お 守 り く れ る 怪 し い 老 人 作:老人というだけで怪しい(偏見
自分のソレがえずきだと気付いたのは、ドーヴァの屋敷に入って何秒後のことだったか。
すぐさま状態異常回復ポーションを口に付け、アークビショップのスキルである『毒無効』の指輪をインベントリから出して嵌める。
あり得ないことだと言えるだろう。
ミンファの言う通り、屋敷の中にはたくさんの兵士がいる。今俺がいる薄壁の中以外、そこかしこに兵士が兵士が兵士がいる。練度こそそこまで高くない様子だけど、数の暴力とはまさにこれこのこと、ってくらいの量がいる。
だというのに、ここは毒フィールドだ。
湿地帯、沼地、あとは魔界の一部地域に設置されている、常に毒状態を付与してくるフィールド。
今みたいに毒耐性をつけるだとか、状態異常回復ポーションと回復ポーションがぶ飲みで突き進むとか色々攻略法はあるけれど、少なくとも常駐するべき場所でないことは確かだ。
それとも兵士一人一人が毒耐性を持っている?
……なくはない話である。無効でもない、耐性をつけるに終わるこのパッシブスキルは、ビショップ系ジョブのスキルツリーの中でも比較的早期に取れるもの。
スキルツリーを少しばかり進める必要があるとはいえ、そこまでスキルポイントもかからないお手軽品だ。
が。
当然そんな浅いところで取得できるスキルは効果が薄い。
強い毒であればあるほど、そして弱い毒でも長時間いればいるほどその身に浸透してくる。
だからやっぱり、自分の家に敷くものではないし、これだけの兵士を置く場所に設置するものでもないはずだ。
きな臭さ……は元からといえど、奇妙さまであるとなると……、
うん、れっつ盗み聞き、ってね。
「おう、交代の時間だぞ」
「……ああ」
「相変わらず顔色悪いな。ハハ、ま、こんなとこにいりゃ自ずと、ってか」
「別に……帰る頃には治るんだ。仕事中に気分が悪いだけで、これだけの高給なら、さして文句はない」
「違いねぇ!」
とか。
「はぁ……ったく、給料は良いとはいえ、嫌になる仕事だよ」
「文句言うなって……。聞かれてたらどうすんだよ」
「聞かれてたってどうにもなんねーよ。どうかなるとしたら頭の方だ」
「……そりゃ、まぁ……そうだな」
とか。
「朝から陽が落ちるまで座る。飲食可。給料は詐欺と思うくらいに高い……ただし」
「勤務中、毒を吸い続けなければならない──ハハ、実験動物かっての」
「ドーヴァ坊ちゃん、昔はこんなことする人じゃなかったんだけどなぁ」
「あぁ……メルカポリス様に似て、すれ違うたびに飴とかくれる人だったよなぁ」
「ごほっ、けほっ……ああ、すまねぇ」
「いーよ、別に。うつるモンでもねぇんだ。帰るまでの辛抱さ、せいぜい頑張ろうぜ相棒」
とか。
薄壁の中を『透過』で通り抜けながら聞いた兵士たちの愚痴抜粋。
彼らはここに毒フィールドが敷かれていることを知っている。知識としては毒が充満した屋敷、となっているようだけど。
ただしそれで死ぬとは思っていない──実際置かれている飲食のアイテム類がHP回復効果のあるものばかりだったのを見るに、殺す気はないのだと思われる──ようで、帰る頃には解毒されるからと蒼い顔をして耐え続けている。
正直意味が分からん。
なんだ、何の意味がある? 外敵対策だとしても、味方に被害がありすぎる。こんなんじゃあホントに敵が来たとして、兵士もマトモに動けないだろうに。
……疑問は尽きないが。
とりあえず符牒と呼ばれるものは全て覚えた。高い所にも深い所にもドーヴァなる人物がいなかったのが気になるけれど、『呼び鈴』も鳴ったことだしそろそろ作戦を開始する。
☆
エブラ。
それが彼の名だった。彼はうだつが上がらない中年という表現の最も似合う容姿をしていて、けれどこの屋敷ではそこそこ古株の兵士だった。
だからだろう、魔法トラップの発生装置──その護衛を任されたのは。
無論ここにも毒は充満している。だから気分は悪いし、視界も暗い。
それでも彼は……彼にとってドーヴァは至宝の子であると言えたから。彼がまだ幼い頃に見たラオ老。彼の孫。幼き頃は共に遊ぶこともあった、思慮深い子。彼に付いて行けば自分たちは大丈夫だと思える絶対的なカリスマ。
ならば、この理解の出来ない仕事場にも全力を出して努めようと意気込んだのも束の間。
最近は惰性と堕落──どうせ誰も来ないのだからと寝そべって、体調の悪い身体を理由に眠ったりなんかして時を過ごしていた。
──ああ、それが悪かったのだろう。
彼はそれを夢だと思った。
「もし、もし。そこな方」
「……」
「お守りは、要らんかね?」
この部屋は他の部屋と違い、硬い硬い石壁に囲まれている。冷たい石壁だ。
木製でなく、さらには地面よりも下にあるものだから、光というものが入ってこない。机に置かれたランプの灯だけが明かりで──だから、そんな場所に人がいるはずがなかった。
暗がり。暗がり。
部屋の隅の、明かりの届かぬ暗がりから、ぬぅと、ぬぅるりと出てきた老人が言葉を発する。
夢だ。何故ってエブラの身体が動かないから。この仕事をしていると、毒のせいなのだろう、こういう金縛りを受ける夢をよく見る。
人間が現れたのは初めてのことだが、いつも通りの悪夢だと気にも留めなかった。
反対向き、壁に背を向ける形で寝返りを打ち、ぐぐ、と毛布を抱き込んでくるまる。
「もし──もし」
「……」
「お守りは、要らんかね?」
「……」
「もし──もし」
「……」
「お守りは、要らんかね?」
幻聴だ。幻覚だ。悪夢だ。
部屋の隅の、あんな狭い所から、いや、なんなら壁の中から老人が現れるわけがない。
夢の中の存在に、幻聴に返事をするなんてそんなこっ恥ずかしいことができるわけもない。
「もし──もし」
エブラは耳を塞ごうとして、身体が動かないことを思い出した。
この耳障りで不快な声を聴き続けなければならないことを思い出した。
「もし──もし」
「……」
「お守りは、要らんかね?」
寝返りくらいは打てるかもしれない。
うるさい、くらいは言えるかもしれない。要らない、くらいは言えるのかもしれない。
だから言おうとして、だから気付くのだ。
ひた、ひたと……少しずつ近づいてきている何かの足音に。
何か、なんて一つしかないのに、それをそうだと断定できない理由。
それは悪寒だった。
エブラは古株だけあって強い。ダンジョンをいくつも踏破しているし、ジョブも第三まで開けている。
そのエブラが悪寒を覚えるのだ。何かヤバいものが近づいていると──それは己では絶対に勝ちえないものだと。
振り向け。寝返り、振り返れ。
もう一度見ろ。先ほどの老人を見ろ。
近づいてきているのが老人だと──枯れ木のような、気色悪くとも何もできないだろう老人だと確認しろ。確認しろ。確認しろ。
「もし──もし」
その声は。
「お守りは、要らんかね?」
エブラの首元で聞こえて──。
「魔法を背負う一族がここに宣言する! 氷の槍よ、我が眼前の一切を刺し貫け!!」
聞こえるはずの無い声に飛び起きんとして、身体が動かないことを思い出す。
エブラは、けれどその詠唱を知っている。彼は古株だから、知識がある。
魔法を背負う一族。オーバーエデンにおいて──絶対に関わってはいけないとされるタブーの一族。
だからエブラは、だから彼は、職務を果たすことだけを考えた。
「わ──我願う阻み隔てる白銀の盾!」
「ほ」
直感的にそこだと判断した場所に盾を張る。
魔法は誰にでも開け放たれた学問だ。今はうだつが上がらない彼だけど、昔はラオ老やドーヴァの役に立ちたくて、たくさんの事を学んだものだ。
その中に魔法があった。金をかけずに強くなれるもの。無論上級魔法となれば資金も必要になってくるけれど、この程度の中級魔法であれば冒険者なんかから詠唱を教えてもらえる程度には出回っているものである。
防ぐ。否、防げないことを知っているから、第二の盾を張ろうとして。
「ホホホホ……
急速に──あり得ない程急速に減っていく魔力に驚き。
「ほほ──踏んだり蹴ったりで悪いがの。儂のお守りを受け取っておけばのぅ、こうも不幸にならずに済んだやもしれん。ほっほっほ、安心せい、効果時間はたったの十分」
突然動いたからだろう、机の上に置いてあったビンが転がり落ち、エブラの向う脛を直撃する。
身動ぎしたからだろう、他の場所の符牒を伝えるための伝声管から大量の埃が彼に降り注ぐ。
整備などロクにしていないからだろう、壁にあったコルクボードがゴトンと音を立てて落ち、エブラに向かってバタンと倒れた。
「……十分間意味の分からんほど理不尽な不幸に見舞われる、と……。これ面白いのー」
そんな声と共に、というか掻き消すように。
凄まじい轟音が──彼の護っていたものをぶち壊すのがわかった。
わかってもどうしようもないことも、わかった。
☆
結界の発生源を壊しても毒フィールドは晴れない。まぁ当然だ、魔法の発生装置程度でフィールドが変えられて堪るかって話だし。
しかし、アイススピアか。水属性魔法の派生魔法だけど、威力も練度も素晴らしいものがあった。やっぱりミンファは見立て通りメイジなんだろう。護身用にアサシン系ジョブを取ってるって感じかな。
なんて感心してないで、こっちはこっちの仕事をする。
「ほほ……『能力無効』フィールドはまだ構文がわかっておらんで無理じゃがの、こういうことはできる。
発動した。
けれど何も起こらない。それで正解だから問題ない。
スキルのトラップ──レンジャー系ジョブのスキルツリーにある『警笛』や『虫の知らせ』、『地雷』、『ブービートラップ』なんかがエンチャントされた床のタイル、あるいはドア。
練度は低いけれど、そこそこに育った付与術師がいるらしい。バフ系だけじゃない、俺と同じようにスキルまで仕込めるとなるとNPCの中では相当な術者と言えるだろう。
そんな努力の賜物を全て水泡に帰していくのがこのグリッチ。
つまるところ、スキルトラップという括りにあるエンチャント品全てのエンチャントを書き換えたのだ。正確には置き換えた、が正しいけれど。
法国の西の草原に、角兎という魔物がいる。コイツ自体は結構強い。死角から繰り出される貫通力の高い突進は、初心者の持つ盾とかを簡単に貫いて体にまでその角を立て、HPを削る……初心者から抜け出した奴向けの魔物。
それが持ってる『跳躍』というスキルで、努力の賜物エンチャントを全て上書きした。
「……毒フィールドに変化なし、か」
つまり、スキルトラップは毒フィールドの発生装置じゃないってことだ。
遠方、下方。
ガシャァンという何かが割れる音が聞こえた。どうやらミンファの私兵による陽動が始まったらしい。
一度符牒を鳴らしておいて、また『透過』で壁の中に戻る。
……しかし、一番下にいたのがコレだとして……ドーヴァはどこだ?
俺がドーヴァだったら、自分のいる場所には毒フィールドが及ばないような設計にする。ただドーヴァ自身がこれを敷いたのではないとすれば、特に関係なしにフィールド内に居を構えているかもしれない。
一応さっきぐるぐる回って確認したんだけどなぁ、いなかったんだよなぁ。
ミンファからドーヴァの特徴は聞いていたから、見かけたらわかるはずなんだけど。
また何かが……というか窓が割れる音。
護衛を引き剥がすための陽動は続いている。早くしないと。
下がダメなら上へ行く……と見せかけて。
ど真ん中もど真ん中。
出入口の無い──どこにも繋がっていない部屋があったので、そこの壁にぴたりと張り付く。
あんまりにも怪しいその部屋。
そこに、いた。
「……『ギガントスラッシュ』」
「!?」
今から余裕ぶっこいて観察する気だった。それくらい油断しているように見えていたし、油断していた。
横になって尻を掻いて、時折あくびをしているような様子をして「油断している」と思わない方がおかしいだろう。
そしてそんな姿勢から大剣士のスキルを放ってくるなんて考えつくわけがないだろう!
パリン、と割れたのは──『魔法無効』の方。
「あん? 今確実にヤったと思ったんだがな……ブラフもバレてっし。やべぇ、これ格上か?」
粗暴な言葉遣い。男性。
年の頃は中年の、なんなら腹の出たおっさん。髪が緑なのはラオとそっくりだ。
目の色はメルカポリスを受け継いで燃えるような紅。メルカポリスがやっていたクラン、
ごろん、と。
寝返りを打ったソイツは──ミンファの情報通りの、紛う方なきドーヴァその人。
「あー、そこの霊体。多分霊体だよな? 俺に何用だ。ところでアポイントメントって知ってっか? 俺これでもでけぇ商会の元締めやってんだわ」
俺はまだ壁の中にいる。
それでもさっき『魔法無効』が割れ砕けたのは、彼が放ったギガントスラッシュ……に見せかけたなんらかの魔法が壁内にまで入ってくる可能性のあるものだったからだろう。
魔法についての造詣が深くないことがここへ来て牙を剥いている。いや、ミンファの使う属性魔法とかならわかるけど、NPCの間だけで発展した独自の学問たる魔法なんかわかるわけないんだよなぁ。
「あー、聞いてっか? 俺忙しいんだわぁ。用向きあるならとっとと済ませてくんね? 外で騒ぎ起こしてんのもお前の仲間だろ? やめてくんね、余計な事すんの。後片付け誰がすると思ってんの?」
「──ほほほ。何、これでもかというほどに厳重なつくりをしていたものですからの、」
「『ガストスラッシュ』」
今度は『物理無効』が砕け散る。
おいおい、対策が的確だなぁ。あとこの無効系エンチャント、どんだけ魔力食うか知ってる? 一個作るのに一日かかるくらい魔力食うんだよ? それを魔神もベンカストもコイツもバカスカと……。
「あ? 何だよ、まだ死んでねえじゃん。なに? 爺さんアンタマジでナニモンだ?」
「ほほほ、単なる老人じゃよ。枯れ木のような、な」
「単なる老人は壁すり抜けたりスキルと魔法受けて無事だったりしねーんだわ」
よっこいせ、なんて言いながら──ドーヴァは体を起こす。
そう、最初のギガントスラッシュに見せかけた魔法も、さっきのガストスラッシュも、寝た姿勢のままくり出していた。
スキルというものがどういうものなのかをちゃんとわかっている。
マナを消費し、スキルが発動すれば──自身の姿勢など一切関係が無い理不尽さをよく。
「あー? 待てよ、枯れ木みてーな老人? ……もしかして、アンタが"魔神の怨敵"か?」
「ほ? なんじゃ、その御大層な名は」
「だよなぁ。俺の攻撃退けたとはいえ、アンタからはそこまでのプレッシャー感じねっし」
で、と。
胡坐の状態になったドーヴァが、膝に肘をついて、面倒くさそうに聞いてくる。
「用件は何だよ爺さん。提示した金額が見合ったモンなら、叶えてやらんでもないぜ、なんであれ」
「ほほ、ではゼッケンを解放せい。儂からの要求はそれだけじゃ」
「あいよ」
「──……は?」
無言があった。呆気にとられた──理解ができないという間があった。
「丁度もう要らなくなってたからな、ほら、解放してやった。はん、出血大サービスだ。タダでいいぜ、爺さん」
ズシン、という揺れが響く。
地鳴りは国全体から。地響きは真下から。
「お、主──何を」
「何って」
ドーヴァはけろっとした表情で。
その後──ニヤりと笑って。
「文字通りにしてやるだけだよ、
直後、国が崩落した。