響いている。よく言えばパワフル、悪く言えばお下品。やはりこんな場所で金を増やそうとするのは間違いだ。ストレス発散程度にしか使えねぇ。
「そんじゃ、しばらく自由時間とする。みんな良識の範疇で遊べよ? 間違ってもカジノで金稼ごうなんて思うなよ?」
「わぁい! ボクルーレットで遊んでくる!」
「兄貴、オレはパチンコで暇つぶししてきますわ」
「……クヒヒ。ポーカー……」
「じゃあ自分はカミナさんと一緒にいるっス」
「おぉ、頼むよ。俺は
ワイトは既にカジノの喧騒の中に消えていた。レックス、ピピン、トミーだってそれぞれのギャンブルに向かってしまったし、ゴンとカミナも既にブラックジャックの方へと歩いていた。引き止めるわけにもいかないし、俺はひとりコインを握り締めてその場に立ち尽くしてしまう。
……俺ひとりでカジノ探索か。まぁいい。ワイトのことはもう知らん。知り合いでも探してみるか……。
俺はトイレの近くのベンチに座り、後で適当にバカラで金を使おうかなと考えながら天井を見上げる。
このトイレ近くのベンチは敗者の溜まり場。ギャンブルに負けた者が地面に這いつくばり、負債を抱えて帰宅するか、負けを取り返すためにもうひと勝負するかの瀬戸際にいた。
頭を抱えて悩み続ける債務者たち。俺はこうなりたくねぇなぁ。カミナには一番最初にここに連れてくるべきだったかもしれん。社会経験というか社会見学というか、そういうアレのために。
まぁ、カミナは案外「私はこんなクズ共とは違う……!」って思って前向きになっちまうタイプかもしれん。俺達も一歩間違ったら簡単にコレになれるんだよって説明しておくべきだったか?
「…………」
なるべく目を逸らしながら時間を潰していると、新たな債務者がトイレ近くの床に座り込んで泣き始めた。
「えっえっ……うっ……ひっく……もう吾輩はダメだ……おしまいだぁ……」
「……ん?」
「吾輩」という一人称に気付いてその男を見下ろすと――俺は彼の正体に思い当たって飲み物の容器を握り潰してしまった。
――まず目に入ったのは、金糸や銀糸、多様な色の絹糸を用いて作られた服。続いて、光の加減によって見え方を変える鮮やかな素材、華やかな刺繍。
並大抵の貴族じゃないのは一瞥するだけで分かった。顔だ。顔がこの国で最も有名な顔面だった。
「おっ……王……!!? あなたは国王ではありませんか……!!?」
「え? 何でバレたん?」
「多分この場にいる全員が気付いてます……!!」
ぱっちりとした二重に、高い鼻。貫禄のあるシワに、顔の下半分を覆い尽くすような立派すぎる髭。どう考えても国王チェンザレンその人であった。
おっ……お忍びの意味ねぇ……!!