お 守 り く れ る 怪 し い 老 人   作:老人というだけで怪しい(偏見

15 / 31
15.ロールプレイ含有率12%

 殺した──はずだった。

 腹を一突き。母親譲りの格闘術は、確実にベンカストの腹を殴打し、その内臓をつぶした。

 

「……っ」

 

 それでもまだ、動く気配があったから、今度は斬った。

 鎖骨から脇腹へかけて袈裟懸けに斬る。噴出する赤は致命傷だ。だというのに──治癒していく気配がある。

 ならば傷口を焼いて治癒できなくしてやろうと火属性魔法を使った。けれどそれは、たった一本、右腕という代償だけで防がれた。

 どれだけやっても治る。氷で細剣を生成し、連続突きをしても治る。

 今まであってきたどんな魔物よりも頑丈。再生能力持ちは少なくないけれど、こんなに早いことは無い。大抵が大怪我を負ったのち、逃げ回りながら遅々として快癒していく類のものだ。

 

 戦いながら、次の攻撃を仕掛ける前に全快している、など。

 

「ふふふ……ごめん、なさい」

「え、魔力の質が……」

「ふふ、僕、アークビショップ……なんで。面倒でしょう……ふふ、う」

 

 偽物のベンカスト──ではなかったのだと、アニータはようやく思い至った。

 これは、ホロウナイトだ。

 

 ホロウナイトは肉体を渇望する。他の死霊系が肉体を逸したことを誇りに思うような中で、唯一この種の魔物だけが肉体を欲する。肉の体を、肉の鎧を。

 もし、それが叶えば──ホロウナイトは大幅に弱体化するというのに。

 

 でも、それでも。

 

「よく……深く、深く……感じてください。僕の、中に……僕ではないものが、ある、それを」

 

 肉体を得たホロウナイトは、その肉体の持ち主になりきろうとする。

 生き返ったのだ、と。錯覚するのだ。人格の連続性など欠片もないというのに。

 

「あなた……目は、見える……はずです」

 

 見る。視る。

 アニータは注視する。魔力の質差。人間と魔物だけじゃない、植物や動物、自然物にさえある魔力。それらにすべて個人差があること。そしてそれは、あまりにも……あまりにも微々たるものであるということ。

 だからこそ、アニータは魔王の娘なのだ。

 

「──そこ!」

 

 注視して、一度目を閉じて。

 たったそれだけで見つけた。

 下から上に切り上げる──それは傷を最小限にするための斬撃。左目の上。額の八cm内側。

 

 ベンカストのフードがざっくりと切れて、落ちる。

 噴き出す血液。倒れるベンカスト。

 ゆっくりと、あるいはスロウモーションのように……どこか錆びついたような心境で、アニータはそれを見ていた。

 ようやく戻ってきたのだ。

 魔物はいくらでも殺してきたけれど。

 人間はまだだったから。

 

 それも──友達を。

 

 

「『帰還(Reverti)』」

 

 

 色を失いつつあったアニータにその声は聞こえなかった。

 否、アニータにはそもそも聞こえない声だ。だってそれはシステム音──かつてプレイヤーと呼ばれる者達にだけ聞こえていた機械音声なのだから。

 

 光る。

 あと少しでモノクロになっていた、悲しみと後悔に呑まれそうになっていたアニータを引き戻す光。

 

 それは、光はベンカストの胸元から発せられていた。

 

「何……?」

 

 どくん、と。

 どくん、どくんと。何かが脈動する。人間の鼓動じゃない。もっと巨大な何かのもの。

 だというのに、音は光源から聞こえていた。

 ふわりと。倒れ伏すベンカストの体を離れ──浮かび上がる、ヒトガタをした木の彫り物。

 

 敵ではない。

 アニータの目には見えている。この彫り物の中に、あり得ない量の魔力が込められていることが。そしてそれがベンカストの魔力の質に酷く似ていることも。

 

 これから溢れ出る暖かな光が雫となり、ベンカストへ落ちたことも。

 

 どくん。

 と。今度は、今度こそ、それは人間の鼓動だった。止まったはずの鼓動。止めたはずの音が、再開する。

 

 先ほどまでの再生速度とは比べ物にならない。傷口を肌の色のペンで塗りつぶしているくらいの速さで、全身の傷が無くなっていく。

 構えない。

 アニータは戦闘態勢を取らない。

 

「──ふぅ。いやぁ、死ってこんな感じですか。もう二度と体験したくないですねぇ」

 

 全快したわけではない。けれど、爽やかな青色の髪をしたエルフの少年は、あはは、なんて笑って。

 

「よくできました、アニータさん。正直驚いていますよ。あの書き置きを解読したのがセギやまおうではなく、貴女だったことにね」

 

 今まで死んでいたことなんか感じさせないくらいの軽さで、話しかけてきたのだった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ところ変わって魔王城。

 

「成程な。我の知らん間にふざけたことを……」

「い、いや、悪気があったわけじゃ……ああ、しかし、魔界の法を調べもせずに手を出したのはオレだ。やるべきことがある故然るべき罰を受ける、とは言えないのがもどかしいが……」

「ん? いや、テイムの件は別にいい。もう大体解決しているのだろう? オブシディアンドラゴンに関しては密漁だが、まぁ今回は大目に見る。ただ、マーメイドとセイレーンについては見つけたら解放してやれ。あいつらは人間だ」

「え、あ、そうなのか!? 人語を解さないから魔物だとばかり……。いや、そうじゃないか。ああ、わかった。此度の騒動が収まり次第、最優先で解放しに行く」

 

 まおうは──困っていた。

 困りごとの原因は二つ。一つは勝手にバカみたいなリスクを負った稼ぎ頭3。もう一つは目の前の青年。魔界中に指名手配を出した、緑髪でエルフよりも尖った長耳の、魔法を詠唱なしで使うという男。

 やっていることがあまりにも悪事だったから、どんな奴かと話してみれば──なんとまあ。

 

 誠実。

 ラクサスと名乗った青年は、それはもう誠実だった。

 稼ぎ頭3と合流した経緯、彼がいなくなってしまった経緯を話し、その責の何割かは己にあるとまで言った。まおうとしては「あの秘密主義者が詳しい話をしないから悪い」としか思わなかった部分にまで、酷く申し訳なさそうな顔をしているのだ。

 ベンカストから寄せられていた情報……オバンシーの遺体を奪ったり、その身に呪毒フィールド発生魔法を仕込むような者とは到底思えない。

 

 ただ、常識知らずというべきか。

 魔界についての云々を一切知らない、あるいはこの世界についての理解が浅い、という印象を受けた。

 

 ゆえに困っていた。

 まおうは──この件、どっちかというと悪いのガシラだろ、とか思っていた。

 

「セギによって強制発動させられた転移魔法……座標はマイナス四百億メートル。ハッ、馬鹿らしい話だ」

「だが、確かに送った。あまりにも帰ってくるのが遅かった故、オレもそこへ行ってみようとしたんだが……すまない、オレには高速で移動する技術が無い……」

「気にするな。どのみち赤土しかない。魔界は惑星ではないからな、空はどこまで進んでも空だし、地はどこまで掘り進めても土だ。水平方向の限りはあるがな。フフ、天井と底という概念のない円柱世界。馴染み無いだろう?」

「そんな構造だったのか、魔界って……」

 

 誠実。そしてかなりピュア。

 純粋無垢ということはないが、見た目より幼く感じる。

 ま、プレイヤーならそういうこともあるだろうな、と独り言ちるまおう。

 

「それで、どうすればいい、だったか」

「ああ。オレは……責任を取りたい。申し訳ないが命を差し出せ、というのは無理だ。オレにはやることがある。だが、世界最古にして最高の能力付与術師(スキルエンチャンター)を……セギに無理難題を押し付けて、無謀な挑戦をさせてしまったことは詫びたい。あわよくば彼を助け出したい」

「……」

「オレが協力できることがあれば、最大限協力する。あ、いや、すまない。オレの目的とか、魔神のこととかは……話せない。これは……えーと、これは、その、とにかく無理なんだ。だけど今のオレに許されたことなら」

「わかった、わかったから少し待て。考えている」

 

 待て、と言いながら。

 まおうは困っていた。

 彼はアホだが頭がいい。だからわかる。コレはまおうにも持て余す案件だ、と。

 歴代最強の魔王。魔法使いの王。そう呼ばれることもあったまおうだけど、それはINT極振りの、INTINTINTINTINTINTで火力を最大限にあげているが故。馬鹿火力の魔法使いの王でしかない。

 勿論この千年間魔法について様々な研究をしてきたけれど、結局それは火力の研究で、こういうトリッキーな案件に対するものじゃない。

 

 まおうはアホなのだ。

 戦闘以外は、基本。

 

「──やぁ、困っているみたいですね、まおう」

「おい、イントネーションに──ベンカスト!?」

 

 いた。

 そこに。ホント、なんでもないかのように。

 

「な、お前誘拐され……」

「ああはい、誘拐されて肉体奪われて、精神だけロビー空間に飛ばされてました。でもアニータさんに殺して貰ったんで、セギのタリスマンで一命を取り留めました。今の一連の流れに何か質問ありますか?」

「すまなかった!!」

「はい?」

 

 呆気にとられているまおうの横。

 この法衣の少年がベンカストであると知った瞬間、ラクサスが勢いよく頭を下げる。

 

「あなたを攫ったホロウナイトは、オレのテイムモンスターだ。そんな命令は……いや、言い訳はもういい。酷い目にあったのだろう。……すまなかった」

「……えーと?」

 

 ベンカストがまおうに視線を投げかける。

 肩をすくめるまおう。アニータが部屋の外にいて、ラクサスが頭を下げているのをいいことに、ロールプレイ中なら絶対にやらない顔──古代の言葉でいうなら「てへぺろ」をしている。

 

「罰をお望みですか?」

「ああ。取り返しのつかないことをした。命を差し出すことはできないが、何か償えるのなら──」

「じゃあ魔力貸してください。まおう、あなたもです。アニータさんは了承済みなので、あと一人……莫大な魔力を持った人がいれば、セギを連れ戻せます」

「……え、あ……ん? 魔力?」

「はい魔力です。あなたメイジですよね?」

「メイジ……というのは、魔法を使う者、という意味であっているか?」

「不思議なことを聞きますね。そうですけど」

「──ああ! ならば存分にこの魔力貸し与えよう。そしてもう一人を捜す必要はない。オレの魔力は常人のソレとは比べ物にならない量で──」

「いえ、勿論量も大事なんですけど、五人でやる必要があるんですよ。まおう、誰か心当たりありませんか。膨大な魔力を持つ個人」

「イントネーション」

「はいはい魔王魔王」

 

 淡々と話しが進んでいく。

 ラクサスの呆けた顔は、まおうにとっては見慣れたものだ。

 何故ならあの二人──ベンカストと稼ぎ頭3は、よくこういうことをやる奴だったから。それはデスゲーム時代の話。攻略組が集めてきた情報、偵察班の集めてきたマッピング情報から、一頻り「うぅん」と唸った後で、突然テキパキと物事を推し進め始める。

 適切な場所に人員を配備し、能力の有無を確認し、意思を確認し。

 かつてはその"使われる側"にいたまおうとしては、なんだか懐かしい気分にもなる。

 

 あの老人は……老人ロールプレイをしている者は、みんなとフレンドというだけあって、ちゃんと皆の中心にいたのだ。

 ただ、彼は色々と甘いから、ベンカストを始めとした辛口で物事を見ることのできるものが逐一の訂正を入れて。

 そうやって、まおう達はデスゲームをクリアした。

 クリアしたところで、何もなかったけれど。

 

「──心当たりならある。ベンカスト、お前に意見を聞きたいと思っていた事案にも繋がるのだがな」

「僕に? ……あ、メール出してたんですか。気付かなかった……というよりあの空間そういうの開けなかったんで許してください」

「許す。そして今説明するが──お前は『雨のルクレツィア』を覚えているか?」

 

 まさか助け出されるお姫様が稼ぎ頭3になろうとは、夢にも思わなかったが。

 まおうは、そしておそらくベンカストも、なんだか楽しそうに話を進めていく。

 

 蚊帳の外は。

 

「あ……えと、その……あたしはアニータ、です。おかあちゃ……お母さま、の、じゃない、魔王様の、娘で……」

「もしやアニータ・オールァ・ウィンダルか!? おお……第十七代魔王の幼少期!」

「え、いや、全然まだ継ぐとかの話はなくて!」

「あ、いや、なんでもない! 聞かなかったことにしてくれ!」

 

 なんか、ちょっとだけ似てなくもない二人。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 一面。

 この何もない空間の一面に置かれた、"雨の"装備群。

 魔法陣の交点、サブ垢三つの知識を総動員し、"少しでも意味のある場所"にそれらを置いて、さらにはベンカストより禁止されていた書き換えも行っていく。

 全然、フツーに、空間が潰れてプチっの可能性はあったけれど、そんなこと知るかとばかりに文字へ干渉してみたら──特に何が起きるということもなく。

 

 ただ、まだ転移魔法は発動しない。ホームポイント帰還もできない。

 何かがまだ阻害している。

 

「……ま、見ている奴がいなくなったのはありがたいか。あの様子だ、どうせ生きてんだろうし」

 

 言い聞かせるように言う。

 魔法陣への干渉は、彫刻師のスキル『彫刻++』を付与した木の棒で行っている。別に地面を傷つけることができているわけじゃない。ただ魔法陣の紋様を変えている。原理はよくわからん。できるからやっている。

 

「よし、これで最後か。んじゃ──」

 

 どれだけ歩いたかわからない。

 最初に魔法陣の全貌を見るために、何百kmも歩いた。これだけでも異常なんだけど、この空間疲れないから楽でいい。問題は気の遠くなる作業だった、ってトコだけど……その程度でおかしくなるんなら、とっくになってるっつの。

 

 次にその魔法陣への影響を考えて、供物として装備を配置した。ちゃんと計算したからな、こっちは気の遠くなる作業じゃなかった。

 赤の結晶との引き換えに手に入れることのできる"雨の"装備。ならこれも赤の結晶……つまり血の供物の代替になるんじゃね? という謎理論でやっているけれど、功を奏すかは知らん。奏さなかったら別解を試すだけだ。疲労が無いんだ、いくらでも試行錯誤できる。

 

 地面に手を当てる。

 

能力付与(スキルエンチャント):Enc(ID:Messiah_Salvation---).Ob(ID:Weapon).Op(Active(Coercion)/Range(Whole)」

 

 ずっと増やしに増やしていた魔力──その全てが持っていかれる。

 いや、足りていない。ダメか。もう一度溜め直しだ。

 

 やろうとしたことはまぁ、簡単。

 ホーリーナイトとアークビショップまでのスキルツリーを完全に並行で進めていると、救世主(メシア)、という第四次ジョブにも関わらず最終ジョブなジョブが出てくる。

 当然四次ジョブだから他のジョブよりスキルは少ないし、ホーリーナイトでできた『聖なる盾(ホーリーシールド)』や『分配する運命(シェアリングデスティニー)』といった防御スキル、アークビショップでできた全体回復や蘇生、結界といった、それぞれの代名詞とも言えるスキルの悉くができなくなっている特殊仕様のジョブ。

 救世主(メシア)に存在するのは基本的な武器マスタリと──『救世(サルベイション)』という唯一無二のスキルだけ。

 

 これは文字通り世界を救うスキルだ。

 破れかけの結界を元通りにし、終わりつつある魔法に輝きを取り戻し、失われゆく命を取り戻す。

 

 強化でも付与でもない。敢えて言葉にするなら、充填が最も正しいだろう。

 蘇生はできない。死んでしまった相手には何もできない。

 防御はできない。壊れかけていないと何の効果も発揮しない。

 攻撃はできない。誰かの助けがなければこのスキルは意味を為さない。

 

 それが『救世(サルベイション)』。

 

 その反転を、今かけた。かけようとした。

 

「……流石に射程距離:全域は無理があったか。もうちっと考えないと……」

 

 オブジェクト指定はさっきので一度成功している。エンチャントも間違いはない。

 だからあとはレンジ……射程距離の問題。

 この広大な土地に配置した装備の全てに同時にエンチャントをかける必要がある。

 どうすればいい。

 全域以外で、何か、良い指定文はないか。

 

「ハ」

 

 ふと、横を見た。

 全く中心ではない。何でもない場所だ。だけどここに戻ってきて考え事をしてしまうから、横にあった。

 

 ──ベンカストの血。大量の血痕。

 

「些かどころじゃなく猟奇的だが……アリ、だな」

 

 さて。

 装備の集め直しだ。

 




描写しなかったのは、描写してあったから。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。