「ギャハハ!おいガキ!オメーがBランクの冒険者になれるわけねぇだろ!」   作:へぶん99

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005:盗賊にただならぬ殺意を抱く商人も当然いるわけよ

 

 ――何故この世界では「冒険者」なんてちゃらんぽらんな職業が許されているのか。

 その答えは、世界を支配する怪物「魔王」の存在にあった。

 この世界に魔王が存在する限り、真の世界平和が訪れることはない。無数のモンスターを引き連れるその怪物に抵抗すべく、人類は国を跨いだ大組織“冒険者ギルド”を設立したのである。

 

 ギルド設立の報を受けて、人々は歓喜に打ち震えた。

 腕っ節の立つ者であれば富と名声を手に入れるチャンスがある上、それどころか、人間の暮らしを脅かしてきたモンスターを合法的に倒しに行ける――

 血気盛んな若者を中心とした人々が、冒険者ギルド設立の一報に夢を抱くのは無理もないことだった。

 

 世界中に希望の光が差し込み、ギルド設立を追い風に人々は立ち上がることになる。

 「冒険者になろう」――と。

 こうして人々は次々に冒険者の世界へと足を踏み入れ、世界中で「冒険者ブーム」が巻き起こったのである。

 

 しかし、冒険者ギルドで生まれたのは光の側面だけではなかった。

 

 危険生物と戦って報酬を受け取る・実績を上げるというその性質上、世界中の若者の死亡率が急増したのである。

 誰でもなれるという性質の冒険者においては、実力もないのに格上に挑んで無駄死にを遂げるという事例が相次ぐのはある意味当然の事だった。

 小銭稼ぎを目的として冒険者になった者の多くは、理想と現実のギャップに文字通り殺されてしまったのである。

 

「でさ〜、ゴブリンキングをバラす俺を見てティーラが言うわけよ。『はぁあ! くっっっっっさ……ヴォエエ!』ってさぁ」

「ガハハ! やっぱり解体作業を見る新人はそうでなくちゃなぁ!」

「んで、そのティーラが更に面白くてな。『ゥゥゥウォェェ! ェア!』ってな感じでえずき出したんだよ。俺ぁてっきり吐いちまうかと思ったね」

「んっんフフ……まぁ解体作業を初めて見るのはつれぇわな」

「そりゃつれぇでしょ」

「可哀想ではあるが、上に行くためには我慢するしかねぇよ」

「それもそうだな。早めに()()()を経験させられて良かったとは思ってるぜ」

 

 また、「農業・漁業はダサい」という新たな価値観が生まれたことにより、世界中の農業従事者及び漁業従事者がその数を大きく減らしてしまい、国によっては食糧難に見舞われる事態も発生した。

 その他にもクエストの高額な報酬金を巡る闇金・借金疑惑、モンスター過剰討伐による環境・生態系崩壊、冒険者による暴力事件、冒険者くずれの反社会勢力化、etc……とにかく黎明期は沢山の問題が生まれたものだ。

 

 もちろん、実力を付けた冒険者が国の兵士では対応できない小さな村の安全を守った――などの良い事例も聞こえてくる訳だが、冒険者ギルドはその勢力を拡大するには未熟な組織だったようで……。

 設立からしばらく。冒険者ギルドは様々な問題を解決するため、大改革を行うと発表したのである。

 

 まず若者の無駄死にを無くすため、適正なランク付けを始めるようになった。これまではふんわりとしたランク付けがされていたものの、改革後は冒険者全員に対して資格の獲得や書類提出を求めるようになったのである。

 例えば火属性の魔法を扱えるなら、その威力と種類で資格制になった試験の合格が必要だし、冒険者ランク昇格の際はそれに見合ったレベルの資格と実績が必要になったということだ。

 

 この制度が浸透すれば、冒険者ごとの実力に合ったクエストが受注できる上、多くの冒険者の情報を管理することができる。ギルド側が打ち出した改革は割と良い改革だと言えよう。

 ……ただし、ギルド側からの通告が一方的すぎた。ある日、掲示板にこのようなメッセージが張り出されたのである。

 

 ――『特別な実績を上げた冒険者以外は、全て最低級の「Dランク」に格を下げる』……と。

 つまり、改革以前に冒険者ランクを上げていた者は、ある日突然最低ランクの「Dランク」に落とされてしまったのである。

 

 ランクごとに受注可能なクエストのレベルがあり、危険なクエストであるほど報酬金も高くなる傾向があったので、唐突な格下げに当然の如く大ブーイングが巻き起こって各地では暴動が起きた。

 ギルドとしては若者の死を減らすための策だったのだが、このランクに関する大改革を起点として、冒険者はその数を大幅に減らしてしまうこととなる。

 

「んで……オメーさぁ、今その3人がどこにいるか知ってるか? ちょっと顔が見てぇと思って朝から張ってるんだが、全然見つかりゃしねぇ」

「さぁ? 流石に疲れてそうだし、今日はオフなんじゃねぇの?」

「あーそれもそうか! ギャハハ、あいつら新人だしな! 待ってて損したぜ!」

 

 まず、強引な改革を強行したギルドに不信感を募らせた多くの冒険者は、ギルドから脱退して故郷に帰ってしまった。

 ただ、改革によって一律でDランクに下げられたと言っても全体の5割はDランクだったし、何ならCランクの冒険者も3割ほどを占めていた。

 この改革で辞めた冒険者の多くはCランクの冒険者である。元々Bランク以上だった冒険者は自力でランクを上げ始めたし、変わらずDランクだった者も差程ダメージを受けていなかった。

 言ってしまえば、割を食ったのはCランクの中途半端な層だったと言えよう。

 

 また、資格や事務作業の義務化を理由にギルドを去った者もいたようだ。

 曰く――

 

『書類とか資格とかめんどくせぇ』

『ランクアップのために資格勉強とかやってらんねぇよ』

『俺は戦うために冒険者になったのに……』

『文字が書けません』

 

 ……その他諸々。

 冒険者ランク降級によって高額クエストを受けられなくなり、生活できなくなって田舎に帰った者もいたらしい。

 

 ……深読みするならば、現役冒険者の不満を誘うことで一次産業職への帰結を促したのかもしれないが――

 

 兎にも角にも、()()()()()()()()()()()()()()

 農業従事者、漁業従事者も元の数値に肉薄するまで回復した。

 その他の規制追加によって冒険者くずれは姿を消し、冒険者の人数過多により生まれていたクエスト報酬金問題も解決に向かった。

 

 ギルドの大改革は徹底的な冒険者の管理を実現し――

 結果的にギルド設立前後の良い所取りをして、世界は前に進み始めたのである。

 

 まぁ、世界情勢のことなんてよく分からん! 俺は俺の自由に生きるだけだぜ。

 今日も今日とて俺は、エクシアの街のギルド内で顔見知りとの雑談で盛り上がっていた。すると、そんな俺の元に受付嬢のクレアさんが駆け寄ってくる。

 

「ノクティスさん、こんにちは。先日はゴブリンキングの討伐に加えてDランク冒険者を救出していただき、本当にありがとうございました」

「お、クレアさぁん。どうしたんですかまたまた。緊急事態ですかぁ?」

「あはは……バレてましたか。緊急事態という程ではないのですが、ノクティスさんに名指しでの個人依頼が入っています」

「ほぉ……こりゃまた珍しい」

 

 自慢じゃないが、Aランク冒険者にもなるとギルドを通じて名指しの個人依頼が舞い込んでくることが時々ある。

 内容は多岐に渡り、お偉いさんの護衛だったり秘境の探索だったり……難易度の高い依頼になるとレアモンスターの生け捕りを頼まれたりすることも。

 

 まぁ、この俺をわざわざ頼るってことは高難易度な任務じゃないんだろう。俺より強ぇ冒険者なんてその辺にゴロゴロいるし、俺はトップクラスの実力を持ってねぇくせにそこそこ高めの報酬金を要求するからな。

 となれば……俺の知り合いか余程の物好きが依頼を出してきたのだろうか。こんなモヒカンに個人依頼する奴なんてマトモじゃねぇのは確かだ。

 

 俺はクレアさんから手紙と思しき封筒を受け取ると、ギルドの端っこの方に移動して封を切った。

 

「なになに……あぁ? 『護衛の依頼』ィ? 何だよ、至って普通の依頼じゃねぇか……」

 

 その便箋に記されていたのは、今俺のいるエクシアの街から国境線を超えるまでの間、荷馬車と依頼者を護衛して欲しいという極々一般的な依頼だった。

 エクシアの街から国境線までの距離は、馬車で丸一日走れば普通に通過できるくらいの長さである。長期の護衛任務なら俺に頼み込むのも理解できたが、護衛しなければならない距離があまりにも短すぎた。

 しかも、エクシアの街は『駆け出し冒険者の街』という異名があるほど安定した環境条件を持つ。先日のゴブリンキングは例外として、ここら一帯の出没モンスターは大抵雑魚なのである。

 

 ――つまり、Aランクの割高冒険者にわざわざ手紙を出してまで依頼するには簡単なクエストすぎた。

 ギルドの掲示板に貼ってあるような、Dランクの新人が経験積みのために利用するクエストと大して変わらないくらいだ。

 

 不思議に思って封筒をひっくり返すと、その中から2枚目の紙が顔を出す。どうやら紙はもう1枚封入されていたらしい。

 地面に落ちる前に、俺は宙を舞った紙を摘み取った。

 

「あん? 何だこりゃ」

 

 そして2枚目の便箋の内容を吟味したところ――俺は思わず手を叩いてしまった。

 何故掲示板で冒険者を募集せずに手紙を出したのか。何故俺でなくてはいけなかったのか。

 その理由が一気に理解できて、俺は思わずモヒカンの毛並みをなぞってしまった。

 

「……そういうことか」

 

 ――『最近、我々商人にとって重要な交通路に悪質な盗賊が居を構えており、私や商人仲間は彼らに大切な積荷や馬を奪われました。大変遺憾に感じております。交通路にて我々の護衛の傍ら、ぜひ彼らの討伐と生首の献上をお願いしたく存じます』。

 

 殺意の滲み出た筆跡と文面に納得しながら、俺はこのクエストの依頼人・商人ゴドーの涙ぐましい要請任務を引き受けることにした。

 

 ……ひとつ確実に言えるのは、この商人ゴドーは俺のことを殺しもやる冒険者だと思っていることか。

 盗賊共を捕まえたら、牢屋にぶち込むために普通に騎士団に引き渡すと思うけどね、俺。

 


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