お 守 り く れ る 怪 し い 老 人   作:老人というだけで怪しい(偏見

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 それは黒曜山へ向かう最中のこと。

 

「まおう。あなたはガシラさんのこと、どう思っていますか?」

「なんだいきなり改まって」

「まおう。僕はね、とても性格が悪いんです。たとえ命の恩人であったとしても、昔懐かしの顔であったとしても──疑えるし、見限ることができる」

 

 時間の停められたルクリーシャを担いで走るアニータ。その横を追従するラクサス。

 あの二人には聞こえていないだろう内緒話。

 

「……ガシラの何が怪しい」

「おかしい点はいくらでもあるんですよ。僕たちの知らないスキルをエンチャントしたタリスマン然り、彼が何故まだ生き永らえているのか然り、ね」

 

 ラクサスに使わせたというイベントフィールドへの転移を行わせるスキル。その前に貰ったINTコンバートなるタリスマン。

 そして──彼がヒト族であるという事実。

 獣人や魔族、エルフ、ハーフリングなんかより、ヒトの寿命は果てしなく短い。

 

 けれど千年。

 稼ぎ頭3は千年、老人のままだった。

 

「ただそれはおかしい点であって怪しい点ではありません。あの秘密主義者のことです、隠し球なんか数えきれないほど持っていることでしょうし」

「だな。それで、怪しいのはなんだ」

「彼がロビー空間に行ったこと、そのものです」

 

 前方、修復された黒曜山。その山頂は霞んで見えないほど遠く、高い。

 

「先ほど説明した通り、僕はなんらかの干渉を受け、肉体から精神を追い出される形でロビー空間に行きました。あの時の僕が精神のみの存在であったことは、アークビショップの精神干渉系スキルで証明済みです」

「……お前の肉体は魔界にあったんだったか」

「ホロウナイトに乗っ取られる形で、ね。さてここで問題」

「じゃあガシラがその身のままに行けたのはどうしてか、って話だろ。霊体ってわけでもないアイツが」

「はい。驚きましたよ。あそこがロビー空間だと認識した直後に自身の性質を確認して、そのすぐ後くらいでしたからね。生身のガシラさんが出現したのは」

「で? 殺してはみたのか?」

「あはは、できるだけスマートに殺すつもりだったんですけど、想像の千倍くらい用意周到で。フラジールナイフ二三本に加え、魔法効果のあるスキル二発、さらには『背針(バックスタブ)』まで使って一度も殺せませんでした」

 

 蘇生可能だから。

 怪しければ殺してみる、なんてのはただそれだけの理由。こればかりは稼ぎ頭3には真似のできない所業。タリスマンはあくまで所有していなければ発動させられない。

 死体になったものに後から持たせても意味はない。

 

「HPが全損する攻撃ではあったわけだ」

「はい。ちなみに僕にはHPバーはありませんでした」

「何か違うルールのもとにいるかもしれないって、そう言いたいワケだ」

「可能性ですけどね。もしガシラさんが僕たちと同じなら、ラクサスさんの目の前に脱け殻となったガシラさんの身体がおいてけぼりになってもおかしくはないと思いませんか?」

「……ダメだな。生憎戦闘以外はからっきしだ。お前にそう言われると、そうなんじゃないかって気がしてくる。だから俺は、あくまで中立視点にいさせてもらうよ」

 

 肩を竦めて。

 まおうは、力無さげに首を振る。

 

「勿論それで構いません。僕が誰彼構わず疑う人なら、ガシラさんは誰彼構わず信じる人。そしてあなたは、どこまで行っても自分を見失わない人ですからね」

「ふん、誰彼構わず信じる奴が、身体に二十個も三十個も保険を仕込むかよ」

「あはは、それもそうでした」

 

 飛ぶ。

 二人が眼下に収めるは、何か違うルールのもとにいるのだろうデーモンの青年。聞こえないふりをしているだけで、全部拾っている。全部記憶している。

 魔神。問い合わせ。第十七代魔王。世界最高にして最古の能力付与術師(スキルエンチャンター)。聖王法国。

 流石にボロを零しすぎだとは思わなくもないけれど、ベンカストもまおうもラクサスの正体についてはほとんど勘付いている。

 魔神がなんであるかについても。

 

 だからこそ、やっぱりだからこそ、怪しく見えるのが稼ぎ頭3だ。

 

「オブシディアンドラゴンの件。JJJメールが来ましたよ。イベント聖霊がいるかもしれない、と」

「そうか。そもそもリポップしてない時点でどこかに閉じ込められているか封印されているかだろう。イベントフィールドへ自由に行き来できるスキルに、イベント聖霊の出現。関連性が無いというのは無理があるな」

「……もし、ガシラさんが運営側の人間だったら……どうします?」

「どうするも何も。今更帰りたいか? 現実に」

「あはは、死んでもごめんです」

「俺もだ」

 

 さて──そろそろ辿り着く。

 稼ぎ頭3をこの世界に呼び戻すための儀式場。

 黒曜山。魔界で一番高い山。

 

「では僕は先に」

「ああ。俺はラクサスと少し話しながら行く」

 

 ルクリーシャを担いだまま山肌を駆け上がって行くアニータ。その近くをふわりふわりと飛んでいくベンカスト。

 選手交代だ。

 あまり素早く動くことのできないラクサスは、まおうに捕まった。

 

 

 

 

 

「ラクサス、一つ聞きたい」

「おお、なにかな、マルクス・オールァ・ウィンダル」

「この山についてだ。お前はオブシディアンドラゴンテイム時にこの山を壊した。そうだな?」

「あ! い、いや……あー……まぁ、そうだ。やりすぎたと思っている」

「咎める気はない。我が問うているのは真実だけだ」

「お、ぅ、そ……そうか。うむ、あぁ、そうだ。オブシディアンドラゴンをテイムする際に、勢い余って崩してしまった。……セギが修復してくれたが」

 

 バツの悪そうな顔で告白するラクサスに、けれどまおうは顔を顰めて考える。

 

 まおうが魔王に就任した時には。

 というか、まおうが魔界に引きこもって、ダンジョンをすべて制覇したころには──黒曜山は半分になっていた。

 ()()()()()()()のだ。

 当時を知る者は口を揃えて言う。

 

 ──"アレは月が持って行ったのだ"と。

 

「……戻された? いつの間に……」

 

 残念ながら、まおうは魔界の全てを把握しているわけではない。 

 常に忙しく魔界を飛び回っている……とはいえ魔界自体がとても広く、一か所の問題を解決していたら、また今度は次の場所が、そこが終わればその次が……と。

 そういう環境であるのは、トップであるまおうとその下に大きな大きな隔たりがあるからなのだが。

 

 直上。人一人を担ぎながら、魔物への対処も忘れずに、ほぼ垂直に等しい山肌を駆けのぼっていくアニータ。ラクサス曰く彼女が第十七代魔王らしいが──少しばかりの笑みをこぼしてしまうまおう。

 アニータの問題解決能力はまだ未熟で、ファザクフルメルミリナは武力に傾き過ぎていて。

 まおうは頭の良い方ではないけれど、少なくともこの二人に魔界を任せることがあるとすれば、遥か未来の話だな、と思った。

 

「ラクサス。お前がオブシディアンドラゴンを倒した時、どのような魔法を使った? 山を削り取るくらいだ、広範囲且つ高威力の魔法と見たが」

「風属性最上位魔法エヴァドミカテディーガだ」

「……」

 

 まおうの知る限り、風属性の最上位魔法はカタストロフィというもの。無論魔法は日夜開発が続けられているのでまおうの知らない魔法もあるかもしれない。だけど最上位魔法ならば──つまり火力を出す魔法ならば、まおうの嗅覚に引っかからないはずはない。

 もう、ほぼ確定。そして。

 

「その時黒曜山を砕いたのか? それとも消し飛ばしたのか?」

「いや! ……あー、その。気付いたら消えていた、が正しい。オブシディアンドラゴンめがけて魔法を撃ったのだが……エヴァドミカテディーガはエフェ……周囲が見えづらくなるほどの暴風を起こす魔法だ。その効果が終わったころには、という具合だな」

 

 聞き取りはそれで十分だった。

 

「ラクサス、少し遅れ過ぎている。急ぎたい。我の手にバインド系の魔法を使うか、我にバインド系の魔法を使われるか、どっちがいい?」

「あー、その、ならば後者で頼む」

「ほう? 我がお前を完全に拘束し、山頂から捨て去るやもしれんぞ?」

「オレなりの誠意というか、謝意だ。もしそういうことをするのならば、それもやむなしだ。オレはそれだけのことをしてきたし、それだけのことを仕返される動機も十分にある」

「……まだ引き摺っておるのか。陰気な男よ」

「うっっっ!?」

 

 何か。

 ラクサスというか、ラクサスではない誰かにぐっさりと刺さったらしいその言葉も、放った張本人は何を気にするでもない。

 無造作に取り出した蔦でラクサスの胴をぐるぐる巻きにし──。

 

「『高度確保(インジェクション)』」

 

 そのスキル使用と同時に、物凄い勢いで飛び上がった。

 

 

 

 

 まおうとラクサスが黒曜山の頂上に着いた頃には、儀式の準備は終わっていた。

 本来であればオブシディアンドラゴンの眠っているへこみ。そこに書かれた魔法陣。まおうをして見覚えのないソレは、何かを基に再現されているらしかった。

 

「あ、来ましたね遅刻組。それじゃあラクサスさんはあっちの点、まおうはそこの点に立ってください。あ、そうだラクサスさん。時間停止中の相手から魔力って搾り取れますか?」

「い、いや不可能だ。時の止まった奴は、いかなる干渉も受け付けない」

「そうですか。では改めてルクリーシャさんの拘束をお願いします。できればあの時とは違う種類のバインドで。そうじゃないと約束を反故にしたことになりかねませんから」

「……わかった」

 

 ラクサスもとうとう観念したらしい。

 この非道、もとい作戦担当の性格を。

 言われた通り違う属性のバインド魔法を使ってルクリーシャをこれでもかと拘束する。

 

「時間停止を解くのはこの魔法を使い始めたときで構いません」

「了解した」

 

 それぞれが魔法陣の交点に立つ。

 当たり前のように従う三人に、ベンカストは苦笑した。もしこれでベンカストが彼らの命を生贄にするような魔法を使ったらどうする気なのだろう、と。

 この魔法を使ったらどうなるかくらいの説明は求めてくださいよ、と。

 

「いいですか? 実はタイミングはかなりシビアです。ロビー空間とこちらの世界は、本来繋がってはいけない場所。なんらかの力で遮られているはず。そこに穴を穿つのですから──あるいは、何か良くないモノが流れ出てくるかもしれません」

「問題ないだろう。ここにいる四人だけでほぼ最高戦力だ。ルクリーシャは協力しないだろうが」

「はい。ですが縛りがあります。あなたたちは、というか僕を含めて、絶対に交点から動いてはいけません。僕らが一歩でも交点より外に出れば、魔法陣は意味を失い、瓦解するでしょう」

「アニータ。一歩も動かずに敵を倒す──できるな?」

「うん、できるよおかあちゃ……あ、えーと、お母さま」

「今更取り繕って何になる。儀式に集中するためなら、呼び名や作法などどうでもいい」

「……わかった。頑張るね、おかあちゃん」

 

 ベンカストはラクサスを見る。

 頷くラクサス。

 

「儀式を開始します。──ラクサスさん」

「ああ。時止めを解除する」

 

 言葉と共にルクリーシャの体から青色が抜けていく。

 状況把握は早かった。騙されたのだと気付いて、けれど動かない体に歯噛みして。

 

「行きますよ──」

 

 魔法陣が、赤く輝き始める──始めたけれど。

 

 誰もが予想していなかった。そこに、巨大な影が落ちることなんて。

 

 

 ☆

 

 

 魔力は充填した。

 全域の装備に前提エンチャントを付与してある。

 

 あとはこれを励起させるだけだ。

 

「願わくはあいつらが変な気を回していないことだけど──気にしててもしゃーなしだな」

 

 むくりと起き上がって。

 手を掲げて──降ろす。

 

能力付与(スキルエンチャント):Enc(ID:SkillEnhancer_LosEffect---).Ob(ID:ElfBlood).Op(Active(Coercion)/Range("CONNECT")」

 

 瞬間、世界が赤に染まる。

 ロビー空間でまず見ることのない色。魔法陣の輝きが世界全体を照らし尽くす──あり得ない状況。

 

 各地でひときわ強い光──各七文字の刻まれた"雨の"装備から、赤の光が立ち昇る。

 それは空、今の今まで金色の光を降り注がせていた天空へと突き刺さり、"穴"を穿った。

 

 世界を救う魔法救世(サルベイション)。その反転スキル。

 そこに、増加効果(ゲインエフェクト)の反転スキル減少効果(ロスエフェクト)を掛け合わせた。まぁマイナス*マイナスはプラスになる……と思われがちだけど、スキルの効果はそういう数学に即したものじゃないからな。

 単純に救世(サルベイション)の効果へさらにマイナスを付け加える結果になる。

 

 救世(サルベイション)の反転。別にスキル名が変わるわけじゃないけど、名付けるなら──。

 

壊世(ドゥームスデイ)──など、どうだ?」

「……ほ?」

 

 あとは壊していくだけだと。

 あとは壊れていくだけだと、先ほどまで晴天だった空を見つめていたら、後ろから声がした。

 

 聞いたことのない声だ。

 

 振り返る。

 

「……ほ、何故お主がこのような場所におる?」

「おや? 私の身体(アバター)に見覚えがあるのかね? 口ばかり出して、けれど最前線に出ることなく、私という死地の前に友を送り出した卑怯者が」

「ほほほ、随分ととげとげしいのう。儂ら、そんなに仲良かったか?」

 

 そこにいたのは、眩しいまでの黒を放つ──神だった。

 神。

 この世界がデスゲームになった時、「己を倒せば諸君らは解放される──挑め、嘆け、英雄(プレイヤー)たちよ!」と発破をかけてきた張本人。

 攻略組が決死の思いで討滅したデスゲームの仕掛け人。通説においては「中身は運営の誰か」とか「クラッカー」とか──「悪意のあるプレイヤーの誰か」とか。

 いろいろ言われていたっけ。

 

「クク……大いなる矛盾を孕む卑怯者。自分ばかりが良い思いをして、他者に知を分け与えない愚か者」

「ほほほっ、異なことを。確かに儂は秘密主義者じゃがのぅ、お主に愚か者と呼ばれるほど堕ちた覚えはないぞい。のぅ、神を騙る偽り者殿?」

 

 が、残念ながら、コイツは神じゃない。

 神はもっと神々しかった。神はもっと圧倒的だった。アイツはもっと──傲慢で。

 絶対にプレイヤー個人に恨みを抱くような、そんな小さい奴じゃなかった。

 

「他の遺骸を着てまで儂に接触するとは、余程酷い顔をしておるのかのぅ。ほほほ、儂も枯れ木じゃが、お主は焼け木か? 山火事は怖いのぅ怖いのぅ」

「ほざけ、悪質プレイヤー。貴様が行ってきた数々のグリッチ。それらは到底許されるものではない。よってここに俺が裁決を下す──永久BANだ、稼ぎ頭3」

「ほほほ、口調が崩れているぞ、偽神。いや、魔神、と呼んでやった方が嬉しいか?」

 

 このタイミングで俺に接触してくるやつが誰かなんて決まっている。

 血のルクレツィアとヴォルケインを使って命を集め、ラクサスを遣わして何かをさせようとしていた者。

 ラクサスがあの様子だ。ベンカストの証言もある。恐らくアイツをこの空間に飛ばしたのもコイツなんだろう。単なるホロウナイトにそんな力があってたまるか。

 

 世界の崩壊はまだ半分も行っていない。

 俺の見立てでは、完全な穴が穿たれた時、その穴に吸い込まれてあちらの世界に排出されるはずだ。

 

 よってそれまでコイツと対峙しなければならない。

 何をしてくるかも予想のつかない魔神と。

 

「何を画策しているのかは知らんが──」

「っ、」

「無駄だ、と伝えておこうか。この身体の性能を知らぬ貴様ではないだろうからな」

 

 激震と灼熱。

 

 痛みなど久しぶりだ。

 ははは、ずっと『物理無効』に頼ってたからな。まったくベンカストのやつめ、実は魔神の手先なんじゃないか?

 

「ほう? 存外動けるではないか。背骨を持って行ったつもりだったが……脇腹の肉しかこそげんとは」

「ほほほ……こちとら非戦闘ジョブで千年を生き抜いてきたんじゃよ。それなりの修羅場はくぐっておる。お主のような圧倒的強者と戦ったこともあるとも」

 

 手も足も出なかったが。

 最終的に駆けつけてくれたフレンドに救われたが。

 

「知っているさ。卑劣にも仲間の背に隠れ、戦いを拒んだのだろう? そしてそこで一人を失った。貴様は渡せたはずだな? いくつもいくつも……貴様のインベントリを圧迫している回復系のタリスマンを。貴様がグリッチで作り出した、理外のアクセサリを。だが貴様はそれをしなかった。結果一人が──ある少年の命がこの世を去った」

「ほほ、物知りじゃのう。物知り博士の称号をあげるとしようかの」

 

 随分と昔の話を知ってやがる。

 そうだな。俺が出し渋ったせいで一人を救えなかった。それを「俺のせいだ」と傲慢に背負うつもりはないが、確かに救えた命ではあったんだろうさ。

 そもそもプレイヤーやプレイヤーの子孫を守りたいというのなら、会う奴会う奴に『帰還』のエンチャント渡せって話だしな。

 

「それをしないのは、何故だ卑怯者」

「ほ? なんじゃ、思考でも読めるのか? ──だったらロールプレイなんかやめだ。そんで、なんでかって? 決まってるだろ」

 

 いつでも生き返ることができる、なんて考えになったら。

 ゲーム時代では許されたそれ。だけどデスゲームになって、誰もが気を引き締めて、生きて、生きて。

 

「今更引き戻すつもりはねえのさ。何度も言ってるだろ? ベンカストも言ってただろ。俺は生きてるプレイヤーが大好きなんだよ。屍兵となって敵に自爆特攻していくやつとか、人間としても終わった生活してる奴とかは対象外だ。そいつらと比べるなら、子孫の方を取るね」

「屁理屈を」

 

 ぶち、という音がした。

 左側だ。ああ、気付けば左腕の肘から先がない。

 

 いやぁ、しかし『痛覚無効+++』作っててよかったな。そんなスキルないから当然グリッチだけど、これ無かったらのたうち回ってたぜ。

 しかしまぁ、ありがたいね。

 どうやら魔神殿は俺を甚振るのが好きな様子。このまま時間を稼げば──。

 

「成程な。貴様の悲鳴が聞けない理由はそれか」

 

 あ、やべ。

 

「ならば──クククッ、貴様へ悪夢をくれてやろう。──『能力無効』」

 

 ──。

 おいおい、能力付与術師(スキルエンチャンター)に対してソレはズルじゃないか?

 

「物理攻撃が主体である戦士に『物理無効』を以て挑み、魔法使いへは『魔法無効』を以て戦う貴様が何を言う」

「ここ千年生きてきたがね、一度だって挑んだ覚えはねえよ。大体巻き添えだ」

 

 さて。

 どうするか。

 

 すでに発動済みのスキルが消えていないのは幸いだな。干渉できないと見た。

 だけどステータス底上げ系とか『痛覚無効』とかは消されちゃったわな。

 

 ん-、絶望絶望。

 

「……貴様、何故そんなに呑気であれる? 今──貴様は、窮地にある。貴様が狙っているアレが開くまでにはまだまだ時間があり、貴様の力の源たるスキルはすべて無効となった。痛みも尋常ではないはずだ。正気など保っていられないはずだ」

「いやぁ、小物だねぇ。俺も他人のこととやかく言えない程の小物である自信があるけどさ。理解できないもんを目にした時、その動揺を全部口に出しちゃうのがあまりに小物。というか説明役のモブ感凄いな」

 

 痛いさ。苦しいさ。

 でもそこまで行ってくれたら俺はもう大丈夫だ。

 

 それに至るまではバリバリ動揺するけどな!

 

「なぁ魔神。二つばかり疑問がある」

「時間稼ぎには乗らんと言ったはずだが?」

「ルクリーシャ……血のルクレツィアとヴォルケインにあんな呪いをかけたのは何故だ。プレイヤーを殺すためなら、お前が出張った方が早いだろう。……いや、もしかしてお前、こっから出られないのか?」

 

 足が折れる。

 べちゃ、と膝をついた。

 

「はー、成程ね。だからルクリーシャに取引持ちかけて……いや、それでも違うな。プレイヤーを殺すためだけじゃない。欲しかったのは命の方だ。そもそもその取引があったのはゲーム時代。つーことは、最初はフレーバーテキストだったのか? それが現在のルクリーシャに引き継がれていることに気付いたアンタは、ほくそ笑んでそれを利用しようとした。そんだけの理由だったりする?」

 

 じゃあホントにコイツは運営側の人間かもなぁ。

 アレか? 巻き込まれたか? 首謀者があの神だとして、なんだろう、メンテかデバッグか、とかく何かしらの運営業務をやってる最中に、あの神が勝手にデスゲームを始めた、とか。

 おお、攻撃が鋭くなった。図星か。わかりやすい奴だなぁ、ベンカストと一対一で話してみてほしい。

 

「はははっ、そいつはなんとも、不憫じゃねえか、魔神。で? ラクサスを遣わした理由はなんだ? ──アレか? 外部の運営から『お前を出してやる代わりに』とか頼まれたか?」

「……馬鹿が。ただの人間相手に、俺が下手に出るはずがないだろう」

「いやぁ、だってデスゲームだぜ? 外部の連中……運営が意図してやったことなのか、神一人の独断なのかは知らねえけどさ、モニタリングはするだろ、俺達を。で、その中に運営側の……巻き込まれただけのメンバーが一人混じってたら接触図ろうとするだろうさ。そうして接触してきた奴らに、なんだアンタ、『この魔法を撃たれて死にたくなくば、俺に従え』とか言ったって? はははっ、冗談はよせよ」

 

 画面の向こうのキャラに怯える奴がどこにいるんだってな。あ、ホラゲーは別で。

 

「俺は魔神だ。貴様らの常識で俺を語るな」

「だぁーったらとっとと出てけっつーの。アンタが外の世界に干渉できるなら、その力引っ提げて外の世界で無双でもするだろ。アンタの性格だ、あっちの世界でも神を名乗りそうなもんじゃねえか」

 

 思い切り蹴飛ばされる。

 こちとら元より枯れ木老人。スキルの封じられた今、体力も回復しなければ何の耐性が強いわけでもない、本当にただの老人だ。

 死など、すぐそばにある。

 

「……その状態で、よく俺を挑発するものだ。命が惜しくないのか? クク、命乞いの一つでもして見せろ。気が変わるやもしれないぞ?」

「はは、俺の言葉一つでブチ切れて、中々俺を殺さないような奴の何を畏れたらいいんだよ。──そんでもってな、魔神」

 

 仰向けに転がる。

 もう無理だ。強がりもここまで。どんだけ無視しようとしたって、血液が失われ過ぎた。『造血』とか作っておくべきだったか。どのジョブのスキルだよって話だけど。

 ああいや、それ作ってあっても無理か。『能力無効』ねぇ。そんなスキル見たことも聞いたこともない。

 

 もしかしてグリッチだったりして。

 おいおい、だとしたら使用種族まで弄れるのかよ。あるいは新しいスキルを自前で生み出せるとか? ずりぃー、運営権限ずりぃー。

 

「終わりだ、稼ぎ頭3」

「……みたいだな。殺すか」

「ああ。悪質プレイヤーは永久BANだ。この世から、な」

「んじゃあ最後。さっき言ったように、二つ質問したかったんだ。一つはさっきので解消したからさ、もう一つ聞かせてくれよ」

「その死に体で、随分と明朗に喋る……ふん、いや、いい。今ならこれが時間稼ぎであっても、貴様が天に吸い込まれる前に貴様を殺し切れる。答えてやろう」

 

 ごふ、と血を吐く。

 保ってあと数分か。まぁまぁ、そういうこともある。

 

「千年間。この千年間の間動かなかったのは、なんでだ。外部からの接触が無かったから、だけじゃねえだろ。というか、お前がアクションをしたから外部のやつが観測できて、だから接触があった。違うか」

「……正解だ。そして、この千年間動かなかった理由はただ一つ」

 

 空の赤が、黒に染まる。

 俺の目が死んでいっているのか。

 

 それとも。

 

「貴様だよ、稼ぎ頭3」

「あん? 俺?」

「そう、貴様が──」

 

 言葉は最後まで紡がれなかった。

 魔神を消滅させるが如く、このスキルの無効となった空間に光線が降り注いだからだ。

 

 黒。

 さっきの黒だ。

 

 黒が──降りてきて。

 

「……よかった。死んでないみたいですね。まおう、ラクサスさん!」

「わかっている!」

「な……あの姿は」

「アニータさん、セギを持ってきてください! あ、潰さないように」

「承知です!」

 

 黒。黒だ。

 巨大な黒。

 

 ──オブシディアンドラゴン。

 

「っ、みなさん! 空の穴に動きが……閉じかけてます!」

 

 その上には、あのフィルギャの少女もいる。

 

 ぐ、と。自分の体を持ち上げる力。

 それは赤髪の少女。ああ、なるほど。こうして至近距離で見るとわかる。確かに顔立ちはまおうそっくりだ。 

 持ち上げられ、何の衝撃も来ないままにオブシディアンドラゴンの上まで運ばれて。

 

「やっぱり早いですね」

「く、あれは死んでないな! まぁ主目的はそれではない──ユティ、ウィル! 頼むぞ!」

「はい、魔王様!」

 

 オブシディアンドラゴン──ウィルが大きく翼を広げる。

 

「──ダメだ、来るぞ!」

 

 声を上げたのはラクサスだった。

 彼にとっては雇い主であるはずの魔神。それに対し、それの狙うものに対し、そんな態度でいいのだろうか。

 そしてその言葉と同時、到底個人では成し得ない規模の魔法が全方位に展開されていく。

 能力封じはアイツにも効いてんのな。スキルの方が理不尽で展開も早いから、そっちの方が効率良いはずなのに。

 

「問題ありません、離陸してください。僕とまおうが守ります」

 

 言葉にウィルが翼をはためかせ始める。

 ドラゴンライダーさながらにウィルの首元に乗ったユティ。それを守るようにベンカストとまおうが座り、俺を決して離さないようにだろうアニータが俺の身を引き寄せる。

 

 ラクサスは──。

 

「ッ、コラティスドクサス!」

 

 杖を掲げ、何か金色の環を作り上げた。

 俺たちの周囲に。

 

 それは天へと立ち昇り、同時に魔神の展開した数多の魔法を弾く。

 

「──おいアブラクサス。それは──寝返ったと。そう判断するが、良いんだな?」

「構わない! オレは今、オレが正しいと思った方に力を貸す! オレの目から見て、魔神、アンタのやり方は気に食わない! 卑怯だ! だから、オレは──」

「んじゃその権限は剝奪だ」

「!」

 

 金色の環に綻びが生まれ始めた。

 どうやらこれはラクサスの魔力で成り立っていた魔法らしい。だからラクサスから権限なるものが剝奪され、魔力を失って、それを保てなくなったのだろう。

 

「行ってくれ!」

「ウィルさん!」

 

 一瞬速度を失っていたウィルが、再度力を取り戻す。

 そして物凄い速さで離陸を始めた。ドラゴンの飛び方ってそうだっけ。いやまぁ元来の飛び方なんかハナから知らないけどさ。

 

「ほ……アニータ嬢、先に渡した人形を、覚えておるか?」

「え? ……あ、もしかしてあの時の幽霊……さん?」

「ほほほっ、まぁ呼び方は何でもいいわい。そのうちの、そう、そっちじゃそっち。ソレをウィルの身体に押し当てておいてくれんか?」

「……わかりました。信じます」

「ついでになんか失意の底で落ちていきそうなラクサスも支えてやってほしいのぅ」

「えっ、えっ……じゃあ、えと、人形は足で、お二人は手で……」

「ホホホホホ……」

 

 ある程度の高度まで来た瞬間、全身のタリスマンが一斉に活性化を始めた。

 おそらく能力無効の範囲を脱したのだろう。いやはや、ずるいよなフィールド系スキル。物理無効と魔法無効もどうにかすれば範囲にできるのかなぁ。

 

「『聖なりし者よ、我らに恵みを与えたまえ(プレイングフォーレイン)』」

「トールスマッシャーMk2!」

 

 崩れ行く金の環。

 魔法を弾く効果の薄れたそれに、下方から魔法が殺到する。

 それらすべてを叩き落す紫電。突如曇った金色と赤の空から、俺達だけを避けて超威力の雷が降り注ぐ。

 

「ウィル、あと少しだけ頑張って! 穴が閉じちゃう!」

「……!」

 

 飛ぶ。飛ぶ。

 その翼を大きくはためかせて──そうして、辿り着く。

 

 

「馬鹿共が。一番の隙がどこなのか──わかりきってんだろうが!!」

 

 

 声は、真下から。

 ──真っ黒な光がウィルの中心を、貫いた。

 

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