お 守 り く れ る 怪 し い 老 人 作:老人というだけで怪しい(偏見
俺がラクサスの魔法を足掛かりにフィールド変換エンチャントをする──というのが計画だったんだけど、その必要は無かった。なくなってしまった。
完全に凍ったのだ。
火傷フィールドであるはずの、今や爆熱フィールドに変わった炎魔窟が、つるりと。
「お主、魔神の奴めに力を剥奪されたんじゃかったのかの?」
「ああ、だから無尽蔵に近い魔力は消えている。オレに残されているのはせいぜいが知識くらいだ。だけど……あー、その。アンタらにわかりやすく説明すると、オレがいたところではツリー制自体が廃止されていてな。だから、知識さえあればなんでもできる……感じだ」
「へぇ、それは羨ましいですね」
成程。
ジョブツリー制度、スキルツリー制度を廃止したのか。そりゃまた、思い切ったことを。
いや……自由度が増したのかな、それで。
よくもまぁデスゲームが起きたゲームの続編なんか作ろうと思ったもんだけど。
「ん? じゃあ属性最上位魔法とかは、自分で考えているのかの?」
「そうじゃなくて、そうであるものを発掘する感じといえばいいか……」
「セギ、そのくらいで。今は現状に集中してください」
「おお、ほほ、すまんの。その通りじゃった」
進む。
凍り付いたから急激に寒くなった炎魔窟。なんと道中の魔物も凍っていて、それでいて俺達は凍っていなくて。敵味方の識別機能もしっかりしているらしい。
にしては人質の話の時とちょいと食い違うが……ま、それは後で良いだろう。
今は、コイツだ。
随分と長引かせてしまったからな。続編だの魔神だのロビー空間だの、そんなこたもうどうでもいい。
俺がこいつらに手を出したのがまぁ原因なんで。
収拾くらいはつけましょうかね。
「……凄いね。セギ」
「ほほ、儂の力じゃあないがの」
「今度は仲間をたくさん引き連れて……姉さんまで連れてきて。でも、わかってるよね。あの時逃げた英雄。君が、君たちが僕をどうすればいいのか。僕が君たちをどうしたいのか」
「殺せばいいんじゃろ? 殺したいんじゃろう?」
「うん、そうだよ」
ヴォルケイン。
イステア少年の口調だから物凄い違和感があるけれど、彼はイステア少年だ。
ルクリーシャ嬢の弟。NPC。血のルクレツィアを演出するためのフレーバーテキスト。
「
指先を向ける。向けて言う。
驚きに目を見開いたのはベンカスト以外の全員。ちぇ、こいつだけは騙せないか。まぁまおうにも効いたのはでかいな。おかげで止められずに済んだ。
指の向く方向は、俺。
俺のこめかみ。人差し指伸ばして親指立てて、他の指曲げて……つまり手銃の形で。
「ばぁん」
瞬間俺は、消滅した。
☆
「な……」
多分、一番驚いたのは彼の仲間ではなくヴォルケイン──イステアだった。
急に目の前でいなくなった老人。『消滅』などというスキルは聞いたことが無いけれど、イステアの学はそこまで深くない。そういうものがあってもおかしくはない。
そして何より彼の仲間も酷く驚いている……その事実が、セギ老人の消滅を真だと伝えていた。
「せ……セギ? 何をして……どこだ、おい、セギ!?」
「ミニマップから消えた……嘘だろう!?」
「え、おかあちゃん、セギさんは今何を……」
大混乱だ。
事前に話していなかったことが容易に窺える。
ただ、これで。
「どうですか、イステアさん。──供物は集まりましたか?」
嗤うは法術師。白いローブの少年は、その口元だけをにっこりと歪ませてそんなことを宣った。
仲間じゃ、ないのか。
そんな思いがイステアの中を駆け巡る。
同時。
イステアの、否、ヴォルケインの中を何かが駆け巡る。
力のようなものだ。凍り付かされた炎魔窟においても熱い熱いもの。魔力にも似た、けれどもっと──理不尽なもの。
それはスキルだった。
だけど、イステアの意図していないスキル。
「あ──これ、だめだ」
ヴォルケインお得意の『大爆発』ではない。
ただ──塵となりて。
だから、つまり。
「『
奇しくも老人と同じスキルを口にして、ヴォルケインは死んだ。
割れる音。それは『血の杯』が。
「……ベンカスト。どういうことか説明しろ。我らにもわかるようにな」
「え? 今見た通りですよ。血のルクレツィアはプレイヤーの命を欲していた。そしてそれはヴォルケインと同化したイステア少年が代わりに集めていた。何故って、彼が彼女のそばにいる限り、呪いによって血のルクレツィアは大幅に弱体化してしまうから。代わりにイステア少年はイステア少年のままでいられる……ヴォルケインにならずに済む。片方が正常でいるためには片方が縛られなければいけない、なんて契り系の呪いではよくあることでしょう」
淡々と。
ベンカストは何を疑問に思っているんだと……それくらい常識でしょう、と言わんばかりに話す。
「そして道中話した通り、セギはこう考えました。二人を縛る呪いが命を奪い、溢れさせることで履行となるものであれば、命を減らせばどうなるのか」
「だ、だが……セギは死んだ! これじゃあ命を与えたことになるんじゃ」
「なりませんよ。あれ『消滅』なんてスキルじゃないですから。僕らの知らないスキルではありますが、そんな攻撃性のあるスキルを彼が使えるわけないじゃないですか。指を向けた対象に『消滅』スキルを付与して発動させて、なんてことができてたら、今頃彼は無双系やってますよ」
それでも、目の前で起きたことがすべてだ。
現にセギは戻ってきておらず、ヴォルケインもいなくなった。その理由は。
「だからここからの説明は、わけもわからずに消滅した
ベンカストが向き直る。顔を向けるのは、先ほどまでヴォルケインがいた場所。
「──簡単な話です。あなたは血のルクレツィアと違って、自我を持った血のルクレツィアを思い通りに動かすためだけに生み出された駒。謂わばフレーバーテキスト。それがプレイヤーの命を奪うという目的を達したんです」
なら、用済みでしょう。
にっこりと、あまりにも笑っていない笑みで言う。
「だって──魔神が欲しかったのはひ弱なイステア少年でも適正レベル76程度のダンジョンのボスの身体でもなく、トッププレイヤーの一部でしか倒すことのできないような超高性能な身体」
あなたが消滅させられたのは、ただそれだけの理由です。
ベンカストは笑みを絶やさない。
「セギの読み通り、僕の読み通り、魔神は喜び勇んで入ったみたいですね。彼女の中に」
「……あ」
「ええ、
「こ……この中に、魔神が?」
「プレイヤーの命を集めたら弟さんをヴォルケインから解離させる、なんてのは方便ですね。まぁ死ねばどっちにせよ同じ、と考えたのかもしれませんが」
ならば、だったら、と。
誰もが思っただろう。
「なら……セギはどこにいる。死んでいないのなら──」
「死にましたよ。HPバー何度も全損して死にました。今さっきまで僕たちの隣を歩いていたのは抜け殻というかゾンビというか、死体です。だから、彼の言う『消滅』とはそれそのもののことを指すスキルではなく、そうですね、さしずめ『崩壊』とか『瓦解』とか、さっきまでいたセギを消し去るキーワードなんでしょう」
「……どういう」
「僕、アークビショップなんで。彼に命が無いことくらいはわかっていましたよ」
いつからか、なんてどうでもいい。
どうして、でさえどうでもいい。
「あはは、わかりましたか? さっきヴォルケインが使った……使わされたスキルは、実は遠隔で誰かが使っていたスキルなんです。セギは死んでいない。少なくともヴォルケインの前で死んだわけではないし、炎魔窟で死んだわけでもない。もともと死んでいたモノが壊れただけじゃ、供物足り得ない」
「……まさか、早とちりした、とでも?」
「はい、その通りです。魔神はセギの死を見て喜び勇んでルクリーシャさんの中に入りました。その時後々邪魔になるヴォルケインを消滅させて。しかし、どうしたことでしょう。ルクリーシャさんの身体は止まっていて、何より供物は足りていない」
さて。
あの小物な魔神はここからどうするだろうか。
「どういうことだと憤慨するでしょうね。時間停止している身体に自由に入れるのですから、出ることも容易。では、ルクリーシャさんから出て行った魔神はどこへ行くと思いますか?」
「ふむ……さっきのロビー空間、ではないのか?」
「いえいえ、あそこに彼がいたのは僕やセギがあそこにいたからですよ。あそこは彼の棲み処ではない。ですが、ラクサスさん。あなたは知っていますよね。彼がどういった場所に向かうのか」
「あ……ああ、多分、コンソールルームだ。デバッグ用の色々ができる空間があって……その機能のほとんどは使えないんだけど、余っているNPCを配置することくらいはできる、らしい」
「へえ、そんな機能が。まるで神ですね」
「いや、だから魔神なんだが……」
そして──これで話は終わり、とばかりに黙るベンカスト。
一同の頭の上にはクエスチョンマークが浮かんだことだろう。何も答えになっていない。何も解決していない。
だというのにその態度は。
「ベンカスト、勿体ぶらないでくれ。セギはどこにいる。魔神に対してそんなことをした理由はなんだ?」
「魔神にちょっかいをかけた理由は、魔神をその空間からこっちの世界へおびき出すためです。コンソールルームとやらから離れさせるため、でもいいですよ」
「……ベンカスト。そろそろ……我は限界だぞ」
「あはは、セギについては彼に聞いてください。今頃僕でも知らない手法で魔神を"保存"しているはずですから。なんたって魔神もプレイヤーではないとはいえ同郷らしいですからね。彼にとっては対象なのでしょう」
光。光が生まれる。
先ほどヴォルケインの消滅したところだ。
「あ、おかあちゃん……あれ」
「……アニータ、少年の方を全力奪取。ヴォルケインが起きないうちにこのダンジョンを出るぞ。傷つけずにできるか?」
「大丈夫。できるよ、おかあちゃん」
ふわり、と落ちてくるのは、完全に分離した少年とダンジョンボス。
納得の行っている者などベンカストくらいしかいないけれど。
一同はそこから、凍り付いた炎魔窟から出て行った。
☆
「
「!?」
それはあり得ないことだった。
思っていた結果にならなかったから戻ってきた──ただそれだけのこと。
外界には簡単に干渉できない縛りを受けた彼が、唯一自由に行き来できる場所。それがNPCの中だ。プレイヤーと、千年の時を経てNPCではなくなってしまったこの世界の住民たちには出入りできないけれど、己で設置したNPCは端末として機能させられる。
ようやく。
ようやく自分もこの世界へ──そう思った矢先のこと。
違った。
何の条件も整っていなかった。
プレイヤーの誰かの命が手に入れば、そのIDを自身に適用させて成り代わることができる。その理論は完ぺきだった。
だから喜び勇んで行ったのだ。丁度、一番嫌いだったプレイヤーが死んでくれたから、これ幸いに、と。
「ホホホホホ……儂が自殺なんてことをすると思うか?」
「き、さま……何故まだこの空間に」
「お主が散々殺してくれたからのぅ。たくさんたくさん落ちていたじゃろう? あのロビー空間に、儂の腕やら足やら血やらが」
死ぬ。
それがわかった時点でセギは、己を媒介にすることに決めた。
普通に帰ることができるのならばよし。できなくても良しにするための措置。
「ホホホホ、ベンカスト達が助けに来てくれたのは完全に予想外じゃったがの。元より儂はお主を道連れにするために色々していたんじゃよ。ま、『能力無効』であの時は活きなかったがゆえ、ベンカスト達が来てくれていなかったら水泡に帰していたが」
老人は言う。
妖しく笑って言う。語り掛ける。
そろそろ気付くだろうか。魔神と名乗る彼の手足が動かないことに。いや、手足のみならず、全身が動かないことに。
行商人ジョブの使う『保存』のスキル。それを人形に強制発動させた──対象は、職員IDとしてSystemを持つ者。
老人が人形を見下ろす。
「神のIDはの、控えておるんじゃ。攻略組に付いて行かなかった──いつも誰かの後ろに隠れているだけの卑怯者。ホホホホホ、結構結構。じゃが、これでも修羅場はそこそこ潜っておってのぅ。その一つが、最後の決戦の場だったわい」
「……下手な嘘はよせ。俺はあの戦いを見ていた。そこにお前はいなかった」
「いやいや、身に着けておったじゃろ? 死闘を繰り広げた勇士、英雄たちが──儂の作ったエンチャントの付与された装備類を。ホホホホホ、ホホホホホ……奴らは儂を心底信用しとったからのぅ。一つくらい全く別の用途のスキルが混じっていても気付かぬよ」
つまるところ、死地に向かう仲間の装備に盗撮カメラを仕込んだようなものだ。
「IDはEmployee_System#1001じゃった。はぁ、まったく、どういう法則で後ろの数字を付けているのか知らんが、四桁はやめい。どんだけダルかったと思っとるんじゃ」
「総当たりで俺のIDを当てたか。頭の悪い、効率の悪い方法だな。貴様らしくはあるが」
「ホホホホ、まぁそう邪険にするでない。お主と儂は一心同体。これより先──誰かが現実世界に戻る足掛かりを見つけるまで、儂とお主はずっとここにいるんじゃ。なぁ、仲良くしたほうが建設的じゃろう?」
「何を……言っている?」
ようやく空を見た。
魔神はその空を見た。金色の空は、ロビー空間のもの。
「壊したからのぅ、救い直したわ。お主を捕まえるのは至難そうじゃったからの、NPCというアバターへログインするためには必ず経由するだろうこの空間にてお主を待たせてもらった。ホホホ、この通り、儂は死人。落ちた腕と折られてもがれた脚と、大量の血液だけで模された人形に過ぎん。ホホホ、ホホホホ──のぅ?」
美しい空間だった。
どこまでも続く果てなき地平。金色の光の降り注ぐ空間。
外部から無理矢理こじ開けるか、内部から無理矢理突き破るかしないと出ることのできない空間。
「ホホホホ、さぁ、共に帰ろうぞ。誰かが扉を開けてくれるまで──共に」
このどこまでも広がる鳥籠で、永遠に。
☆
はぁ、と。ラクサスは大きくため息を吐いた。
魔物だと思ってテイムしてしまったマーメイドとセイレーンをようやく見つけ、当然の罵詈雑言を浴びながらテイムを解除、その後魔界全土に発行されていた「緑髪でエルフよりも尖った耳で魔法を無詠唱で使う男を捕まえろ」なる指名手配を解いてもらい、ただ魔界にいると気が滅入るので、人間界に帰ってきた……そんなところである。
人間界。
規範と節制の法国は肌に合わなかった。堕落都市オーバーエデンもどうにも落ち着けなかった。
だから適当にセギのいた国へ来て、けれど冒険者になるわけでもなくなんでもない日常を過ごしている。
魔神。
魔神から遣わされた任務。彼にはそれがある。
けれど今となってはそれを遂行していいものかどうか──決してベンカストやマルクス・オールァ・ウィンダルの味方をするとは言えない任務を続けていいものか、と悩んでいる。
そんな時だった。
それは──それは本当に突然のこと。
「ほほ、ちょいとお兄さん、お待ちくださらんか?」
大通り。
騒がしく賑やかな市場を抜けた後のこと。
あれだけ密集していた店々がまばらになって、人通りも減って、だから少しばかりの物悲しさが顔を出し始めた頃、彼に声をかける者があった。
事件から数か月。どこを探せども、ベンカストやまおうに訪ねども行方の分からなかった、自らの最も尊敬する
「お守りを一つ──持って行ってくださらんかの?」
当たり前のように。当然のように。
自分がそこにいることが、なんらおかしくないかのように。
妖しい怪しい老人は、木片をラクサスへと差し出したのだった──。
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