お 守 り く れ る 怪 し い 老 人 作:老人というだけで怪しい(偏見
それは激しい金属音だった。
だけど、前とは違う。明らかにこちらが圧している。
「雨のルクレツィア。懐かしいですね。僕、クリアできませんでしたよアレ」
「……イベントモンスターがよもやこんなところに住んでいようとはな」
ベンカストとまおう。二人が見つめる先で繰り広げられる激戦。
血のルクレツィア……ルクリーシャとアニータが掻き鳴らす剣戟に混ざって、泡のようなものが多数室内に浮かんでいる。
それはルクリーシャへと触れたら彼女の身を重くするものだし、アニータが触れたらその体を羽のように軽くする魔法。
口を慎んではいるけれど、ベンカストもまおうも、バフとデバフを同時に行う魔法、というものを知らない。辛うじて似たものが
「今は協力的だが」
「わかってますよ。あなたたちなんかより、ずっとね」
「……怖い怖い」
猛攻。激進。
ルクリーシャに匹敵する速度と膂力を持つアニータに、さらにラクサスからのバフがかかっているのだ。その二点だけで言うなら、あるいは神にも届かんという勢いの強さ。
だからこそ、未だ抵抗を続けていられるルクリーシャにこそ称賛が為されるべきだ。
「ハハハ──他人の支援をするなど此度が初めてだが、中々面白い。アニータ・オールァ・ウィンダルよ! まだまだ行けるか──?」
「四倍!」
「よかろう!」
凄まじいまでの重圧がルクリーシャを襲う。恐ろしいまでの力がアニータの背を押す。
これで勝てなかったら嘘だ。プレイヤー二人をしてそう思わせるレベルのバフ。バフの暴力。家の方が保たないのではないかと思うほどの圧力。
だけど。
それでも。
「今度こそ……負けないぞ、今度こそ……私は!!」
殺してもいい。
ベンカストもラクサスも蘇生の魔法を使えるから、殺す勢いで行っていい、と母親から言われていて、だから本気だった。アニータは、今まで感じたことがないくらいの──己で封印していた、己を恐ろしいと思ったその"本気"さえ出してルクリーシャの討伐にかかっていた。
なのに。だというのに、だ。
もう何度も斬った。
もう何度も突いた。
並の人間なら千を超える回数は死んでいる。
なのに倒れない。
なぜか倒れない。
痛みなどまるで無いものとしているかのように。体に蓄積されたダメージなど存在しないかのように。
「……まおう、まおう」
「なんだベンカスト。イントネーションに気を付けろ。そして、我も気付いたことがある」
「あの方が腰に提げている木片。見覚えしかないですよね」
「どれ『鑑定』……ああ、『痛覚軽減++』と『
アニータたちには聞こえない話だけど、気付いてはいただろう。
ルクリーシャの腰にある簡素な木片が美しい光を発していることに。そしてその光がルクリーシャに吸い込まれ、逆にルクリーシャから出た黒いオーラがもう一つの木片に吸収されて行っていることに。
あれは、二人とも見覚えのあるタリスマンだ。見覚えのありすぎる即席タリスマンだ。
「……埒が明かないか」
「まだ! まだできる!」
「ハハハ、幼年期のアニータよ。無論時間をかければ可能なのだろうが、今は急ぐ。これはあなたの技量が劣っているとかではなく、単純な火力不足だ。剣技や格闘技には限界がある──いやまぁ限界突破するような奴もいるが、今のあなたには無理だ。オレはそう判断した」
ざわめき。魔力の質差がわかるアニータだけでなく、ベンカストとまおうにもわかっただろう。
ラクサスの雰囲気が変化した。
今までの誠実でどこか抜けていて、ちぐはぐな印象を受けるソレから──見た目通りの魔法使いへ。
「止まれ」
混ざっていた。
部屋の中に浮かんでいたバフとデバフを兼ねた泡の中に、一つだけ。紫色の半透明な球体。
避ける暇はなかった。だってルクリーシャのすぐ背後にあったから。今まで魔力量さえも合わせて、一切悟られないようにしていたらしい。
気付けば。
……本当に気が付けば、だ。誰かが制止を唱えるまでもなく、勝敗は決していた。
「殺した……のか?」
「いや、時間を止めただけだ。死んではいない」
「時間を? ……それは」
「ん? ……あー。……まぁいいか。どうせセギから伝わっちゃうだろうし。なんならもういいか、色々使っても」
ラクサスがぶつぶつと呟きながら、激昂する表情のまま固まっているルクリーシャへ近づく。
未だ状況の把握できていないアニータも無視して、ベンカストとまおうが見ていることも気にしないで。
「えーと、バインド系は……ああこれか。初めて使うけど絞め殺したりはしないよな?」
彼の体からずるりと這い出るは影。あるいは闇か。
とかく、黒い靄としか表現できないものが、紐や蛇を思わせる形状を取って……ルクリーシャの体に纏わりついていく。顔以外を覆い隠すように。
「……妙に煽情的な……。はぁ、全年齢じゃないのはわかっているけど、どうしてこう……」
完全な観察モードに入ったプレイヤー二人は口を出さずにその行為を記憶する。
自分の世界に入って何かを愚痴っているラクサスは周りが見えていない。
だからもう、アニータはおろおろするしかなかった。
少し経って。
「よし、じゃあ解除するぞ。もう一度言うが、この拘束をあまり信用するなよ」
「はいはい、わかってますよ。でも安心してください。僕もまおうも拘束系の魔法は使えますから。アニータさんは知りませんけど」
「あ……ごめんなさい、使えないです」
「まぁ母親が火力バカですからね。仕方がないでしょう。今度、時間が合ったらヒト族の魔法使いを紹介しましょうか? 相手を傷つけずに無力化する魔法をたくさん知っている者です」
「え、あ、いいんですか? お、覚えたいです!」
なんだかんだ仲良くなったらしい二人。
その緊張感の無い雰囲気に困ったのだろう、ラクサスはまおうに目を向ける。
「すまないな。この二人は放置して、解除してくれ。もし何かあったら、我も加勢する。だがお前ひとりでも対処可能だろう?」
「オレはオレ自身だけですべてをなんとかできるとは思っていない。……まぁ、その辺の話は今はどうでもいい。では、解くぞ」
青く染まっていたルクリーシャの体。
それから、少しずつ青が抜けていく。
「カ──あ?」
「ハハ、気分はどうかね、ルクリーシャ」
動こうとした。
だけど動けない。当然だ。念には念を入れて、ラクサスは拘束の上に拘束魔法をかけて、さらに椅子に座らせてそこに拘束して、さらにさらに椅子をも拘束して……と。
本当に念には念を入れまくった。マトリョーシカくらい入れまくった。
だから、指先一つ動かせない。
「この……力は」
「よし、拘束は問題ないな。ベンカストさん、マルクス・オールァ・ウィンダル殿」
「ああ、わかった」
交渉役はラクサスではない。
というかラクサスはこれから何をするのかわかっていない。なんならまおうもわかっていない。
ベンカストの欲した大量の魔力を扱える個人。まおうが思いついたその人物こそが血のルクレツィアだった、というだけの話であり、何を要求するのかの話は一切為されていないのだ。
「おはようございます、血のルクレツィア、あるいはルクリーシャさん」
「……誰だ、貴様は」
「これは失礼を。僕は人間界の法国が大主教ベンカストと申します」
「ベンカスト……プレイヤーか」
「へえ。そういう確認を取るということは、魔神とやらにリストでも渡されましたか?」
少しばかり眉を上げるラクサス。
敵か味方かまだ判断しかねるこの状況において、ラクサスへの現状説明は本当に最低限しか行われていない。説明してもあんまりわからないアニータにも最低限であるのだが。
「……」
「だんまりですか。まぁいいです。これからあなたには人柱になってもらいます。あ、ご安心ください。死ぬとかはありません。その身の魔力を起点として、魔法陣の交点として役立ってもらう、というだけですので」
「……」
「あなたの弟さん」
ルクリーシャの顔が強張る。
黙っていては──どうなるか。ベンカストは修復したフードの中で、薄く笑って見せる。どの角度からも、どのように見ても顔の全貌が見えないその法衣で、唯一見える口元。
笑みは脅しだ。特に今、何の抵抗もさせずにルクリーシャを拘束してみせた魔法使いを擁している、とアピールしたばかりなのだから、効く。
「あはは、そんな硬い顔しないでください。なにも殺す、とは言ってませんよ。というか殺しても復活するんでしょう、あれ。死ぬくらいで苦しみから逃げられるのなら、あなたは二度か三度、狂気に走っていたでしょうから」
「そんなことはしないっ!」
「おや、そうですか。強い意志ですね。尊敬します。それで、どうでしょうか? 僕たちに協力してくれたら──あなた達姉弟を魔神の
また、ラクサスが反応する。
ベンカストは変なところで感心した。「よく口をはさんでこないものだ」、と。先ほどから故意に魔神魔神と出しているのだ、情報を引き出すために。
けれどラクサスは、口をつぐんだまま。
だからベンカストは少し賭けてみることにした。失敗しても特に問題がないから。
「ね、ラクサスさん」
「え……あ、いや、問い合わせてみないことには……じゃない、というか、呪い? 魔神が? ……そんなケチ臭いことしないと思うが」
「問い合わせる、ね」
「え、ぁ、う……」
「おいベンカスト。あまりいじめてやるな。今は対象が違うだろう」
「あはは、そうでした。すみません、他人を詰問するのが僕の趣味なんです」
顔をラクサスからルクリーシャに戻して。
「あなたと弟さんにかかっている呪い。魔神の遣いたるラクサスさんが違う気がする、と言っているあたり、本当は魔神でもなんでもない何かがあなた達を貶めるために仕掛けた謀略の可能性もでてきました」
「魔神の……遣い」
「ん……あぁ、まぁ、そうだな。オレは偉大なる魔神の力を揮う者だ」
憎悪。
ラクサスが言い終える前に、果てしないまでの憎悪が彼へと向けられる。
「はいはい、そういうのは後にしてください。今は僕とのお話し中です」
「貴様と話すことなど何もないっ」
「人柱になることを了承してください。そうしてくれたら、この拘束から解放してあげますよ。その後なら彼を煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」
「……勝手にしろ!」
「はい、ありがとうございます。じゃあラクサスさん、さっきの時間停止魔法を彼女に」
「あ、ああ」
騙したな、とか。話が違う、とか。
そういう言葉を言う前に、彼女はまた停止した。
「この拘束も解いちゃってください。約束した通り解放してあげないと、反故にしたことになってしまいますから」
「最悪だな」
「あはは、怒ってる相手って操りやすくていいですよね」
この場の全員の心。その代弁をしたまおう。
反省の色は当然に無い。
「流石は性悪大主教……」
「何か言いました?」
「いや、なんでもない。それで、どうすればセギを助けられるんだ?」
「あ、それではまず、彼女を運びましょうか」
行き先は。
「黒曜山──この世界で最も高い山の頂上に行きます」
☆
「よし、よし……」
すべての作業が終わった。
ベンカストの血液で"雨の"装備シリーズに彫刻文字を刻み込み、魔法陣の交点に配置する作業。
半径だけで何百kmとある魔法陣の各所に意味のある──と思い込んでいる──言葉を刻み込む作業。
プラスして、刻まれている文字の頻出割合やパターンからある程度のアルファベットを割り出す作業。
全部まぁまぁ大変だったけど、エンチャントのグリッチ……指定文とか関数変数を探している時と似た楽しみもあったな。コトが済んだら彫刻文字の研究をしてみるのもいいかもしれない。
魔力増強系のアクセサリでフルに充填した魔力。魔法陣の整備。
新たに考え出した指定文。
これだけやれば、いけるはず。
問題は……帰ったら幽霊扱いされるんだろうなぁ、ってこと。
ここへ来てから何日経ってんだって話なんだよな。いやー老骨には堪えるぜ。
「なんて。幽霊扱いも今更か」
さぁ、起動しよう。
この世界とおさらばするための──第一歩、ってな。
「
中央の文字の方向から勝手に判断した東西南北。その北側にある装備群に輝きが灯る。
ベンカストが死んだときに光った魔法陣と同じ色の、けれど淡い光。それは消えずに残る。
「
次は
西方向の装備群に輝きが灯る。完全励起状態にないから、光は今にも消えそうなほど淡い。それでいい。
「
榛、土、接骨木、接骨木、櫟、苛草、柊。
これが南。
そして最後に。
「
花楸樹、葡萄、葡萄、針金雀児、接骨木、柊、樅、楡。
東側も淡い光を放ちだす。
おっけーおっけー。
ここまではおっけーだ。
そして──。
「あとは、もっかい魔力が回復するまで待つ……!」
そりゃね。
四回もこんな射程の広いエンチャント使ったらね、枯渇するよ、魔力。
淡い光に包まれる──けれど消えない光の中に寝っ転がって、時を待つ。
次、魔力が回復しきったら出て行ける。
誰もいない場所なんてまっぴらごめんなんだ。早く"何故かお守りくれる怪しい老人ロールプレイ"をしたい。それが生き甲斐なんだから、それを奪ってくれるなよって話。
まぁ無理矢理来たの俺なんだけど。
……怖いのは。
ベンカストとかまおうとかラクサスがなんか画策してくれてて……イレチになっちゃったら、まぁ。
ね?