お 守 り く れ る 怪 し い 老 人 作:老人というだけで怪しい(偏見
緑髪の男。エルフよりも長耳で、魔法を詠唱無しに使う者。
それはもう、たくさん来た。まおうの予想通り、報酬欲しさに奴隷を整形して、染色して連れてくる者が多数あった。
だから当然のように弾かれて──少しばかりの暇ができた頃のことである。
「……なんだ? Unknown?」
魔王城近辺の地図を広げ、兵を向かわせて調べさせた場所にバツ印をつけて。
まおうなりにベンカストの捜索を行っていた時、それは現れた。
彼女のミニマップ内に、味方でも敵でもないマーカーが突如出現したのである。青でも赤でもない紫色。それはすでに極至近距離にまで来ていて。
だからまおうは、自室の部屋の窓を開け放つ。開け放って、少し離れて待って。
その縁へ足をかける者があった。
「ハハハ──初めまして、第十六代魔王マルクス・オールァ・ウィンダル殿。歴代最強の魔王と名高きあなたに出会えて光栄だ」
フードを被った男。顔は見えない。が、フードの中から垂れている緑髪と、鋭く尖った耳がフードを突き上げているのは見えた。
手には大きな杖。メイジ系ジョブだろうか。
「何者だ?」
「オレはラクサス。アブラクサスという。魔神に見初められし大魔導士にして、お前たちの、」
「敵か」
「──!?」
ラクサスが仰々しく自己紹介をしている
物理防御や魔法防御が間に合うはずもない、完全なる意識外の攻撃。あるいは剣士系ジョブにある『縮地』にも似た、けれどINT極振りのまおうは取っていないはずの歩法。
彼女はラクサスをぶん投げた後、自身も魔王城上空へ飛び出る。使うのは『浮遊』。投げられて尚当然のように浮いているラクサスに対峙し──腰の剣を一本抜いた。
「ま──待て、待て待てマルクス・オールァ・ウィンダル! 今日はお前と戦いに来たわけではない!」
「つまりいずれ戦う、敵になるのだろう? 今殺して何か問題があるか?」
「……っ」
冷徹だった。
冷酷だった。
ラクサスの知る"十六代魔王"とは、非常に長い間魔界に治世を敷いた賢王である。十五に至るまでの魔王が争いと侵略と内紛と、とにかく血と泥に塗れた愚王か狂王しかいなかった魔界において、突如現れた賢き王。当時マルクスに関わった魔族たちが自ら彼女を王に推薦したというほどの人柄と、同じだけの実力を持つ存在。
だから話が通じると思ったのだ。だから訪ねてきたのだ。
けれど違った。ラクサスの見立てはほとんどあっていたけれど、ある一点。
彼女に渡されている情報は限りなく少ない、という、ただそれだけを忘れていた。というか知らなかった。
そして気付くのだ。魔神の力を存分に揮えるはずの己が──恐怖していることに。
この眼光に。この双眸に。死に。死を、恐怖している。
「我が名はマルクス・オールァ・ウィンダル。その名は魔界の頂点を意味する。魔界に在りし者なれば、我の敵は討ち滅ぼすまでよ」
目の前の存在は、人徳があるだけの王ではないと。
数多を屠り、多くの屍の上に治世を敷いた強き王であると。
──ラクサスは。
「その上でいい! 頼む、話を聞いてくれ、十六代魔王!」
恐怖を前にしても、気付きを経ても、武器を取らなかった。
確固たる意思で、少しばかりの緊張を孕んだ表情で──魔王を見る。
だから、まおうは。
「……そうか。セギに何かあったんだな? 聞かせろ、ラクサス」
こと、戦いにおいては──"間違えない魔王"である。
☆
参った。
「マジで出口ないじゃんココ。何ここ」
「だからロビー空間ですよ」
「いやわかってるよそれは。つーかなんだよ、こんな空間あったのかよ」
「座標的にはマイナス四百億メートル、でしたっけ? ふざけてますね」
「ふざけてる座標は大体イベントフィールドだからなー、ホントにそこにあるとは思ってねえよ。ある種のIDだろうし」
超参った。
まーじで何にもない。足元の魔法陣に干渉することもできなければ、転移も無理。スキルは使えるけどそれが何って感じ。
フレンドリストの表示は無くなっていて、メールは出せない。当然のように個チャも無理。まぁこれはデスゲームの時からだけど。
ありがたいのは飲食が要らないところかね。疲労も感じないし。
「まおうー、気付いて馬鹿魔力でこの空間に穴開けてくれー」
「無理でしょうねえ。あの人、多分まだ魔王城にいますよ。こと戦いに関しては天才ですけど、それ以外はダメダメですから。あの娘さんの方がまだ有能です。ぼっち臭かったですけど」
「娘……あぁ、アニータだっけ。会ってたんだ?」
「ええ、面白かったですよ。僕の独り言に頑張って相槌打とうとして来てて、悉く失敗してました」
「……からかうのやめたげろよ可哀そうに」
「どうせあなたも"お守りくれる怪しい老人"やったんじゃ?」
「何故バレたし」
軽口をたたいても空しいだけだ。
だって同じようなやりとりずーっとやってるし。もう何時間経ったと思ってんだ。
「ここさ」
「はい」
「入ってくるコトはできたわけじゃん。お前然り、俺然り」
「まぁ、そうですね」
「だから……なんで出られないかって言ったら、何かが俺達を引き留めているから、だと思うんだわ」
「ふむ。まぁ妥当ですね。そして引き留めているものはコレ、という話でしょう?」
「うんそう」
コレ、と指さすのは真下の魔法陣。
だって怪しいモンこれしかないんだもんよー。
「……二つ択がある」
「適当に書き加えてみる、とかだったら乗りませんよ」
「なんでわかったんだお前エスパーか?」
「アークビショップです」
一応彫刻師で使う文字の全ては覚えている。
意味は知らん。文法も単語も知らん。なんなら書き換える方法も知らん。そんな状態でこれに手を加えて、何が起きるかを試す。
「最悪、」
「この空間が閉じて僕たちもプチッですか?」
「最悪な。運が良けりゃ出られる」
「賭けにも程がありますね。だったら誰かが助けてくれるまで待った方が良いんじゃ? 都合よく飲食が必要なく、疲労もないようですし」
「……人を待たせてんだよ」
「あぁ、あなたを送ってくれたっていう……ラクサスさんでしたか?」
一連の流れはベンカストに話してある。
血のルクレツィアとヴォルケインの件も、だ。ベンカストは現場を見てみないことにははっきりとしたことは言えない、なんて言ってたけど、あいつの中で大体の答えは出ているらしかった。
なんでラクサスのことも教えてあるし、まおうとの云々も知っている。
「で、もう一つの択は?」
「『魔法無効』でこの陣を壊す」
「同じじゃないですか」
「この空間がこの陣によって支えられているならな。覚えてるか? ゲーム時代、ロビー空間にこんな魔法陣は無かった。これは現時点特有のものだ。なら、こいつを壊せば……普通のロビー空間に戻る可能性もある」
「デメリットが前者と後者で同じなんですが」
「ちなみにメリットも同じだぞ」
「ナシで」
じゃ、万事休すだ。八方塞。
「では、僕からの提案が一つ」
「お?」
「簡単です」
パリン、と何かが割れる。
何か、じゃない。俺はこの音をよく知っている。
物理無効だ。
「あ、まだ持ってましたか。用意周到ですね」
「……"あなたを殺して私も死ぬ"、か? ヤンデレはもうマイナージャンルだぞ」
「あはは、病んでもないしデレてもいないので大丈夫ですよ」
ベンカストの手に、複数のナイフが現れる。
スキルでもなんでもない。単純にインベントリからナイフを取り出しただけだ。ただしそれはピーキーなイベントアイテムの一つ。
「フラジールナイフ……馬鹿お前、俺のHPならそれ一本で消し飛ぶぞオイ」
「僕、考えたんですよ。もしこれが血のルクレツィア関連の事件なら、って。さっき聞いた話を統合すると、要は血のルクレツィアが契約した魔神とやらは供物を欲しがっているんでしょう。それもたくさんの命と、上質な命を。イベントの時は数多の魔物で賄えましたけど、それじゃあ足りないから、プレイヤーを狙うことにした。そして」
パリン、パリンと。
ベンカストが言葉を発する度にその手がブレて、気付けば『物理無効』が割れている。
フラジールナイフは物凄い攻撃力を持つ代わりに、耐久値が0.1しかない武器だ。修理不可。
それを目にも止まらぬ速さで投げ続けている。投げ続けてきている。
「いつまで経っても成功しない血のルクレツィアに業を煮やした魔神は、別の手段を用いることにした。それがラクサスさんなんじゃないんですか?」
「いや、アイツはそんな感じじゃ……」
「おやおや、珍しいですね。今こうして僕とあなたが命の危機にあるというのに、そのきっかけを作ったラクサスさんを庇うんですか? プレイヤー大好きなあなたが? あなたの考察によれば、別のゲームから来たっぽい彼を?」
「げ、ゲームが違うことは庇わない理由にならないだろ!」
「あぁそうなんですか。それは勘違いでした。失敬」
……だけど、確かに。
なんで俺、ラクサスを庇ったんだ今。そこまで気を許した覚えはないのに。
割れる。
「これで十五枚。ふぅ、一体どんだけ『物理無効』仕込んでるんですか?」
「十五枚で打ち止めだよ、流石にな」
「そうですか」
割れる。
「嘘吐きですね」
「お前こそなんでそんなにフラジールナイフ持ってやがる」
「いやいや、一回使ったら終わりとはいえ、こんな性能の良い投げナイフ集めない理由あります? そもそも投げナイフなんて一回使ったら終わりでしょ大体」
「……確かに」
割れる。
割れる。割れる。割れる。
割れる──。
「ホントに殺す気かよ、ベンカスト」
「はい。僕、まだ生きていたいので。老い先短いガシラさんには若者に道を譲っていただきたいですね」
「そこまで歳変わらねえだ、」
「『
豪ッ、と真っ白な光線が俺の顔を貫く。
また、割れる音がした。
「……魔法無効まで仕込んでるんですか。面倒な」
「アークビショップのスキル一々ズルいんだよ! 溜めもなくそんな長大射程使いやがって」
「ズルいのはそっちでは? ゲーム時代のアクセ枠は五です。もうとっくに超えてるんですけど、どこに仕込んでるんですか」
「ハ、なんだよベンカストお前、指五本しかないのかよ」
さて──どうするか。
実際もうストックは少ない。っつか無い。パリンパリン割りやがって、全身のアクセが死んだわ。また作り直しって考えるとダルいダルい。一日にそんないっぱい作れないんだぞまったく。
早いとこ諦めてくれねえかな。
「……時間切れですね」
「おん?」
「いえ、少しは期待してたんですよ。これだけ本気を見せれば、さしものガシラさんも勇気を出して僕を殺してくれるんじゃないか、って」
「ああやっぱり善意の嘘か。お前下手過ぎんだよ。さっき魔法陣を書き換えるって賭けをあんだけ嫌ってたクセに、俺を殺す賭けにはすぐ傾いた。お前の考えが絶対あってるなんて保証はないにもかかわらず、だ。俺を殺しても何も起こらず、ただ俺を殺したってな罪悪感抱えてこの空間に一人残される未来も十二分にあった。んで自分も死ぬつもりってか、はは、ベンカストはそんなバカな真似しねーよ」
──割れる。
最後の一枚が、割れた。
「これで二十三本目。両手足指、両耳飾り。全部壊したと思ったのに、まだ持ってたんですか。面倒ですね」
「で? 正真正銘今ので最後だがよ、ベンカスト。俺はお前を殺さないぞ」
「誰かが助けてくれると信じているから、ですか?」
「殺したくないからだ。それ以外に理由は無い」
ベンカストは、そうですか、と短くつぶやいた。
呟いて。
ごふっ、と。
血を吐いた。
「……──」
「あ、はは……残念ながら時間切れです。『物理防御結界』」
咄嗟に駆け寄って、弾かれた。回復系のエンチャントを施してあるアクセサリはインベントリにたくさんある。大体が自分用だけど、他人に使っても問題は無い。
それを使う必要があると判断した。できた。
吐血だけではないのだ。
鎖骨、脇腹。袈裟懸けに血が噴き出る。右腕が燃える。体が何かに貫かれる。
そうして痙攣するように跳ねるベンカストをただ見ているしかできない俺。
「なに、やってんだ」
「あはは……いや、だって。ね。……プレイヤー、大事な、無償でお守りを、配って……老人……と、"性悪女"。どっちが、って……あはは」
できない。
俺にはこの結界を壊す術がない。スキルにスキルをエンチャントすることはできないし、これは結界だから『透過』もできない。
何より、あの様子ではもう。
「ふふふ……ごめん、なさい」
「謝るなら最初からやるなよ」
「いえ……ふふ、僕、アークビショップ……なんで。めんどう、でしょう。ふふ、う」
血が広がっていく。
白い法衣が赤くなっていく。
伴うようにして──足元の魔法陣が輝きを増していくのがわかった。
ベンカストの読みは当たっていたんだ。
ダメだ。あれはもう。
「──あ……これだけは、言っておきます」
「……なんだよ」
「ガシラさん……」
ゆっくり。
ゆっくり、ベンカストが頭を上げて。こちらを見て。
そのフードがざっくりと切れて、落ちて。だから素顔が見えて。
「別にコレあなたに関係ないので、気負わないでくださいね」
「え?」
フッと。
ベンカストの姿が消える。
大量の血痕を残し、輝きを放つ魔法陣を残し。
俺を残して。
消えた。
──魔法陣の光も、次第に収まった。
「え?」
☆
時は少し遡る──。
「着いた……西の古城!」
アニータ。
アニータ・オールァ・ウィンダル。マルクス・オールァ・ウィンダルの娘にして、成長の伸びしろが半端ないっ娘。生まれた時点で全ステータスが適正レベル80のボスくらいあって、母親の剣技、格闘術、そして魔法を習い尽くし、なんなら我流奥義まで生み出した──ナントカ系少女である。
ただしビビり。そして思い込みが激しい。
「──今助けます、ベンカストさん!」
あれだけ無下に扱われたにも関わらず、アニータの中でベンカストはもう友達だった。
友達とは気兼ねなく会話し、微笑みを交わすもの。母親にそう教わっていたからだ。アニータはあの時ベンカストと二、三言葉を交わし、彼はにっこりと、アニータは引きつった笑みで、それを交わしあった。
だから、友達である。
その友達が自分の見ていない間に攫われた。
けれど決死の思いで書き置きを残してくれて、犯人にバレないようにだろう暗号で書かれたソレは、今アニータの手の中にある。
決意だった。書き置きを大事にポーチにしまって、その時チラっと見えた人形二体にブルッとしながら、頭を何度か振って──この動作をコンマ一秒くらいでやって──古城を見上げる。
今は誰も使っていない古城。
魔界特有の黒い植物が生い茂り、生い巡り、まるで罅でも入ったかのような様相を呈している。
中には死霊系の魔物が住み着いているのだろう、時折聞こえる金切り声や振動音、叫び声など──それはもう"如何にも"なホラーテイスト。
ビビりなアニータにとって、そこは。
「許さないから……!」
あぁ、悲しいかな、魔物たち。
アニータが暗闇や死角を怖がるのは、突然現れるヒトを斬って殺してしまうのが怖いからである。
魔物しかいないとわかってるのなら、暗かろうが突然出てこようがなーんにも関係ない。
暗がりから骸骨が出てきたら斬るし、廊下の死角から霊体が出てきたら魔力を纏った拳で殴るし。ゾンビが出てきたら首と胴をひっつかんで引きちぎって、ゴーレムだったら核を蹴り砕いて。
関係ない。関係ない。
無益な殺生を嫌う。それはそうだ。
だけど、無益でない殺生ならば──彼女は半生において、息をするようにやってきた。というか魔物相手に益無益とかない。魔物は悪しき存在だから。
ゆえに屠る。屠る。屠る。
鏖殺する。
「そろそろ出て来い! ベンカストさんを攫った犯人! 出てこないのなら──この城、砂になるまで壊し尽くすぞ!!」
言いながら、アニータは剣に魔法を込める。
本来であれば
母譲りの音……バヂヂヂという空気を叩く音を出しながら、紫電を纏う剣が振るわれる。
たったそれだけで、城の東側が
元々暗い魔界だ、月光が入ってきたところで大して明るくはならないが、風通しはよくなったと独り言ちるアニータ。
そこへ。
「ちょ……ちょ、ちょっと待って、待ってって! 君ね、せっかくの僕のお城になんてことを」
「ベンカストさん! ──じゃ、ないな、オマエ」
慌てた様子で降りてきた少年。
法衣と錫杖、そして上半分が見えない顔。どこからどう見てもベンカストだ。
けれど、アニータには見えている。
その魔力の質が。あるいはまおうさえ到達していない、個々人における魔力の質差──それを見抜く淨眼。
「早くベンカストさんに体を返せ。さもなくば」
「さ……さもなくば?」
「殺す」
殺した。