お 守 り く れ る 怪 し い 老 人   作:老人というだけで怪しい(偏見

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2.回り出す世界(100%)

 堕落都市オーバーエデン。

 その最下層の、もっと下。そんな場所に広がっているという大空洞──は、本当にあった。

 

「……」

 

 絶句である。

 確かにゼッケンの言う通り、この規模の空洞であればオーバーエデンが丸ごと落ちてもおかしくはない。楔とやらが……ゼッケンのなんらかの力がそれを防いでいなければ、この国はとっくに潰えていたことだろう。

 オーバーエデンの民のほとんどはこの事実を知らないはずだ。彼らは保身の塊。人間を媒介とした楔なんか信用できないだろうから、知っていたのならとっとと国外へ逃げているはず。ゼッケンと、彼女を楔にした元締め。その二人くらいなんだろう、事実を知っているのは。

 元締め。

 メルカポリスとラオの子孫。

 会ったことは無い……が、ゼッケンの口ぶりから察するに──魔神が関わっている可能性は高いと思う。

 突然変わった、いつの間にか変わっていた。それをゼッケン以外が認識できていない。

 これはいつかまおうやベンカストにも共有する予定であるけれど、おそらくこの世界はまだゲームシステムが残っていて、それをコントロールできる存在……魔神がまだいるはずで。

 

 パッチを当てた、というのが最も適切な表現なのだろう。

 

 血のルクレツィアの件や黒曜山の件はおそらくそういうこと。

 

 俺たちの知らないところでいつの間にか世界が変わっている、というのは勿論恐ろしいこと……だけど、同時に希望のある話だとも思っている。

 ならば、可能性はある、という話だ。

 この世界の法則を書き換えることで──糸口が。そして何らかの手段で外部……元の世界と連絡を取る何かが。

 

 前回のラクサスを遣わしてきた奴……魔神#1121は、プレイヤーに成り代わろうとしていた。そのために回りくどい仕掛けを講じて、そのために道化も演じてみたりして、まぁ結果は知っての通りだが。

 俺が想像している通りに他にも元運営こと魔神たちがいるとして、そいつらの目的も同じなら……此度のオーバーエデンで何を企んでいると考えられるだろうか。

 

 真っ先に思いつくのは、ゼッケンに成り代わろうとしている可能性、だ。

 その偽物のゼッケンとやら。息子君の言い草からして、容姿や性格もゼッケンと同一……ロールプレイ中のゼッケンと同一であるらしい。そんな奴をポンと作れるわけもなし、そいつが魔神と考えるのが一番楽だ。

 が、ソイツがNPCなら話は別。それこそパッチを当てた、で片付いてしまう。 

 商会の元締めもパッチを当てたで片付けられるのなら……魔神はまたコンソールルームとやらにいるのだろうか。誰になろうとしている。いや、別の目的が……。

 

「ほほ」

 

 ダメだな。

 手元にある情報が少なすぎる。もっともっと調査しないとダメだ。

 

「『高度確保(インジェクション)』」

 

 あらかじめ用意してあったスキルを使う。スキルというか、スキルの入った指輪を。

 砲撃魔(ブラストメイジ)の習得する、お手軽に高さを手に入れることのできるこのスキルは、メイジ系ジョブの奴ならほとんどが取っているはずだ。ベンカストとかまおうも持ってんじゃないかな。便利だし。

 位置確保系のスキルはメイジ系ジョブには多い。逆にその場から動かされるのを嫌う固定系のスキルが戦士系ジョブに多いかな。ちゃんとそういう棲み分けが為されていて、だからこそ最終ジョブにまで行ってる奴はちゃんと廃人なんだ。膨大なスキルポイント必要だから。

 ベンカストとか、アークビショップまで行ってるくせに他のジョブのスキルもちょいちょい取ってるし。

 

 

 さて、『透過』を併用してとりあえず地上まで高度を確保しての──どうしようか、これから、というところで。

 

「──ほ」

「おお、また避けられた!」

 

 路地裏に出たのが悪かったのだろう。

 後頭部を狙ったその一撃は、確実に俺の命を獲りに来ているもの。というか獲られていた。『物理無効』がなければ。『透過』の解除と同時にそれが起きたから、咄嗟に前転して、だからお相手さんはそれを避けられたのだと勘違いしたらしい。

 

 お相手さん──この前会った、大きな本を抱えた少女。

 メイジジョブかと思わせて、アサシン系ジョブだろうその少女は、今回は一人でそこにいた。

 

「何か、用ですかの?」

「へえ? 何事もなかったかのように続けるんだ。それとも何かな、君にとって私の攻撃は本当に何事でもない……とでもいうつもりかい?」

「ほほほ、はて、なんのことやら」

「……ぷ、あはは! 君ね、この前もだったけど、はぐらかすにしたってもう少し言い方があるだろう! そんな使い古された……いや、もう一周周って新しいよ! よし、よし、いいだろう。その新しさに免じて、はぐらかされてあげようじゃないか」

 

 何がそんなにおかしいのか、何がそんなに嬉しいのか。

 直前まで他人の命を奪おうとしていたとは思えない程屈託のない笑みを浮かべて、少女は──中空に座る。

 

「……随分と珍しいスキルを取っておるのぅ。『空間椅子』。使いどころのないスキル群の中でも一、二を争うスキルじゃろうに」

「まぁ常人にとってはそうだろうけどね、私にはこの本があるから、いつでもどこでも座れる場所を求めているんだ。が、地べたに座るのは面白くない。それを考えると、このスキルは非常に有用なんだよ」

「ほう? では、その本……余程大切なモノと見た。何が書かれているんじゃ?」

「読めない言葉だよ」

「ほ?」

「ふふ、会うたびに私に刺激をくれる君になら見せてあげてもいいけれど、それより先にヤることをヤらないかい?」

「……何をする気かのぅ」

 

 なに、って、と。

 空間椅子……まぁ行っちゃえば空気椅子をマジに椅子にしたスキルなんだけど、それに座った少女が、肩を竦めて言う。

 

「自己紹介さ。背徳と堕落のオーバーエデンとはいえど、互いの名前も知らないんだ、それくらいはいいだろう?」

 

 至極、真っ当なことを。

 

 

 

 

 少女はミンファと名乗った。

 

「セギ、ね。聞かない名だ。この国の住民じゃあないね?」

「どこの国の住民でもないが、基本拠点は東の国じゃな」

「ああ……あっちは息苦しいからね、覗きにも行かないんだ。だから知らなかった」

 

 改めて彼女の容姿を見る。

 水色髪がまずキャラクリの遺伝。大きな丸眼鏡は、けれど度が入っていない。瞳の色は黒……だけど、これ魔法か何かで色変えてるな。元の色は水色と見た。

 体付きや背丈は少女と表すほかないけれど、やはり肩にかけている巨大な本が目を引く。

 タイトルは……魔法の本? 

 

「君は私よりもこの本にご執心のようだ」

「そりゃあのぅ。どこにでもいるちんまいお嬢さんより、どこで見かけることもない巨大な本の方が気になるのは当然じゃろう」

「ふふ、やっぱり私なんか取るに足らない、ということだね。私のジョブが何なのかは察しがついているだろうに、私に集中しなくていい、なんて」

 

 いやだって、前回の『貫通一指』といいさっきの『鎌鼬』といい、練度がかなり低い。低かった。

 つまるところ、暗殺を本職にしている奴じゃないってことだ。どちらのスキルも暗殺業なら頻繫に使うスキルだから。いやまぁ遠距離狙撃専門、とかだったら知らんけどさ。

 ただ、それに反して威力は高い。プレイヤーの子孫はプレイヤーのステータスをある程度から全て、あるいは全て引き継いだ上でプラスする、という風になる。アニータ嬢がそれだな。

 ミンファも多分それ。地力が高いから、威力依存が練度でなくステータスで補えている……そんな感じ。

 

 流石にね。

 流石にその程度の奴を警戒したりしないよ。アニータ嬢の爆走は例外中の例外だから。

 

「お主、そもそもが戦闘者ではないじゃろう? アサシン系ジョブのスキルは武器が要らなかったり、要るとしても隠し持てる程度の大きさで済むからの。自衛にピッタリなんじゃ。お主の任務であろうものはその本を肌身離さず持ち歩くこと。そしてそのためならどの命を奪おうと、誰を犠牲にしようと構わない……そんなところかの?」

「……ふむ。セギ、君はよくわからない人だね。あまりにありきたりな詐欺を働こうとするかと思えば、あまりにありきたりな私の現状を一発で見抜く観察眼もある。もう少し自分に目を向けてみるといい、使う言葉も自ずと洗練されていくと思うよ」

「儂は詐欺師ではない故必要のないアドバイスじゃな」

 

 足を組み替えるミンファ。

 見定めるように俺の身体を足先から頭まで見た後、腰についたポケットからあるもの──俺のあげたタリスマンを取り出した。

 

「確かに、詐欺師ではなかった。これ、お守りとか言って渡してきたね」

「ほほ、律儀じゃの。ちゃんと持っていてくれるとは」

「一度帰ってね、相応の『鑑定』スキル持ちに『鑑定』してもらったんだ。そうしたら、いやはや、驚いたよ。これがお守り? 詐欺もいい所だ」

「その鑑定士が嘘を吐いているやもしれんぞ? なんせここはオーバーエデンじゃ」

「あはは! 流石に彼も自身の五指が天秤にかけられた状態で嘘は吐かないだろう。リスクとリターンが見合ってなさすぎる」

 

 笑って──でも、真剣な瞳で。

 こちらが噓を吐こうものなら、全て見破ってやる、という意思が見て取れる。

 

「これを作った付与術師(エンチャンター)に会わせてほしい。取引の代価になるものならなんだって支払おう」

「ほほ、それは異なことを。ついさっき儂を殺そうとしたばかりじゃろう? 唯一の接点たる儂を殺しかけて、そんな真剣な目を作ってなんだって支払う、などと言われてものぅ」

「そうかい。ふむ、貧相な体で申し訳ないのだけどね。路地裏とはいえ公の場で脱ぐのは少しばかり羞恥が勝るが──」

 

 なんて言って、着ているものを脱ごうとするミンファ。

 

「……」

「……」

「……止めないのか──とでも言いたげじゃのぅ。ほほ、脱ぎたきゃ勝手に脱げばよい。その程度の事で慌てさせようなど、短絡的が過ぎよう」

「ちぇ、他国から来た良識ある善人ならこれで一発だと思ったんだけどね。どうやら君は、良識もなければ善人でもないらしい」

「ほほほ、儂も長く生きとるでの、オーバーエデンの民がどういう手法を取ってくるかくらいは把握しておるよ」

 

 色仕掛け、あるいは「年端も行かない娘子がそう簡単に肌を晒すな」……なんて良識をオーバーエデンで吐けば、瞬く間に笑い者にされるだろう。

 ここの民に罪の意識などない。騙すことに躊躇はないし、良心の呵責が来ることもない。相手が善人なら騙しやすいと思うだけだ。そこにまんまと乗ってやる義理はない。

 

 こちらが一切靡かないのを理解したのだろう、ミンファは脱ごうとしていた服をすべて直していく。

 

「それじゃあ、良識もなければ善人でもない君は、何を代価に求めるんだい? このお守り……いや、タリスマンの製作者に私が会うために、私は何を支払う必要がある?」

「ほほほ、必死じゃの。そんなに良いものだったか?」

「『範囲回復(エリアヒール)+++』。──こんなもの、ロストテクノロジーもいい所だ。お守り、なんて言って軽く渡していいものじゃないし、代価を取らないままでいるのも悪い。ただし、こんなものに支払える財力は私にはないよ。少なくとも四十億は動く。それくらいの代物だ」

 

 随分と練度の高い『鑑定』スキル持ちらしいな。強度までわかるとは、本職って奴か。

 

「武力では君に敵わない。組織力でも無理だろう。なんせさっき君は壁をすり抜けてきた。君を探している最中のことだったから咄嗟に攻撃してしまったけれど、それも躱された。私の身体にも興味が無いし、元々これをタダで渡してきたんだ、財にも靡かないと来た」

「ほほほ、八方塞がりじゃのぅ」

「だから教えてほしい。このタリスマンの製作者と会うには、何を支払えばいい。──命かい?」

「命を支払わば、製作者と会えなくなるのぅ」

「そうだね。それに、申し訳ないけれど命だけはあげられない。君の言う通り、私にはこの本を守る使命がある。だけど──たとえば、そうだな。命がご所望とあらば、私以外の全てを捧げることはできるだろう」

「ホホホホ……このタリスマンに、そこまでの価値があるかのう」

「もし君が本当に単なる端末で、これの価値を知らないというのなら……いや、それはないな。そんな小物だったら、色にも金にも靡いているだろうから」

 

 さて、まぁこれくらいでいいだろう。

 本気度は伝わったし、組織力も……組織を動かせる立場にあることもわかった。

 

 ならば。

 

「儂の目となり耳となり手足となること。それがこのタリスマンの製作者に会わせる条件じゃ」

「ふむ、目をくり出して、耳を引き千切り、手足をもげばいいのかい?」

「それでも良いぞ。代わりに条件は未達成になるがの」

「ああ、待った、待った。いいよ、その条件を飲もう。これより私は君の目であり耳であり、そして手足だ。それじゃ、会わせてくれ」

「ホホホ、オーバーエデンの民の口約束なんぞ信じられるか。しっかりと仕事をしてから、じゃ」

「……セギ、君ならオーバーエデンでやっていけると思うよ」

「無理じゃのぅ。だって儂、めっちょ優しいし」

 

 さて、調査再開である。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「英雄の子孫で元締め……というと、ドーヴァだろうね。彼に会う、あるいは行動ルートを探る、か。中々に骨の折れる代価だ」

「危ない橋か?」

「かなりね。彼を守る護衛は手練ればかりなのもそうだけど、彼の周囲には魔法的スキル的、どちらものトラップが敷いてある。……関門は大きく分けて三つだ」

 

 事情を軽く説明すれば、ミンファはすぐに頭を回し始めた。

 流石だオーバーエデンの民。ぶっちゃけ俺はこういう回りくどい作戦、というのが苦手である。適材適所というか、どこにどの戦力を投入して誰に何をさせるか、は考えつくんだけど、どこをどう攻略していくか、を考えるのは他人に任せることが多かった。

 デスゲームになってから……つまり生産ジョブである稼ぎ頭3に閉じ込められてからは、いっそうやらなくなったから、うん、ありがたい。

 

「まず一つ、護衛。人的トラップとでもいえばいいか、あそこ……あの一番大きな屋敷がドーヴァの棲み処なんだけど、あの中にみっちり護衛がいる。音の鳴る符牒のようなもので定期的に互いの位置を知らせあっているから、誰かに異常が出たら一瞬でわかる。一撃で熨してもダメだ。符牒がわからず返せないと、護衛が一瞬で集まってくる」

「……ふむ」

 

 セキュリティ意識たっけぇ。

 なんだそりゃ。監視カメラとかがないからそうするしかなかったのかもしれないけど、程ってもんがあるだろ程ってもんが。

 

「次に魔法的トラップだ。けど、これは私が無効化できる。ただ、長くは保たないから、魔法を維持しているだろう起点装置の早期破壊が望ましい」

「装置の場所はわかるかの?」

「……なるほど、外部から狙撃する気だね? だが、生憎と……」

「わからんか」

「うん。必ずしも中心にあるとは限らないからね」

 

 魔法を維持する装置、ねぇ。

 つまりゼッケンもそれにされているってことだろ?

 まさかとは思うが、ドーヴァの屋敷内にあるモンもそう、じゃねえだろうな。

 

「そして最後がスキル的トラップだ。残念だけど、こればかりは運に任せるしか」

「安心せい、それは儂が対処する」

「……できるのかい?」

「無論じゃ。……よし、ではお主の私兵には、人的トラップの対処をしてもらうか」

「戦わせるのなら、無理だ。練度が違い過ぎる」

「いいや、こういうのはヒットアンドアウェイが基本なんじゃよ」

 

 マトモに戦って勝てないなら、ちくちく刺してはがして行けばいい。

 

「ああ、わかった。各方面から問題を起こして護衛をぐちゃぐちゃにするんだね?」

「……お主、溜める、というロマンを知らんようじゃの」

「あはは! セギ、面白いことを言うね。これ本当に結構危ない橋なんだよ? 下手したらこの国にいられなくなる……どころか、命だって簡単に落とすほどの。それを前に遊びを考えるなんて、随分と余裕がある」

 

 そう、だな。

 うん。ちょいと気が抜けてたか。あるいは高を括っていた。

 

 これより挑むは新発見されたダンジョンのようなもの。未知のダンジョンに生産ジョブで挑むのだ、緊張はしないとダメだよな。

 

「儂は先に下見をしてくる。お主の仲間に事の伝達を終えたらこれを割るんじゃ」

「これは?」

「二個目のお守り──あるいは『呼び鈴』のタリスマン」

 

 それはギルドスキルだけど。

 ま、こっちはグリッチですよって話。

 

「じゃあの。『高度確保(インジェクション)』」

 

 んじゃま、作戦開始である。

 

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