「ギャハハ!おいガキ!オメーがBランクの冒険者になれるわけねぇだろ!」 作:へぶん99
出会った初めの頃は俺のことを怖がっていたガキ共だが、最近は俺の姿を見掛けると必ず声をかけてくれるようになった。
ノクティスさんノクティスさんとくっついて離れてくれないのだ。そうして慕ってくれるのは嬉しいことだが、そろそろ独り立ちの時期なんじゃないだろうかと思ってしまう。
他に様子を見たい後輩もいるし、ソロで挑戦したいクエストもあるし……先輩に頼りすぎというのは頂けねぇよな。
特にミーヤ。理由は分からねぇが、ゴドーさんのクエストをクリアしてから彼女との距離感が妙に近くなっていた。
弓の上手い撃ち方や立ち回り方をアドバイスしたり、頻繁にメシを奢ったりしただけなんだがな……ミーヤときたら、俺のきったねぇ家に押しかけようとするわ、服を買いに行こうと誘ってくるわで、プライベートにまで干渉しようとしてくるのだ。
別に迷惑だと思ってるわけじゃねえ。全然嬉しいぜ?
可愛い後輩と交流するのは良いリフレッシュになるし、俺自身も楽しんでるしな。
しかし、パーティ外の人間と深く関わり過ぎるのはちょっとばかし危険なのだ。
割と最近、こんな話を聞いたことがある。とある男冒険者の話だ。
オチだけ言うと、そいつは一般人の彼女を作った結果パーティメンバーと過ごす時間が減り、戦闘での連携が取りづらくなっちまったらしい。
最終的にクエストクリアが困難になり、パーティは解散。金を稼げなくなって彼女とも別れてしまったとか。
まぁこれは極端すぎる事例なんだが、このまま行けば
俺に入れ込み過ぎてパーティ崩壊なんてことはないだろうが、折角仲の良い奴らが揃ってるんだから友人を大切にしてほしいのだ。
いずれにせよ、ダイアン達に肩入れし過ぎる期間も終わりになるはずだ。
ガキ共はもう半人前になっているし、俺にも予定や仕事ってもんがあるからな。こいつらの面倒を見終わったら、またソロ冒険者生活に逆戻りする予定である。
ある日の早朝。いつものように起床した俺は、キッチンに立って目玉焼きを作り始めた。
「この時間が1番落ち着くぜ」
自画自賛になるが、料理の腕は結構立つ方だと思う。
大改革の際、もし冒険者を廃業することになったら料理人になろうと真面目に計画していたくらいだ。
朝飯を食って腹を膨らませた後は、鏡の前に立って身だしなみを整え始めた。
まずはトゲ付きの甲冑を着込み、前日と変わった所がないかを軽く動いて確かめる。
魔法のポーチに収容してある武器のロングソードも確認対象だ。刃に欠けた箇所が無いかを念入りに調べていく。
状況によって使い分けているサブ武器――ボウガン、弓、モーニングスター、斧などのチェックも欠かさなかった。
自慢じゃないが、俺は毎日この作業を欠かしたことがない。
自分の装備管理を疎かにする者は、いつか過去の自分に殺されるだろう。頻繁に使う道具は、いつでも命を預けられる状態にしておかなければならないワケよ。
……よし、不具合は無し。メンテナンスも必要無いみたいだな。
装備チェックが終わった俺は鏡の前に立った。
そして獣の脂をベースにした整髪料でバリバリのモヒカンを作り上げた後、鼻の下等のムダ毛を処理して威圧感を高めていく。
こうしてガキ共の元に扇形のモヒカンが届けられるわけだ。
「ふぅ……」
これで朝の支度は終わり。
さぁ、ギルドに向かおうか。
「おはようございますノクティスさん!」
閑散としたギルドに入ると、聞き覚えのある明るい声がした。ミーヤの声だ。
「おー、ミーヤか。今日は随分と早いな」
「ノクティスさんに会いたかったので早起きしちゃいました!」
「ギャハ! そいつは嬉しいが、俺に絡むのも程々にしとけよ? ダイアンやティーラが寂しがるぜ」
「えへへ、すいません」
Aランクの冒険者は世界中の冒険者の3%程度しか存在しないと言われており、俺はこれでも一応エリートということになる。
ただ、モヒカンのせいでならず者やモンスターと勘違いされることの方が多いので、そもそも冒険者と気付いてくれる人は少なかったのだが――
最近はミーヤを始めとする知り合いが良い噂を撒き散らしてくれたからか、この見た目を恐れずフレンドリーに話しかけてくれる人が増えた。
そして俺がAランク冒険者だと知ってビビるまでがセットだ。
一般市民や冒険者からの風当たりが良くなったのは、最近ミーヤと一緒にエクシアの街を歩き回っていたからだろう。
傍から見れば、ミーヤと一緒にいる俺は「少女に連れ回される優しいモヒカン」に見えているはずだからな。
……優しいモヒカンってなんだ?
まぁいいか。
「ところでよ。遂にオメーらもダンジョン攻略に挑むと聞いたんだが……そりゃあマジなのか?」
「はい! マジのマジです!」
「ほっほぉ……」
――ダンジョンとは、魔王が作ったとされる建築物のこと。
そしてダンジョン攻略とは、Dランク冒険者が初めにぶつかる大きな壁である。
言ってしまえば低ランク冒険者は踏破済のダンジョンを攻略するだけなので、「どこに壁要素があるのか」と思われることも多いのだが……。
しかし、ダンジョン攻略は普通のクエストとは全く違うのである。
大きな壁と言われる要素は主に2つだ。
まず、特異的なモンスターが多く出現したり、自然の中では考えられない悪質トラップが存在することによる死亡率・途中撤退率の高さ。これが1番大きな理由だ。
直下にトゲの用意された落とし穴、振り子のように襲いかかってくる鉄球、酸性の沼へと繋がるローションスライダー……ほんの僅かな例だが、ダンジョンにはこのような即死トラップが多い。
これに引っ掛かって死んだり、引っ掛かった仲間を見て心が折れたり、そうでなくてもモンスターと戦っていくうちに消耗して撤退せざるを得なくなったり……ダンジョンで冒険者稼業を諦めた者も数多く存在するほどだ。
第2の理由としては、測量の資格が必要なこと。
ダンジョンのエリアごとに正確な地図を作っていかないと、情報が足りなくてギルドや後続の冒険者は困っちまう。そのために地図を描かされるのだ。
未開のダンジョン攻略に時間がかかりやすいのはそういう理由があった。
初見ダンジョン攻略には以下の手順が必要となる。
測量試験をパスして、測量器具を持ち込んで、そのための書類を書いて、モンスターと戦ってトラップを避けながら測量をこなして地図を描き、やっと辿り着いたダンジョン最奥のボスを倒して、また測量して地図を描いて、最後に完成した地図をギルドに提出して再び書類を書く。
この工程、控えめに言って地獄である。
……Dランク冒険者は踏破済のダンジョンに行くので、測量するのは序盤と終盤のエリアだけだ。
それでも彼らは察するという。
いつかランクが上がったら、こんな面倒臭いことをしなきゃいけねぇのか……と。
ついでに、ダンジョン攻略前後の書類準備がアホほど面倒臭いことも示しておこう。
ミーヤ達3人はその壁に挑もうとしているのだ。
ちょっと前はモンスターの解体を見てゲロ吐きそうになってたくせに、随分とデカくなったもんだぜ。
「ミーヤは覚悟ができてるんだろうな?」
「ダンジョン攻略ですか? もちろんですよ!」
「しっかり準備は整えたのか?」
「はい! 今すぐ出発してもいいくらいです!」
「――バカ野郎! おいガキ、あまりダンジョン攻略をナメんじゃねぇぞ……」
俺は大口を叩くミーヤを壁に追い詰め、その顔の横に手のひらを叩きつけた。
「……っ!? あ、あのあのっ」
「動くんじゃねぇ……今確かめてやる」
「なっ、何を――」
少しだけ頬に触れる。そのままブラウン色の髪に手をやり、指先で撫でてやった。
どんどん赤くなるミーヤの頬。翡翠の瞳が2度、3度、左右に泳ぐ。そして何を思ったのか、彼女は瞼をぎゅっと瞑って顎を持ち上げてきた。
――やっぱりだ。
少しだけ右にズレた重心、紅潮した頬、いつもと比べて艶のない髪、極めつけは僅かな肌荒れと目の下のクマ。
この野郎、寝不足を隠してやがったな?
何が「今すぐ出発してもいいくらい」だ。全て万全に整えても失敗しちまうかもしれねぇ難易度なんだぜ?
新人冒険者特有のものとはいえ……この見通しの甘さ、俺がダンジョン攻略に同行した方が良いかもしれんな。
「ミーヤ、テメー寝不足だろ」
「……え? あ、あー! えっとその、どうしてそれが分かったんですか!?」
「テメーの些細な変化なんて手を取るように分かっちまうんだよ。ギャハハ、ミーヤのことはずっと見てきたからなァ……」
「っ……! う、嬉しいですっ」
「……?」
俺から目を逸らして両手を口に当てるミーヤ。
何故か耳が赤い。寝不足に加えて風邪もひいてるのか?
「おい、おでこ触らせろや」
「え!? や、急にそんな恥ずかしいですって!」
「うわ熱っ! 何だテメェこの野郎! 体調不良抱えすぎだろ!」
試しにおでこを触ってみたところ、バカみたいに熱かった。
女や子供の体温は高いと聞くが、そういう次元の熱さじゃない。卵焼きが焼けるぜ。
「寝不足に加えて風邪気味の身体……いったい昨日何があったんだ?」
「あ、いや、そのそれは……ごにょごにょ」
「言いにくい事情でもあるのか? ……分かったよ、理由は深掘りしねぇ」
「ほっ……」
「だがな、今日はもう帰って休め。それか俺ん家に来てメシでも食ってけ。風邪に効く気持ち良いクスリと手料理を振舞ってやるよ」
「えっ!? 良いんですか!?」
「急に元気だな」
こうして俺はミーヤを自宅に誘い、風邪に効く気持ち良いクスリと料理をご馳走してやることにした。
ま、気持ち良いクスリと言っても大したモンじゃない。森の中から拾ってきた薬草と苔を磨り潰して乾燥させただけの物だ。
「ゥゥゥオェエ! これ不味すぎですよノクティスさん!」
「我慢しろ」
「ァオ! ェア! ォオェェ! ペッペッ!」
「おい、吐き出すな!」
「このクスリ全然気持ちよくないです!」
「いや、気持ちは良くなると思うんだが」
ミーヤの口にクスリを無理矢理ぶち込んだ後は、俺ので申し訳ないがベッドで寝てもらうことにする。
ミーヤは枕を抱き締めて、料理する俺の後ろ姿をボーッと見ていた。
「なぁミーヤ」
「はい、何ですか?」
「オメーの髪。おさげって言うんだっけ……オシャレで可愛いよな」
「……!? きゅ、急に何を……っ!?」
「……でもな、そんなテメーに言わなきゃなんねぇことがある。とても大切なことだ」
「そ、そんな――ここでするんですか!?」
彼女が口走る言葉は理解しかねたが、俺はかねてより考えていた言葉を彼女にぶつけることにした。
「その髪をショートカットに切ってほしい」
「……はい?」
「3人でダンジョン攻略に挑むんだろ? トラップに挟まれたり、モンスターに髪を掴まれてそのまま……っていう悲劇だけは避けたいんだ。オメーらには絶対に生きてて欲しいって俺の気持ち……分かってくれるか?」
「――……」
ミーヤのおさげはとっても可愛らしくて、俺も彼女と談笑している時はよく目を引かれていた。
そんな茶髪のおさげはミーヤのチャームポイントと言えるだろう。
でも、可能性の話として。
ダンジョン攻略に挑む際、髪の毛が必要以上に長すぎると回避可能な危険を避けられない恐れがあった。
百害あって一利なし。
街を出かける際のオシャレとしてなら良いが、一瞬の判断が生死を分かつダンジョン内において長髪は邪魔でしかないのだ。
髪の毛は女の命と聞いたことがある。加えて体調不良状態のミーヤにこの話題を切り出すのは心苦しかったが……彼女にはどうしても俺の気持ちを知って欲しかった。
彼女の前に料理を差し出しながら、おずおずと視線を上げていく。
失望されただろうか。軽蔑されたであろうか。
そうして唇を舐めながら彼女の双眸を見上げると、ミーヤは満面の笑みを浮かべていた。
「分かりました。出発の日までに短く切っておきますね」
「……! そいつは良かった」
返ってきたのは意外や意外、俺の言葉を呑む回答だった。
俺はほっと胸を撫で下ろす。そんな中、ミーヤがいたずらっぽく微笑んで俺の顔を覗き込んでくる。
「――次は、『ショートカットになったミーヤも可愛い』って言わせちゃうんですから」
「え? あ、おう。そりゃあショートにしてもミーヤは可愛いと思うけど、そんなに言わせたいセリフなのか?」
「……もう! にぶちんなんですから!」
その後も他愛のない雑談を繰り広げていると、彼女はいつの間にか俺のベッドですやすやと寝息を立てていた。
「……ギャハハ。可愛いガキだぜ」
俺はミーヤの髪をひと撫でして、机に向き直る。
……こんな自分を慕ってくれるミーヤ達の存在が、俺の心の中で大きくなり続けていた。可愛くって仕方がなくて、何から何まで面倒を見たくなっちまう。
朝方は「独り立ちの時期だ」なんて偉そうに思ってたが――
後輩離れできないのは、むしろ俺の方かもしれないな。
俺は新たな資格の勉強をしながら、狂ってしまった今日の予定に少し満足するのだった。